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時主の食時  作者: 相上
8/31

三章 TE(タイムイーター)(1)

 十二日後。七月十一日、水曜日。放課後になってもまだ太陽は健在で、歩くだけで汗がにじんでくる。

「静香さん。その、大事な話があるんだけど……」

 帰り道、琥珀さんが真剣な顔で言った。

「はい。なんですか?」

 今日の琥珀さんは一日中落ち着いておらず、好きな人に告白しようとしている男の子のようだった。相談があるけど切り出せずにいるのかな。悩み事だろうか。

「ここじゃあまずいので、喫茶店に行きましょう。タイムラウンジに。」

「今からですか? ちょっと遠いですから、そこのスタ」

「あ、あそこじゃないとダメです! ほら、あそこは人が多いから! ね? お願い!」

 ただ事ではない、断れないほどの真剣さが伝わってきた。でもそんな姿も可愛いな。確かにタイムラウンジなら誰かに聞かれる心配はないけど、そんな大事な話なのかな。

「わかりました。それでは、早く行きましょうか。」

 言いにくいことなら、この勢いのまま一気に言っちゃった方がいいよね。

「はい。帰りは送るから、心配しないで。」

「いえ、そこまでしてもらわなくても……」

「遠慮しないでいいよ。帰りは……色々と考えちゃうと思うから。」


 七月十二日、木曜日。朝学校に来ると、伊藤が机に突っ伏して寝ていた。

 これはめずらしいな。絵に描いたような優等生が、こんなだらしない格好を見せるとは。まあ、一般的な高校生なら普通か。変に伊藤のイメージを固めすぎてるのかな。

「おい。どした? そのポーズはお前にふさわしくないぞ。」

 伊藤はガバッと起き上がると、俺を見て、ビックリって顔になった。

「腹でも痛いのか? 早くも夏バテか?」

 伊藤は少しの間、ビックリ顔のまま俺を見続けた後、せき払いをし、いつもの調子に戻そうとした。ただ、いつもより、全てが遅い。

「いえ、何でもありませんよ。昨日よく眠れなかったものですから。おはよう、遠藤君。」

「おう。しかし重症みたいだな。俺、お前が机に突っ伏してるとこ、多分初めて見たぞ。」

「えっと、その、一睡もしていないのに近い状態なので。」

「なんだ? 悩み事か?」

「まあ……そうです。」

 少しためらいがちに話す伊藤は、弱々しく見えた。寝てなくて力が入っていないだけじゃない。本当に悩んでるんだな。

「それなら、俺でも朝鈴でも親でも、話せる人に話しとけな。人に話すと、意外に簡単に解決することもあるから。」

「そうですね。ありがとう。」

                    …………笑う顔も、なんだかぎこちないな。


 最近の昼休みは、バンドの皆で弁当を早食いし、そのまま練習するのが習慣になっていた。今日もいつも通り、俺と甲と咲美と伊藤で部室塔の五階に直行して、昼飯をかっ喰らい、練習を始めた。しかし、今日の伊藤は厳しそうだ。

「ど~したの~? 静香ちゃんミスってばっかだね~調子悪いの~?」

「昨日寝てないんだと。」

「あれ~不眠症? なら睡眠薬飲まなきゃね~てかあれってどこで売ってんの~? 普通の薬局で売ってんの~? ま~私には一生必要ないけどね~」

「咲美は寝付き良さそうな顔だからな。逆に静香ちゃんや時主は寝付きあまりよくなさそうな顔だな。」

「まぁね~私には不眠症の人の気持ちって一生分からないわ~だってふとん入ってから一分以上の記憶ないもんね~ってか皆ふとんの中で何考えてんの~私わかんないわ~」

 そりゃお前はな。

「咲美は朝から常に全力で突っ走って、だんだんペース落ちてって、夜にはさすがに体力残ってないから寝付きもいいだろうさ。」

「デクレッシェンドな生き方だよな。」

「つーか、寝つきの良さそうな顔ってどんな顔だよ、甲。」

「なんとなくだよ。ちなみに俺は、寝つきの良さそうな顔のくせに寝つきの悪いっつーアンバランスな男だ。」

「てことは、顔はあてになんねーってことだな。」

「あの、私は大丈夫ですから、心配しないでください。」

「そうはいかないわよ~だってバンドは楽しむためにやってるんだから~辛いのにやってたって楽しくないでしょ~だから遠慮しないで休んでていいんだよ~誰も怒る人いないんだしさ~そう! 私らは自由なのさ~私らがルールだ~私らが神だ~私らが」

「はいおしゃべりはそこまで! 伊藤はできるだけでいいからもう一回いくぞ!」

「よし来た兄弟! ほら咲美! 静香ちゃん! 最初っからいくぞ!」

「はいはいお任せあれ~静香ちゃん無理しないでね~じゃあいくよ~っと!」

「心配しないでくださいね! 今度はいきますよ!」

 今日もまだまだミスばっかりのメロディーが教室内をこだました。


 今日の静香ちゃんは変だ。時主は寝てないからだって言ってたし、甲もそれほど気にしていなかったけど、あれは眠いだけじゃない。

 今気づいたけど、静香ちゃんなんか時主のこと避けてる。それでいて、ちらちら時主のこと見てる。時主に変化はないから、静香ちゃんの中でって可能性が高い。

 そういえば、琥珀ちゃんのことも避けてるわね。移動教室の時とかいつも一緒に行ってるのに、今日は別々だったし。琥珀ちゃんが話しかけようとしても、ちょっとやりづらそうにしてたし。

                     …………変なことにならなきゃいいけど。


 放課後。私はもっと詳しい話を訊くため、琥珀さんと帰ることにした。

「えっと、TEになったら、どんなことをするの?」

「どんな仕事に就くかは、一応は自分で決められます。仕事の種類は、戦闘を得意として前線に出る者、戦闘の後方支援に当たる者、事務方の仕事の三つに大きく分かれます。」

 仕事の話になると、琥珀さんは丁寧語になるらしい。

「ちなみに私は、この通り戦闘員です。」

「この通り?」

 どこをどう見たって、琥珀さんが戦う人には見えないけど。

「私のように外界との接触が許されているのは、戦闘員だけなんです。色々危険が多いので。こう見えても、私、このあたりに配属されているTEの中では一番強いんですよ。」

 そう言って胸を張る琥珀さんは、やっぱり小さくて可愛かった。

「…………にわかに信じがたいけど。」

 私がそう言うと、琥珀さんはちょっとしゅんとなった。

「そうですね。まあ、そのうち力を見せることもあるでしょう。もちろん、決心してくれたらの話ですけどね。」

「そうですね………………」

「あっ、もちろん断ってくれてもいいんですよ。断った場合は、二度とこの話はせず、こちらに巻き込むこともしないことを誓います。こちらの法令でも定められているので、安心してください。忘れてもらって結構です。」

 そう言われてもなぁ。こんなこと、簡単に忘れられないわ。

「時間はたっぷりあるので、ゆっくり考えてください。」

 たっぷりかぁ。でも、私がもたもたしていると…………。

「何か?」

「遠藤君には、もうTEのこと言ったの?」

「ん……えーっと、そういえば口が滑ってしまったんでしたね。後から兄さんに叱られてしまいました。遠藤君にはまだ言っていません。事前調査は基本二週間なので。私は最初に静香さんの調査に入って、遠藤君の調査は数日遅れです。遠藤君も一次は合格の予定なので、もう少ししたら伝える予定です。」

「そう……」

「遠藤君には私から言うことになってますから、秘密にしておいてくださいね。本来遠藤君のことは静香さんに言ってはいけなかったので。」

「はい、わかったわ。」

                 …………時主君は……どうするのかな…………?


 七月十三日、金曜日。今日も伊藤は眠そうだ。

俺と甲と咲美と朝鈴の話に入ってきてはいるが、目をこすってばかりいる。普段の伊藤なら、眠いとか疲れたとかやる気出ないといったことは表情に出さないから、よほどキツイのだと思われる。悩み事はそれほど深刻らしい。

 朝鈴も伊藤を心配しているようで、ちらちら伊藤を見ている。甲は気づいているが、気を遣わせないようにあえて無視している。咲美は…………元気いっぱいにしゃべってるけど、結構気が利くとこあるからな。多分気づいていると思う。その上で、いつも通りしてるんだろう。昼休みまで、そんな感じだった。

「時主、昼ちょっと付き合え。」

 四時間目が終わってすぐ、甲に後ろから首をつかまれた。

「ふむ。じゃあ今日は練習休みか?」

「咲美、静香ちゃん、今日の昼用事あるから、練習休みでいいか?」

「…………。いいんじゃない? たまには休みもとらないとね~スポーツ選手は休むのも仕事のうちって言うしさ~バンドも順調だしね~今日はフリーってことで~おっ、ゆうこ~りか~今日は一緒にご飯食べよ~。」

 咲美はさっさと行ってしまった。

「静香ちゃんもいいよな?」

「はい。ありがとうございます、藤代君。」

 伊藤は肩の力を抜いて、リラックスモードに入った。

 俺は甲と教室を出た。

「気が利くわね、藤代君。」

 朝鈴が、俺達が出てくるのを待っていたかのように、廊下で腕を組んで立っていた。

「まあな。静香ちゃんだけ休めと言っても休み辛いだろうし。これなら俺たちが気を遣ってるってわかってても、気兼ねなく休んでくれるだろ。」

「そうね。でも、バンドの方は大丈夫なの?」

「朝鈴、それに関しては心配するな。甲のオリジナル曲は結構覚えやすいし、それほど難しくない。十分間に合うよ。」

「そう……悪いわね。」

「ああ。ただこういう時は、忍びねえな、って言うんだぞ。」

 朝鈴は俺の目をジーっと見た。警戒されてるな。

「…………忍びねえな。」

「「かまわんよ。」」

「…………」

 何のことかわかってないらしい。ハンパねえ、にしとけばわかったかな。

「じゃ、そゆことで。」

「じゃな、琥珀ちゃん。」

「ちょ、ちょっと待って! これは何? これで合ってるの? 教えなさいよ!」

「後で伊藤にでも教えてもらえ。」

「いや、静香ちゃんはわからんだろ。誰かお笑い好きの人じゃないと。」

「何? お笑い?」

「ま、気にすんな。」

「気にしたら負けだな。」

「………………やっぱりあんたら信用ならないわ。」


 放課後は伊藤の要望もあって、いつも通り練習することになった。伊藤は伊藤で俺たちに気を遣ってくれてるみたいだ。ここは伊藤の好きなようにさせた方がいいだろう。朝鈴の話だと、昼はほとんど寝ていて、すっきりした感じだったしそうだし。

今日は教室を使えない日なので、カラオケボックスで練習した。

しかし、伊藤の疲れは俺達の考え以上だった。伊藤は練習の終盤、小休止しているときに眠ってしまったのだ。なんとも可愛い寝顔で。

「咲美、時主、今日はこの辺にしとくか。」

「そうね~静香ちゃんお疲れだし。甲か時主か、おぶってってあげなよ。」

「よし、甲、勝負だ。」

「いいわね~敗者には肉体労働してもらいましょうか~。」

「? 何言ってんだ? これは伊藤をおんぶする権利を得るための戦いだぞ?」

「その通りだ。俺たちが静香ちゃんのような女子をおんぶできるチャンスなぞ、そう頻繁にあるもんじゃないからな。」

「…………」

 咲美が俺たちに軽蔑の眼差しを向けている。まあ一般的な女子高校生なら、この反応でしょうがないか。咲美は男と付き合ったことないしな。

だがしかし、これこそが健康的な男子高校生の正しい姿だ! 文句を言われる筋合いも、軽蔑される謂れもないはずだ!

さて今日は何にすっかな……。古今東西はうるさいかな……。

「ということなんだが、時主。今回はあえてお前に譲る。ありがたく思え。」

「??? いいのか?」

「ああ。俺は物分りのいい男だからな。…………後から静香ちゃんにうらまれたくはないし。」

「ん? 何つった? 小声でなんか言ったろ。」

「気のせいだ。知る必要のないこと(need not to know)だ。」

「……あっそ。別にいいけど。」

「じゃあ早めに帰りましょうか。時主、遅れたら承知しないわよ。静香ちゃんが重いから……とは、まさか言わないわよね?」

「はいよ。」

 俺は起こさないように伊藤をおぶり、カラオケボックスを出た。

 伊藤は本当に軽かった。背もそんな高くないしもともと小柄だから、そんな重くないとは思っていたけど、これは『重くない』と言うより『軽い』と言うべきだ。ちゃんと食ってんのか? ダイエット必要ないぞ?

「しっかし、寝顔本当に可愛いわね~イタズラしたくなっちゃうわ~お~ぷにぷに~」

 咲美は伊藤の頬をつんつんして遊んでいる。

「おいおい、静香ちゃん起こすなよ? 時主におんぶされてると分かったら、間違いなく暴れるだろうからな。」

「大丈夫だって~こんなにぐっすり寝てんだもん~」

「そうだな……よく寝てるよな……。なんか悩み事があって、それで夜も眠れないらしいんだけど……伊藤がそんなに悩むことって、何だかわかるか?」

「「…………………………………………」」

「わかんないか。」

「琥珀ちゃんなら知ってんじゃない? この前から琥珀ちゃんも様子が違うかったし。」

「伊藤を心配してただけじゃないのか?」

「い~や、あれは知ってて心配してるって雰囲気だったわ。明日私から訊いてみるわね。」

「咲美、無理に訊くんじゃないぞ。琥珀ちゃんなら知っているかもしれないけど、琥珀ちゃんだから話したってこともあるだろうからさ。」

「そうだな。咲美は多少強引なとこあるし、気をつけろよ。」


 そのときだった。

 何の前触れもなく、それは起きた。


 場所は住宅地のど真ん中。時間は午後八時くらい。

 まず、周囲が突然青に染まり、俺の目の前に影ができた。俺一人分のだ。目の前に影ができるということは、後ろから光が当たっているってこと。なのだが、今歩いているのは真っ暗な住宅地。街灯も約二十メートルおきにポツンとあるだけで、それ以外の光源は、住宅の窓から漏れている光だけ。はっきりした影ができるほどの光はないはず。そして、目の前にある影は一人分の形をしている。今、俺は背中に伊藤を背負ってるはずなのに。

 俺は首だけで振り向いた。

 そこには、驚いた顔の咲美と甲。そして、青く光っている伊藤がいた。

 光源は伊藤の体だった。

伊藤はまだぐっすり眠っていて、特に変わったところはない。

青い光を発している以外は。

「な、うそだろ?」

 甲の言葉に同意する。うそだろ?

「静香ちゃん……何やってんの?」

 咲美は冗談交じりに突っ込んでいるが、それはないだろう。


 そして次の瞬間、伊藤は消えた。


 伊藤は、まるで瞬間移動したかのように、一瞬でいなくなった。

直前まで、俺の背中に、確かにいたんだけど、もういない。

周りも元の暗闇に戻り、青い光はなくなった。

急に背中の重さのなくなったことで、俺は体が浮くような感覚に襲われ、バランスを崩し、たたらを踏んだ。

体勢を立て直し、二人の方へ振り向く。

咲美と目が合った。お互い苦笑い。ハハハ。

甲にも顔を向け、ハハハと苦笑い。

しかし、甲は笑わない。うつむき、眉間にしわを寄せ、難しい顔で何かを考えている。甲のこんな真剣な顔を見るのは、多分知り合って初めてだ。

そうしてこっちにも驚いていると、甲は急に顔を上げ、俺たちを交互に見た。

「咲美、時主、静香ちゃん探すぞ。咲美は今来た道戻ってみてくれ。時主は反対側な。俺は塀の向こう見てみるから。」

 甲の目は真剣そのもの。わけが分からんが、甲の言う通り、伊藤を探すしかないか。

 咲美ともアイコンタクトをとる。そして、すぐに探索を開始した。こっちはすぐT字路になっており、俺は右側から見てみた。

にしても、俺達って結構不測の事態に強いよな。普通の人なら、頭切り替えるのにもっと時間かかりそうなもんだが、今の俺達はもう伊藤を探すことに集中している。わけが分からないなら、わけが分からないなりにできることをしてみる。動かないほうがいいって場合もあるけど、そこはほら、俺ら若いし、まだまだわからないことだらけだからな。わからないからって、立ち止まっていられないさ。

 そして五分くらいしたとき、いや、実際はもっと短かったかな、とにかく探索始めて少ししたとき、再び青い光がこの辺りを覆った。

 俺は反射的に振り返る。伊藤が消えた方へ。


 そこには、伊藤がいた。


 青い光を発してい……て、今光が消えた。

 俺は走って伊藤のそばへ向かった。

 伊藤はアスファルトの上に倒れて……眠っている。

「おい! 伊藤!」

 俺は伊藤の頭を左腕に乗せ、体を起こした。

 咲美と甲も集まってきた。

 伊藤は、特に変わったところはない。光も消えている。寝顔もさっきと一緒。

「とにかく、静香ちゃんを寝かせられるところに行くぞ。時主、おんぶしてくれ。」

「ここからだと、私の家が一番近いわ。来なさい。」

「そうだな。咲美、手伝え。」

 俺は一旦伊藤を咲美に預け、しゃがんだ格好で後ろを向いた。

 そのとき、俺たちをさらに困惑させることが起きた。


 キキー、ガチャ、バッ、ガッ、ブオー、バタン。


 所要時間数秒。伊藤が誘拐された。

 まず普通乗用車が猛スピードで走ってきて、俺達のすぐそばで止まるように急ブレーキをかけると、後部のドアを開け、覆面にスーツの男が一人出てきて咲美から伊藤を奪い、そのまま後部座席へ滑り込み、車を急発進させ、ドアを閉めた。

 見事な手際だった。普通の高校生だったら、突然の事態にあっけに取られ、このまま数秒は何もできたかったに違いない。実際、車がすぐそばで急ブレーキをしたのに、俺達は動けなかった。人間、不測の事態に陥ると、どうしても一度止まってしまうものだ。

だが、ここからの俺達の反応は早かった。俺達の神経は普通の高校生よりも圧倒的に図太いようで、また、すでに異常な事態に直面していたために、自体の飲み込みも早かったからである。俺達の体が動くまで、車が発進してから一秒もかからなかったと思う。

「時主! 咲美!」

「了解!」「OK!」

 甲の声に呼応し、俺と咲美は走り出す。向こうはすぐT字路なため、車は減速を余儀なくされる。この狭い道でドリフトするのは無理だしな。なら、走れば追いつける!

 想定どおり車は減速し、右に曲がろうとした。勢いあまって車体は傾き、右側のタイヤが浮いている。

 ここで一瞬車が止まったように見え、隙が生まれる。今!

甲が何か(後にビール瓶と判明)をおもいっきり投げ、それが運転席のサイドガラスに命中。全面にヒビを入れた。

その直後、今度は俺が全力疾走の勢いのまま、運転席に向かって体当たり。少し浮いていた車体はさらにバランスを失い、タイヤの擦れる音が響く。

そして咲美。体当たりの反動で後ろにずっこけた俺を飛び越えると、そのまま横回転してジャンピング回し蹴りをくらわせた。目標は、甲がヒビ入れたガラスを破った先にある運転手、の顔。見事に命中した蹴りは運転手の意識を奪った。

コントロール不能となった車はそのままスピンし、民家の塀に激突。止まった。

咲美が車に近づいていく。

「咲美、気ぃつけろよ。」

「OK。」

咲美は後部ドアを開け、意外とあっさり伊藤を奪い返した。

「中の奴らはまだのびてるわ。今のうちよ。」

「咲美、時主、大丈夫か?」

「なんとかな。」

「じゃあ警察行くぞ。まずは雷鳥通りに出るんだ。咲美、俺がおんぶしていく。時主は警察に電話……してるとこか。咲美は、見た感じ盗難車だろうけど、一応車のナンバー覚えといてくれ。」

「ムービー撮っとくわ。」

「撮ったらすぐ行くぞ。時主、繋がったか?」

「いや、それが繋がんねーんだよ。圏外じゃないはずなのに。」

 何度110にかけても、一向に繋がる気配がない。さっきので壊れたか?

「なんか、私のケータイも調子悪いんだけど。」

「ならいい! 走るぞ!」

 伊藤をおんぶした甲を先頭に、まだ人通りの多い雷鳥通りへと向かった。

 住宅地は暗く、静かだ。街灯の光は淡く、ここまで届いていない。

 そのとき、後ろから車のライトに照らされた。後ろを振り返りながら、反射的に叫ぶ。

「横に飛べ!」

 咲美は右、俺は左、甲も左に飛んだ。その間をさっきの車が猛スピードで突き抜ける。

「なんちゅう無茶を……。」

「時主、甲、すぐ立って!」

 言われなくても立つわ!

そこから反対側に逃げようとしたが、伊藤を奪っていった男が立ちふさがった。車を降りていたらしい。結構ごつくてでかい男だ。百九十近くあるんじゃないか? でも灰色のスーツに覆面という合わない格好をしていて、ちょっと笑いを誘うな。

「まずいわね。挟み撃ちよ。」

 運転していた方も車を降り、こっちに歩いてくる。こちらも覆面と紺色のスーツを着用。体格もよく似ている。

「甲、伊藤の様子は?」

「変化なし。ぐっすり眠ってる。」

「なんで起きないわけ~? 静香ちゃんって大物~?」

 ただものじゃないと思ってはいたが、これほどの神経とはな。

「ケータイは?」

「つながんないわ~どうなってんの~? 後でドコ○に文句言いに行ってやる~!」

「なら仕方ない。甲は伊藤を背負ったまま大通りまで走れ。俺と咲美でカバーすっから。」

「それっきゃないな。頼んだぞ、お二人さん。」

「何で~? 向こうも丸腰だし、ここでとっちめちゃおうよ!」

 咲美はすでに臨戦態勢。こいつは逃げるのとか嫌いだからな。

「咲美、これはただの誘拐じゃない。奴らは衝動的な誘拐犯じゃなさそうだし、狙いはおそらく伊藤だ。」

「? なんでわかんの?」

「ただの誘拐なら、高校生が四人いる中で一人だけをさらうか? 一人になったときを狙うか、全員まとめてってのが普通だ。それがこんな形になったってことは、伊藤を、今、さらう理由があるってことだ。」

「そして、一度は失敗したにもかかわらず、奴らはまた来た。口封じって可能性もあるけど、顔を見られたわけでもないし、盗難車は証拠隠滅して乗り捨てればいい。リスクを考えれば、ここはあきらめて、一度体制を立て直し、また別の奴を狙ったほうがいいはずだ。そうしないってことは、よっぽどの理由があるらしいな。」

「さらに、さっき車が突っ込んできたとき、甲は伊藤をおんぶしていて避けるのが少し遅れたんだが、奴らは当てずに避けた。俺や咲美には当てる勢いでぶつかってきたのにさ。てことは、伊藤にピンポイントに用がある可能性が高いってことだ。」

「そしてその理由は、おそらくさっきの青い光だろうな。」

「それしか思い当たらないな。」

「ただ、これは推測に過ぎんし、わからないことも多い。」

「な~んかわけわかんなくなってきたわ~。それで、結局ど~すればい~の~?」

「甲、他に仲間いると思うか?」

「多分いないな。いるんなら、さっき伊藤を取り返したときに出てきてるはずだ。」

「そうだな。バックになんか組織があってもおかしくないけど、ここには仲間はいないと思う。いたとしても、現場に出てくるタイプじゃなさそうだな。」

「ただ、時間がたったら応援が来るって可能性はある。民家に逃げ込んでどうにかなる連中じゃなさそうだし、早いとこ警察行くぞ。」

「話終わった? じゃ~どうすんの~?」

「基本的に、咲美は運転してた方を頼む。俺は向こうをやるから。」

「気をつけろよ? これは試合じゃないし、丸腰に見えても、武器持ってないとは限らないんだからな。いや、持っていると思った方がいい。」

「了解。とりあえず安全第一でいいな、咲美。甲、伊藤を頼んだぞ!」

 俺は誘拐犯A(伊藤をさらった方)に突進していった。

「先手必勝!」

 咲美も俺に続き、こっちへ走る。まずは甲と伊藤を逃がす隙を作らねばならんからな。

 同時に反対側の誘拐犯B(運転していた方)もこっち側に走ってくる。

「ケガすんなよ!」

 甲も伊藤を背負って走って来た。


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