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南島

 マウイ神の僕達は人間の食事を取る必要がないと、海の大男モアナから知らされたカイ達は驚きで奇声を上げてしまう。その傍らで不都合な面持ちでしゃがみ込むウルタプは、舌打ちをしただけで反論はしなかった。

「ウ・ル・タ・プ」

 腕を前で交差させたウルタプの頭頂に、重みのある声で呼びかけてきたカイに、ウルタプはチラリと上目遣いをおくる。

「腹減るんや・・ しゃあないやろ」

「腹なんて減らんだろ。自分達は糞も出ない。身体ん中で消えちまうからな」

「何それ、羨ましい。どれだけ食べても太らないじゃない」

「ホントだぁ、ウルタプちゃんいいなぁ」

「そうやろう、アハハハ」

 騙された感で一杯のカイとは違い、変な意味で盛り上がる女子組に助け舟を出されたウルタプは、笑いでその場を逃れようとする。

「飯を食うのは良いけどさ、これからは俺達と同じ量だからな」

「はぁ・・い」

「アハハハ、何だウルタプ、今までの器と違ってカイには随分と従順だな」

 モアナは身体と同様に大きな声で笑うと、今まで穏やかだった海面に大波が立つ。

「食べないならさ、どうやってマナを補充するんだ?」

「自分は海水に入れば蘇る。こいつは森だ。だから洞窟を使って森に連れて行ってたのだ」

「え? じゃあ森を移動している間、マナを使うんじゃなくて補充してたってことか? それは俺達を運んでる時もか?」

「そう言うことだ」

「ハァ――  っぷ、あはっははは。まったく」

 全てが偽りだった事に大きな溜息を付いたカイだったが、その後笑いが込みあげると腹を抱えて吹き出してしまう。カイにつられて皆も声を上げて笑うと、その声が波に乗って沖へと去って行く。


「そや、モアナ、何で月がカイを狙うんや?」

「そうだった、船の上で襲われたんだ。その時にTIKIをよこせと言われたぞ」

「TIKI? 母君に何かあったってことか? モアナ何か知ってるか?」

 険しい表情に変わったウルタプが、横で胡坐をかくモアナに問い掛ける。

「ああ、テ・イカが弱っててな、海族が尽力しているが、ロゴ・トゥム・ヘレの力が増してきている」

 これまでは、物事に動じない様子のモアナだったが、険しい面持でウルタプに応じた。

「なんやて・・ それは、厄介やな」

「テ・イカが弱ってるって? 魚? え、もしかしてマウイ神が釣り上げた魚の事か? それってニュージーランドとハワイじゃないのか?」

「正確には太平洋全域や」

「太平洋って、日本もじゃないか。ロゴ・・何とかって何だ? 悪者なのか?」

 簡単に理解できる話では無かったが、ウルタプとモアナの様子から、決して朗報ではないと読み取ったカイの心に不安が募る。

「ロゴ・トゥム・ヘレや、義海から聞いてないのか? はぁ――」

 呆れ顔のウルタプから出た義海の名に、申し訳なさそうな彼の顔がカイの脳裏に浮かぶと、自然と口元が緩んでしまう。

「何、ニヤニヤしてるんや。ロゴ・トゥム・ヘレ、海底に住む悪魔の蛸や」

「あ、悪魔っ! それヤバい奴だよな」

 肝を潰したような口調のカイだが、真の危険が差し迫っている実感が見られないため、ウルタプから難しい面持が消えないでいた。


「とにかく急いだ方がええな」

 未だ万全ではないウルタプはモアナの肩を借りながら、ゆっくりと立ち上がると、彼女に続いてモアナも巨体を起立させる。

 大きな身体に彩られたタ・モコとポウナム石に目を奪われ、彼自身の容姿は一瞥しただけだったカイは、改めてモアナの瞳が美しい金色で、カールの強い黒髪だったと気付く。

「モアナ、改めて、これから宜しくおねがいします」

 カイは仁王立ちするモアナに歩み寄ると右手を差し出した。

「あ、ああ」

 カイの中にマウイ神を感じるモアナは一瞬躊躇ったが、褐色肌の頬を少しだけ染めると照れ臭そうに小さなカイの右手を優しく握った。

 二人のやり取りを伺っていたウルタプ自身も先程までの固くなっていた顔が緩んでしまう。


「モアナ、他のは何処におるんや? 南と西か?」

「実は、お前を助けに行った時、南端で地震と津波が起ってな、自分の仲間とともに奴も大地の確認に行っている」

「南端ってインバーカーギルか? 遠いな」

 ウルタプは眉間にシワを寄せると最初は厳しい意見を述べたが、直ぐに機嫌がよくなると舌なめずりをする。

「遠いけど、ブラフオイスターは食べたいな」

「おいっ」


 ニュージーランド最南端の町インバーカーギルには、英国王朝時代やアールデコの建築物が建ち並び、古風な雰囲気を楽しめる。また50kmに渡る海岸線では観光名所が点在し、ナゲット型の岩が並ぶナゲット・ポイントではオットセイの群生が見られ、スラット・ベイではシーライオンに出逢う可能性がある。インバーカーギルからバスで30分ほど南下したブラフという港町は、ブラフオイスターの産地で、毎年5月頃にオイスター&フードフェスティバルが催され、入場券は事前に完売するほどの人気である。人が住む島としてニュージーランドでは最も南に位置するスチュアート島はオーロラが舞うことから、マオリ語名でラキウラ「空の輝く地」と呼ばれる。島の85%が国立公園として自然保護され、ブラウン・キーウィの楽園であり、昼夜問わず野生の姿が見られる。スチュアートアイランドへはブラフからフェリーで渡ることが可能で、ハイキングに訪れる観光客のために宿泊施設もある。


「おい、お前は俺の仲間を食うつもりか。それに、2、3日もすれば奴はオマルーに戻るはずだ」

「ちぇっ」

「じゃあ次はオマルーに行くのか?」

 ウルタプが人外であっても恐れを抱かないカイは、鬼のような顔で不機嫌さを前面に出すウルタプに話掛けた。

「そうみたいやな」

「そっかぁ、ハンマースプリングスの温泉に行きたかったし、地震の後のクラストチャーチにも訪れたかったな」

「また温泉か。まぁええわ。うちも森に入りたいから連れて行ったるわ。クライストチャーチには旨いもんがあるから勿論オッケーや」

「まったくお前は、食う事ばかりだな」

「ほな、行こか」

 ウルタプは皆に呼び掛けると同時と両手を広げ、人間の姿に変身した。

「なんだ、その恰好は?」

 Tシャツにショーツという一般的な服装を身に着けるウルタプにモアナはしかめっ面を向ける。

「前と違って美味しい物は食べれるし、お洒落も出来るし、この時代はええわ。早う、あんたも着替え」

 肝心な部分だけを海藻で隠してあるような恰好のモアナは、ウルタプに指摘されると自身の身体を目で追った。

「自分はこれでいい」

 そう告げ、そのままのスタイルで出発しようとするモアナをカイが止める。

「いや、さすがにそれで外には出れないかもな」

「自分は海を行くから目立たぬ」

「え? 別行動ってことか?」

「ちゃうちゃう、面倒臭いなぁ、ほらカイの服見て、似たのを身に着け」

 ウルタプは金色に変わった髪を弄りながらモアナに催促する。

「俺の服装を真似れるのか? じゃあウルタプは結月達のを見たのか?」

「ちゃうわ、うちは時代とともに変わっていく人間を観察してたからな。モアナだってそうや。無頓着なだけや」

「便利だな。モアナも見せてよ」

 期待をよせたキラキラとした瞳でカイに懇願されたモアナは、観念したようにコクリと頭を上下させると、一瞬で人化する。

 毛質は変わらずカーリーで黒毛だったが、金色だった目がヘーゼル色となり、爽やかなアロハ風シャツにデニムのショートパンツとサンダル姿になった。


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