七章 アゲイン・アンド・アゲイン(2)
青紫の光が安馬さんCとネックレスを結び、TSの受け渡しは成功したみたい。
「私達の出番ですね、咲美さん。」
「そうね~静香ちゃん! じゃあ行きましょうか! 甲達が根性見せてくれたんだから、私らも死ぬ気で行くわよ!」
咲美さんは燃えているようね。でも、ムチャしそうで心配だな。
「慌てないで下さい。私だけでは咲美さんを守りきれませんので、時主君達を待ちましょう。」
時主君Aは藤代君達を受け止め、フィールドを抜けて戻ってくる。時主君Bはその護衛をしている。
「こら~さっさと来いや時主コンビ~もたもたしてんじゃないわよ~!」
これは私がしっかりしないと……咲美さん、ちょっと危ない状態ね。いつも通りといえばいつも通りなんだけど、咲美さんはまだTEAに慣れきっていないのだから、小さなミスが大ケガにつながるかもしれない。
「お待たせ。」
「さ、行くか。準備できてるか、咲美、伊藤?」
「はい。」
「待ちくたびれたわよ!」
すると、後ろから冷静な声がした。
「その前に二人をよこしなさい。向こうで治療するわ。」
「藤代君は、私達に任せてください。」
振り返ると、琥珀さんと自分がいた。琥珀さんはB、もう一人の自分はCね。
「結局出てきてんのかよ。」
俺Bがツッコむ。どうせこうなると思ってたけどなって含ませて。
「藤代君達の血の量を見て、じっとしてられるわけないでしょう。」
「まあ、確かにそうか。体中の皮膚が内側から破裂してて、外傷だけでなく内臓も潰されて、リアル瀕死だもんな。まあ治癒TEAをかけてもらえば大丈夫だから、大して心配してないけど。」
それでも心配だよ、時主君。早く手当てしないと……
「じゃ、頼みますね、琥珀さん。」
「これ以上は近づくなよ。心配いらないから。」
「こっちが心配すんだからな。」
琥珀さんは不満顔だけど、あっさり引き下がってくれた。
「……わかったけど、なら心配させないでよね。」
「まっかせなさい! 私がバシッと決めてあげるから!」
さあ、私も引き締めていこう!
朝鈴Bと伊藤Cが甲達をかついで朝鈴C、咲美Cのところへ帰っていった。
さて、正念場だな。
「さっきの俺達と甲達、見てたよな。今度は甲達の代わりに咲美と伊藤が行くんだ。」
「さっきと同じように、俺が俺Aと一緒に咲美の前で飛来物を撃ち落していくから、伊藤は後ろからバックアップを頼む。」
「咲美は常に抗力TEAを展開させていてくれ。伊藤が俺達の撃ち漏らしを防いでくれるけど、中心に近づくにつれて防ぎきれなくなるから。」
「そして中心近くまで行けたら、まず俺達が安馬さんCに突っ込む。」
「そうしたらさっきみたいに安馬さんCが上昇はずだから、伊藤が咲美を護衛しつつ先回りして、咲美が安馬さんCの奥義の核となっている引力球に触れてくれ。」
「それで安馬さんCの奥義は消えて一件落着だから、後は朝鈴Bらを呼んで、指示に従ってくれ。」
「よし! そいじゃ、行こうか!」
「ちょ! ちょっと待ってよ時主ツインズ!」
「何ですかその作戦は!」
咲美と伊藤が何だか不満げだ。
「いや、双子じぇねえし。」
「双子より同じだよな。」
とぼけた俺達に対し、咲美と伊藤は怒り出した。
「そんなことはどうでもいいんです! ごまかし許しません!」
「今琥珀ちゃんに連れてかれた甲ツインズ見た上でハイわかったそれで行こうって私らが行ったらそれは私ら相当冷たい人間ってコトにならない? 下手したら死ぬでしょ、あれ。」
「マゾヒズムなら今治してください。」
口論してる場合じゃない。早く説得しないと。
でも、二人とも頑固だしな……
「んなこと言っても、これしかないと思うんだけどな……」
「優しいのは嬉しいんだけど、ハイリスクを負ってこそのハイリターンだぜ?」
「リスクが時主ツインズに集中してるから怒ってんの! 少しはこっちに回しなさいよ!」
「女性に親切なのは嬉しく思いますけど、のけ者にされるのは心外ですよ。」
俺Bと目を合わせる。
弱ったね、こりゃ。
「こちらこそ、心配してくれるのはありがたいんだけどさ。」
「甲の場合は全く予想外の罠にはまったから、あそこまでダメージ受けたけど、俺達はもうわかっている罠に踏み込むんだ。対策はするよ。」
「対策って、具体的にどんなものですか? 抗力TEAは引力TEAにはほとんど効果ありませんよ?」
「私らが納得できるモノを出してもらうわよ。」
「俺達は特殊能力で、相手のTEAに干渉してコントロールすることができる。さっき安馬さんAとの戦いで、引力TEAに通じることもわかっている。」
「全方位から攻撃を受けても、来るタイミングが事前にわかってるんだから、ある程度の引力球ははじけるはずだ。だから、なんとかなるよ。というか、なんとかする。俺だって痛いのヤダしな。」
二人の口は、まだへの字だ。
「……ふ~ん……」
「……ウソついてませんよね?」
押し込もう。
「無傷ってのは無理だけど、甲みたいに瀕死になることはないはずだよ。」
「これでわかった? 納得した?」
まだ怪しまれているが、とりあえず時間もないから作戦に移らないとな。
「よし、行くぞ。」
「準備いいか?」
勘がいい二人に気取られる前に、行動の選択肢を絞り込ませないとな。
時主ツインズは強引に作戦を進めた。
何か隠しているのは私も静香ちゃんもわかってるんだけど、それが何かを指摘しないとどっちの時主も話してくれなさそう。
時間は残り少なくなってきている。
静香ちゃんとアイコンタクトをとり、今は時主達の思惑を信じ、成功を祈ることにした。
「よし、行くぞ。」
「準備いいか?」
渋々ながら陣形を整える。私が主役なんだから、これ以上時主を疑っていてはダメだよね。
静香ちゃんも同じ考えみたいだし。
「はい、いつでも。」
「それじゃ~行きましょうか。」
四人で青紫色に光るフィールドに飛び込んだ。
フィールドの中は予想していたよりひどくなかった。頻繁に変わっていく引力と逆方向に運動TEAを発動し、吹き飛ばされないようにする。外見では色々なものがごちゃごちゃしているようだったけど、流れるプールで潜水している感覚に似ていて少し楽しいくらいだった。
「こら。これからきつくなってくるんだから、油断するなよ。」
私がちょっと笑みを見せると、時主Aに怒られた。
「わかってるわよ。」
さっきの甲達と同じように、円を描きながら中心にいる安馬さんに近づいていく。
「こんなときでも楽しめるとは……さすがの神経だな、おい。」
「それって褒めてるの~時主のB?」
「私は、それが咲美さんのいいところだと思いますよ。」
さすが静香ちゃん。わかってる~!
「そうでしょそうでしょ~そこらへんがまだまだ時主の甘いところよね~!」
「ほどほどにしとけよ。そろそろ軽口たたいてられなくなるからな。」
「随分ときつくなってきたぜ。」
なるほど~静香ちゃんが明らかに前より忙しそうにしている。
「咲美、もう抗力TEA絶対解くんじゃないぞ。」
「いつ俺達が突破されるかわかんねえからな。」
「りょ~かい! ドンと来い!」
さっそく来た。
ちょうつがいが引力で勢いをつけて、正面からおデコに向かってきた。
「ふん!」
私はそのままおデコを前に突き出す。
私の頭突きを受けたちょうつがいは、勢いを増して跳ね返って地面に落ちた。
「抗力TEA纏ってんだから、頭突きはいらねえぞ!」
「わ~かってるわよ! つ・い・よ・つ・い!」
まだこのTEAってやつの感覚に慣れきってないんだからしょうがないでしょ!
とまではしゃべれないほどきつくなってきた。
引力が複雑に変わるせいで、私の体は翻弄されそうになる。
それでも空中で体勢を維持し、時主達について行く。
「咲美、伊藤、そろそろだ。」
「もう少し近づいたら、さっきの甲達みたいになるから。」
時主達にアイコンタクトで、わかった、と伝える。静香ちゃんとも意思を確認する。
もうしゃべれないほど息詰まる激しさなのだ。時主達が平然としている(私がきついからそう見えるのか?)のが信じられない。
「予定通り、俺達が中に飛び込むから、咲美はすぐに上昇、伊藤も護衛をしつつ上昇だ。」
「伊藤はとにかく咲美の護衛に集中、咲美はとにかく安馬さんの頭上の引力球に触れる事に集中するんだ。それ以外のことは考えなくていい。」
私はわかりやすくていいけど、ひっかかるのよね。
でも、もう遅いわ。
二人の時主は私の前で背中を合わせつつ、緑色の光をより輝かせた。効力TEAをより強く纏い、突撃体勢をとったんだ。
「それじゃ、行くぞ!」
「自分の仕事に集中しろよ!」
緑の光が二本の矢となり、青紫の渦の中心にいる安馬さんめがけて射られた。引力の影響などないように、金属部品や工場の残骸が当って来るのをものともせず、一直線に安馬さんを目指す。
私は時主の指示通り、時主達がいなくなって一気に降ってくるようになった障害物を静香ちゃんと蹴散らしながら、安馬さんが逃げてくるはずの頭上に向かった。
しかしここで、予想外の事態が起きた。
いや、その可能性を考えなければいけなかったと、後で後悔した。
致命的なミス。
体から体温が抜け落ち、意識と身体が乖離したような感覚。
安馬さんは、私の前に現れなかった。
さっきは確かに急上昇したが、今度は急下降したのだ。
安馬さんが自分で奥義と呼ぶほどの技だ。一筋縄では行くはずがない。
無意識でも行動パターンが常に変わるようにしているとは。
「咲美さん! 降りますよ!」
静香ちゃんが私より早く事態に反応し、頭を切り替えた。
私は、遅れた。
引いた血の気が戻ってきて、今度は逆に脳を焦がし心を締め付ける。
精神が身体を離し、失敗が身体を支配する。
既に作戦は頭から抜け落ち、無力感しか浮かばない。
私の身体は、もう思考では動かなかった。
私の身体を動かしたのは、かろうじて視界に移った、同じ顔をした二人組の嘘つきだった。
守らなきゃ……
安馬さんは俺の予想を外し、急降下した。
これでは、真上にいるはずの咲美は安馬さんに接触できない。
なんという、ウカツ。
八方より迫り来る引力球の青紫。甲をズタぼろにした針のない剣山。
花火を巻き戻しているように、中心にいる俺に集まってくる。
いくら俺がTEA干渉能力を駆使したとしても、これほどの数をはじき返すことはできないだろう。つまり、ここで俺の戦闘は終わり、残るは咲美Bと伊藤Bに、朝鈴Bがまた無茶してくるくらいか。
やっちまったな……ごめん。
俺と甲で始めたことなのに、俺達は先にダウンして、後は女の子三人に任せることになっちまった。そもそもの原因も、甲と俺。安馬さんを命の危険にさらし、もしかしたら命を奪うかもしれない。
なんてことをしてしまったんだろう。
力ない後悔が身体を融かし、ドロドロした罪悪感が心を溶かす。
最悪だ。これで終わりだ。
俺は目を閉じた。
もう引力球をはじく気にもならない。流れる引力に身を任せ、もう一人の俺と共に迫ってくる青紫の罰を受け入れる。
…………
…………あれ?
…………おかしいな。
…………なんともないぞ?
引力球が山のように当たっているはずなのに、痛くもかゆくもない。
俺は恐る恐る目を開けてみた。
「さ……くみ?」
赤い光を纏った咲美が、俺と俺Bがすっぽり入るほどの球形で赤いバリアのようなものを張っていた。何TEAと呼べばいいのかわからないが、青紫の引力球が当たるとすぐに消されているのを見ると、咲美のダイジェスターの能力が反映されているらしい。
咲美は、今にも泣き叫びそうな表情で、俺達の真上にいた。いっぱいいっぱいながらも、俺達を守ってくれたんだ。
しかし、咲美が守れるのはここまでだ。
咲美が安馬さんの罠にかかっても安全ならば、咲美に俺たちの役割をしてもらっただろう。安馬さんの頭上にある引力球の核は、俺達でも壊すことができる。それなのに、どうして俺達が身の危険をいとわずこの役割を担ったのか。
その理由は、すぐにやってきた。金属片のように小さいものから、鉄骨のように大きいものまで、フィールドをさまよっていた廃工場の残骸が、俺達に集まってきた引力球に囚われて俺達を蜂の巣にするためにすごい速さで集まってきた。
俺と俺Bは、いい。
さっきも、甲達は大丈夫だった。
なぜなら、抗力TEAで防ぎきれるから。
だが、まだTEA自体に慣れておらず、訓練を一度も受けていない咲美が、今も目がうつろで無意識に近い状態で俺達を守るバリアを張っている咲美が、相当な量のTEAを使い、おそらく限界に近いほどTCの溜まっているであろう咲美が、迫り来る全方位からの刃を全て防ぎきれるのか?
思考がまとまらないうちに、咲美の太ももに釘とねじが突き刺さった。
血が垂れ、引力にとらわれて宙を舞う。
その血が俺のひたいに斑点を作った瞬間、俺は自分に迫るドラム缶を蹴り返し、咲美に迫るコンクリの塊を、運動TEAを纏った掌底ではじいた。俺Bも同じく鉄骨を蹴り上げていた。
さらに襲ってくる金属の雨を全力で蹴散らし、二人で咲美を守る。
しかし、元々防ぎきれないからこそ、決死の覚悟で突っ込んだんだ。大きなものなら全てはじいたが、咲美は俺達の間をすり抜けた細かい部品によって傷つけられていく。制服は切り裂かれ、赤く染まっていく。
起きろ、咲美。
このままだと、死ぬぞ。
きつくて声も出せない。
咲美を抱えて抜け出せればいいんだが、咲美に触れるとダイジェスターの能力でTEAが使えなくなる。
何か……何か方法は……
「遠藤君! 退避!」
ふいに遠くから聞こえた、高い女の子の声。
兄さんが上昇ではなく降下したのを見て、私は遠藤君の作戦が失敗したと思った。
そして、すぐに走り出した。
もう私にTEAを使える余地はほとんどない。でも、じっとしていられない。たとえ使えるTEAがワンアクションだとしても。
二人の遠藤君を急降下した咲美さんが助けた。初めて見る、ダイジェスターの赤い球体で二人を包んで。兄さんの青紫の引力球は球体に触れるや否やはじけ、霧散した。
しかし、ダイジェスターで防げるのはTEAのみだ。続けて集まってくる金属片などで、時主君達の奮闘むなしく、咲美さんは傷ついていく。
早く助けないと。
私なら、咲美さんを助けられる。
兄さんの引力フィールドに入る瞬間、琥珀色の運動TEAと抗力TEAを纏い、三人に向かって最短距離を最速で突っ込んだ。ちまちまと安全に公転しながらだと、TCが溜まってまた倒れちゃう。襲い掛かってくる障害物は抗力TEAで蹴散らし、強引に突き進む。
私はこれまで幾度となく兄さんの戦闘訓練の相手をしてきた。兄さんの引力TEAには慣れている。いくら奥義といっても、引力球の集合体だ。普段の訓練と変わりない。
できる。やれる。
「遠藤君! 退避!」
二人とも私を見る。
私は速度を落とすことなく右手人差し指と中指から糸を出し、すれ違いざまに咲美さんの腰と胸に糸を巻きつける。
そしてそのまま連結した列車のように引っ張り、咲美さんと約一メートルの距離を保ってフィールドからの脱出を図った。
ダイジェスターの効果範囲は咲美さんの身体から一センチにも満たないため、糸でつなげて距離をとれば、私自身はTEAを使える。
このまま勢いで突っ切ることができれば、助けられる。
しかし、私はついてなかった。前方上空から咲美さんに当たるコースで、長さ約五メートルの鉄筋が回転しながら落ちてきた。さすがにこれは蹴散らせない。
少しスピードを落として仰向けになり、両手のひらに引力TEAを集中させて、鉄筋を受け止める。
「んんんんとー!」
予想以上に重かった。なんとか受け止められたけど、少し下に体をずらされた。
鉄筋を横にはじき、再び運動TEAでフィールドから出ようとする。
「あ、う……」
急に体が動かなく、TEAが使えなくなった。
ここが……限界ですか……
意識が……う……そ……
こんな……とこ……ろで……
目が強制的に閉じられ、肩の力が抜ける。
でも、意識が途切れる瞬間、安心できた。
「任せろ!」
両脇に知っている人の体温を感じたから。
朝鈴が咲美を連れてフィールドの中心部を抜け、安全な場所まで運んでいく。
だが、朝鈴も限界のはずだ。糸は二本しか出してないし、動きが直線的過ぎる。おそらく失神寸前だ。また朝鈴もやせ我慢が好きだから、顔には出してないけどな。
それなら、俺達がサポートしないと。
「んんんんとー!」
朝鈴が上からの鉄筋を受け止める。普段なら片手でもはじけるだろうが、今の朝鈴では身体をズラされている。
「あ、う……」
そして、朝鈴の身体から発している琥珀色の光が弱くなり、目も閉じられた。
「任せろ!」
俺Bとアイコンタクトし、俺は朝鈴を背中からかかえ、俺Bは俺達三人の護衛に回った。俺達同様、呆然としていた伊藤も護衛に加わった。
「琥珀さん! しっかり!」
「無茶しすぎなんだよ、もう!」
「大人しくしてらんねえやつだな!」
悪態をつきながらも、不測の事態に対処できず、自失してしまった自分のふがいなさを心の中で嘆いた。そして、咲美を救ってくれた朝鈴に、ありがとう。
朝鈴の右手から伸びる糸は、まだしっかりと咲美を連れている。そのため朝鈴の右肩や右肘には大きな負担がかかるが、仕方がない。とにかく俺達は咲美に触れられないため、朝鈴に謝りながらフィールドを離脱した。
さて。これからどうするか。
一応頭には、これが一番いい、って案があるんだけど、今度は俺が無茶だって言われそうだな……でも、頼んでみよう。




