浜辺のひととき
爽やかな太陽に照らされキラキラと輝く海水面と心地良い浜風が、カフェに座る人々の会話を軽やかに弾ませ、彼等の足元で寝そべる犬達が時折前を通り過ぎる仲間と鼻をすり合わせる様子は、皆の心を和ませる。
オークランドにある海辺の住宅街、セントヘリアス や ミッションベイにはビーチ沿いに洒落たカフェやレストランバーが建ち並び、天気の良い日であれば週末だけでなく平日であっても大勢の人達で賑わう場所なのだ。
「素敵なカフェ♡ 外国って感じ!」
「海が綺麗! 風が気持ちいいね~」
「うひょー、ビーチを走ってる犬、でっけぇー かっけぇなぁ」
「うそっ! この席なのっ!」
「サンキュ! サンキュ!」
芳しいコーヒーと焼きたてパンの香りに嗅覚を刺激された結月達のテンションは昇り続け、レイノルドが予約してくれた屋外の席に案内してくれたイケメン男性店員に対して何度もお辞儀をしてしまう。
「お前等、俺がいなかったら永遠にお辞儀してただろ。店員さん困ってたよ」
「アハハハ、全部があまりにも素敵過ぎて感動しちゃった」
結月は恥ずかしさを隠すいつもの癖で頭に右手を置くと舌を出す。
「あの店員、超カッケーかったよな。ニュージーのレベルたけぇ」
壮星はそう告げると肉体美を持つ人々が海沿いでランニングをする姿を目で追った。
「ねぇ、あれってアリお祖父さんの家からも見えていたのと同じ島?」
凜は椅子に腰掛けながら砂浜からそう遠くない沖合に浮かぶ島を指差した。
「あ、あの島、オークランドの写真によく載ってるよね」
「ランギトト島。600年位前だったかな、海底噴火で隆起した火山島だよ」
「へぇ~ オークランドにも火山なんてあるんだ」
店員から受取ったメニューを広げながら壮星が口を挟む。
「オークランドには50とか、それ以上の火山があるって聞くよ。殆どが活火山だって言う」
「え?! じゃあ皆は活火山の上で生活してるって事?」
「そうだな、でも噴火の兆しはないみたいだけどね」
結月達はカイの話を聞きながら、改めてランギトト島を複雑な心境で眺めた。
「なぁ、皆、何食う?」
カイの呼び掛けに結月達はハッとすると慌ててメニューに目を通す。
「ねぇねぇ、この写真にあるのって、パンケーキだよね? でもベーコンとバナナにメープルシロップって凄く不思議な組み合わせなんだけど、一緒に食べるの?」
「それ、私も気になってた。ほら、隣のテーブルの人が食べてるのでしょ?」
結月は隣のテーブルに座る客にバレない様に目配せをするが、彼女の意図とは反して、その間抜け面に皆を笑わせてしまう。
「うっハハハハ」
「皆っ! 何よっ!」
「だって、姉ちゃんが・・・ クククっ・・痛って! ごめんごめん」
腹を抱えながら大笑いする壮星の脇腹に結月の拳がはいる。
「ハハハ・・ そうそう、甘いのとしょっぱいのを一緒に食べるんだよ。ブランチの定番商品」
カイも笑いを堪えると、人差し指を上げて自慢げに告げた。
「旨そう。俺それにするっ!」
「私はサーモンとエッグベネディクトを食べたいから、壮星、一口頂戴」
「やだよっ!」
結月に叩かれた脇腹を摩りながら口を尖らせて反抗する壮星の顔を凜がしおらしく覗き込んだ。
「私もちょっとだけ味見したいけど・・」
「あ、凛にはあげるから、好きなの注文していいよ」
「なによっ! それっ!」
結月は両腕を組むと膨れっ面になる。
「結月、どうして怒ってるの? こんな最高のロケーションで。映えスポットでしょ」
カイの隣に確保してあった空席の椅子に誰かが手を置くと、晴れ晴れとした雰囲気には真逆の空気を醸し出していた結月達に声を掛ける。
「ヘイ、レイっ!」
レイノルドが差し出した綺麗な右手の平にカイが勢いよく合わせると、パチンと心地の良い音がなった。
「What’s up? (どうしたの?)」
カイの隣に腰を下ろしたレイノルドは不思議そうにテーブルを囲む皆を眺めながら片眉を上げた。
「あ――、何を注文するので揉めてんだよ。結月、俺もパンケーキ注文すっから、一口やるよ」
カイは頭を掻きながら現状をレイノルドに説明すると、面倒くさげに結月に告げる。
「カイ、ホント? 持つべき者はケチな弟じゃなくて従姉弟だね♡」
結月は投げキッスをカイに送った後、厳しい眼差しを壮星に向けた。
「はいはい、俺は凛以外にはケチです」
言い返した壮星は隣に座る凛の手を取り甲にキスをする。
「げえ―――っ!」
結月は眉を顰めると吐き気を覚える素振りで自身の胸元に手を置くが、直ぐに肩を上下に振るわせ始めると壮星も彼女に続く。
「ぷっ、アハハハ」
結月達の笑い声が浜風に乗ってテーブルに舞った。
「カイ、足の傷は大丈夫?」
テーブルに溢れる愉快な雰囲気を崩さないように、レイノルドは囁くように小さな声でカイに尋ねた。
「完全完治」
「え? まさか?」
驚いた表情のレイノルドにカイはショートパンツから出ている足を見せる。
「WOW 凄い。傷が無いよ」
レイノルドとカイの会話が耳に入った結月が、レイノルドに視線を移すと、カイの足を覗き込んだ。
「レイノルド、ビックリでしょ! 昨日は深傷に見えたけどね」
「だよなぁ。俺もビックリ! カイの治癒力はマジックだよ」
「面妖だね」
レイノルドの一言に皆の動きが止ると視点がレイノルドに集中する。
「レイノルド、またおかしな侍言葉使ってるぅ~ アハハハ」
「でもいつも、間違っては無いんだよな〜」
「そうそう、私も時々感心しちゃう」
「プっあはははっ!」
大切な仲間達の弾むような声が大役を抱えたカイに勇気を与えると、アリから真実を告げられて以来ずっと固くなっていた身体が少し解れた気がして、両肩を一度上下させた。
「うわっ! 凄い風っ!」
テーブルに置いた紙ナプキンが飛ばされないように皆一斉にそれらを押さえると、再び笑い声が零れる。
カイも被っていた帽子が飛ばされないようにツバを掴むと、ふと波打ち際に視線を落とした。
夢で見た母と赤子の情景が脳裏を駆け巡る。
【あんな夢を何度も見るってことは、本当に俺はマウイ神の器なんだろうな】
【生贄か・・・】
カイは再び楽し気に会話する結月達に視線を向ける。
【明日からの旅行で良い思い出が出来るといいな・・・ 人生最後の旅か】
少しだけ胸の奥に痛みを感じると、カイは手を胸に置いた。
カイの隣に座るレイノルドは、時折真剣な表情を見せるカイに、あえて声を掛けなかったが、心中は穏やかではなく無意識に自身の顔面にシワをつくってしまう。




