五章 時主のわがまま(8)
目の前に迫っていた大型ショベルに向かって、両手を出した。
しかし、その手がショベルと衝突することはなかった。
一瞬視界がまるでブラックアウトしたようになった。
そして視界が戻ると、そこにショベルはなかった。
場所は廃工場で変わりないが、何もかもが一瞬前とは違っていた。
安馬さんも消えていた。
朝鈴も伊藤も咲美も消えていた。
肩には甲の手がまだ乗っている。振り返ると、おそらく俺と同じ表情の甲がいた。
「……よう。」
「……おう。」
苦笑いのままあいさつ。お互いこの異常事態に、うまくリアクションが取れない。
だが、いつまでもこうしていられない。
「時主、何かしたか?」
「いや、抗力TEAを使っただけだ。甲は?」
「俺はブースターで時主のTEAを増幅しただけだ。」
「じゃあ……」
うまく言葉が出てこない。ここはどこだ? 安馬さんは? 朝鈴は? 咲美は? 伊藤は?
どれも話すべきことのようだが、どれも的外れのような気がした。
俺が言葉に詰まっていると、甲は迷いつつも口を開いた。
「なあ。実は、俺には一つ心当たりがあるんだ。」
「この状況の説明か? さっき何が起こったか?」
甲はなんだか、戸惑いを隠せない様子だ。
「両方。時主にはまだピンとこないだろうけどな。」
「……説明してくれ。」
そう言ったが、甲はまだ自分の考えを口に出すのがはばかられるようで、もごもごしている。
「俺にはこの状況がさっぱりわかんねえ。一瞬で俺と甲以外の皆が消えちまったんだぞ? しかも、さっきまでここで暴れていたはずなのに、やけにキレイになってるし。」
散乱しているはずの鉄骨やらコンクリやら部品やらが見当たらない。
「何か頭ん中にあるんなら、教えてくれよ。違ったら違ったら違ったでいいじゃねえか。」
「ん~……あ~わかった。」
「おう。」
甲は珍しくおずおずとしながら、口を開く。
「時主、今何時だ?」
「はあ?」
いきなり何の話だよ。
「いいから答えろ。」
「ああ……え~っと、十一時十分だけど。」
俺は自分の腕時計を見て答えた。
「そうか。でも、それはおそらく間違いだ。」
「ん?」
わけがわからん。
「携帯で時報を聞いてみな。」
「さっきから何」
「いいからやれって。」
俺はしぶしぶ時報を聞いた。
『ピッ、ピッ、ピッ、ピーン……午後九時八分ちょうどをお知らせします。』
あれっ? おかしいな……
「今、午後九時八分だろ。」
「えっ? ……そうだが、なんでわかったんだ?」
「ほれ、見てみな。」
甲は自分の時計を差し出した。
甲の時計はデジタル式で、今は上下に並んで二つの時刻が動いていた。
ついさっきまでは、表示される時刻は一つだけだったはずだ。防御陣が壊れたからかな。
「上が俺のいた本当の時間面の時刻、下が今現在いる時間面の時刻だ。この時計は一定の経験を積んだTEなら誰でも持つことになる、迷子防止の時計なんだ。」
上の時刻は二〇三三年三月八日を指している。これが甲の生まれた時間面で、つまり甲は二十七年後から来たということになる。そして下の時刻は、俺の時計より何分遅れている。
「理解できたか? 時主は初めての経験になると思うけど、さっきのブラックアウトといい、それしか考えられねえんだ。」
甲の言わんとしていることは、わかる。しかし、わけがわからない。
だが、納得せざるを得ないようだ。
「俺達は、タイム・トラベルしたんだな。」




