二章 バンドと転校生(1)
朝鈴 琥珀 …… 転校性。小さい。
タイム・ラウンジ …… 喫茶店
六月二十五日、月曜日。登校中、たまたま甲と会った。
「よう。昨日は咲美に会えたか。」
「ああ。映画見て、飯食って、これからもよろしく、だとさ。もういつもの咲美に戻っているはずだ。あのついていけないテンションの……な。」
「そりゃよかった。しかし、俺はコーヒー一杯おごってもらっただけだったぞ。なんか贔屓じゃねえか? 大事な妹助けたの、この俺だぞ。」
「俺の方が万倍大変だったっての。妥当な差だな。」
「そんなもんかね~。そうだ! 昨日テニス部の奴が顧問から聞いたらしいんだが、なんと、ウチのクラスに転校生が来るらしいぞ!」
どうだ、と言わんばかりのテンションで教えてくれたところ、非常に申し訳ないが、
「ああ、すまん。俺金曜の時点で知ってたわ。そういえば、言ってなかったな。」
「なに? 時主、てめえこんなオモシロ情報を今まで独り占めしてやがったのか!」
「ワリいワリい。もともと別件で香川サンと話しているときに聞いてさ。いや、別件ってわけじゃないのか。とにかく、別のこと考えてたんだよ。」
「ど~いうことだ?」
むくれた言い方だ。怒んなって。
「金曜の情報の前に、知ってるやつがいるって言って、抜けたときあったろ。その子、今年の春に道端で倒れててさ。やべえと思って、助け呼んだんだけど、戻ってみたらいなくなってたんだよ。血流してたんだけど、その痕跡もなくなっててさ。めっちゃ怖かったし、回りからは変人扱いされるしで、いやもう散々だったな。」
「…………そ~れで?」
甲が身を乗り出してきた。顔は笑っていたが、目は真剣だった。
「そんで、この前まで忘れてたんだけど、木曜にたまたま見かけて、金曜にも見かけたから、声かけてみようかと思ってな。そん時、職員室で見失ったから香川サンに聞いたら、たぶん転校生だろうってさ。」
「…………な~るほど、な……。」
なんか、反応鈍いな。まだ怒ってんのかよ。
そのままいつも通り、チャイム五分前に教室に入った。すると、クラスの奴らが順番にこっちを向き、少し間をおいて、また元に戻って話し始めた。
「土曜の咲美暴走事件が噂になってるんだろ。」
「まあ、あんだけ派手にやらかしたからな。当分は仕方ないか。」
俺がシカトを決め込んでいると、咲美が登校してきた。
「おはよ~時主と甲~昨日つきあってくれてありがとね~楽しかったわ~財布が軽くなったっていうか札がなくなって玉ばっかで重くなったかも~でも楽しかったからオッケ~無駄に使ったわけじゃないしね~今日おごってもらうしね~って聞いてんの時主!」
「聞いてるよ。今日は放課後、咲美のおごりでカラオケ行くから予定空けとけだとよ。」
「そうか。そりゃ悪いな、咲美。実は今月もう金なくて困ってたんだよ。非常に助かる。」
「何聞いとったんだあんたらは! おごってやろうにもおごる小遣いが残ってないって言ってんのよ!」
まあこんな調子で、いつも通りの朝になった。
一時間目が終わり、ホームルームとなった。香川サンが静かに教室に入ってくる。すると、さっきまでばらばらでやかましく話していたクラスの皆はすぐに席に着く。入ってくるだけでクラスが静かになるのは、この学校の教師の中でも香川サンくらいだな。
香川サンはゆっくりと、ビブラートのかかった(震えた、とも言う)声で話し始める。
「えー……。今……転校生が……廊下にいます。」
「おー。」
「えー……。女性です。」
「おぉーー。」
「えー……。かわいらしい……子です。」
「おぉぉーーー。」
クラスのテンションが次第に上がっていく。男で、ブ男だったら逆だったろうに。
「では……皆さん。拍手で……迎えましょう。どうぞ。お入りなさい。」
クラス中の視線が、教室の前のドアに集中する。なんとなく見るって奴もいれば、身を乗り出して凝視してる奴もいる。俺や伊藤は前者、甲や咲美は後者だな。
ドアが開かれ、女の子が一人、入ってきた。予想通りの顔だった。あのときの人だ。
歓声と拍手を受けて歩いてきた女の子は、ぎこちなかった。
見るからに緊張している。足元見てなくて、教壇の段差につまづいてるし。足震えてるし。目つききついし。
一方、周りのテンションはさらに上昇した。男女とも、歓声が倍になった。
かわいい子だという認識は全会一致だな。まず、小さいから。百五十はない。百四十もないんじゃないか? 小学生でも十分通じるだろう。いや、逆に高校生だといっても信じてもらえなさそうだな。そして、顔もかわいい。表情は堅くてきついけど、それでもかわいい。人形のような子とは、まさにこいつのことだな。少しウェーブのかかったロングヘアーも似合っている。
教壇にいる香川サンの左隣に着くと、正面を向いて両手を後ろに回した。
「では……自己紹介を……どうぞ。」
女の子の顔が一層こわばる。くるっと後ろを向いて、チョークを取り、名前を書いた。でも、後の方からは読めないくらいに小さい。ちなみに横書き。帰国子女か?
名前を書き終え振り返ると、再び集中した視線を浴びてびっくりしたのか、一歩後ずさって、んっ、と勢いよく息を吸い込んだ。目は全開で、硬直。手は半開きで振動中。
吸い込んだ空気をなんとか飲み込み、息を整える。一度目をつぶる。数秒の沈黙。そして、再び目を開いたときには、各種振るえは止まり、はっきりと通る声で言った。
「私は朝鈴琥珀といいます。諸事情により、転校してきました。いろいろわからないことも多いと思いますので、よかったらいろいろ教えてください。よろしくお願いします。」
教室が拍手と歓声に包まれた。すると、緊張が解けたのか、朝鈴はほっとした表情でニコッと笑った。そして、その笑顔のかわいさを見たクラスの皆は、もう一段階、拍手と歓声のレベルを上げる。二段階の歓迎を受けた朝鈴は、ほっとしていた笑顔から、嬉しさを前面に出した満面の笑顔に変わり、こけた。
…………………………………………………………………………………ころんだ。
拍手と歓声の中で香川サンに席の指示を受けた朝鈴は、満面の笑顔のまま席へ向かおうとし、足を踏み外した。教壇の段差を忘れていたらしい。
朝鈴は顔面から床にダイブした。床に手もつけずに。
拍手は止み、歓声は途切れた。皆、口を開けてぼーぜんとしている。
なんか、誰も話しかけられない雰囲気ってあるよな。今、まさにそんな状態。俺達にできることは、ただ、見守ること。
朝鈴は体を起こし、体育座りからしゃがんだ状態になった。うつむいて、恥に耐えている表情を隠している。振り向き、教壇の段差をにらむ。口を尖らせ、一言つぶやく。
「段差注意。」
クラス内、失笑。
「あっ! わ、わ、わ、わらったー!」
それを聞いた朝鈴は、立ち上がり、クラスのいたるところを、腕を左右に振りながら震えた手で指差し、恥ずかしさを前面に出したかわいい顔と声でわめいた。
クラス内が笑いの渦となった。咲美はゲラゲラ大声で馬鹿笑いしているし、甲は腹をおさえて必死にこらえようとしているが、全然こらえきれてない。普段は声を出して笑わない伊藤とかも、ふふふ、と笑いがもれている。俺はというと、まあ転校初日でかわいそうだとは思うが、面白いものは面白い、よって笑わずにはいられない……よな。
失笑から爆笑へ。笑われた本人は、恥ずかしさに負けて泣きそうな顔になっていた。
休み時間。朝鈴は女子に囲まれた。咲美が質問攻めにしている。
朝鈴はあまりこういうのに慣れてないらしい。緊張して、少し周りにきつくあたってるのがわかる。でも、皆さっきの朝鈴のドジを見てるので、普通の転校生よりもなれなれしく話してるみたいだ。そんなこんなを見ていると、後ろから肩をたたかれた。
「時主はああいうのが好きなのか。ちょっとロリ趣味だな。かわいいけど。」
「ちげーよ。ちょっと訊きたいことがあるんだけど、あれじゃ無理だな。」
「道端で倒れてたんだっけ。それ、いつのこと?」
「えっと……三月の二十三だったかな。日雇いバイトの日だったから。それが夜中の十二時くらいでさ、めっちゃビビッたぞ。」
「そうか。そりゃ災難だったな。」
甲はそう言うと、自分の席に戻っていった。興味あんのか? ないのか? いつもなら、もう少し話を広げてるはずなんだけどな。……よくわからんやつだ。
昼休み。朝鈴は女子に囲まれながら、購買に案内されていった。一方、咲美は俺らと食うらしい。咲美はでかい弁当箱を俺の席にドカッと置いた。一般的な男子の弁当箱の、優に二倍、いや三倍はあるな。中身もぎっちりつまっており、一分の隙もない。これは全部、咲美が自分で食うために作ってきてるのだ。そう、咲美は大食いである。メシを食っているときには口数も半分になるので、咲美の弁当が多いとこっちも助かる。
甲も購買から帰ってきて、三人で俺の机を囲った。
俺は咲美にも、春に朝鈴が倒れていたことを話した。
「人違いじゃないの~? 特にそんなケガの後は見当たらないし。」
「まあその可能性もあるけどな。でも、そっくりさんと呼ぶには似すぎだぞ。」
「今まで入院していて、治ったから編入してきたってことかもしれんぞ。」
「じゃ、訊いてみれば? 帰ってきたわよ。」
ドアのほうを見ると、朝鈴を中心とする女子の集団が購買から帰ってきていた。
「あの女子の塊の中を割って行けって? さすがにしんどいって。」
「かきわけてつっこめよ。後ろは守ってやるからさ。」
「お前が前衛になれ。」
「よっしゃ、行くか。」
「あー待て待て待て。冗談とわかってて拾うな。」
「ほとふぉりが冷めるふぁで待っふぇるの? いふぁのうちに行っふぁえば?」
口にご飯をめいっぱい含みながらも、咲美はなんとか聞き取れる声を出した。
「そうだな。放課後にでもチャンスがあればな。」
「放課後はカラオケに行くんだぞ。忘れんなよ。」
「ああ。そういえば、メンバー誰か声かけてみたか? 昨日言ってたよな。」
「メンふぁー増やふの?」
「甲が、どうしてもほしいんだってよ。キーボードとドラムだっけ?」
「ああ。貸し出しは数に限りがあるらしいから、早めに誘わないとな。キーボードは、女子で誰かピアノやってた人とかいないかな。できればやってた人のほうがいいだろ。」
咲美が口の中の物を飲み込んで、答える。
「どーだったかな~私の知り合いってそういうのが疎い人ばっかだからね~いなさそうだな~……そうだ! 琥珀ちゃんを入れようか!」
「琥珀って誰?」
「おいおい時主。転校生の名前くらい覚えてろよ。」
「ん? ああ、朝鈴って、名前は琥珀か。」
「ふぉーよ。こふぁくちゃん。きふぇいな名前だよふぇ~。」
まーた口にいっぱい詰め込んで……。
「しかし、転校生にいきなりバンドをさせるのはどうかと思うぞ。キツくないか?」
「ふぁ~いふぉ~ふふぁっふぇ~。」
大丈夫だって、と言ったらしい。
「まあ、ついでに声かけてみるか。どうせ後から行くんだし。」
「わふぁしも行くふぁ。とにふぁく、連れふぇ来まふぉうよ。」
「時主、朝鈴乗り気じゃなかったら、咲美抑えて帰ってこいよ。強引な勧誘禁止だから。」
「甲は来ねぇのか。」
「俺はバンドの申請に行ってくるから。」
放課後。朝鈴はそそくさと帰ろうとしていた。転校初日で疲れているみたいだな。
俺と咲美は朝鈴に声をかけた。
「やほ~琥珀ちゃん~私覚えてるよね? さっき自己紹介した」
俺は右手で咲美を顔から押しのけて、前に出る。
「よう。やっぱ春に会った奴だよな。覚えてっか?」
「……はい。もちろん。」
朝鈴は俺を見るとギョッとなり、厳しい顔になった。
「いや、そんな怖い顔すんなよ。あの後いなくなっちゃったから、どうしたのかなと思ってさ。言いたくないんなら言わなくてもいいんだけど。」
朝鈴はちょっと考え込む。その間も、目は鋭くこっちを見ている。
「……場所を変えましょう。ついてきてください。」
朝鈴に案内されて来た喫茶店タイム・ラウンジは、立地が悪いせいかガラガラだった。
「へぇ~こんなところに喫茶店あったんだね~超穴場じゃな~い琥珀ちゃん転校してばっかなのによくこんなお店知ってたね~実はソッチ系のマニアとか~?」
「好きは好きですけど、マニアというわけではないです。」
「そっか~でもじゃあ今度一緒に喫茶店巡りでもしようね~私全然わかんないけど~。」
「なんか文脈おかしかった気がするけど気にしないでくれ、朝鈴。」
「はい。わかりました。」
「俺か咲美か、どっちに対してのわかりましたなんだ?」
「両方です。でも大抵兄と行っているので、それでもいいですか?」
「そんなの全然だよ~じゃあさ~琥珀ちゃん私の妹になってよ~姉妹なら違和感ないでしょ~琥珀ちゃん妹にほしいし~」
「ダメです。兄が許しません。」
真面目に答えるなよ。
「いやいや、そこは笑うかつっこんでやってくれ。ボケてんだから。」
俺がそう言うと、朝鈴はハッとして、なんか間違えたって顔になった。ん? なんか変なこと言ったか? 朝鈴は数秒間目を泳がせて、咳払いをする。なんで動揺してんだと思ったら、つっこんだ。
「あ、そうですか。それでは、……なんでやねん、ビシッ。」
一生懸命な顔プラス抑揚のない声でつっこんだ。
「……?」
空気が止まった。朝鈴の放った左手の典型的なつっこみは、見事に咲美の右肩に命中したのだが、誰も反応できない。というか、どんな反応すればいいの?
朝鈴はじっとして黙っている俺たちを見て、クエスチョンマークを頭に浮かべている。
俺も咲美も、朝鈴とまともに話すのは今日が初めてだ。いきなりのボケをつっこめるほど、朝鈴のことをよく知らないし、親しくもない。せめて空気が重くなければ、咲美がフォローにいけただろうけど。
「えっと、ボケには、つっこむんですよね?」
「あ、ああ……そう……うん。そうなんだけど……」
「な、何がおかしかったんですか?」
「え~っとね、琥珀ちゃん。なんと言えばいいか……」
「つっこむところを間違えたんでしょうか?」
「ん? いや……どうなんだ? 咲美。」
「うぇ? え~~~う~~んと~」
結局、ウエイトレスさんがコーヒーを持って来るまで、しどろもどろの会話が続いた。
わかったこと。自己紹介からそうじゃないかと疑ってはいたんだが。朝鈴は天然だ。
朝鈴が落ち着いてから、本題に入ることにした。ちなみに咲美はうるさいので、ケーキをおごってやり、口を塞いだ。
「秘密にしてください。」
朝鈴はそう言った。なんか知らんが、深い事情があるのだそうだ。
「ん、まー俺は別にいいんだが、体はなんともないんだな?」
「はい。元気です。」
「それなら、俺から言うことはもうないか。ただ、大丈夫かな~って心配だっただけだから。胸のしこりが取れてすっきりしたよ。」
「ご迷惑をおかけしました。」
「いやいや。あと、甲にはもう言っちゃったんだけど、後で口止めしとくよ。」
「こう、というのは、藤代甲さんのことですか?」
「そうだよ。よく名前覚えてたな。」
「できれば、今連絡してほしいんですけど。」
「ああ。いいよ。ちょっと待っててな。」
席を立って携帯かけに行こうとする。
「いえ、ここで電話してもらえませんか。できれば代わってほしいので。」
「ん、わかった。」
トゥルルルル。トゥルルルル。
「もしもしー。どうしたー時主。」
「おう、甲か。今朝鈴と話してんだけどさ、今朝、朝鈴が春に倒れてたって話したろ。」
「ああ。それが?」
「それ、誰かに話したか?」
「いいや、お前とだけだけど。」
「そうか。なら……朝鈴に代わるわ。」
ケータイを持っている左腕の袖を朝鈴が引っ張ってきたので、電話を代わった。
「もしもし。お電話変わりました、朝鈴です。藤代甲さんですか?」
「ああ。話すのは初めてかな? よろしくな。」
「こちらこそ。それで、春に私が倒れていたことなんですけれども、秘密にしてもらえませんでしょうか。あまり吹聴されると困るんですけれど。」
「ん。わかったよ。俺、口は堅いから信用してくれ。知っているのは、時主と咲美と俺だけか?」
「はい。それ以外にも知っている人がいたら、教えてください。」
「OK。」
「どうもありがとうございます。では、代わります。」
どうも、と言ってケータイを渡された。
やけにスピーディーなやりとりだった。お互い事務的というか、確認みたいな感じだ。
「じゃあ、そういうことで。」
「申請終わったから、噴水に集合な。」
「了解。」
電話を切った。
「これでいいんだよな。」
「はい。ありがとうございます。」
ここで、今まで黙らせていた咲美が解放された。
「話終わった? なら交渉に移りましょうか~琥珀ちゃん! 私ら今度の軽音祭にバンドするんだけど一緒にやらない? 何か楽器できる? 実はピアノやってたとか実はギターしたことあるとか実はドラムが大好きだとか! いやこの際初心者でもいいからっていうか私らも初心者だから遠慮なく」
「つまりは、バンドやってみないかってことだ。楽しいと思うぞ。」
「そうよ~転校したばっかなんだからクラスの皆にアピールして仲良くなるチャンスだし~出だしが肝心なんだからここはがんばってみ、うごっ、ちょっ」
前傾姿勢で朝鈴と顔を近づけて話す咲美を抑え、勧誘を始める。咲美のペースに合わせていたら、やろうと思ってたやつも引いてしまいそうだ。本人に自覚はないが、威圧しているようで結構怖い。勧誘は、相手の反応を見ながら、少しずつ情報を与え、相手から自分の気持ちを話してくれるのを待つのがいい。
しかし、朝鈴の反応は冷たかった。
「すいません。とても忙しいので、お断りさせていただきます。」
言葉以上に、全身からお断りオーラが出ている。まったく有り得ない、と目が言っている。あー、こりゃダメだな。
「そうか。残念だが、仕方ないな。」
「いや時主! まだあきらめるには早」
「無理やり入れてもしょうがないし、強引な勧誘は禁止だ。あきらめ」
「でもバンドって聞いたとき琥珀ちゃんの目ちょっと動いたよ~少しは興味あるんだって~だからもう少し」
「でもそのあとにキッパリと断ってるんだから。しつこ」
「そりゃそうだけどでも」
「石川さん。」
「はい?」
「すいません。」
朝鈴はかしこまって、ペコリと一礼した。さすがの咲美も、これには参ったようだ。
喫茶店タイム・ラウンジを出たところで朝鈴と別れた。これから兄貴と会うそうだ。
俺と咲美は来た道を戻り、学校へ。甲は待ちくたびれていた。
「おせーぞ! 一時間の遅刻だ!」
「悪いな。じゃ、行くぞ。」
俺達はカラオケ店の方へ走っていった。
俺と甲と咲美はカラオケ店に入り、異様なテンションで三時間歌いまくった。
最初の方はバンドでやる曲を決めるため、俺が自分の得意なロックを本気で歌っていた。だが、三曲目を過ぎたあたりから咲美が自分の好きな曲を入れ始め、それなら俺も、と甲が続き、結局そのままいつも通り。甲の入れた洋楽を俺がテキトーに歌い、咲美の入れたアニソンを甲が裏声で歌い、俺の入れたロックを歌う咲美は男の片鱗を見せた。
あと十分です、の鐘が鳴ったころには、全員の喉は疲弊しきっていた。もう少しテンション落としとけば、最後まで歌えたろうに。
「で、結局朝鈴はパスか。」
「ああ。忙しいんだと。」
「頭まで下げられちゃあね~。」
三人共見事な嗄れ声。
「キッパリだったのか?」
「キッパリだ。割って入れる隙もない。」
「い~や、本当はやりたいけど~忙しいから無理って感じだったから~そこから攻めればまだチャンスはあると思うんだけど。」
「あれだけ即答したってことは、やりたい気持ちよりもしなきゃならないことが圧倒的に大事ってことだ。迷いなく断ったからな。」
「なるほど。後は、誰を入れようかね……。」
「じゃあ、先に何やるか決めときましょうか。」
「今日は元々、それを決めるはずだったんだがな。で、歌ってみて何がよかった、時主?」
「今歌った中で決めればいいんじゃないか? まあ全部ドラムがほしくなる曲だけど。」
「そうだな。あとさ、俺自分でも作曲してみようかと思うんだけど、どうかな。」
「お! 甲作曲できんの? なら絶対そのほうがいいじゃんか~やってみなよ!」
「まだできるかどうかわかんないんだけど、今日軽音祭参加の申請しに行ったとき、前に並んでた先輩がオリジナル曲でいくって話していてさ。俺もできねえかなぁと。」
「すげえな。相談事があったら言ってくれよ。作曲のことはわかんねえけど、それ以外なら助けられるし。咲美もな。」
「お~なんか楽しくなってきたね~私がんばっちゃうかも!」
「楽しみにしといてくれ。なるべく早く作るから。」
「おう、楽しみにしてるぞ。おっと時間だ。出るか。」
帰り道。俺達は静かな裏通りに入り、暗闇の中を歩いた。
声は嗄れていたが、皆話をやめることはなく、あっという間に駅に着いた。
咲美とは改札で別れ、甲とは駅からすぐの信号で別れた。




