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時主の食時  作者: 相上
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五章 時主のわがまま(7)

 さすがの時主も、ここまでやれば大人しくなった。

 といっても意識はあるし、全く動けないわけじゃない。けど、俺と安馬の二人が相手であるこの圧倒的不利な状況では、ムチャばかりする時主でも我慢するしかない。俺は実力を見せたし、安馬の強さも思い知ったはずだ。戦っても勝てないと判断せざるをえない。まだあきらめてないって顔だが、もう策がないはず。

「礼は言わないよ、甲君。」

「なんだ。結構苦戦してたじゃねえか。」

「まだ新米の時主君に、私が全力でかかるわけがないだろう。」

「そうかい。でも、時主なら全力でかかった方がよかったかもしれないぞ。」

「納得させるためか。時主君の今後を考えたなら私もそうした方がいいと思うが、残念ながら私の奥義はそう易々と疲労できるものじゃない。周囲を相当巻き込むことになるし、私の意識を必要としないために手加減もできないからね。」

「へぇ~。使えねー奥義だな。」

「だが、威力は絶大だ。敵味方問わず、私に近づくことすら難しくなるよ。それだけ物騒な技だから、私が本当にピンチに陥ったときのみ、発動するようにTSに仕込んである。」

 そう言うと安馬は俺に向かって右手を広げた。

「TSを渡してくれ。ここで逃げられたら、私は大目玉を食らってしまうからね。」

 俺は逃げないってわかってるだろうが、仕事としては抜け目をなくすことが必要か。

「ちょっと待て。男の前でベルト外すとなると……」

 俺はバックルを外すために少し左を向いて安馬との正対を外した。

 そのとき、左から気配を消しながら、見覚えのある人影が近づいてきていた。

「咲美!」

 目は攻撃色。目標は……俺と安馬か?

「待て、咲美さん!」

 安馬も気付いて叫ぶ。しかし、咲美は止まらない。俺が咲美の間合いに入る。

 俺はTEAを使わず、咲美の右ハイキックを左腕で受ける。抗力TEAだと咲美が大ケガをしてしまうからだ。いつもの咲美なら、TEAを使わずとも攻撃をいなせられる。

だが、今の咲美は違った。いつもより重い本気の一撃に、体勢を完全に崩される。さらに繰り出される左フック、右ストレート、右ローキックと続くコンビネーションに、数秒で追い込まれてしまった。

今の俺は、今の今までTEAを使って体を動かしてきたために、TEAを使わずに戦う準備ができていない。しかしそのことを差し引いても、普通なら咲美の攻撃を受けるくらい問題ないはずだ。

 しかし、結果として俺は押されている。原因は、メンタル的なことだ。

俺は実戦で咲美と初めて戦うが、これほどの闘志をぶつけられるとは驚いた。TE育成学生時代の模擬戦でも、咲美以上の闘志は受けたことがない。この類まれなる闘志が、咲美の技をワンランクもツーランクも押し上げている。全身全霊で気持ちを入れた咲美がこれほど強いとは。

対して俺は、咲美と戦いたくない。そして、咲美に負い目があり、拳や蹴りを一発受ける度に、無言の抗議をチクリチクリと突かれているように感じる。

 このメンタルの差が、いつもの余裕を奪うに留まらず、立場を完全にひっくり返してしまった。

「甲君! かまわない!」

 やむをえないってか、安馬? 一般人である咲美相手にTEAを使えって? 冗談は……

 考えていると、咲美の右拳が頬をかすめた。

 ……本当に冗談じゃねえな。

 俺は運動TEAを発動し、常識を超える速さで咲美の間合いの外まで後退した。

 咲美は目を見開き、動きが一瞬止まる。

この機を逃さず、続けて運動TEAで間合いに入る。腹に一発入れてやるだけでいいよな。

特にTEAを使わず、右ボディを繰り出す。TEAに慣れていない人なら、接近したことにも反応できないので、確実に当たるはずだった。

しかし、咲美は細かく素早いステップで体を右にズラし、俺のボディを外した。

「なっ?」

 これが時主の言ってた野性の勘か!

 TEAの動きは筋肉を使わないため、普通の対人戦闘に慣れている人ほど次の動きが予測ができずに反応できない。しかし、咲美は避けた。数週間前にTEの誘拐犯と戦ったことで、TEAが初見ではないにしても、頭で考えて避けられるほど甘い攻撃じゃない。もう、勘、としか言いようがない。

 咲美は右ボディを構える。避けられると思っていなかった俺は、左のガードが無防備だ。

仕方ない。ケガさせちまうが、抗力TEAで防ごう。

俺は左胸部と腹部にかけて抗力TEAを展開した。咲美の拳

ドゴッ!

「がっ、かはっ!」

 何が起きたのか、すぐにはわからなかった。

 俺は左脇腹に打撃を受けたらしい。咲美の右拳が当たったんだ。俺は確かに抗力TEAを展開した。しかし攻撃が通ったということは……どういうことだ?

 俺は無防備な状態で打たれたため、呼吸ができなくなった。そして、ふとももに力が入らなくなり、たたらを踏みながら後退して、しりもちをついた。


 時主君と琥珀さんが行った後、タイム・ラウンジで待機していた私と咲美さんは、時主君の連絡を受けてタクシーで琥珀さんを迎えに行った。

「咲美さん、あそこ!」

「あ、いた!」

 真っ暗な砂利道の農道を進むと、太い木によりかかって眠っていた琥珀さんを見つけた。車のライトに照らされた顔は青ざめているけど、呼吸は安定している。

「静香ちゃん足持って。とにかく車に乗せるよ。」

 咲美さんは上半身を持って、二人でタクシーの後部座席に寝かせる。琥珀さんの体はとても軽いので、もしかしたら咲美さん一人でも大丈夫だったかもしれない。

「よっしゃ、オッケー。それじゃ、静香ちゃん。あとはよろしくね。」

 後部のドアを閉めた後、前のドアを開けて、乗るよう促される。

「ほら、後部座席は埋まっちゃってて、あと乗れるのは一人だけじゃん。私は歩いて帰るから、静香ちゃんは先にタイム・ラウンジに戻ってて。」

 そんなわけにはいかない。

 咲美さんに悪いから、ではなく、咲美さんは時主君達のところへ行くつもりだからだ。

「どのくらいで帰ってこられます?」

「そんなにかからないって。走って一時間で帰るよ。」

 絶対に嘘だ。目が燃えているもん。

「徒歩は疲れます。アシがいるでしょう。」

「なんとかするって。」

 盗む、もとい勝手に借りる気だ。

「捕まりますよ。」

「任せといてって。無茶はしないからさ。」

 そう言い残して、咲美さんは走っていってしまった。

 この辺りでは危険なこどで有名な廃工場でさっきからパッと光るのが見えていた。普通の人なら、やんちゃな若者が花火でもしているんだろうと考えるだろうけど、TEを知っている人なら、あれがTEAの光だと考える。咲美さんはその廃工場の方へ向かった。

追いかけようかと思ったけれど、琥珀さんを残すわけには行かなかった。


 じっとしてらんない。さっきタイム・ラウンジで待っていて、そうわかった。

 時主と甲は、私を含めた周りの高一よりもずっと大人の男らしく見えるけど、まだまだ男の子だ。悩まなくてもいいところで悩んでいるし、気にしなくてもいいところを気にしている。だからこそ、心配なんだ。何をするのかわからない子供だからこそ、私に何も言わずにどこかへ行ってしまうんじゃないかって。

 そんなの許せないのに。

 私のわがままと言われればそうなんだけど、高校の三年間くらいは一緒に遊んでくれてもいいじゃない。時主と甲に初めて会ったときから、私らはお互いピーンと来た。私らは呼吸がかみ合うって。これからはこの三人でつるむんだなって。三年間楽しいことになりるんだって。

 四月の初めから、三人でいろんなことをして、私は心の底から本当に楽しすぎるんだ。高一の春なのに、三年間がとても短いんじゃないかと心配になるほどに。

 だから、私はこの限りある三人でいられる時間を、守りたい。

 廃工場めがけて、私は弾丸のように走り続けた。

 農道が終わり、やっと民家が見えた。その一軒に、自転車があった。

 私はインターフォンを押し、出てきた奥さんに、

「夜分失礼します! 私は、石川咲美と申します! 緊急事態につき、そこにある自転車を一晩貸していただけないでしょうか! 明日の朝には必ずお返しします!」

と息切れしながら頭を下げ、半端強引にアシを手に入れた。


 タクシーでタイム・ラウンジへ戻っている間に、琥珀さんが目を覚ました。

「う……ん……ここ……は……?」

「あ、琥珀さん、気がつきました?」

「静香さん。えっと……」

 琥珀さんはまだ目がうつろで、頭が回っていないようだった。

「今タクシーで、タイム・ラウンジへ向かっているところです。」

 ボーっとしたまま私をじっと見る。

 その目に徐々に生気が滲みわたり、頬が持ち上がっていく。

 ガバッと上半身を起こし、自分の両手を見る。

 そしてまた私に向き直り、

「静香さん。今何時ですか? 私はどれほど気絶してました?」

「時主君から連絡をもらったのが二十分前です。」

「藤代君は? 兄さんは? 遠藤君は?」

「近所の廃工場で戦闘中のようです。数分前に西川さんに連絡したときには、まだTEAの反応ありだそうです。」

「ここはどこですか?」

「タクシーの中です。タイム・ラウンジへ向かっていて、一応廃工場を迂回してもらっています。」

と私を質問攻めにした。そして、

「わかりました。運転手さん。すみませんが、ここで降ろしてもらえますか?」

と言い出す。タクシーは止まった。

「琥珀さん?」

「私は今から廃工場へ向かいます。静香さんはタイム・ラウンジへ戻って西川さんに報告を頼みます。」

 眠って少しは回復しているとはいえ、それは無茶だ。

「無茶だというのはわかってます。でも、私は行かなきゃならないんです。」

「どうしてですか。」

 仕事としてなら、戦力にならない琥珀さんが行く必要はない。

 琥珀さんは少し戸惑い、口をもごもごしながらも、目を見開き、答えた。

「遠藤君も藤代君も、私の友達だからです。」


 廃工場では、緑と青紫と水色の光が入り乱れていた。時主が安馬さんと戦っている。甲は横で傍観している。

 私は大きなボンベの陰に隠れ、気配を消して様子を見ることにした。

「ぶちかませ、安馬!」

 甲が安馬さんの肩を掴み、安馬さんが時主に向かって青紫の球を無数に打つ。時主は仰向けに倒れ、勝負あった。

 どうしようか。なんだか状況が複雑で、どっちの味方をすればいいのかわからない。時主は甲を逃がしたい。甲は捕まることを受け入れている。気持ち的には時主、ルール上は甲。

 頭を抱えて悩んでいると、時主がこっちを見た。意識はあるらしい。

 時主は私にアイコンタクトを送ってくる。

 助けろ。

 時主は気持ちを選んでいる。私らの中で抑え役の時主が、気持ちを選んで暴れてる。いや、こうやって暴れることが、甲を抑えることになるのか。甲が間違った方に進んでいると思うから、時主は戦っているのか。

 時主の目は、憂いをパラつかせながらも、信念を持った強さに満ちていた。

 ……私だって……私だってねえ……

 ルールよりも気持ちを取っちゃう女なのよ!

 気配を消しつつ、三人の下へ走り出す。

「ちょっと待て。男の前でベルト外すとなると……」

 甲がたまたまこっちを向く。気付かれた。

「咲美!」

 甲が私のほうに正対し、構える。

やったろうじゃないの! 目を覚まさせてあげるわ!

私は勢いそのままに跳び気味の右ハイキックから入った。そのまま左フック、右ストレート、右ローキックと、練習によって無意識に出るコンビネーションにつなげる。

甲は体勢を崩し、受けるので精一杯のようだ。

 自分がギンギンに集中しているのがわかる。拳や足に、気持ちが乗り移っているようだ。

「待て、咲美さん!」

 安馬さんの声が聞こえるが、今はシカト。私は甲に用があるんだ。

 このおちゃらけたふりして実は朴念仁の男のクソガキに、喝を入れる!

「甲君! かまわない!」

 ペースを握り、直撃間近の際どい当りが増えてきた。

 よし。ここで決め……きゃわっ!

 甲が水色の光を纏い、瞬間的に数メートル後退する。TEAってやつね。

 無意識に避けていた。

 気がついたら、私は右にスライドして避けていて、甲の拳が私のお腹のすぐ隣にあった。

「なっ?」

 私はたまにこういうことがある。脳で考えず、脊髄反射で攻撃したり防御したり避けたりといったことが。本能がそうさせているのか、ただの勘か。時主は野生の勘って言ってたっけ。

 とにかく、チャンスだ。

 私は右ボディを繰り出す。

 しかし、甲の体は再び水色に光った。

 まずい。これ、時主がこの前の誘拐犯に拳潰されたやつだったり?

 でも、もう拳止めらんないよ。

 私は痛みを覚悟し、歯を食いしばった。

「がっ、かはっ!」

 しかし、私の右拳が触れた刹那、水色の光は消え、甲のボディに右拳が突き刺さった。

「あれっ?」

 助かった……からいいんだけど、なんで?

 甲は後ろに倒れ、呼吸困難状態になった。

 また無意識に避けていた。

 気がついたら、私は頭を下げていて、安馬さんの右足が頭のあった場所を通過して言った。

「私今日冴えてる!」

 安馬さんとは戦ってもしょうがないんだけど、甲を連れて行くためには避けては通れなさそうね。悪いけど、大人しくしてもらうわよ。

 安馬さんに正対し、さあ攻めよう。

 しかし安馬さんはTEAで後退する。速さが段違いなため、攻められない。

 私と間合いの二倍くらいの距離を取った安馬さんは、青紫の球を無数に出し、私に打ってきた。

「うわわっ! ……え?」

 数が多すぎて避けきれず、二、三発当たった。けど、全く何ともない。

「やっかいだね。これがダイジェスターのTEA無効能力か。」

 安馬さんが怖い顔をしている。知らない単語で、言ってることが全くわかんない。

 まあいいや。とにかく私は考えて動くより、本能に従ってやるしかない。

 私は全力で安馬さんに突っ込んだ。

「咲美さん。悪いけど……」

 安馬さんはさっきとは違う青紫の球を、自分を中心とした衛星のように十数個展開した。多分時主達が言ってた、気弾、ってやつだ。そして運動TEAで後退しつつ、直線で三発、左右から曲線で三発ずつ気弾を飛ばしてきた。

 前と左右からやばそうな青紫が来るため、後ろに下がりたくない私は、ジャンプして気弾をとび箱のようにやり過ごし、安馬さんに接近した。

 しかし、読まれていた。ジャンプした先に、時間差で撃たれていた気弾が五発、間近に迫っていた。TEAを使えない私は、空中で身動きが取れない。

 私は両腕の肘と小指をくっつけ、脇を締めて腕に力を込め、急所である正中線を守る。

 ボン! ボン! ボン! ボン! ボン!

 気弾が当たるたびに、腕にムチのような空気の打撃を受ける。前に進んでいたはずの体は後ろに飛ばされた。なんとか受身を取りつつ、背中から着地する。

 安馬さんは再び気弾を撃ちつつ、今度は自分も接近してきた。

 まだ立ててない私は、攻撃を防ぎきれないと判断した。

ならば、攻める!

仰向けのまま両手を頭に持っていって手の平で地面を掴み、脚を折りたたむ。そして全身の筋肉を使って体をバネと化し、回転しつつ両足から安馬さんに突っ込む。

「避けられないとでも……がっ?」

 運動TEAを使えば避けられたはず。だが、安馬さんの足をつかむ手が見えた。

 時主が、気配を消していつのまにか両手で安馬さんの両足を掴んでいる。

「おりゃ!」

 気弾を受けつつも、私の足は安馬さんの胸に直撃した。

 その瞬間、安馬さんの胸から、これまでとは比べ物にならないくらいに激しい青紫の光があふれ出て、廃工場全体を異空間のように照らしてしまった。

 安馬さんは時主を通り越して後ろに倒れ……そうになったが、地面から数センチのところから浮き上がり、胸から膨大な量の光をあふれさせたまま、ビルの三階くらいの空中で止まった。

「なに? どうしちゃったの?」


 なんとか気配を消して近づき、安馬さんの足を掴んで、動きを抑えることができた。

 その甲斐もあって、ダイジェスターである咲美の攻撃を当てさせることができた。

 しかし、こんな結果は望んでいなかったんだけどな。

「なに? どうしちゃったの?」

 安馬さんは空中浮遊し、これまで見たこともないくらいの、光が帯のようで触れるんじゃないかと思えるくらいの、夜に太陽が生まれたのかと錯覚するくらいの、TEAによる光を放っていた。安馬さん自身は気絶しているらしい。

 突然、体が後ろに引かれた。これは引力TEAだ。

 俺、咲美、そしてまだ動けそうにない甲が、それぞれ安馬さんから離れるように吹っ飛ばされた。

 安馬さんは自分の周囲に強力な引力球をばら撒き、俺たちや鉄パイプなど自分の周囲の物を全て間合いの外に吹き飛ばした。

 そして、安馬さんは自分の胸の前に最も濃い光を放つ引力球を生み出した。その引力球はばら撒いた他の引力球を引き寄せ、衛星のように公転させることで、上下の短い楕円体を想起させるフィールドを形成した。


 俺と咲美は一旦安馬さんから離れ、様子を見ることにした。

「咲美。この状況、わかるか?」

 さっきまでは周りの物を引き離していた引力球が、今度は周りのあらゆる物を引き込んでいる。それらが安馬さんの周りに引力によってできたフィールドを回ることで、風のない竜巻の状態となっている。

「私がわかるわけないっしょ! こういうのは時主の方が詳しいはずっしょ!」

「知らん。初めて見る。」

 そもそも訓練などは全て朝鈴と一緒にしていたので、安馬さんとはTEとしての接点が大してない。よって、安馬さんの戦い方を、俺はほとんど知らない。

「ていうか甲連れてさっさと逃げない? ほら~安馬さんはプロに任せましょうよ。」

 そうはいかない。

「咲美はそうしてくれ。悪いが、俺はそのプロにならなきゃいけないんだよな。だから、こんな異常事態を放っておけねえよ。」

 咲美は俺を見た。心配顔だが、めんどくさいって気持ちがちらっと見えた。

「そりゃあ~時主が残るってんなら私も手伝いますけどね~」

 付き合いのいい奴だ。嫌嫌ながらも、面倒見がいいからな。

「まあとりあえず、甲を回収だ。」

 咲美のボディでまだ呼吸がおかしい甲を、二人でかついで安馬さんから離す。

「ガハッ、ゴホッ。」

「大丈夫か? 骨折れてたりしねえか?」

「だい……じょう……ぶだ。」

「悪いわね~思いっきりイレッちゃったからね~」

「ホン……ト……だよ。」

 それでも、大分回復したかな。

 そのとき、急にコンクリの塊が頭の上を通過し、地面に落ちてコナゴナになった。

「なんだ?」

 三人で安馬さんのほうを見る。

 これまでは、引力球は周りの物を引き込むだけだった。それが、今は引き込んだものを放出し始めている。廃工場にある大小様々なものを自らのフィールドに溜め込み、引力球の強さを調節することで弾丸のように撃ってきた。鉄パイプは地面にめり込み、小さな金具はマシンガンのように廃工場の壁を突き抜け、穴だらけにした。

「ちょ……これは色々とまずいんじゃないですか? 当たったらものすご~く痛そうなんですけど!」

 俺達がビビッているとき、後ろから声がした。

「何がどうなってるんですか!」

 振り向くと、朝鈴が驚愕の表情で立っていた。

「お前、どうして……」

「説明してください!」

 ものすごい剣幕だ。俺達は親の敵じゃねえぞ。

「安馬さんがさぁ~私と戦ってる最中に急にああなっちゃったのよ~なんか気絶してるっぽいんだけど、このTEAっていうの? はやめてくんないし周り巻き込んで攻撃してくるしもうどうなってるのかこっちが説明カモンって状況なのよ~」

「安馬さんに関しては朝鈴の方がずっと詳しいだろう。ありゃ何だ?」

 朝鈴はじっと安馬のフィールドを見た。

「兄さんの奥義が発動しているわ。数十の引力球を同時に操り、周囲に引力のせめぎ会う楕円体のフィールドを形成する。そして、周りの物を引き込み、引力を操作することで放出して攻撃する。近付く者は引力に絡め取られ、合気道のように受け流される。そういう技よ。兄さんは引力球の操作を無意識でもできるように訓練したから、気絶していても機能しているのね。」

「なるほど。それで、どうすれば止められる? 安馬さん気絶しちゃってるから、俺達で止めないと。このままじゃ、町の人たちにTEの存在バレちゃうぞ。」

「わかってるわ。でも、おかしいのよ。普通は気絶しちゃったら技も使えないはずなのよね。私達は意識しないと、タイム・ウェーブから素TEAを取り出すことができないから。それが無意識にできているということは、何か異変が起きているとしか思えないの。」

 すると、朝鈴の話を聞いた咲美が、おそるおそる手を挙げた。

「え~っと~それって私のせいかも。私が安馬さんの胸を蹴ったとき~なんかゴリって鳴ったんだよね~多分ネックレスか何かだと思うんだけど~それからものすごい光が出て今の状況に至るから~」

「なんですって!」

 朝鈴が厳しい顔で咲美に視線を向けた。

「ちょ、琥珀ちゃん怖いって。」

「それが本当なら……」

 咲美の話からすると、咲美は安馬さんのネックレスに入れていたTSを壊したことになる。甲の時計に入れていた防御陣を壊したときのように。

 しかし、安馬さんのTSが壊れたとなると、今の状況が説明できない。TEであっても、TSがなければTEAを使うことはできない。ならば、安馬さんの奥義というこのフィールドはどうして使えているんだ?

「朝鈴、心当たりあるか?」

 朝鈴は険しい顔を崩さず、うなずいた。

「兄さんのTSが壊れているのに、TEAを使えている。これは、兄さんとタイム・ウェーブの間にできている道に、素TEAが常に大量に流れているからね。

 そもそも私達がTSを必要としているのは、私達がタイム・ウェーブから素TEAをもらう際に、間をつなぐ道が必要だからよ。その道を固定して、安定して素TEAを受け取るために、TSが要るの。だから、TSが壊れてしまうとその道が崩れてしまい、素TEAを受け取れなくなるため、TEAが使えなくなるわ。

 今の兄さんは、TSはないけど、ちゃんとタイム・ウェーブと兄さんの間に道がある。これはTSが壊れる前に、道を素TEAがものすごい勢いと量で通っていたから。素TEAの流れが道を保っているから、素TEAの供給が維持されているのよ。」

「なるほどな。ってことは、安馬さんをぶっとばすかして素TEAの流れをおかしくして、道を崩せばいいんだな。」

 それならなんとかなる……と思った。けど、

「それはダメよ! 兄さんが死んじゃうわ!」

 朝鈴にものすごい剣幕で止められた。

「え? なんで?」

「何がまずいの、琥珀ちゃん?」

「兄さんの奥義は、未来ターボを最大限に使っているからよ。

 未来ターボは、本来なら自分の体に溜まってしまうTCを、TEAを使って固定して暴れないようにすることで、普段以上のTEAを使えるようにする特殊能力よ。つまり、TEAを使えなくなったら、今まで固定していたTCが暴れだし、兄さんの体に襲い掛かるわ。現状をかんがみるに、兄さんは既に相当な量のTCを持っている。今私達が道を崩して兄さんがTEAを使えなくなったら、TCの暴走に耐えられずに、兄さんは死ぬわ。」

 あ…………マジで?

「ちょっ……と……死んじゃ……うの? ねえ、琥珀ちゃん!」

 咲美の表情が青く変わった。

 人が死ぬということを、明確に目の前に出される経験が、俺達には不足している。

「死にます。さらに悪いことに、兄さんが奥義を使い続けるために未来ターボを使い続けますと、体内のTCは溜まり続け、いずれ未来ターボでも抱えきれない量になり、そのときもTCが暴走して、兄さんは死にます。でも、まだ死んでいませんから、落ち着いてください。私が死なせません。」

「そんなに死ぬ死ぬ言わないでよ!」

 咲美の興奮は収まらない。こういった緊迫した場面では、予想外に冷静になる奴だと思っていたが、さすがに限度があるか。

「咲美、落ち着け。俺達でなんとかするから。」

 正直できる目算は立ってないし自信もないが、口が勝手に動いた。

「危ねえ!」

 後ろから甲の声が聞こえたと思ったら、甲が運動TEAで俺達の前に出て、でかいガラス板が当たるのを食い止めた。もう回復したようだな。

「三人共、ボーっとしていい時間は終わったみたいだぞ。琥珀ちゃん、それで、俺達は何をすればいいんだ?」

「藤代君、あなたは……」

「一時休戦だ。心配しなくても、逃げたりしねえよ。時主も、いいな。」

 ちょっと迷ったが、安馬さんの命には代えられん。

「ああ。応援はまだ望めそうにないから、なんとか三人でやってみよう。」

「三人? 私は?」

 咲美が泣きそうな顔で懇願してくる。だが、どう考えても無理だ。

「咲美はTEA使えないだろ。さっき俺の時計壊したことからして何か変な能力持ってるっぽいけど、さすがに足手まといだ。頼むから、避難してくれ。」

「甲の言うとおりだ。咲美、頼む。おっと!」

 今度は鉄板が降ってきた。抗力TEAで軽く受け止める。

「咲美さん。お願いします。急いでください。」

 不満そうだが、さすがに三人に視線を集められると、咲美もうなづいた。

 しかし、咲美が避難しようとしたとき、引力に捕らわれたドラム缶が、安馬さんに近づく方向で咲美を直撃した。

「くぁ……」

 直前で気付いた咲美は、反射的にバックステップすることで衝撃を和らげた。だが、そのままドラム缶の丸みにはまり、安馬さんのフィールドの方へ行ってしまった。

「まずい!」

 咲美はフィールド内部に引き込まれ、海流に流される漂流船のように安馬さんの周りを回った。楕円体を想起させるフィールドの内側は数十の引力球の影響が複雑に絡み合っており、咲美を翻弄している。

 このままだと、いつか勢いのついた状態で外に放り出されてしまう。TEAを持たない咲美にとっては、地面や壁に叩きつけられるだけで致命傷になりかねない。

「朝鈴、何か弱点はないのか?」

 TEAの使える俺達でも、あの引力の渦に絡め取られると身動きが取れなくなる。咲美を助け出すには、あの無数の引力球を何とかしないと。

「そんなこと言われても……いくら兄妹でも、自分の切り札の弱点なんて教えてもらえないわよ。私だって兄さんの奥義を見たのは、これが二回目よ。」

「琥珀ちゃん、あの安馬さんの目の前にある一番でかくて色の濃い引力球が、他の引力球をコントロールする中心なんだろ? なら、そいつを消しちまえばいいんじゃねえか?」

「それはやめて! さっきも言ったけど、今フィールドを消しちゃったら、兄さんが死んじゃうの!」

「じゃあどうやって……あっ!」

 ついに咲美が放り出された。

 俺達三人は一斉に運動TEAで咲美の受け止めにかかった。しかし、俺達のいる場所のほぼ反対側に飛ばされ、また飛ばされた勢いが速いため、三人の誰も間に合いそうにない。

 咲美がコンクリの壁にたたきつけられるまで、一秒くらいしかない。その間に、この四ヶ月の咲美との思い出が走馬灯のように頭に流れた。

 咲美が壁に近づいていくのを、誰も止められない……

「はっ!」

と脳裏に死がよぎったとき、気合の入った高い声と共に、青い光が咲美を受け止めた。

 その瞬間、青い光は消え、ビリヤードのように咲美を助けた人が後ろに吹き飛んだ。

「えっ? わっ!」

 咲美の救世主はなんとか体制を整え、青い光を再び纏って壁に着地した。

「伊藤!」

「静香ちゃん!」

「静香さん!」

 青い光を纏った救世主の正体は、タイム・ラウンジにいるはずの伊藤静香だった。

「皆さん、無事ですか? 時主君、大丈夫ですか? 藤代君、早まらないで! 琥珀さん、無茶ですよ!」

 伊藤も興奮していて、早口で俺達にまくし立てた。

「ああ……それよりも、なんで伊藤がここに?」

「心配だからに決まってるじゃないですか!」

 これまで聞いた事のない大声で怒られた。甲も朝鈴も目を丸くしている。

 甲に連れてこられた咲美は、目を回していたが、それでもビックリしていた。

「あっ!」

 今度は鉄筋コンクリートのブロックがいくつも襲ってきた。

「任せい!」

 甲が前に出て、抗力TEAで受け止める。

「このままじゃまずい! 伊藤、咲美を連れて逃げてくれ。」

「時主君達を残して逃げられますか!」

「頼むって、静香ちゃん。咲美が心配で俺達動きにくいんだ。」

「……すぐ戻ってきますからね。」

 しぶしぶながら、伊藤は承諾した。

「咲美さん、歩けますか?」

「う……ん。ものすごい気持ち悪いけど、なんとか。」

「では行きましょう。」

 ふらふらの咲美と共に、伊藤は安馬さんから離れようとした。

 そこに、小さなねじや蝶番や釘の山が降り注いだ。

「伊藤、上!」

「はい!」

 伊藤は抗力TEAを纏い、咲美の盾となって背中に金属の雨を受けた。

 伊藤の抗力TEAの強さは、俺達の中でも一番強い。これなら咲美も安心だろう。

「さあ、行きますよ、咲美さん!」

 そう言って、伊藤は咲美の手をとった。

 その瞬間、俺やTEの皆が、大事なことを伊藤に伝えていなかったことを知った。

 纏っていた青い光がパッと消え、伊藤はただの女子高生になった。咲美のダイジェスターの力だ。

「まずい! 伊藤、咲美の手を離せ!」

 なおも二人に金属の雨が降り注ぐ。しかし、咲美の手を握ったままの伊藤は、TEAを使うことができない。TEAを発動しようとしても、咲美がすぐに素TEAに戻してしまう。

 伊藤の顔に焦りと恐怖が入り混じる。

 金属の雨はもう避けきれないところまで来ていた。

「伏せて!」

 しかし、二人には一本の釘も当たらなかった。

 救ったのは、琥珀色に輝く十本の糸だった。

 十本の糸はそれぞれ独立して動き、数え切れないほどの金属部品を一つ残らずはじいた。

 その流暢かつ力強い動きは、一種の芸術だった。

「朝鈴!」

「琥珀ちゃん!」

 しかし、代償は大きかった。

 元々数本しか糸を使わなくても倒れてしまうくらい、TCが溜まっていたんだ。それを一気に十本も使って、平気なわけがなかった。

 朝鈴は膝をつき、右に傾いて肩から倒れた。

「甲、とりあえず一箇所に固まるぞ! 朝鈴をこっちに連れてきてくれ!」

 俺はそう言うと伊藤と咲美のところへ行き、続けてくる金属片を抗力TEAを纏ってはじき、二人を守った。甲も朝鈴を抱えてすぐに合流した。

「それでどうすんだ、時主?」

「……さあ?」

「何かいいアイディア出せよ! このままだと全滅だぞ!」

「うるせえなぁ! 甲も何か考えろよ!」

「ちょっと、ケンカしないで下さいよ! とにかく一旦離れましょう!」

 そのとき、安馬さんがとんでもないものを浮かせるのを、三人は目撃した。皆一瞬黙った。

「……えーっと……あれは一体何だ?」

「ハハハハハ……バカだなあ、時主は。小学生でも知ってるぞ?」

「……でも、それが浮いているところを見るのは、私も初めて見ましたね~……」

 その巨大な土木作業用の建築機械、通称ショベルカーと呼ばれる鉄のかたまりは、宙に浮いて安馬さんの周りを回り始めた。ショベルカーといっても、よく見る小型のものではない。大きな建造物のときにしか使われないような、大型のものだ。一体何トンあるんだろうなぁ。

「おい、まずいぞ、時主。もしあれがこっちに来たら、咲美がいると避けらんねえし、咲美を抱えたらTEA使えなくなって逃げらんねえ。」

「いや~さすがにこっちには来ないんじゃないか? 一回転は三百六十度もあるんだぞ?」

「でも、もしもってことはありますよ? もしあれがこっちに来たら、私達で止められるでしょうか。」

 誰もその自信はなかった。そして、ショベルは俺達を待ってはくれない。

 大型ショベルは徐々に回転の勢いを増していく。そして、遠心力が引力を上回るところまで加速した。

 近づいてくることで、徐々にショベルが大きく見えてくる。

「嘘だろ! よりにもよって……」

 こんな巨大なモノがこんな速さで来られたら、さすがに……

「時主! 俺の力で!」

 そうか。安馬さんと共闘したときに俺に使った、TEAを増幅する甲の特殊能力か。

「よっしゃ!」

 これなら甲のTEAをもらって、二人分の力を使える。抗力TEAで迎え撃とう。

 甲が俺の肩に手を置く。水色の光が俺を覆い、緑色に変わる。

「おおおおお!」

 そして俺は全力で抗力TEAを使った。


 このとき、異変は起こった。

 急に目の前が真っ暗になった。


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