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時主の食時  作者: 相上
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三章 TE(タイムイーター)(2)

 一日の疲れをシャワーで流していると、ケータイの着信がなった。この着信音は、兄さんからか……なんだろう? 今日は帰らないって言ってたけど。

 私は風呂場を出て、体にタオルを巻き、電話に出た。

「琥珀か! 今、潟腹三丁目あたりでTEAを確認した! 今すぐ応援に来い!」

 全身に緊張が走った。この辺りにいるTEは、私達を除けば……

「TEA? いったい誰が?」

「おそらく伊藤静香さんだ! それも、これは未確認だが、彼女は数分前から来た可能性が高い! つまり、時間面移動したってことだ!」

「なっ! でも、それは寝ているときじゃないと起きないはずじゃあなかったの?」

「わからん! しかし、TEAが発せられたことは事実だ! これを奴らも感知したとしたら、彼女が危険だ! さっさと支度して来い!」

「わかったわ! それで、静香さんの現在地は?」

 タオルで体を拭きながら着替えを取り出す。

「それもわからん! とにかく、今は皆出払っていて、戦闘要員の中ではお前が一番近いんだ! 現場に直行して、自分で探せ!」

「兄さんは今どこに?」

 ケータイを頬と肩で挟み、下着を着る。

「調査で隣町だ! 俺もすぐ着くから、さっさとしろ!」

 『俺』か。兄さんがこれほど取り乱すなんて、本当に緊急事態なのね。

「了解、切るわね。」

 服を着て、装備を手に取る。一見普通の手袋に見えるそれを。

「初陣か。」


 初手はうまくいった。まず俺が誘拐犯Aにダッシュの勢いのまま右ミドルキックをかます。誘拐犯Aは左腕で受けた。そして俺はその流れのまま右に、つまり相手の左側に回り、相手の右ストレートを左手で受け流す。ここで咲美が突進、得意の左回し蹴りを放つ。誘拐犯Aは何とか避けきるも、大きく仰け反り、重心が下がって瞬時に動けない状態になる。この隙を逃さず、伊藤を背負った甲が俺の後ろを通り、急場を脱した。

「おしっ。ナイス時主、ナイス咲美!」

「急げよ、甲。」

「さっさとしなさいよ!」

 甲にエールを送った後は、誘拐犯Aと距離をとる。足止めは……十分くらい必要かな。

「咲美、予定通り、誘拐犯B頼むぞ。」

「Bってこっちだよね~了解!」

 咲美は追いついてきた誘拐犯Bの進路を塞ぐ。

 俺は誘拐犯Aと対峙する。Aの方が少し身長高いくてごついかな。

 誘拐犯はお互いにアイコンタクトをして軽く頷くと、スーツを脱いだ。続いてネクタイもはずし、塀に投げ掛ける。

「あちらさんヤル気ですぜ、時主。」

「油断するなよ。」

 誘拐犯がそろって構える。武器は持ってないらしいな。

 来る。

AとBは同時に動いた。ここからは、もうBは咲美に任せて、Aに集中すべきだな。

Aはミドルレンジまで距離を詰めると、キレのいいワンツーを繰り出してきた。俺は顔を左右にズラして避け、追撃を避けるため相手の右に移動する。ボクシングでもやってる人かな。今のはシロートの拳じゃない。

だが、俺は物心つく前から親父に仕込まれてんだ。相手がボクサーでも、負ける気はしねえ。身長は相手の方が随分高いので、懐に入れば有利。かわしながら隙を探すか。

俺は一時相手のパンチを避けることに専念する。同時に相手の攻撃のリズムを覚え、予測の確実性を上げる。相手は急ぐ必要があるため、下手な小細工はほとんどないはずだ。攻撃も単調になりやすく、読みやすい。

そして、見つけた。懐に入る隙を。

誘拐犯Aはワンツーが得意らしく、何度も繰り出してきた。攻撃は必ずと言っていいほどワンツーから始まるし、少し下がるときもワンツーを打ってから下がる。基本に忠実すぎる戦い方だ。そのおかげで、ワンツーの予備動作はばっちり覚えた。

俺は距離を取り、左足を前に出し、オーソドックスなボクサースタイルで構える。すると、予想通りAはワンツーで来る。何が来るのか予想ついていれば、対処は容易い。俺は左ジャブを左手ではじき、体を左前へかがませながら右ストレートを避ける。その勢いのまま右足に力を込め、左足を前に出して、相手の懐に入る。そして、相手のみぞおちに体重を乗せた肘打ちを叩き込んでやった。

みぞおちに入れられて効かない奴はいない。相手は数秒息苦しさで止まり、無防備になる。さあ、攻めよう。

まず右ローキックで体勢を崩し、左拳で再びみぞおちを打つ。そうして頭が下がったところに、全体重を乗せた左膝をくらわせた。相手は後ろへよろけ、倒れる。脳を揺らしたから、しばらくはまともに動けないはずだ。

「こんなもんか。」

 三分は稼いだかな。しばらくして立ってきたとしても、同じようにすれば時間稼ぎは十分だ。これ以上リスクを取る必要はない。

「そっちはどうだ?」

「とりあえず戦闘不能にしといたわ。」

 咲美の方に顔を向けると、誘拐犯Bはうつぶせで腹をかかえてうずくまっていた。

「大したことなかったわね~これなら甲が逃げる必要なかったんじゃない?」

 咲美は偉そうな口ぶりと態度だ。腰に手を当て、誘拐犯を小馬鹿にした顔をしている。

「そうかもな。でも、念には念を入れとかんと。そんなに弱い人らじゃなかったし。」

「まあそうね。回復も結構早いし。」

 見ると、誘拐犯はよろけながらも立ち上がっていた。

「まだやる気~?」

 二人共、分が悪いことはわかったはずだ。ここらで引いてくれてもいいんだが。

 しかし、引く気はないようだ。二人共構え直し、臨戦態勢。

 こちらも応戦のため、構える。さっきと同様、俺が誘拐犯Aで咲美がBの前に立つ。

 すると、誘拐犯が初めてしゃべった。AがBに向けて。

「おい、TEA使うぞ。」

「……やむを得んか。なら、早急に方をつけるぞ。」

「ああ。」

 ティーイーエー? 何だ? Teaで一単語なら紅茶のことだが、戦闘にそぐわない単語だ。なら何かの略称か? しかし、聞いたことがないな。奴ら独自の暗号かもしれん。

「一応注意な、咲美。あくまで時間稼ぎってこと、忘れんなよ。」

「わかってるわよ。回復が異様に早いのも気になるしね。」

 さて、戦闘再開だ。ただ、口では注意とか言っときながら、俺は油断していたと言わざるを得ない。さっき誘拐犯Aはどう見ても本気で戦っていたし、人間いきなり強くなったりしない。さっきのようにすれば大丈夫だ、勝てる、と考えてしまっていた。だから、十分な距離、十メートルは離れていた誘拐犯Aが、予備動作もなく、構えを少しも崩さず、そのままスライドしたかのように瞬時に目の前に来たときは、本当に驚いた。

そして、俺が対応する前にワンツーを繰り出され、まともにくらった。

「がっ?」

 後ろに吹っ飛ぶ俺。それはパンチの威力もあるが、パンチをもらう瞬間、俺自身が反射的に全身の力を抜いて衝撃を拡散させたためでもある。

 誘拐犯Aは追撃に来た。仰向けに倒れている俺は足で応戦しようとした。しかし、相手はさっきのように一瞬で俺の左側に移動し、俺の腹に蹴りを入れた。

 右に転がる俺。左脇腹はジンジンと痛みがして、体が少し左に折れ曲がる。だが、痛がってる暇はない。膝を立て、うつ伏せから起き上がろうとする。

 普通じゃない。人間は筋肉を使わないと運動できないはず。なのに、奴はその筋肉を使うための動作を一切せず、移動している。それも、さっきより数段速く。マンガとかに出てくる古武術には似たような技があったな。その類か?

 いや、ごまかすのはよそう。それよりもっと身近な例を、俺は知っている。もしそうだとしたら……勝ち目はないな。本当に時間稼ぎがいいとこだ。

誘拐犯Aの方を見ると、今度は普通の予備動作で追ってきていた。今度はちゃんと筋肉を使っている。右腕を振り上げ、俺の背中に打ち下ろす構えだ。

俺は、今度は自ら体を左側に転がして避ける。あ~もう左か右かわからなくなってきた。奴はどっちだ?

ドガッ!

何かすごい音がした。俺は左足に力を入れて一気に立ち上がり、誘拐犯Aと、さっきまで俺がいた場所を見た。驚愕と恐怖が一緒に来た。

誘拐犯Aの拳は、アスファルトを破壊していた。地面には拳より少し大きめの穴が開いており、周りには手の平より大きいアスファルトの塊が散らばっている。衝撃によるヒビが穴から何本も伸びている。そして、誘拐犯Aの右拳は、赤く光っていた。

人間業じゃねえ。なんだ、これ? なんだ、あの光?


 ピリリリリ。ピリリリリ。ピッ。

「琥珀です。何ですか?」

「こちら西川。先日会ったけど、覚えてます?」

 あの優しそうなお兄さんか。

「はい。何か新情報ですか?」

「一分ほど前、先ほどとは別のTEAを確認。場所は先ほどとほぼ同地点。敵の可能性があるため、注意されたし。だそうです。お気をつけて。」

「了解。あと数分で着きます。随時情報お願いします。」

「安馬はもう少しかかるそうです。気負いせず、がんばって下さい。」

 いいタイミングで励ましてくれるわね。

「ありがとう。任せて下さい。」


 間髪入れずに次の攻撃が来た。また一瞬で間合いを詰められ、ワンツー。

しかし、今度は予測の範囲内だったため、首を左右に振って避けきる。そして、見た。この瞬間移動のとき、誘拐犯Aの脚全体が、かすかに赤く光るのを。さっきまでは注意して見ていなかったため、気づかなかった。だが、間違いない。この光が鍵だ。

そう考えてるうちも、相手は拳を振ってくる。ボクサーよろしく鋭いステップで動くため、避けにくいし攻められん。それに、さっきの赤い光で来られたら、って!

ブワォ!

右拳が赤く光るのが見えた瞬間、俺は体をコの字のようにくねらせ、超人パワー右ボディを避ける。相手の目線が俺の腹に来てたから、なんとか避けられた。でなきゃ終わってたな。

誘拐犯Aは、避けられると思ってなかったのか、右腕の勢いを止められず、そのまま上半身を前に泳がせ、俺の蹴りやすい体勢になってくれた。チャンス!

相手の左後ろ斜めから、右ローキックでおもいっきりふくらはぎを打つ。さっき蹴り転がされたお返し。さらに、膝を折って倒れ手をついた相手の背中に向かって、渾身の右拳を振り下ろす。これはアスファルトのお返しだ!

しかしインパクトの刹那、相手の体が再び赤い光を発した。拳はもう止められない。

ガッ、グチッ、ギ、ニチャ。

赤く光った誘拐犯Aの体は、まるで金属の塊のようになっていた。とんでもない固さで俺の拳の衝撃をそのまま返し、その衝撃は俺の拳が耐えられるものではなかった。

俺の右拳は砕け、血が流れ、皮の奥が見えた。それを視覚で確認し、脳が判断を下した後、俺は耐えようのない異物感に襲われ、神経が暴れだし、全身の筋肉が機能を停止し、左手で右腕を押さえながら倒れ、ただただ動けなくなった。

痛みは、わからない。脳は、血の赤と肌の黄色の斑模様となった右手の映像を視神経から受け取り、痛いはず、と伝えてくる。しかし、実際はどうなっているのかわからない。感覚がない。ただ、気持ち悪い。ただ、動けない。声も出ない。ただ、それだけ。

「そっちはどうだ?」

 声が聞こえる。

「腹に一発かましてやった。しばらくは動けないはずだ。」

 誘拐犯の声か。

「よし。お前は対象を追え。俺はここの始末をつける。」

 まずい。

「了解。奴らはこの近辺にはいなかったようだが、気づいていないわけがない。じきに来る。お前も急げよ。」

 追いつかれる。

「わかった。さっさと行け。」

 咲美は……俺と変わらんか。辛そうだな。

「さて。悪いが、大人しくしていてもらう。これは、必要な処置なのだ。本来は、一般人であるキミ達にこれ以上することはないのだが、TEAを見せたことで状況は変わってくる。一度我らと共に来てもらうことになる。なに、傷はすぐ直す。」

 信用できるか! と叫びたいが、口がうまく回らない。

 誘拐犯Aは、未だ腹を抱えている咲美に近づくと、腕越しに腹を蹴り、さらに悶絶させる。そして、強引に両腕を後ろに回させると、紐で縛り始めた。咲美は抵抗を試みるも、腕は固定されていき、脚の動きも弱々しいため、抵抗になっていない。一分とかからず縛られた。

 次はこっちに来た。もう一本紐を持っている。

 冗談じゃねえぞ! なんとか抵抗しねえと!

そう思い、俺は上半身を、なんとか気合で起こした。

そのとき、見た。

最初は伊藤の青、さっきは誘拐犯Aの赤、そして今度は、黄色……か? 少し違うか?黄色より少しかすんだ、黄褐色みたいな色の光は、無数の細長い曲線の形で現れた。光線が曲がっているのではなく、曲線から光が放たれている。その線は誘拐犯Aの背後の一点を中心に、扇状に何本も放たれている。

そしてその光る曲線は誘拐犯Aに襲いかかると、一瞬でその体を切り刻んだ。

服はバラバラに落ち、血は噴き出ずに一斉に流れ出し、顔から生気が消えた。

誘拐犯Aは全身の力が一度に抜け、糸の切れたマリオネットのように倒れた。

線状の光はしばらくそのまま漂った後、発生源の一点に巻き戻され、消えた。

「なるほど。あれは黄色じゃなくて、琥珀色ってわけか。」

 光の集合点には、朝鈴琥珀が立っていた。


 プルルルル。ピッ。

「西川か。どうした?」

「おう、安馬。琥珀さんが現場に到着したようだ。彼女のTEAと思われる反応を確認したからな。その反応も数秒で消えたから、おそらく瞬殺したんだろう。」

 意外と早かったな。伊藤静香さんが心配だったからかな? ま、いい傾向だ。

「了解。俺もあと一、二分で着く。」

「サポートしてやれよ。」

「琥珀には必要ない。」

………………俺より強いんだからな、琥珀は。


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