七章 アゲイン・アンド・アゲイン(1)
ブラックアウトして反射的に目を閉じ、数秒後。再び目を開けてみると、さっきと同じ透明のブース内にいた。隣には同じく咲美Bがいる。一見何も変わっていないように見えるが、体は出時と着時の感覚を記憶しており、ちゃんとタイム・トラベルできたようだ。
「よし、皆出よう。以外と時間ないぜ。」
もう一人の俺が皆を促す。
「安馬B、TSを。」
甲Aが言う前に安馬Bはネックレスを外していた。
「うおっ! あっぶねえだろ、咲美!」
甲Aが珍しく、取り乱して怒鳴った。
TSを渡そうとしていた安馬Bと甲Aの間をそれとなく咲美Bが通ったのだ。
咲美Bはどうして怒鳴られたのかわからないようで、キョトンとしている。
「お前が触ったら、TSまた使い物にならなくなるだろ! わかってんのか?」
「落ち着いてください、藤代君A。咲美さんBは、まだ自分がTEで、中でも特殊なダイジェスターあることに慣れていないんですよ。」
伊藤Bが仲介し、甲Aはすぐに冷静さを取り戻す。
「あ~……ん、んっ。すまんな。やっぱ緊張してて、神経質になってるみてぇだ。」
ガラにもなく固くなりやがって。いつもの調子に戻さねえとな。
「落ち着けよ。いつも通り、クールに行こうぜ!」
俺達には似つかわしくない、目指すつもりもない単語に、笑いが起きる。甲Aだけじゃなく、八人を巻き込む、そして八人が一つにまとまる笑いだ。
「クールに? ははは! そりゃいいや! じゃあ、クールにいくか!」
俺と甲Aはドタバタと廊下を思いっきり走り、皆がそれに続いた。
安馬Bをタイム・ラウンジに残し、事情の説明に当たってもらった後、七人でワゴンに乗り込んで廃工場に向かった。
この時間面の俺達に見つからないよう隠れて、七人で待つ。
そして、時が来た。
俺Cと甲Cがタイム・トラベルした刹那、俺Aと甲Aは目も合わせず同時に運動TEAで飛び出し、朝鈴Cと咲美Cと伊藤Cに迫る大型ショベルに横から全力の体当たりをかました。
力は体重と、速さの二乗で決まる。そして物体は速く動くほど、横からの力に弱い。俺達は体重差を運動TEAによる速さで補い、勢いを増していた大型ショベルの横から体当たりすることで、軌道をずらし、三人を守った。
「時主B! 俺B!」
甲Aが呼ぶ前に、Bの二人は来ていた。咲美Cと伊藤Cは、急に現れたもう一人の俺達にビックリしていた。
「咲美Bと伊藤Bは、俺についてきてくれ。今から説明すっから。」
「うひょ~琥珀ちゃんかっるいな~」
俺Bが二人を引き連れ、甲Bが朝鈴Cをお姫様抱っこし、未だ暴走を続ける安馬Cから離れ、朝鈴Bの方へ向かった。俺と甲Aは、安馬Cの奥義によって飛んでいる、離れる五人に当たりそうな鉄骨やドラム缶を打ち落としていく。
「咲美B! 静香ちゃんB!」
「わかってるわよ!」
「今行きます!」
咲美Bを向かってくる部品やら何やらから守りながら、伊藤Bが近づいてくる。咲美Bも一応抗力TEAを纏っているようだが、やはりまだ慣れていないようだ。赤い光が強くなったり弱くなったりしている。やっぱり伊藤Bを護衛につけて正解だったみたいだな。
「俺A! 甲A! 待たせたな!」
「やったろうぜ!」
俺Bと甲Bが、Cの三人を朝鈴Bに預けて、戻ってきた。
「よし。まずは安馬CにTSをつける。時主AB、俺B、俺をサポートしてくれ!」
安馬のTSであるネックレスは甲Aが持ち、その前方右に俺、前方左に俺B、後方に甲Bが並ぶ。特攻態勢だ。
「二人の時主はとにかく前へ進むことを考えろ。俺AはTS持ってんだから、絶対無理すんなよ。打ち漏らし、横及び後からの障害物、その他サポート全般は、俺が請け負うからな。」
「かっこつけすぎんなよ、俺B。あと、咲美Bはそのままこの空気に慣れて、俺達の特攻を見ていてくれ。次はお前に俺と同じことをしてもらうことになるから。伊藤Bはそのまま護衛な。」
「はい。」
「……マジであの中に入んの?」
咲美は苦笑いだ。俺はもう見慣れてしまったが、普通ビビるよな。
「心配要りませんよ。慣れれば大したことありませんから。」
「ホント~? 竜巻よりキツそうじゃな~い?」
「私達と、自分を信じてください。」
咲美Bは伊藤Bに任せよう。
「心と体の準備いいか、三人共。」
甲Bが皆を引き締め、団結を促す。それを甲Aが受ける。
「決めるところは決められる男にならないとな。」
甲Aは俺の左肩に右手を、俺Bの右肩に左手を置いた。
「大丈夫だって。俺と甲が二人ずついるんだぜ? 上手くいかねえわけがねえ!」
俺の発奮に、さらに俺Bが発奮する。
「さあポジティブに、そして、クールにいこうぜ!」
四人は抗力TEAを纏い、運動TEAを使って引力の渦に突っ込んだ。
二人の時主と二人の甲が、青紫の竜巻の中に飛び込んでいった。
怖くないわけない。さっきまでの時主と甲の表情には、明らかな恐怖が感じられた。
でも、今の四人の顔を見てると、自分もあの中に入っていたいと思った。
だって、時主も甲も、バカみたいに楽しそうな顔になってんだもん。
「怖くありませんか、咲美さん?」
静香ちゃんが私を守ってくれながら訊いてくる。
私は、応えた。
「うん。なんか、楽しくなってきた。」
今の自分は、きっと時主や甲と同じ顔をしてるんだろうな。
「そうですね。私もです。」
そして、静香ちゃんも。
二人の時主君と二人の藤代君が、安馬さんの奥義へ挑んでいった。
不思議と心配にならなかった。
私達は、心に同じ原動力を共有しているのを感じた。
「うん。なんか、楽しくなってきた。」
それは、咲美さんも同じみたいだ。
「そうですね。私もです。」
二人の時主君が、引力の暴風雨の中を縦横無尽に動き回り、拳や気弾で藤代君Aに当たりそうな金属部品などを片付けていく。二人は同じ頭、同じ身体能力であることを互いに知っているので、ピッタリ息のあった連携もお手の物だ。運動TEA、抗力TEA、気弾を自在に操るその姿は、なんだかキレイ。
二人の打ち漏らしは、藤代君Bが請け負っている。どっしりとしんがりを守るその姿は、頼もしい。
「すごいね~あいつら。」
「男の子してますね。」
「それじゃ、私らは女の子でもする?」
「咲美さんは、どっちがいいですか?」
「冗談よね~」
「女の子は、少し置いておきましょう。」
「そうよね~だってあいつらと一緒がいいもんね~!」
安馬のTSであるネックレスを右手で強く握りすぎて、血が出そうだ。
安馬Cのフィールド内は、予想以上に引力の変容が大きかった。まるで複雑に流れを変える渦潮海流のごとく、周囲の引力球が中の物体を翻弄している。
しかし、俺達四人は運動TEAで引力の流れに対抗し、安馬Cの周りを回転するようにして少しずつ安馬Cに近づいていった。引力の流れが回転しているわけではない。回転しながら接近することで、急激な流れの変化に慣れつつ、少しずつ距離を詰めていくことができる。
それにしても、時主達には驚きだ。つい数週間前にTEになったばかりなのに、俺達の動きについてきている。引力の強さに運動TEAを合わせることは決して楽ではないはずだが、二人で意思疎通を取りながらキレよく動き回り、俺に折りかかる火の粉を獅子奮迅の働きで取り払ってくれている。こう言っちゃ何だが、ハイパーヨーヨーみたいだな。
安馬Cに近づくにつれて、やはりそれぞれ引力が強くなっていく。二人の時主が撃ち漏らして、俺Bが防ぐことが多くなってきた。
そしてついに俺Bまで撃ち漏らし、俺が抗力TEAで五センチくらいのボルトを防いだ。
「ここまでだな。よし、無理やりでいいから道を開けてくれ! 後は俺が一気に突っ込む!」
安馬Cまではあと数メートルだ。ここからなら、運動TEAで突っ込み、多少引力でずらされてとも安馬Cに届くはずだ。
「行けんのか、甲A?」
「行けんのか、甲A?」
時主同士のセリフがかぶった。
「大丈夫だ。心配するな。」
応えたのは俺Bだ。行くのは俺なんだがな。
「頼むぞ、護衛トリオ!」
「任せい!」
「任せい!」
「エラそうな俺だな!」
やってやるぜ!
「時主ズは気弾で援護してくれ。俺Bは直接護衛を頼む。」
「おいおいおい。甲ズにリスク偏ってないか?」
「少しは俺達に回してもらってもいいんじゃないか、未来の甲よう?」
「全員で行くことないだろ。後で咲美Bをここまで運ばにゃならんしな。だからと言って、付き添いの護衛なしは怖い。なら、二―二で分けるだろ。そして、時主は時主、俺達は俺達で、記憶と経験を同一にしなきゃならない。それでこの分け方だ。」
俺Bが説明してくれた。
「だから時主ズは、俺達にもしもがあった場合、咲美Bの護衛を頼むぞ。」
さて、行きますか。
甲Aが安馬さんのTSを握り締め、甲Bとアイコンタクトをとる。
そして俺たちにも目配せすると、甲Bが先行した。甲Aが続く。
俺と俺Bは二人の進路を確保するため、邪魔な金属部品に気弾を連発する。
撃ち漏らしは甲Bが、体を張って止める。
行ける、と思った。
「なっ!」
しかし、安馬さんの奥義は甘くなかった。
時主達と甲達は、どうやら覚悟を決めるようだ。
外から見ても激しいことのわかるフィールドの内部においても、安馬さんCの周囲数メートルは、あきらかにさらに激しいことがわかる。
「勝負するみたいですね。」
「ええ。」
さすがに言葉少なになる。
失敗すれば……いや、考えないことにしよう。
「行きました!」
二人の時主の援護を受け、二人の甲が安馬さんCに突っ込む。
「あっ!」
しかし、甲Aが安馬さんCにあと一メートルまで近づいた瞬間、安馬さんCの体が瞬間移動のように突然素早く上昇した。
予想もしないこの事態に、全員の対応が遅れた。甲Aは、そのまま安馬さんCの元いた場所で止まる。甲Bも、近くで止まる。
そこに、それまでフィールド内をさまよっていた引力球の半分以上が、全方位から襲いかかった。
私にも詳しく教えてくれなかった、兄さんの奥義。
切り札は、たとえ肉親でも隠しておくべきことなんだよ、と言っていたのを覚えている。
今まで、この引力のフィールド自体が切り札だと思っていた。
けど、まだ兄さんを甘く見ていた。
私は実の兄に向かって、怒りと悲しみの入り混じった叫びをぶつける。
「兄さん!」
誘いこまれた二人の藤代君は、助けようとして引力球をいくつもはじいた二人の遠藤君の努力もむなしく、引力球の海に溺れた。
咲美さんと琥珀ちゃんが息を呑む音が聞こえた気がした。
藤代君は青紫色の引力球に体中を引き裂かれ、さらに引力によって集まってきた無数の金属部品に打ち抜かれ、潰された。
私は血を見たりグロテスクな映画を見たりするのが平気な方だけど、藤代君達の惨状は、私の胃を握りつぶすかのようだった。
内臓が張り裂けそうだ。
全身の筋肉が引きちぎられたようだ。
心臓を握りつぶされたようだ。
自分の血の感触が全身の皮膚に染み渡るようだ。
それでも、守らなければならないものがある。
俺をこんな目に合わせた張本人を、助けるために。
俺のバカを理解して戦ってくれた、わがままであきらめの悪い奴に報いるために。
そして、俺自身の未来を自分の手で掴むために。
タイム・トラベルした後パニクったときの、時主の言葉が頭に浮かんでくる。
時主が俺の襟首を掴み、引き上げて立たせる。
「聴いてくれ、甲。パニクるのもわかるけど、そんな難しく考えなくてもいい。やることは一つだ。」
時主の真剣な目での訴えが、俺の耳に入り始めた。
「甲は何を望んで、何が欲しくてこんな過去まで来たんだ?
一度きりの人生を、楽しく幸せなものにするためだろう?
自由にバカやって、笑って、ほほえむ人生のためだろう?
そしてそれは、自分だけじゃできないことのはずだろう?
皆がそうならないと、心から思いっきり笑えないだろう?
だったら、そんな奴らと一緒にいようじゃないか。
幸い、俺達はそんな奴らに恵まれているんだから。
俺は、TEの仕事に追われたとしても、皆と学校行って腹から笑える生活を手放すつもりはない。甲や咲美と暴れて、伊藤や朝鈴兄妹を巻き込んで、笑われたり笑い返したり、あきれたりあきれられたり、張り合ったり組んでやったり……って、言ってるだけでなんか楽しくなってくるようなこれからには、お前を含めて、皆がいてくれなきゃ困る。
だから、守ろう。救おう。助けよう。
皆が望み、皆が目指しているこれからを、ほんとうにするために。
俺達なら、それができる。
迷わずに、はいと言え!」
俺達なら、それができる!
「おう……よ……」
浮いているのもつらくなり、頭から少しずつ落ちていく。
それでも力を振り絞り、右手に握り締めていた安馬のTSであるネックレスのチェーンを指でつまみ、ガキの頃よくやった輪ゴム銃の要領で人差し指に引っ掛けた。そして、上にいる安馬Cの方、逆さまになっているので自分の足元の方へ、人差し指を向けた。
全身が猛烈な痛みに襲われているが、右腕だけはほとんど無傷だった。俺Bのおかげだ。
「当て……ろよ……。」
俺Bは身を挺して、安馬のTSを持っている右手を守ってくれた。俺Bは今も傍らにいるらしい。
「ムズ……そうだ……両……目が……塞が……てる。」
左目がわずかしか開かない。それも、開き続けるのは難しい。
「世話が……やけん……な……」
俺Bは俺の下に移動し、目となってくれた。
「右……右……上……」
ありがとうよ。それじゃ、最後にやることやっとくか。
「上……下……よし……行け。」
人差し指の先端に圧力TEAを集中し、水色の小さな気弾を作る。
「頼むぜ。」
運動TEAで、気弾を打ち出す。気弾はチェーンを連れて、上昇していく。
ただし、撃つ瞬間に指を右にズラしたため、TSはまっすぐ安馬Cへ飛んでいかなかった。
落ちていく二人の甲を拾うため、俺達も落ちていく。
甲Aは落ちながら安馬さんCのTSを気弾に乗せて発射した。
しかし、TSは安馬さんCとはズレた方向へ飛んでいく。
「まずい!」
「俺A、甲ズを頼む!」
このままでは代えのきかないTSが行方不明になってしまう。そのため俺Bが落ちるのをやめ、運動TEAで急上昇してTSの回収に向かった。
「待て!」
「待て!」
そのとき、二人の甲がそろって大声を出し、俺Bを止めた。二人とも血を吐きながら。
なんで、といぶかしんだが、その理由は飛んでいったTSが教えてくれた。
気弾に乗ったTSであるネックレスは、徐々にカーブの軌道を描き、安馬さんCに迫った。
どうやら気弾に回転が加えられていたようだ。加えて形も完全な球ではなく、少しブーメラン状にしておいたのだろう。
もし甲Aが直線的に安馬さんCを狙っていたら、さっきまで安馬さんCのいた、俺達ですらそう簡単に入れなかった激しい引力場を通らねばならず、方向をねじまげられて安馬さんCには当たらなかっただろう。
それを避けるため、甲Aはカーブをかけ、引力場の弱いところに回り道したのだ。
「行……け!」
最大の引力場を避けたとはいえ、その周りの引力も強い。
だが、あれくらいの引力なら大丈夫だ。俺達はあのネックレスの何十倍もある自分の体重を、ここまで制御して運んできたのだから。
「当……たれ!」
甲達の叫びは通じた。
ネックレスは安馬さんCの右肩に当たり、少しバウンドしたものの、青紫の光が胸から発せられ、ネックレスをTSと認めて引力TEAでみぞおち辺りに張り付いた。
「後……は……頼んだ……ぞ……」




