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奇襲

 大きなエントランスドアを抜けると洒落たシャンデリアがキラキラと光りを放ちカイ達を出迎える。

 玄関ホールの突き当りはガラス張りになっており、まるで一枚の絵が飾ってあるかのように、見渡すかぎりの青い海が広がっていた。

「うひょー海だ!」

「素敵ィ――― リゾートホテルみたい!」

 結月は荷物から手を放すと美しい景色を映し出すガラスに向かって小走りにかける。すると壮星と凜も後に続いた。

 カイはアリの逞しい肩に手を置くとニヤリとした面持を向ける。

「前からお金持ちだとは思ってたけど、ここまでとは。親父からは何も聞いてないけど」

「No, No, わしはリッチじゃない」

 アリは肩を竦めるととぼけた顔をした。


「ヘイ、カイ! ひっさし振り!」

 アリを弄っていたカイを長い髪をなびかせた美女が思い切り抱き締める。

「ケイトっ! 久し振り!」

「カイ、よく顔を見せて・・ うわぁハンサムじゃん!」

 そう告げるとカイの頬にキスをする。

「よっ! カイ、お帰り」

 右手を差し出した赤毛少年とカイはがっちりと握手を交わす。

 ケイトことキャサリンと赤毛のオリバーはカイの亡母ヒネの妹ハンナの子供でカイの従兄姉になる。

「うわぁ―― ケイトじゃない」

「うぉ―― オリバーじゃん!」

 景色を堪能した結月達が大きな足音を立てながらキャサリンとオリバーの元に駆けて来る。

 キャサリンとオリバーが日本に留学した際、結月達とは仲良くなっていたのだ。

「結月、お久し振りね。凜ちゃんも元気?」

「よっ! 壮星」

「ケイトもオリバーもまだ日本語上手ね。凄い」

「やっと、ニュージーランドに来れたわ」

「オリバー、お前、かっけぇなぁ――」

 壮星に肩を組まれ腹をげんこつでグリグリされたオリバーはたまらず大笑いした。

 その笑い声が玄関ホールに木霊する。

 数年振りの再会であっても変わらぬ従兄姉達を眺めていると、彼等への土産を手に持っていない事に気付いたカイは視線をアリへと移動させる。


「あ、アリ、車ロックしてない?」

「してない」

「俺、忘れ物したから取ってくる」

 小走りで玄関に向かうカイをアリの目が無意識に追うと何故か不可解な胸騒ぎを抱く。

「カイ・・・」


 外に出たカイの鼓膜に、アリの家から溢れ出る大勢の笑い声が届くと、ニュージーランドに来て良かったと心底思えた。

 カイはふと頭上のニュージーランドの空を見上げる。澄んだ空気に果てしなく続く青色が広がっており、父親の葬式の後に見た空とは違う気がして少しだけ気持ちが軽くなった。


 車から手提げ袋を取り出したカイが皆の元に戻ろとした瞬間、両足に激痛が走ると背後で獣のような唸り声が聞こえ振り返る。

 カイは一瞬自分の身に何が起こっているのか理解できなかったが、両方のふくらはぎを黒い大型犬が噛みついていたのだ!

「なんっでっ!」

 慌てて手に持っていた紙袋を振り回すが2頭の犬は動じることなく更に強く刃をカイの足に喰い込ませていく。

「いって――」

 背後から噛みつかれているため身動きが取れないカイだったが少し屈むと一頭の犬の頭に拳をいれた。

 犬は一瞬怯むとカイの足から牙を抜くが、今度はカイの腕に食い付こうと飛び掛かる。


【ブーブー】

 突然大きな車のクラクションが鳴り響くと犬達はカイへの興味を一瞬背後にうつす。


「ヘイ!ヘイ!ヘイ! 誰の犬? カイっ大丈夫?」

 後からアリの家にやってきたレイノルドがパーカーを脱ぐと振り回しながら犬を蹴散らそうとする。

 鳴り響くクラクションと犬が大きく吠え始めたため、外の喧騒に気付いたアリが家から飛び出して来た。

 すると、何処からか聞こえる人の口笛に反応した犬達は足早に去って行くと、カイはその場の座り込んでしまう。

「カイっ!」

 レイノルドが倒れ込んだカイを支えると血が噴き出している足に気付く。

「カイ、立てる? 先ずは綺麗に洗わないと」

 先程までクラクションを鳴らしていたレイノルドの父が車から飛び出すと、続いて女性が3人下りてくる。

 アリが慌ててホースを取りに行き、犬に嚙まれた部位に水をかけ傷口を確認していると、なかなか戻らないカイを心配して結月達も家から出て来た。

 瞬く間にカイは大人数に囲まれ見下ろされる。

「救急車を呼ぼう」

 レイノルドは心配そうに傷口を見ながら、気丈に振る舞うカイに話掛ける。

 ふくらはぎにはクッキリと犬の歯型が残っていたが幸い喰いちぎられてはいなかった。

「ニュージーランドには狂犬病がないし、大丈夫だよ。酷くならないように無理やり引っ張らないようにしてたしさ。いって」

「カイ、大丈夫?」 

「うわっ! 凄い出血・・・ 痛そう」

 金髪美女が2人前屈みなりながら口を手で覆うと、憂慮な面持ちをカイに向ける。

「よぉ、ベス久し振り?」

 カイはそう言うと、片手を上げた。

「カイ、大丈夫か? 警察には電話した」

「ジェイコブ・・ 有難う。また誰かを襲うかもしれないから、警察には連絡しておいた方がいいよね」

 カイは、痛みから軽く片目を閉じながらも、レイノルドの父ジェイコブに礼を告げる。

「さっきの犬達って野良犬じゃないと思う。きっと誰かの飼い犬よ。ちゃんとトレーニングされている感じだったわ。口笛に反応して出て行ったもの」

「でもベス、あれって本当に犬なの? 犬にしては大きくなかった? 熊みたいだったじゃない? それに尻尾が凄く長かったし・・・」

「確かにな」

 レイノルドの父ジェイコブと母サラに加え美女2人が、カイを襲った犬について語りあっていると、結月達もその輪に加わった。

「誰だよ~ この美女?」

 壮星はしゃがみ込みカイの耳元で隠れて尋ねたつもりだったが、凛に耳を摘ままれ舌を出した。

「僕のお姉ちゃんだよ。壮星、彼女はダメだよ。婚約してるからね」

「え? ベスおめでと。隣の人が旦那? 否、奥さんになる人?」

「そうそう、改めて紹介するね。こっちが僕のお姉ちゃんでエリザベス、皆ベスって呼んでる。それから、こっちがベスのパートナーのミラ」

「結婚できるの? 同性なのに?」

 凜が不思議そうな顔でエリザベスとミラを眺めながら思わず零してしまった失言に、ハッとすると慌てて両手で口を隠した。

「ハハハ、凜、この二人は気にしないよ。それとニュージーランドは公認だから、同性でも結婚出来る。珍しい事じゃないよ」

「へぇ――」

 金髪美女が皆に微笑むと、無意識に壮星の目尻が下がり鼻下も伸びてしまう。

 レイノルドはそんな壮星にウィンクを1つ向けたが、ハッとしたように視線を慌ててカイに戻す。

「そんなことより、カイ、傷口を見せて。アリ、救急車は?」

 レイノルドは、ホースの水を止め戻って来たアリに目を向けると眉間にシワを寄せる。

「レイ、大丈夫だって! ほら、俺っていつも治りが早いだろ。犬に襲われたの初めてだったから、ビックリしたけどな」

 カイは座り込んだまま両足を伸ばすと、水で綺麗になったふくらはぎの傷口をレイノルドに見せる。

 大量の血を噴き出した嚙み後は、いくつかの穴をふくらはぎに残したものの既に止血していた。

「とりあえず、手当だけしておこう。カイ立てるか?」

 アリは大きな手をカイに差し出すと、レイノルドもカイに肩を貸す。

 レイノルドに肩を借りながら家へと戻っていくカイを背後から眺めていたアリは刺すような視線にハッと振り返った。

 そこには影も形もなかったが、アリに硬い表情をさせる。

「その時が来たか・・・」

 アリは小さく言葉を吐いた。

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