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時主の食時  作者: 相上
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一章 嵐の前の一騒動(3)

 六月二十四日、日曜日。俺は九時からバイトのため、八時に起きて本屋に直行した。

十時半ごろ、伊藤が来た。これもいつも通りのこと。今日もにっこり笑顔。

「おはようございます。今日もお勤めご苦労様です。」

「そう言ってくれるとやる気になるな。疲れも吹き飛ぶ。」

「そうですか。それより、昨日は大変でしたね。石川さんも。」

「咲美があそこまでシスコンだったとはな。まあシスコンでなくとも、妹がいじめられてたら怒るか。でも、あれは尋常じゃなかったよな。」

「はい。さすがにちょっとやりすぎですよ。止めに入った遠藤君まで攻撃するなんて。」

「まあマジギレだったしな。俺もやる気で入って行ったし、咲美も反省してるはずだよ。」

「……そうですね。阿部先生に厳しく怒られていました。」

「先輩方も一応無傷だし、妹も大丈夫だったんだろ。」

「はい。藤代君が噴水から助けてくれたので、更衣室に連れて行きました。お姉ちゃんのことを謝ってましたね。今度お礼をしたいそうですよ。」

「そうか。じゃあまた高校に来てもらおう。悪い思い出の場所って、時間が経つとなかなか来にくくなるしな。」

「そうですね。誘ってみます。アドレス交換したので。」

「…………」

少し間を空けた。伊藤は俺に訊きたい事か言いたい事があるとわかったからだ。

俺が受けの空気を作ると、伊藤は少しぎこちなく、意を決してっていう感じで訊いた。

「そういえば、ケンカ、強いんですね。何かしていたんですか?」

「いや、別になんも。」

「でも、武術部でも男の人に混じってやっている石川さんに勝つくらいですよ。どうしてそんなに強いんですか?」

「男なら、ある程度ケンカも強くないとな。まあ咲美より上に行く必要はないが。それに、まともにやったらどっちが勝つかわかんないよ。昨日の咲美は冷静さ欠いてたしな。」

「でも、やりなれてるって感じでしたよ。そんなに経験あるんですか?」

なるほど。伊藤は俺が意外にもケンカ慣れしてたから、普段からこんなことしてるんじゃないかと心配してくれているのか。

「いや、まともにケンカしたのは小学校以来だよ。いや、高校入学してすぐ、咲美と小競り合いにはなったかな。まあ俺がここまで強いのは、別の理由だ。」

 一息ついて、向き直る。

「簡単に言うと、親に仕込まれたんだ。俺の父さんはなぜか俺と戦うのが好きでな。小さい頃から毎日毎日やりあってた。それも、生易しくない、修行のレベルでだ。結果、こんな強くなっちまったってわけだ。あ、別に仲悪かったわけじゃないぞ。父さん優しかったし、愛嬌もあったし。ただ、俺に強くなってほしかったみたいだな。」

「そうなんですか……。変わっていますね。にわかに信じがたいお父さんですけど。」

「まあそうだろうけど、本当だよ。今はやっててよかったと思ってるし。そのおかげで多少のことじゃあビビらなくなったしな。」

伊藤は安心した顔になった。誤解は解けたらしい。


 昼過ぎ、甲がきた。棚の整理中に、後ろから声をかけてくる。

「よう。お勤めご苦労さん。」

「お前に言われても、何も感じねえな。やっぱ人によるのか。」

「何のことだよ。」

「気にするな。で、なんか用か。」

「大きな用はないが、小さい用がいくつかある。まずは昨日の報告だな。」

体勢を少し甲よりにする。

「俺がバイト行った後か。」

「ああ。阿部サンが到着して咲美と先輩方に説教してた。咲美妹は更衣室で着替えて、咲美と一緒に帰った。咲美はしばらく謹慎くらうかもってさ。でも咲美のことだから、すぐ立ち直るだろ。で、それよりもだ。お前、何歌いたい? リクエストあるか?」

「は? なに?」

「軽音祭のだよ。バンドやるって言っただろ。楽曲さっさと決めて、練習始めないと間に合わないぜ。来月から軽音場と楽器使えるらしいからよ。」

「ああ。そういえばそんなこと言ってたな。まあ、いつも俺がカラオケで歌ってる曲でいいんじゃないか。歌いなれてるし、盛り上がる系が多いしな。」

「それだと、キーボードとドラムもあったほうがいいな。むしろ、ないとさみしい。」

「ん~、まぁ~そ~だが……。別にそこまでこだわらんでもいいんじゃないか?」

「いや、こだわる。よし! 誰か誘おう! 誰かアテあるか?」

「明日、仲いいやつらに聞いてみよう。」

「そうだな。……あとは……」

なんか含み笑いをしだした。

「今日、お前バイトの後空いてるか?」

「ああ。暇だが。」

「わかった。じゃあ空けといてくれ。迎えが行くと思うから。」

「迎え?」

「ああ。あとはよろしく頼むわ。じゃな。」

意味わからんこと言って、甲は帰った。わかったのは、その迎えが来たときだ。


 四時半、バイト終了。着替えて本屋を出ると、咲美が待っていた。

「バイト、終わり?」

うなずく。昨日あのまま帰ったから、多少気まずいな。

「じゃあ、映画見に行こう。時主がこの前見たいって言ってたやつ。」

 咲美は後ろを向き、歩きだした。少し行った後、俺が立ち止まっていることに気づく。

「私のおごりよ。遠慮なく来なさい。」

 お礼のつもりか詫びのつもりか。とにかく昨日のことがらみだろう。

映画館に着くまで、映画館に入ってから、映画が始まり、終わるまで、たいした話はしなかった。でも、別に気まずい雰囲気ではなかった。

咲美はよく無言で俺を見ていた。俺は特に何も話さずに歩いた。何考えてるのか、さっぱりわからん。何か言いたいことがあるなら、咲美はストレートに言ってくるはずだ。そうでなくても、いつもなら何か話してくる。でも、今日は黙っている。言いたいけど言いにくいことがあるって感じでもない。なんか、観察されてるって感じだ。

そんなことを考えてる間に、映画は終わった。一応見てはいたが、あまり覚えてない。

「なんか食べて帰ろ。」

 時刻は七時すぎ。この提案を断る理由もない。俺達は近くのファミレスに入り、注文を済ませた。しかし、今日の咲美は本当にしゃべらんな。全部一言で終わってるぞ。

「おい。なんかあったのか。」

「あったわよ。昨日の昼ね。」

「まあそうだろうな。アゴ、痛かったか。」

「いえ、それほどでもなかったわ。加減してくれたみたいだし。」

「飯食ったりしたとき、違和感ないか。」

「後遺症はないわよ。まあ精神的にはショックだったけど。あんな簡単に負けるとはね。」

「お前周り見えてなかったからな。考えなしに突っ込んで勝てるほど、俺は弱かないぞ。」

「そうね。あんたは強いわ。どこで鍛えたのかは知らないけど、ウチの男子よりも断然強いわね。」

「そりゃ、実際にやってみないとわからんがな。」

「でも、あんた、あれ本気じゃなかったでしょ。」

「……まあな。フェミニストってわけじゃないが、さすがに女相手だとやりずらいしな。」

「時主が本気で戦ってるところが見たいわね。今度、ウチの部長とやってみない?」

「やだよ。ケンカ好きってわけでもないからな。」

「ふ~ん。」

 ここで、料理が来た。会話、なんとなく一時中断。

 食事はつつがなく終わった。長居することもなくレジへ行き、自分の食った分を払う。メシはおごりじゃないらしい。

 駅前。俺と咲美は帰る方向が違うため、ここで別れる。咲美はここで口を開いた。

「時主。」

「なんだ。」

「私、あんたのこと気に入ったわ。あんたや甲と一緒なら、高校生活楽しくなると思う。だから、これからも仲良くしてね。」

……意外だったな。

咲美は、別にこれから俺や甲と気まずくなるかも、なんて心配してたわけじゃない。今日会わなくたって、明日の朝いつも通りにしてれば、全く問題ない。お互い、言わなくてもわかる程度には大人だ。それでも、今日、咲美は俺に、口に出して言いたかった。

 なるほど。甲は昼のうちに咲美に会ってたんだな。それでバイト先まで来て、俺の予定を聞いたのか。

「なんだ、そんなこと言うために来たのか。ヒマ人だな。」

「ええ。一週間部活来るなって言われちゃったしね。ヒマなのよ。」

「そっか。じゃあ明日はカラオケ行くか。甲がバンドの準備がしたいって言ってたしな。」

「そうね。パーッといきましょうか。」

「ああ。じゃ、また明日な。」

「じゃあね。」

 咲美は笑顔で帰っていった。


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