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時主の食時  作者: 相上
26/31

六章 Bの時間面

 頭が全くの白紙となっている。

 何か考えなければ、と意思だけはあるが、何から考えればいいのか、判断がつかない。頭が状況に追いついていない。思考が迷子になっている。

「なんとか理解はできた。甲はこれからどうするつもりだ?」

 今俺は、何を優先すべきなんだ? 何ができるんだ? 何を求め、何を捨てればいいんだ?

「おい! 藤代甲!」

 時主が俺の右肩を掴み、揺らす。

 しかし、反応できない。自分の体がとても軽く、ふわふわ浮いているように感じる。自分はどうしてここにいるんだ? ここはどこだ。

「怒んなよ!」

 いきなり左頬に衝撃が走った。俺は後ろに飛ばされ、しりもちをついた。

 どうやら時主に殴られたらしい。

「目、覚めたか?」

 それでも、俺の頭はまだ上手く動いてくれない。

「ええい、面倒くせえな!」

 時主が俺の襟首を掴み、引き上げて立たせる。

「聴いてくれ、甲。パニクるのもわかるけど、そんな難しく考えなくてもいい。やることは一つだ。」

 時主の真剣な目での訴えが、俺の耳に入り始めた。


 俺と甲はタイム・ラウンジへ向かって、チャリを全力で漕いでいた。

「それで、タイム・ラウンジへ着いたら何をするんだ?」

 俺は甲に何も聞かされずに、ただ急ぐように言われた。

「後で説明するって言ったろ。心配しなくても、自首するわけじゃないさ。いや……一応自首ってことになるのかな。まあ、人生あきらめたわけじゃないから、安心しろ。」

 甲に治癒TEAで回復してもらったため、体は良く動く。

「まあ信用するけどさ……本当に甲も安馬さんも助かるんだろうな?」

 チャリは不法駐輪してあったのを拝借した。持ち主には悪いが、緊急事態ってことで。

「ああ。まあ百パーセントとは言えないが、皆が協力してくれればなんとかなる。」

 俺を騙してタイム・ラウンジで自首する可能性もないではなかったが、さっきの甲の言葉を信じることにした。

「なら、もう訊かねえ。黙って急ぐか。」

 甲の目が、希望に満ちていたから。


 タイム・ラウンジに着いた。

 まだ甲の正体がバレる前のため、普段と全く変わらない様子だ。

 日は落ちたとはいえ、夏にチャリを全力で漕いだことで二人とも汗だくになった。

 カランカランと鈴を鳴らして店内に入ると、いつも通り西川さんがカウンターにいた。

「いらっしゃい、遠藤君。そして、藤代君だったね。」

 俺が挨拶する前に、時間を惜しんで甲が切り出す。まだ息切れしているが、無理やり心臓を押さえ込んでいるようだ。

「西川さん。すいませんけど、急いで西野司令に面会を頼んで下さい。緊急事態です。」

 甲はまだこの時間面ではTEだと知られていない。その甲がいきなり、日本におけるTEの現場のトップと話がしたいと言った。そのため、西川さんが怪訝に感じるのも当然だ。

「どういうことだい? ちゃんと説明してもらわないと、私も対応できないな。」

 甲は焦ることなく、しっかりと西川さんを見る。

「その理由は、あと一分ほどで起きる事件のためです。とりあえず、これを……」

 甲は自分の時計を外し、西川さんに差し出す。

 西川さんはそこに表示されている二つの時刻を見て、顔色が変わった。

「お分かりいただけました?」

「……なるほど。君が不法TEだったんだね。」

 西川さんは一度は驚きを表情に出したが、すぐにいつもの冷静さを取り戻した。

「はい。ですが、今はこれから、いや、俺達にしてはまさに今起きている事件を解決する方が先なんです。詳細は、もうすぐここにも俺が見つかったという連絡が入るはずなので、それから説明しましょう。」

 ピー。

 西川さんの目の前のモニターから電子音がした。この時間面における咲美が甲の時計に触ったことで、甲の防御陣が壊れ、そのとき溢れたTEAを感知したんだ。

 そしてプルルルという呼び出し音の後に、スピーカーから朝鈴の声が聞こえた。

『西川さん。そちらでも感知していると思いますが、現在潟腹から北東へ逃走中の不法TEを発見、追跡中です。応援お願いします。不法TEは藤代甲、十五歳。私のクラスメイトであり、遠藤君や伊藤さんとも仲の良い少年です。身長約一八〇センチ。学生服を着用。黒髪。運動TEAの扱いからして、かなりの手練だと推察。』

 俺は伊藤や咲美と話しているところかな。

「事情をお話しますので、通してもらいますよ。時間がないので。」

 西川さんは西野司令に報告し、俺達を中に入れてくれた。

 そして、高速エレベーターの地下五階で降り、上との通信専用の部屋に案内された。俺も地下五階まで降りたのは初めてだ。だが、甲はなんだか慣れているようだった。以前入ったことがあるようだ。

 部屋の中心に人が一人十分に入れるほどの円形の透明な筒があり、そこに西野司令が現れた。ホログラムではなく、本人だ。タイム・トラベルして未来か過去から来たらしい。

「はじめまして、西野司令。私は藤代甲といいます。」

「私は遠藤時主といいます。」

 西野司令は四十代前半のナイスミドルで、しかし固い印象はなく、笑顔で接してくれた。

「やあ、遠藤君、藤代君。楽にしていいよ。私に話があるそうだね。」

 甲が前に出る。

「すでに報告を受けていらっしゃるとは思いますが、私は不法TEであり、この時間面から約二十七年後から来ました。しかし、今しばらく法を破ったことを不問にしていただきたいんです。

 理由は、これから起きる事件を解決するためです。これから私はこの支部のTEである朝鈴安馬、朝鈴琥珀、そしてこの時間面の遠藤時主に捕縛されます。しかしそこから、遠藤時主が反抗し、朝鈴琥珀を退け、朝鈴安馬を追い詰めます。その後私の参戦もあり遠藤時主は戦闘継続不能となりますが、我々のクラスメイトでありダイジェスターである石川咲美の乱入もあり、朝鈴安馬が気を失ったまま暴走します。そのままですとTEの存在が公になり、タイム・ウェーブにズレを生じる他、朝鈴安馬に命の危険があったため、当時現場にいた私、遠藤時主、石川咲美、そしてかけつけた朝鈴琥珀、準TEである伊藤静香を加えた五人で事態の収拾にあたりました。そしてその際に、私と遠藤時主が意図せずに何らかの原因でタイム・トラベルをし、二時間前であるこの時間面に着時しました。

 私はこの事態を収拾したいのです。」

 じっと甲の話を聴いていた西野司令は、静かに口を開いた。

「一つ訊きたいんだが、君達はどうやってタイム・トラベルしてきたのかね?」

「特に意識して行ったわけではありません。私達が事態の対応中、私の能力で彼のTEAを増幅しようとしたときに、意図せずタイム・トラベルしました。よって、私達がどうして遡時バリアを抜けられたのか、見当もつきません。」

「君達の特殊能力が関係しているのか?」

「わかりません。彼は相手のTEAに干渉する特殊能力を持ちますが、因果関係は不明です。」

「なるほど。この話は後に回そうか。目の前の事態の対処に移ろう。それで、わかっているとは思うが、タイム・ウェーブのズレを広げることになるため、短時間とはいえ未来からタイム・トラベルしてきた君たちの力や知恵を借りるわけにはいかん。特殊チームの派遣も間に合いそうにない。解決案はあるのか?」

 甲は自信を前面に出して宣言した。

「はい。あります。罪を犯した私ではありますが、信頼して任せてもらえませんか?」

 俺も甲に続く。

「私からもお願いします。私もこれから反抗することになりますが、タイム・ウェーブにズレを生じさせたり、朝鈴安馬に死んでほしくありません。それと、この男は犯人ですが、悪人ではありません。信じてください。」

「二人とも、なかなか自分本位な言い分だね。私達を困らせた、もしくはこれから困らせる人をそう簡単に信頼できるものかね。そのときの状況で自分の行動を変えてしまうのであれば、また状況が変われば君達がどう動くのかわからないだろう。」

「そこを信頼して頂きたくて、西野司令に伺ったんです。なんとかなりませんか?」

 分が悪い交渉か。

「今の君達に全面的な信頼を置くわけにはいかない。」

 西野司令は腕を組んで目を閉じて頷く。

 あ~……そりゃそうか。

 あきらめかけたが、西野司令は静かに目を開き、眼力を俺達にぶつけてきた。

「しかし、私もこの問題を解決しなければならない。それには、君達に働いてもらうのが一番可能性がありそうだ。」

 西野司令は俺と甲を交互に見直す。品定めか。

「その解決法とは、君達以外にはできないのか?」

「はい。」

「説明してくれ。」

「時間がないので簡潔に。ここからさらに後時間面へ行き、現場でその時間面における私達が過去へタイム・トラベルするのを待ち伏せ、その瞬間に私達が皆を助けに入ります。私達がタイム・トラベルするタイミングは現状私達しかいません。そうやって時間面における分岐の発生を抑え、なおかつその後にconfluenceを作ります。」

 甲の言うことはわかった。同時に、その難しさも。

 西野司令も、そこを突く。

「なるほど。それができるのであれば、言うことはない。だが、できるのか? 今甲君が言ったことは、特殊チームの仕事だ。エリートである彼らでも、難度が高いため経験を積んだものしかやらせない。それを、中等部でTEの世界から外れた君にできるのか?」

 甲はひるまない。揺らぐことなく、西野司令に訴える。

「一人では無理です。しかし、このタイム・ラウンジの皆さんと、皆の協力があれば。我々だけでは成功率が低いですが、皆さんに協力して頂ければ、やってみせます。」

「自分達の限界以上が必要なら、今、成長して限界を超えて完遂します。やらせて下さい。」

 俺達は実績も経験もない。西野司令とは初対面で、俺達の事はおそらく知らない。

 つまり、西野司令が俺達を認めてくれる方が異常だ。

 それでも、ダメ元でも、気持ちだけはぶつけた。

「監視役兼補佐役として、二、三人つける。その上で君達の考える通りにやってみろ。」

 えっ?

「信頼は、できない。誰でも初めはそうだ。

 だから、普通なら君達には任せられない。

しかし君達は、本気で、やる、やれる、と言った。

 ならば、やらせてやろう。君達に、任せてやろう。

 私は君たちを見て、君達ならできる、と判断した。

 それを見極められるから、私は司令なのだ。」

 西野司令は俺達をドアへ促す。

「時間がないんだろう? 早く行きたまえ。西川に連絡しておくから、指示に従うように。」

 笑顔の西野司令に、口では否定していた信頼を感じた。

 その温かさに、涙が出そうになった。

 若く、自信や経験に乏しい新人にとって、こうして前へ進むための後押しをしてくれることは、なにものにもかえがたい。

 だが、泣いてもいられない。

「行くぞ、甲。」

「おう、時主。」

 駆け足でエレベーターに跳びついた。


 西川さんに指示を受け、車で廃工場に向かった。監視役件補佐役には、初めて会う先輩TEの稲本さんと、西川さん自身が名乗り出てくれた。

 車の運転は稲本さん。二十台前半で、TE歴は五年の、俺と同じく現時間面出身でTER制によって採用されたTEだ。戦闘ランクはEで、どちらかというと戦闘より諜報などの方が得意だそうだ。

 移動中、甲が作戦を説明する。

「説明しますので西川さんと稲本さんもよく聴いてください。俺達が今この時間面における朝鈴安馬の暴走を止めるだけでは、ただ単に分岐ができるだけで、俺達がもといた時間面の安馬は救えない。まずこの時間面の朝鈴安馬が暴走するのを、未然に防止する。そしてさらに後時間面にタイム・トラベルする。どれだけの時間タイム・トラベルするかというと、さっき俺達がタイム・トラベルした時間と全く同じ時間にする。そこで今いる時間面の人達や状況を利用して、暴走した場合の朝鈴安馬を助ける。

 そうやって、朝鈴安馬が暴走した場合と暴走しなかった場合の二つのパターンを作り、そのどちらも助ける。その二つ以外の分岐を作らないようにするために、confluenceを作る。これで一件落着だ。」

 confluenceというのは、タイム・ウェーブに分岐の発生が避けられない場合に、その分岐における結果および経過における影響を限りなく同一にすることで、分岐によるズレをほぼゼロにした状態のことだ。

 そのためには、分岐の発生から収束に至るまでの相違点を全て把握し、その全てに対処しなければならない。エリートの特殊チームにしか許されない、TEが担当する事件の中で最も難度の高い解決法だ。

そしてその状態を作るには、分岐において直接影響を及ぼしあう二種類ないし三種類の時間面を、タイム・トラベルの時間を調節することで、余りがないようにつなぎ合わせなければならない。

今の場合だと、俺の元いた時間面と今いる時間面の時間差と、俺の今いる時間面とこれからタイム・トラベルして遡った時間面の時間差を同じにすることで、助ける側の数と助けられる側の数を同じにするのだ。

もしこの時間がズレてしまったら、助けられる側に助けるはずの俺達が現れなかったり、助ける側に別の助ける側の俺達が着いてしまい、分岐がさらに多く、ややこしくなる。

 それを防ぐために、助ける側となる時間面の期間と、助けられる側となる時間面の期間を同じにするのだ。

 個々の時間面の流れではなくタイム・ウェーブの流れを一つの直線とすると、助けられる側と助けられる側が、同じ長さで交互に来ることになる。

 ということで、俺達はあとおよそ三十分後に、時間をピッタリ合わせてタイム・トラベルしなければならない。

「まずは石川咲美と伊藤静香の二人を確保する。二人は廃工場の別々の入り口から来たようなので、二手に分かれる。特に石川咲美が廃工場の三人に接触しなければ、朝鈴安馬の暴走は防げる。ただ、暴走する直前に石川咲美を止めると、タイム・ウェーブの流れを強引に乱すことになるため、彼女が廃工場に近づいたところを呼び止める。そこで事情を話して、大人しくするよう説得する。これは時主と稲本さんにお願いします。」

「ああ。」

「いいでしょう。」

「俺と西川さんは、その後に来る伊藤静香を、同じく廃工場で待ち伏せする。そしてこの時間面における藤代甲、遠藤時主、無事暴走を免れた朝鈴安馬と合流して、遠藤時主を説得する。おっと、朝鈴琥珀を忘れてた。朝鈴琥珀は特に説得しなくても大丈夫だから、男三人に説明しているときに自然に合流できるだろう。そして、これからの作戦を説明し、皆でタイム・ラウンジに戻る。できれば十分前までにタイム・ラウンジに着きたいね。」


 稲本さんと共に廃工場の入り口で咲美を待つ。咲美は俺を見つけても避けることはせず、積極的に話を訊きに来る性格なので、特に隠れることはせず、堂々としていい。

「なかなか来ないね、時主君。」

 緊張をほぐすように、稲本さんから話しかけてくれた。

「ええ。まあ咲美が俺達の間に乱入してきた時刻まで、まだ少しありますからね。」

「石川咲美さんが来たら、任せていいんだよね?」

「ええ。うまく説明します。というか、頼めば信じてくれると思いますから。」

 そう確信が持てる。まだまだ短い付き合いだけど、不思議だな。

「へえ……」

「空気読める子なんで。」

「お互い信頼してるんだね。」

 頭はすぐにYESと答えたが、心で引っかかった。

「どうですかね……」

「そうなんだ……」

 何か悟られた感がある。ニヤニヤが気持ち悪いな。でも、なんだか憎めないな。

 そして思いついたように、稲本さんは俺に右手を出して、言った。

「そうだ。念のために、石川咲美さんの写真でも持ってないかな。まだ会ったことないから、顔わからないんだ。」

「写真ですか? 持ってないですけど。」

「その子、可愛くないの?」

「はい?」

「いや、可愛い子なら、写メくらい撮っとくでしょ。」

「……何考えてんすか? 俺そういう趣味ないっすから。」

「かわいくないのか。」

「……まあそんなこともないですかね……」

「どっちだよ。じゃあさ、伊藤静香さんとどっちが可愛い?」

「え……………………ん……………………」

「はははははは! 考え込まなくてもいいよ! ははははは! ん? あ、すまん。悪かった。悪かったって! ちょっ! 待て俺一応監視役だぞコノヤロ!」

 稲本さんの脇を攻めた。


 それから一分したくらいで、暗がりから自転車に乗った咲美が表れた。

 稲本さんには待機してもらって、俺が自転車の進路に入る。

「おう。咲美、止まれ!」

 急に声をかけられてビックリしたようだが、咲美はかん高いブレーキの音を鳴らしてちゃんと止まった。

「あっ~時主! あんた今何してんのよ! で~甲は?」

 咲美は困惑している。

「まあまあ。とりあえず話を聴け。事態はそれほど悪くないし、皆が協力しようってことになってるから、咲美も協力してくれ。」

「はい? だって皆甲を追ってるんでしょ? それで時主が何かやらかしているんでしょ?」

「そうだな……説明すると長くなるから、まず落ち着くか。あそこに稲本さんっていうTEの先輩がいるから、そこまで行こう。そのチャリは……そこら辺に置いときな。」

「これ借り物だから放っぽってけないわよ! それはいいとしてあの光は何よ!」

 咲美はこの時間面における俺達が戦う中で発している、TEAの光を目印に来たのか。

「それも含めて説明するから、ここは俺を信じてついてきてくれよ。実は俺も今監視中で、稲本さんが監視役なんだ。だから、説明は稲本さんと一緒にしたい。」

「監視役? やっぱ何かやらかしたんじゃない! 今の私には情報が足りなさすぎて、何を信用していいのかわからんわ~もう~何がどうなってんのよ!」

「だからそれを説明するって。一旦俺を信じろ。俺が何かやらかしたら、今度おごるから。」

 さすがにこのよくわかってない状況では、アヤシイ、と顔に出ている。

 ただ、わざと表情に出している感があるので、答えは期待通り、

「……………………もしやったら、財布の必要性をなくしてあげるから。」

 と言って、咲美はついてきてくれた。


 甲に電話して、咲美の説得を終えたことを伝えた。

それから一分後に、甲から伊藤も同じく説得を終えたという連絡を受けた。

 今度はこの時間面における俺を説得する番だ。

「よう、この時間面の藤代甲!」

 甲は相当フランクに、この時間面の甲に話しかけた。

 二人も甲がいると、わけがわからなくなるな。よし、俺と同じ時間面出身者は名前にA、今いる時間面出身者は名前にBをつけよう。

 咲美の乱入していないこの時間面では、俺は安馬さんに抑えられ、甲はそのそばにいた。

「俺は約S二時間の藤代甲だ。ちょっと話を聞いてもらえるか?」

 甲B、安馬Bは厳しい顔になった。

 先時間面のTEが後時間面の自分に話しかけたことで、事態の深刻さを悟ったのだ。過去の自分に話しかけることは、分岐を発生させる大きな要因になりかねない。それを知りながら、自発的に行っているということは、相当やっかいなことになっていることがわかる。

 それでもまだ暴れそうな自分Bには、俺から釘をさしておく。

「遠藤Bも、少し大人しくしていてくれ。未来の自分が言うんだから、信用してくれな。」

「Bってなんだよ。」

「俺がAってことで。まぎらわしいからな。先時間面の人はA、この時間面の人はBだ。」

「なるほどね。え~っと、信頼してもいいのかな。」

「自分が信じられないのか、ってのは愚問かな。自分のことをいつも信頼できるは限らないし。でも、話を聴いてくれれば、皆が幸せに近づくよ。」

 自分を説得するというのは奇妙だな。

「まあ……うそついてないっていうのはわかるんだけどな……」

「じゃあいいじゃねえかよ。これまでも、そうしてきてなんとかなってきたじゃんか。」

「甲の事について、心変わりしたってわけじゃないんだな?」

「ああ。甲は無事、明日の軽音祭に出てもらうよ。」

「よし、わかった。」

それからすぐに、ヘとへとながら朝鈴も廃工場に到着した。

「あれ、藤代君と遠藤君が二人? それに西川さんと稲本さんも……」

「おう、我が妹。今から藤代君Aが説明してくれるそうだから、集まってくれ。」

「わかったわ、兄さん。」

朝鈴はこういった事態を何度か経験しているようで、甲の言ってた通り、自然に合流した。

 そして甲Aと俺で、事情とこれからすべき計画を皆に話した。


 廃工場でB達に説明した後、そろってタイム・ラウンジに戻ってきた。

 そして、今度は正式に、タイム・トラベルする準備を整える。

 そのためには、まず咲美Bに簡易TSを作ってもらわねばならない。

 朝鈴Bは相当疲れているため時間まで休んでもらい、俺Bが咲美Bの師匠となった。

「えっと~何か変な感じだね~これ~TEAで動くのって違和感バリバリ!」

咲美も俺や伊藤と同様、すぐにTEAを使えていた。初めてTEAを使い、咲美Bははしゃいでいる。

 対十数分前まで自分がTEだということにも知らなかったのに、さすがの対応力だ。

 最初に咲美がTEだということを伝えたときにも、

「はぁ~私もあんたらみたいにTEだっていうのね~…………何か頭回んないわ~だからどうすればいいとか~何かしないといけないのか~っていうのがよくわかんないし~……なんていったって実感わかないしね~今はなるようになれってことでいいかな~」

と言って、深く考えずに流れに任せることにし、ほとんど動揺しなかった。やっぱり野生だ。

「さて、皆準備はいいか?」

 甲Aが俺達の前に立つ。

「これから皆には、後時間面にタイム・トラベルしてもらう。メンバーは俺AとB、時主AとB、朝鈴兄妹B、咲美B、静香ちゃんBだ。安馬Bはタイム・トラベルした後、タイム・ラウンジに待機してもらう。」

「なんでだ? 待機するんなら別にタイム・トラベルしなくてもいいし、タイム・トラベルするのなら安馬さんにも来てもらえばいいじゃないか。すごい戦力になるぞ?」

 もう一人の俺が質問する。

「安馬は暴走した場合、気絶しているから現場を見ることはないだろ。だから、安馬ABCで記憶にズレが生じないために、現場には連れて行けない。それでも安馬Bに時間面Cに来てもらうのは、安馬BのTSが必要だからだ。」

「TS?」

「俺達が時間面Aで安馬を止められなかった原因の一つが、安馬AのTSが壊れていたことなんだ。もし強引に安馬Aの奥義を止めてしまったら、TSがないために安馬Aとタイム・ウェーブをつなぐ道が固定できず、素TEAを得ることができなくなる。すると、それまで未来ターボで溜め込んでいたTCが暴走して、安馬Aが死んじまう。

 だが、今から俺たちが安馬CにTSを渡せれば、安馬Cは強引に奥義を止められても、未来ターボを継続できる。よって、TCが暴走することもないってことだ。」

 時間面は違えども、アイデンティティはほぼ同じ安馬さんのTSだからこそ、壊れたTSの代替が利くのだ。

「そして残りの七人で後時間面の俺達、特に安馬Cを助けに行く。Cってのは今から行く後時間面のTEってことだ。

ただ、これを良く覚えていてほしいんだが、俺と時主Aが時間面Cに干渉するまで、つまり俺Cと時主Cがさらに後時間面へタイム・トラベルした瞬間に俺と時主Aが出て行って、安馬Cの引力TEAに操られた大型ショベルを止めるから、そのときまでは何が起きようとも時間面Cの出来事に干渉しないでほしいってことだ。朝鈴兄妹はわかってるからいいと思うけど、時主Bとか咲美Bは、一時の感情で動かないことな。まあ時主はちゃんと抑えられるとして、咲美は特に心配だぞ。TEの座学してないし。

だから、静香ちゃんBに咲美Bのお守りを頼む。」

「わかりました。」

 伊藤Bがすんなり承諾すると、咲美Bが苦笑いになってツッコむ。

「いやいやいや静香ちゃん~私が暴れるのが当然みたいに即答しないでよ~」

 すると、もう一人の俺が拾う。

「怒るな怒るな。普段の行いを見てれば、やらかすんじゃないかと普通に心配だから。」

「まあ自分でも心当たりあるし文句言えそうにないんだけどさ~TEのこと良く知らないし甲の言うこと聞くのが一番だってわかるんだけどさ~何か優しくないよね~」

「甲もいつもと違って余裕ないんだから、許してやんなって。」

「そういうことだ。勘弁してくれ。でな、俺と時主Aがショベルを止めたら、俺Bと時主Bで、ピンチになっている咲美C、静香ちゃんC、琥珀ちゃんCを救出し、琥珀ちゃんBに預けてすぐ戻ってきてくれ。琥珀ちゃんBはすぐに三人を連れて安全なところへ移動して、守ってくれ。ただし、現場の様子が見える範囲でな。それまでは俺と時主Aで安馬Cを抑えておく。同時に、静香ちゃんBが咲美Bを護衛して、なるべく安馬Cの近くまで連れてきてくれ。」

 自分の役割を聞いて、朝鈴Bが不満顔になった。

「私はただの護衛ですか。」

 すると甲Bが、もう一人の自分を擁護するように、朝鈴Bをたしなめる。

「おいおい、琥珀ちゃんBは本調子じゃないだろ。いくら少しは回復したって言っても、まだ糸を十本全部使えない、二、三本しか使えない状態なんだから、無理させられないって。」

「そんなにヤワじゃありません。立場はわきまえます。」

 頑固だな。今のうちに説得しとかないと、言い方悪いが、しゃしゃり出てきそうだ。

「といいつつ無理するから、却下。実際、俺の元の時間面では、十本使ってぶっ倒れて迷惑だったんだから。今回は大人しくしとくんだ。」

 本当は助かったんだけど、強く言っといた方がいいしな。

「私が大人しくしていられる状況なら、そうします。しかし、皆が危ないと思ったら体が勝手に動くので、そのつもりでいて下さい。」

 つまり、俺達にしっかりやれと、そういうことかな。

「さて、いいかな、琥珀ちゃんB。咲美Bが現場に着いたら、あとは臨機応変にってことになるが、やるべきことは二つに分かれる。一つは、安馬Cに新たなTSをもたせること。安馬は引力TEAのエキスパートだから、ネックレスを数センチまで近づければ、勝手に張り付いてくれるはずだ。二つ目は、多少強引でもいいから安馬Cの奥義を止めることだ。俺としては咲美Bが、安馬Cの頭上にある、奥義の核となっている引力球に触れるのが一番いいと思う。触れたTEAを消すことができるダイジェスターの力が、一番確実で安馬Cに安全だ。まだTEAに慣れていない咲美Bがケガするリスクはあるが、そこは俺達が皆でフォローしよう。」

 甲Aがこの大事な役をTEAに関しては素人の咲美Bに任せるのは、咲美に対する普段からの信頼だけではない。咲美Bはさっき簡易TSを使ったばかりで、TEAは数十分の経験しかないが、もう朝鈴BがまたポカンとするくらいTEAに慣れてしまった。そのポテンシャルに賭ける価値があると感じたからだ。まあダイジェスターの能力を当てにしたいってのもあるけどな。

「それじゃ、あとタイム・トラベルまで五分だ。タイム・ポートまで行くぞ。」

 タイム・ポートというのは、TEがタイム・トラベルすることが許される唯一の場所だ。世界中に散らばる基地に必ず一つはあり、ここだけは一時的に遡時バリアを消すことができる。そもそもタイム・ポートがある場所を基地と呼び、タイム・ポートのない拠点は、単なる休憩所と呼ばれる。

 八人でタイム・ラウンジのほぼ地理的中心にあるタイム・ポートに移動する。

「さて、タイム・トラベル初体験の人、不安とかあるかな。」

 伊藤Bと咲美B、そして俺Bもちょっと表情がこわばった。俺も一応さっき初体験を済ませたが、自分の意思ではなかったし、タイム・トラベルしたという感覚はなかったため、ほぼ初体験と変わりない。緊張してくるな。

「まあそんなに怖いことはないよ。初めて補助輪なしの自転車に乗ったり、コンタクト入れたりするのと変わりないから。」

 安全策が色々とられていて、事故率は飛行機が落ちるより低いらしいけど……どうだろ。

「やっぱり不安ですよね。時主君は平気ですか?」

「まあ……」

「まあ……」

 伊藤Bの問いに、二人の俺が答えてしまう。

「あ、ごめんなさい。今のは、えっと~時主君Bの方に訊いたんです。」

 なんか不便でやりづらいな。

「さあ、入った入った。各ブースに一人ずつ、一緒にタイム・トラベルできなさそうな余計なものは置いてけよ。」

 タイム・トラベルもTEAのため、例えば服のように自分の体の一部のように意識できるもの以外は、元の時間面に取り残されてしまう。

全員透明のブースに入って扉を閉めたところで、ブース内のスピーカーから西川さんの放送が入る。

「あと一分二十秒ほどだ。出時、着時の設定はこちらでやるから、皆はただ全身に時間TEAを纏うだけでいいからね。」

 緊張してきたが、迷いはなかった。やることは決まっている。

「さあ、皆。時間TEAを纏ってくれ! 向こうの私によろしくな!」

 西川さんの合図で、八人がそれぞれの色の光を纏った。

 二人の俺の緑。二人の甲の水色。朝鈴Bの琥珀色。安馬さんBの青紫。伊藤Bの青。そして、咲美Bの赤。

「三、二、一。」

 そして俺の視界は、再びブラックアウトした。


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