七章 アゲイン・アンド・アゲイン(4)
もう何度も来ているため、引力に運動TEAを合わせるのも慣れてきた。咲美をサポートする余裕もある。伊藤も戸惑いなくついて来れている。順調だ。ここまでは。
「さて、ここからだ」
ついに安馬さんから約十メートル、強力な引力場の目の前まで来た。
「伊藤達、咲美を頼むぞ」
二人の伊藤はほほえんでうなづいた。
「ええ」
「任せて」
「早くしてよね! なんか自分が浮いてるって変な感じなんだから!」
「わかったよ。じゃあ、後でな」
「ええ。後で」
さて、やられに行くか。
「行っきます!」
「あと頼んだ!」
俺と俺Bが罠に飛び込んだ。強力な引力に身体を持っていかれながら、安馬さん目指してジグザグに突き進む。あと数メートル。
目標が急に消えた。さっきと同様に、俺達を十分に引き付け、急速離脱したのだ。そして、上下左右前後から引力球と飛来物が集まってくる。予定通りだ。
「見えた!」
「あそこです!」
「行けます!」
離脱した安馬さんを、伊藤達と咲美が視界にとらえた。よっしゃ!
引力球と飛来物を防ぎつつ見守る。釘が何本か刺さり、脚、腕だけでなく頭にも何か金属部品を受け、血を流し、服の色が変わっていく。
咲美さんを守りつつ、安馬さんに近づく。引力場の鎧に守られていない今なら、私達でも近づいて触れられる。爪の先でも中心の引力球に触れてもらえれば、この事件を終えられる。
「静香ちゃんズ、私、飛び込むよ!」
もう安馬さんまで数メートル。勝負に出ますか。
もう一人の私とアイコンタクトし、抗力TEAで飛来物をはじき、道を作る。
「行って!」
「はいよ!」
咲美さんが赤い光をより強く輝かせ、安馬さんに突進する。抗力TEAで私の撃ち漏らした障害物を蹴散らし、手を伸ばす。引力球に、手が届いた。
ように、見えた。
「き……消え?」
一瞬何が起きたのかわからなかった。安馬さんが、消えたのだ。
わけがわからず止まってしまう咲美さんと私達。だけど、ボーっとしている暇はなかった。
時主君に集中していた引力球と障害物の攻撃が、咲美さんへ目標転換した。
「痛った!」
咲美さんが右腕で釘をはじく。それでも右腕から血が流れた。
引力球は咲美さんに触れた瞬間、霧散する。ダイジェスターの力により、引力TEAによるけがはない。だけど、実体のある金具や木材を防ぐことはできない。咲美さんは運動TEAを覚えるので精一杯で、抗力TEAは覚えていない。生身の両手両足ではじくには限界がある。
そして八方から来る攻撃に、逃げ場はない。
傷ついていく咲美さん。うまく避け、防いではいるけれど、もう防ぎきれない。時主君達は攻撃が咲美さんの方へ行ったけど、傷が深くて動けなさそう。
私が何とかしなくちゃ。
咲美さんを守るのは、私の役目なんだから。
痛い。
痛い痛い痛い痛い!
痛みが思考を浸食し始めた。細かい金具までは防ぎきれなくて、全身血まみれだ。意識をとばされないよう頭への直撃は許してないけど、痛みで意識がとびそう。
もう何なのよ今日って日はもういきなり甲が逃げて皆追いかけて捕まえたと思ったら安馬さんが暴れだして甲も時主も琥珀ちゃんもボロボロで何でこうなったのよ私が何かしたっての誰か教えてついでに何とかしてよ!
急に目の前が真っ暗になった。木片が迫ってきたことに全く気付けなかったのだ。
顔面にぶつかり、本当に意識が……遠のいて……
……あれ?
私今気絶してた?
朝、目を覚ましたけど、まだ目はつぶったままの状態に似ている。
何もわかんない。顔面にクリーンヒット受けて、それから特に何もしてないと思うけど、何も痛くないんだよね。もっと釘とかネジとか当たってきてもいいと思うんだけど。
気絶してたうちに全部終わって立ってオチかな。
何か、かやの外みたいでいやだな。
ちょっと怖いけど、目を開けてみようかな。
どうなったのか、やっぱり知らないといけないだろうしね。
私はガラにもなく、おそるおそるまぶたを開いた。
「し、静香ちゃん?」
「あ、起きましたか?」
「どこか痛いところあります?」
二人の静香ちゃんが私の両脇にいて、円を描くように私の目の前と背中で手を合わせていた。
二人の身体からは青色の光が球状に発せられていて、私を覆い隠していた。
「私……浮いてる?」
「どうやら標的が移動しづらいように、引力でコントロールされているようですよ」
「引力そのものはTEAじゃありませんから、咲美さんもその影響を受けますからね。そのおかげで助かりました。咲美さんに触れるとTEAが使えなくなりますから、私達は咲美さんの体を支えることもできないので」
静香ちゃんは私に微笑みかけてくれた。
私も微笑みを返した。静香ちゃんが私を助けてくれた、その感謝をこめて。
「伊藤、こっちだ!」
「そのままじゃ、もたないぞ!」
時主が外から叫んでいる。
その声で気付いた。静香ちゃんが微笑みの中で歯を食いしばっていることに。
そうだ。あの状況から助けられるのであれば、時主だって助けられたはずなんだ。
静香ちゃんは私を助けたというよりは、身代わりになってくれているんだ。
「どいて、静香ちゃん! 私は大丈夫だから!」
釘とか木とかが当たっても、静香ちゃん達はへっちゃらだ。
だけど、青紫の球が当たるたびに、目と口が震えた。
笑顔のまま、静香ちゃんは優しく答える。
「いいんですよ。咲美さんは私達の希望なんですから」
「私達の中で、安馬さんを救えるのは咲美さんだけなんです」
「でも、このままじゃ」
「時主君にお願いします」
一人の静香ちゃんが、私の後ろの方を見た。
制服を血でまだら模様にしながら、時主達が浮いていた。
「咲美さんをお願いします。できれば、あと一分くらいで」
時主は渋い顔をしている。静香ちゃんが心配なんだ。
当然、私も。
「静香ちゃん……やっぱり、」
「ひっぱたきましょうか?」
二人から、決意と使命感を持った、甘えのない真剣な眼差しを受けた。
「行ってください」
選択肢は一つだった。
「うん。時主、お願い」
まだ心配そうな時主だけど、優先順位をちゃんと理解しているから、やるべきことはやってくれる。
「咲美、今から道を作るから、運動TEAで一直線にここまで来い」
「傷は大丈夫か? 無理そうなら迎えに行くぞ」
「少し寝たから大丈夫だよ。頭もすっきりしている」
静香ちゃん見てたら、痛みも吹き飛んじゃったよ。
俺と俺Bは咲美が出やすいよう、三人の斜め上に移動した。
二人で両手を前にだし、女子三人に迫る飛来物や引力球を、気弾の連射ではじいた。
咲美が通る道を作るためだ。
「来い!」
「まっすぐだ!」
咲美は目をキッと鋭くすると、赤い光を放って伊藤の青い筒から飛び出た。
ただ、忘れていた。
俺達は咲美に触れられないこと。咲美は俺達めがけて飛んでくること。
少し表情を緩ませ、両手を広げて俺と俺Bに抱きつこうとする咲美。
「あれ?」
その手は空を切り、避けた俺達の脇を通過した。
そのまま月に向かって突進していく。
「止まれ、咲美!」
「はあ?」
ドスを少し利かせた声で咲美が答え、運動TEAで減速した。そして、こっちに向かって降りてくる。
俺達は咲美に当たりそうな飛来物を落としながら、咲美に向かって上がっていき、合流した。
「なんで受け止めてくんないのよ!」
第一声が文句だった。
「いや、俺達お前に触れらんねえし」
「まさか咲美が止まらずに突っ込んでくるとも思わなくてな」
「ビギナーにはもっと優しくしてよ! この益体なしズ!」
ひどい言われようだ。まあ、いつもの感じでよかった。頭も正常に働いているようだし、これならイケる。
「て、静香ちゃん達は?」
「まあ、一応安心かな。」
「なんとか大丈夫そうだ。」
咲美が出た後すぐに、伊藤達は力を少しずつ抜くように、ゆっくりと降りていった。安馬さんの集中攻撃は伊藤達が地面に着く前に止み、また安馬さんを中心とする元の状態に戻った。そして、伊藤達は咲美を守れてホッとした笑顔をこちらに見せ、自力で安全圏まで移動した。
「では、咲美も無事のようだし」
「最後の勝負と行きましょうか」
「こっちは準備オッケーよ」
頭上からした朝鈴の声に、咲美がビクッとした。
「あれっ、琥珀ちゃん?」
「咲美さん、次で決めますので、また協力お願いします」
「大丈夫なの?」
「朝鈴Cの力が必要なんだ」
「悪いけど、無理してもらうことにした」
もう見てるだけなんて無理だと思ってたところに、遠藤君から電話が来た。
「朝鈴。どれくらい回復してる?」
「まあまあです。中に入っても、二十分は大丈夫かと」
「二十分か……なら、十本使ったら何分持つ?」
十本……遠藤君は何を考えているの?
「五分も持たないと思いますが、一分くらいなら保証できます」
「なるほど。なら、お疲れのとこ悪いけど、来てくれ。朝鈴の助けが必要だ」
「望むところです。それで、作戦はあるんですか? 申し訳ありませんが、私は今それほど頭の回る状態ではありませんよ」
「任せとけ。朝鈴が十本使ってくれれば、策はある」
もう時間がない。安馬さんのTCが致死量に達するまで、あと何分だろうか。
「手筈通りいくぞ。朝鈴!」
「はい。咲美さんをお願いします」
フィールドの頭上にいた朝鈴Cが、自由落下していく。そしてその後ろから俺Bが援護する。少しでもTCを抑えるためだ。
「ちょっと時主! 今からどうするのかさっぱりすっぽり聞かされてないんですけど!」
咲美は困惑を乗せた怒りを向けてきた。
「咲美は同じことをすればいい」
「とにかく俺達が誘導するから、安馬さんの引力球に触れることだけ考えてくれ」
「説明になってない!」
「時間がないんだ。タイムリミットまであと十分ないかもしれないんだよ。混乱するなってのも無理かもしんないけど、察して動いてくれ。咲美ならできる」
目で訴えた。いつもの咲美なら、察して動いてくれる、という信頼が俺達の間にはある。
言いたいことは山ほどある、といった顔だが、咲美はわがままではない。
「このツケは高いわよ」
このとき、琥珀色の光が足元で輝いた。
「了解」
俺達は足元を見た。
「じゃあ、行くぞ」
遠藤君Aに咲美さんを任せ、TEAを解除して自由落下していく。フィールドに入ってからは、時主Bに飛来物や引力球を防いでもらいつつ、安馬さんの周りの強力な引力場の頭上へ来た。
さあ、何分持つでしょうか。頼みましたよ。
私は十本の指全てから糸を出し、兄さんの周りを球形の周りをらせん状になぞるように囲んでいった。兄さんが逃げられないよう、球形のオリを作ったのだ。琥珀色に輝くその球体は、自転する恒星のようにも見える。
「遠藤君、咲美さん、今よ!」
これで兄さんは逃げることができない。私の糸は兄さんのTEAでは切ることができない。それこそ最高クラスのTEAでないと無理だ。
「サンキュー朝鈴! 持ちこたえろよ!」
「とりあえず行けばいいんでしょ!」
遠藤君Aが咲美さんを連れて球形の下に回り込む。
「開けてくれ!」
遠藤君Aの合図で私は球形の底部に人が入れる穴をあけた。
すかさず遠藤君Aが入り咲美さんが続く。
かごの中の鳥。これで兄さんを助けられ……
「あぐがっ……」
ると思ったとき、咲美さんのうめき声が下からした。攻撃を受けたんだ。
でもどこから? 咲美さんに引力球は効かないし、飛来物は遠藤君Aがはじいたはず。
「こんな……咲美ぃ!」
落ちていく咲美さんを、遠藤君Aが追っていく。
攻撃は、真下から行われた。
俺は咲美に当たりそうな、引力によって飛来するものをはじいていた。しかし、そこまで想定しての安馬さんの奥義か、真下の地面にいつの間にか埋めていた本物の弾丸を、安馬さん自身が引力TEAで一直線に引き寄せたのだ。
それは一つではなく、十発以上の弾丸が地面から安馬さんによって引き寄せられていた。ただ、朝鈴のオリの中にいたため、真下からの一発以外は琥珀色のカーテンに阻まれ、助かった。だが、その一発が咲美に当たったのだから、最悪だ。
咲美は腹部から血を流し、目を見開き、全身の力が抜けたように、入ってきた穴に逆戻りしていった。幸い当たった場所は内臓の大事なところではなさそうだが、血の量はすごい。
「こんな……咲美ぃ!」
俺も咲美を追って急降下した。咲美の目は閉じられていき、右手は腹部を弱弱しく抑え、左人形のようにダラッとなっている。意識があるのか、わからない。
手を伸ばしかけたが、俺は咲美に触れられない。咲美に触れれば、TEAが使えなくなり、二人そろってリタイアだ。
だが、だからって、
「このまま何もせずほっとけるわけねえだろうが!」
俺は咲美の手を取った。その瞬間、俺は緑の発光を失った。
咲美の腹部に手を当て、飛来物から守るように抱き寄せた。
何とかしたい。何とかしなきゃ。俺には何かができるはずだ。
これまで甲が、伊藤が、朝鈴が、咲美ががんばってきたんだ。
皆の頑張りを、想いを、俺は受け継いで、明日へつなぐんだ!
咲美の左手が上がり、俺の頭をなでる。
「行け。あそこへ。」
咲美の目は、安馬さんを見ていた。
わかった。咲美は俺が届ける。
遠藤君Aと咲美さんCが落ちていく。
「失敗……」
もう私のTEAも少ししかもたない。私の鳥かごがないと、本当にもう兄さんを助けられない。
「まだだ。俺を……もう一人の俺を信じろ」
遠藤君Bが傍らで笑顔を見せる。
元気づけるだけの気休めなんて……と思ったけど、違った。
一度は消えた遠藤君Aの緑色のTEAが、再び輝き始めた。
身体の奥底、目に見えないがそこに確かにある、タイム・ウェーブの流れから、素TEAを導く。しかし、咲美のダイジェスターがすぐに導いた流れを本流に戻してしまう。だけど、少しずつ、流れを戻すその力がわかってきた。なぜなら、咲美はここにいるから。咲美の流れを俺は感じることができるから。俺は、その流れに優しく触れた。
そうか。俺は、こうやって相手のTEAの流れを理解し、触れることで、相手のTEAに干渉し、いろいろ変化させていたんだ。
だったら、咲美のことを理解した今の俺なら、頼む、流れを戻さないでくれ! 俺の素TEAよ、ここまで来い!
「行っっっっっけー!」
俺の体は再び緑の光に包まれ、降下する身体は跳ね上がるように上昇に転じた。
「咲美、このまま突っ込む! もう少しだけ耐えろ!」
強力な重力場をものともせず、飛来物はすべてはじきとばして、最後の突進をかける。
逃げ道を失った安馬さんが、引力球を放ってくる。
それも、勢いのままはじきとばして突き進む。
「咲美、左手を伸ばすぞ!」
安馬さんの後ろを通り、咲美の手首をつかんで伸ばす。
「よっっっしゃあああ!」
ついに、咲美の手が安馬さんの中心となる引力球に触れ、霧散した。
甲、伊藤、朝鈴、咲美、みんな、見てるか?




