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時主の食時  作者: 相上
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五章 時主のわがまま(6)

 安馬さんと甲が出てきた。

「お迎えに上がりました。おぼっちゃま。」

「頼んでねえよ。バカ野郎。余計なことしてねえで、明日の準備してろよ。」

 甲は不機嫌だ。俺にではなく、自分にイライラしている。そのことが恥ずかしくて、隠すために俺に八つ当たりしている。

「甲君は納得してくれている。常識的にも、こうするのが正しいはず。後は、時主君のわがままだけなんだがね。」

「わがままを言うだけの理由があります。」

「だが、甲君のこの問題に干渉する権利はない。」

「俺は、義務だとさえ考えてますがね。」

「どこがだよ。本当におかしくなったか、時主?」

「ここで俺がわがままを言わなかったら、甲が一生後悔する。今甲のために動けるのは、俺しかいない。」

「それは時主君の義務じゃない。きついかもしれないが、甲君がバンドをできずに帰らなければならなくなったのは、甲君の自業自得だ。」

「自業自得はその通りです。

 でも、甲が明日のバンドに出ることが、そこまで誤ったことだと思えない。ルールだからと言うのは簡単だけど、当事者としては、その一言で終わらせられない事だってある。世の中、全てをキッチリ正か否かで判別しちゃいけない。ときには、融通を利かせるべき場合もある。甲の行動は、甲が自分の人生において必要だと結論付け、実行したものだ。単なる私利私欲のためじゃない。また、この前の誘拐犯のような非人道的な犯罪者でもない。

 TEの使命、責任はわかっている。甲は確かにタイム・トラベルを無許可で行うなど、タイム・ウェーブの流れを冒す行動を取った。だけど、甲は自分が動くことによる周りの被害がなるべく少なくなるよう動いていた。情状酌量の余地があってもいいんじゃないか?」

 安馬さんは黙って俺を見ている。甲は、目をつぶって想いを巡らせている。

 安馬さんは、俺の考えに共感してくれているが、それでも……

「私も、まだ若い。時主君の意見がとても魅力的に聞こえるし、そういった理想を目指したい気持ちもある。」

 安馬さんは静かに、憂いを帯びた目で話し始める。

「だが、その理想に傾くわけには行かない。TEのシステムは完璧ではないし、甲君はそのとばっちりを受けるのかもしれない。」

 そして吹っ切るように、声を荒げ、厳しい目で宣言する。

「それでも、私は任務として、甲君を今すぐに元の時間面に帰す! 理想は、わがままだ!」

 右手を前に出し、掌に青紫色の引力球を作った安馬さんは、完全に俺を敵とみなしていた。

「俺は、わがままも言えないような男になりたくないんだ!」

 俺も戦闘体勢を取り、完全に安馬さんを敵とみなす。

 安馬さんが引力球を俺に向けて放ったことが、戦闘開始の合図になった。


 タイム・ラウンジで待機していると、時主君から連絡が入った。琥珀さんを回収してほしいと言うので、私と咲美さんが立候補してタクシーで向かった。

「甲も時主もど~なってんのよも~私は一体どうすればいいのよ~って話じゃな~い? 静香ちゃんど~思う~? なんか甲は逃亡者で時主は甲に味方するって言っててでも甲はもうあきらめてて~え~っと……もうわけわかんないわ~。」

 咲美さんはいつもより落ち着かない様子で、私の袖を掴みながら話し続けた。

「時主君は藤代君の望みを叶えてあげたいだけだと思います。藤代君をこのままずっと逃亡者でいさせよう、とは考えていなくて、未来に帰る前に明日の軽音祭で思い出を作ってあげたいのだと思います。一度未来に帰ってしまえば、もう帰ってこられる見込みはほとんどゼロですから。」

「それじゃあ時主も犯罪者になるじゃんか~え~っと、なんたらほじょだっけ?」

「犯罪者幇助ですね。あとは公務執行妨害でしょうか。いずれにしても、時主君には罰則かもしくは逮捕の可能性もあります。」

「あ~もうどうなってんのよ~ほんのさっきまで全然平和だったのに~誰がこんなことにしたわけ~!」

「それはおそらく咲美さんの……」

「?」

 ここで咲美さんの能力のことを話したら、また混乱しちゃうかな。

「いえ、なんでもないです。とにかく、今は琥珀さんを助けることに集中しましょう。」

「そうね。じゃあ運転手さんガンガン飛ばしちゃってよ~!」

 私達を乗せたタクシーは、明かりのほとんどない田舎道を走る。


 安馬さんはそれほど運動TEAが得意な方じゃない。が、その分引力TEAを使いこなしている。放ってくる引力球に引かれて思うように動きが取れず、攻めようと思っても、体全体をズラされて全く近づけない。気弾は引力に捕らわれて、逆にこっちに向けて撥ね返される。

 訓練の際、引力TEAの使える西川さんを相手にしたことがあるが、安馬さんの引力TEAは西川さんの比じゃない。引力球の力加減、設置場所、設置タイミング、いずれも絶妙で、接触すらできない。合気道って、こんな感じかな。

 ここは廃工場なため、さらにやっかいだ。引力球は周りの鉄屑やドラム缶などをも引き付け、俺を襲ってくる。なるべく運動TEAで避けるが、避けきれずについ抗力TEAを使ってしまう。さっきの朝鈴との戦闘でも随分TEA使ったから、TCが大分溜まってきているはず。早めに攻撃の糸口を見つけないと、どんどん消耗して朝鈴みたいに倒れちまうぞ。

「時主君。悪いが、君では私には勝てそうにない。能力の問題ではなく、経験に差があるんだ。子供の頃からずっとTEAに触れてきた私と、数週間前に初めてTEAを知った君では、TEAによる戦闘への慣れが違う。」

「朝鈴はそんなこと言ってなかったですけどね。」

「琥珀を抜いたからって、調子に乗らないでほしい。TC疲労で倒れそうなのは目に見えていたからね。いくらなんでもあの状態では、経験があっても分が悪いよ。」

「別に調子に乗ってませんよ。ただ、経験って目に見えませんからね。」

「……?」

 安馬さんや琥珀には言っていないことがある。親父はおそらくTEで、生前俺を鍛えていてくれたこと。その際に、TEAを使っていた可能性があること。経験で見れば、そこまで差はないはずだ。

「段々慣れてきましたよ。これほどコントロールされた引力TEAは初めてだったので、始めは戸惑ってしまいましたけどね。これも、経験の成せる業ですかね。」

「……才能か。」

「いえ、努力の積み重ねですよ。」

「十日とちょっとの、かい? それだけで慣れてしまったのなら、それは才能だよ。」

 すいません。十年近くやっていたと思います。

「さて、頑張りますか。覚悟しろよ、安馬さん。」

「ああ。どうぞ。」

 安馬さんがマジになった。

さっきまでは俺を消耗させる程度だった攻撃が、本格的に俺を潰すつもりのレベルになった。さっきより速く、多角的に鉄屑が飛んでくる。加えて、気弾による狙い撃ちもしてくるようになった。

 それに対し、俺の戦術はシンプルだ。真っ向から行くぞ。

 引力TEAには、運動TEAで対処する。引力TEAは引力TEAで相殺するのが一番有効なのだが、あいにく俺は引力TEAの才能がないらしく、ほとんど使えない。ならば、引力球に引かれる分と同じ力を運動TEAで逆方向に向けて使えばいい。それには引力球の強さを一瞬で判断し、一瞬で運動TEAをコントロールする必要がある。キレのいい安馬さんの引力球相手では難しいが、何度もチャレンジすれば、必ずできるはずだ。そうして手の届く範囲まで行ければ、勝機はある。近接戦闘なら俺に分があるはずだ。

「どりゃー!」

「何度やっても!」

 まっすぐ突っ込んだ行った俺の右側に安馬さんが引力球を投げる。引力球の大きさと密度から引力の強さを予測し、左に運動TEAをかける。多少俺の運動TEAが強すぎで左に体勢を崩したが、前への推進力でごまかした。

 安馬さんは俺の左側へ跳び、俺の頭の上、左側、最後に俺の体めがけて引力球を放つ。俺は三つ目をかわしながら、三つ同時に引力の強さを予測し、右上前方に運動TEAをかける。今度は体が少し浮き上がってしまった。

 そこに、安馬さんの多数の気弾が左から、引力に囚われた鉄パイプの山が右から襲ってくる。

 ここで、閃いた。自分の未知の力に賭けてみよう。

 俺は両手を前にかざし、運動TEAで気弾の方へ突っ込んだ。そして、安馬さんのTEAである気弾に意識を集中させる。

 気弾が手に当たる瞬間、そのTEAに干渉し、方向を反対に、安馬さんの方へ跳ね返していく。

 安馬さんはさすがに驚き、避けきれずに抗力TEAで受ける。

 俺は全て跳ね返しきると、鉄パイプの迫る後ろに振り返った。運動TEAで相対速度をなくし、両手にそれぞれ鉄パイプをつかんで二本ずつ槍のようにぶん投げる。安馬さんはなおも抗力TEAで受ける。どうやら移動するタイミングを探っているようだ。

 ここで捕まえる。俺は最後の鉄パイプを両手に掴むと、これまでのように投げると見せかけ、一気に運動TEAでスピードを上げて突進した。

 安馬さんは避けようと運動TEAを発動させた。

 その刹那を見極め、俺は鉄パイプを左上に、今度は回転するようにぶん投げた。そして間髪入れずに安馬さんの頭上に同じく回転するように、最後の鉄パイプを投げる。

 俺の予想通り右上に避けようとした安馬さんは、鉄パイプの壁に遮られ急停止した。上にも鉄パイプの壁があり、逃げられない。

 俺は運動TEAと抗力TEAを右腕に乗せ、安馬さんの抗力TEAでも防ぎきれない一撃を構えて突っ込んだ。

 決まった、と思った。

「甘かったね。」

 しかし、俺の渾身の右ストレートを胸に受けた安馬さんは、全く動かず、俺にささやいた。

「なっ! ……に?」

 なんでだ? どうして平気なんだ? なんでこんなに抗力TEAが強くなってんだ?

「裏技を使わせてもらった。まあ、時主君もさっき使ったから、おあいこだね。」

 そう言って微笑んでから、安馬さんは無数の引力TEAを放出し、その見えない力に絡め取られた俺は、不規則に回転しながら空中に飛ばされた。

「おわわわわ!」

 なんとか平衡感覚を正常に保ち、地面を把握して駐車場だったらしいアスファルトに着地する。随分飛ばされ、安馬さんと五十メートルくらい離れた。

 安馬さんは青紫の光を纏い、こちらに歩いて近づいてくる。

 おかしい。さっきまでより、あきらかに力が増している。

「動揺しているかい?」

 安馬さんが声の振動を運動TEAで移動させ、こっちまで届かせる。

「TEの三割が、何らかの特殊能力を保持している。ブースターなどのポピュラーな特殊能力もあるが、中にはこの世に数人しか確認されていない希少な能力もある。私の特殊能力は、私を含めて世界で八人しか確認されていない、未来ターボ、と呼ばれるものだ。

 原理はそう難しくない。私は自分の身体に溜まるTCを、一時固定して暴れないようにすることができるんだ。

 身体に溜まるTCを考えなくていいのなら、自分の出せる限界までTEAを使える。疲れて倒れてしまわないよう通常自分にかけている、リミッター以上のTEAを使えるわけだ。

 もちろん固定できるTCの量にも限界があるし、固定したTCは後から消化しなければならないが、一時的に通常の十倍以上の力を使えるようになる。未来に使う予定だったTEAを前借りして現在に上乗せするようにして、自分の本来の潜在能力を限界まで使える状態にできるんだ。」

 安馬さんは十メートルほど距離を取って止まった。

 なるほど。俺達TEは、自分の身体に溜めておけるTCの量を常に考えて、それを超えないように調節してTEAを使っている。マラソンでいきなり全力疾走する奴はいないように、後先考えずにTEAを乱発することはない。ペースを考えて長期戦にも対応できるようにTEAを使う。

 しかし安馬さんは、TCを暴れないよう固定できるため、溜められるTCの量が俺達の比じゃない。 つまり、スタミナに余裕があるため、マラソンをゴールまで全力疾走できる。

「ここまでだ。これ以上のわがままは許さないよ。時主君にはこれからも私達の力になってもらいたいんだ。だが、これ以上TEの業務を妨害するとなると、ただで済ますわけには行かなくなる。線引きするとしたら、今ここだ。」

 最後通告。これ以上は俺のTEとしての将来がかかるらしい。

 しかし、これには甲の人生がかかってんだ。

「……俺は……引けない。」

 冷静に判断できているかは、自分でも自信がない。しかし、ここまで理不尽と戦ってきた甲の人生は、正しくなくとも、間違っているとは思えない。

 俺は、甲の気持ち、甲の人生を大事にしたい。

「もう少し、俺のわがままに付き合ってもらえませんかね。」

 あ。安馬さんのこめかみがピクッてなった。

 安馬さんの右手が青紫に光り、引力球が無数に放たれる。

 俺は運動TEAで距離を取り、避けまくる。怒らせたか。

 徐々に逃げ場がなくなり、引力球は避けられても、引力に捕らわれて飛んでくるボルトや鉄クズまでは避けられず、抗力TEAを使わざるを得なくなる。このままだと消耗しすぎて倒れちまう。なんとか攻めないと。

 真っ向から攻めても、未来ターボで力を増す安馬さんの抗力TEAは敗れない。どこかで不意をつかなければ。

「うおっ!」

 ダメだ。避けきれん。

 ここは、経験の差か。TEAのではなく、戦闘の。

TEAに触れてきた経験なら、それほど差はない。が、TEAではなく、単純な戦闘経験に差があるようだ。つまり、今までどれだけケンカしてきたか。俺は親父とは何度も組み手してきたが、親父以外の相手となると、本当にごくわずか。最近は入学したての頃に甲と、一月ほど前に咲美と、訓練で朝鈴とやりあったが、こんな頻繁に組み手してきたわけじゃない。中学まではケンカの仲裁とか巻き込まれてとかで、年に一回実戦したことあるくらいだ。対して安馬さんは、TEの育成学校で毎日のように様々な相手と訓練を繰り返してきた。戦闘が日常に入っていた奴に、経験で勝てるはずがない。

 安馬さんは俺の動きを徐々に読み始め、それを戦術に組み込んでくる。俺の避ける方向を予測して罠を張ったり、俺の苦手な攻撃を見極めてその集中攻撃をしてくる。戦闘経験の未熟な俺にはできない芸当だ。

 その差が、今の劣勢に表れている。なんとか抗力TEAで防げてはいるが、それは安馬さんが俺の消耗を狙っているため、小刻みに弱めの攻撃をしているからだ。このままだと抗力TEAを使い続けなければならず、TCが急激に溜まって、あと三十分持てばいいくらいか。

 そして、不意をつく暇がねえ。攻めらんねえ。実力差があるとは思っていたが、予想以上に安馬さんは強い。このままでは手も足も出ないままに力を使いきってしまう。

 この状況を打破するためには……やはり、俺も特殊能力で対抗するしかないか。相手のTEAに干渉し、コントロールできる能力。TEA干渉能力とでも呼ぼうか。さっきもTEA干渉能力を足がかりに、右ストレートを当てることができた。あそこで抗力TEAにも干渉できれば、ダメージを当てられるかもしれない。

「よし、行くっきゃねえか!」

 俺は纏っている抗力TEAの密度を上げ、襲ってくる鉄屑などの飛来物を蹴散らしながら安馬さんへ突っ込んでいった。

「不毛なことはもうやめろ!」

 ややキレ気味の安馬さんが、運動TEAで動きながら引力球を周囲にばら撒く。

周囲に不規則な力場が生まれ、体勢を崩される。が、俺も引力TEAに大分慣れてきた。運動TEAとバランス感覚を駆使して、必要最小限の動きで安馬さんを追う。

 俺が全力で動けるのはあと数分しかないだろう。それまでに追い詰めて、勝負を決める!

 後先を考えている余裕はないため、捨て身で安馬さんとの距離を詰める。

 引力球をかわし、気弾を受け流し、徐々に間合いを詰めていく。五、六メートルまで詰められれば、安馬さんが引力球や気弾を打つ前に攻撃できる。鉄屑舞い散る廃工場で、最後の力を使う距離、タイミングをはかる。

 そして、そのときが来た。安馬さんに気弾を放ち、どこに逃げるかを勘で選んで先回りすることを繰り返す。数回目でついにその勘が当たり、目の前三メートルに安馬さんが逃げてきた。

「キター!」

 俺はTEA干渉能力を準備し、右拳を安馬さんに突き出す。

「残念だが、そこまでだ。」

 しかし、俺の拳が安馬さんに届く前に、体が急に後ろに引かれてしまう。

 背後に引力球があるのは知っていた。だからそれに引かれても耐えられるように運動TEAを使ったはずだった。しかしそこまで予測していた安馬さんは、未来ターボで背後の引力球の力を増幅した。そのため、俺の運動TEAでも耐えきれず、引力に絡め捕られてしまった。

 だが、このくらいで負けてられん!

「こんなろ!」

 俺はあえて引力に体を預け、引力球に左手を触れた。同時に、油断して止まっている安馬さん目掛けて運動TEAを発動する。

 俺は左手にもTEA干渉能力を備えていた。その状態で引力球に触れ、直後に引力TEAに干渉、引力の対象次元を操作し、俺は自由となった。

 今まで縛られていた引力から開放された運動TEAはその力を百パーセント発揮し、安馬さんとの相対距離をゼロにする。

「ん!」

 安馬さんの表情が歪む。

「りゃ!」

 そして、安馬さんの効力TEAを崩す予定通りの右拳をみぞおちに

「おわと。」

 撃てなかった。

 これも戦闘経験から来るものなのか、咄嗟に身を翻した安馬さんの動きに拳は間に合わなかった。安馬さんはバック転するように空中で跳ね上がり、背中とスーツの間に入った拳が、スーツを引きちぎって落とすに留まった。

「こ……の。」

「悪いね。」

 安馬さんが頭上から撃った気弾をまともにくらい、地面に叩きつけられた。


 俺はこれを拾ってはいけない。

 仕方ない。俺がこれを拾えば、安馬は俺を敵性と判断せざるをえない。

 だが、安馬と時主が俺のために戦っているのを見るのは、これ以上耐えられない。

 お互い戦いたいわけがない。少なからず感情を押し殺している。

 俺は今、この二人に何ができるだろうか。

 力が。必要だろうか。


 大分TCが溜まっている。今の攻撃で仕留められなかったのは、マジで痛い。

「そろそろいいかな。TCの限界も近いようだし、もう策もないだろう。」

 安馬さんは厳しくも心配顔。

「スーツはどうしました? 結構高そうなものでしたけど。」

「君が挑発なんてことをしていること自体が、追い詰められたことを自覚している証拠だね。」

 図星。慣れない挑発は御法度だな。

「もう大人しくしよう。でないと、君も監獄入りだ。TEにクビはないからね。」

 まいったな。こんなに優しくされるとは。

「いきますよ、安馬さん。」

 これほど人のご好意を無下にしたのは、生まれて初めてだ。

「これ以上は、ケガでは済まないよ。」

 俺は運動TEAで策もなく突進した。

「危な!」

 しかし、俺と安馬さんの間に、横から水色の気弾が放たれ、俺は急ブレーキで、ギリギリかわした。この色は……。

「甲!」

「甲君!」

 俺と安馬さんの声が重なり、水色の光を纏う右手をこちらにかざした藤代甲を見やった。

 厳しい表情だ。これまでにないほど、目から真剣さが伝わってくる。

 甲がTEAを使っている。そうか。さっき俺が落とした安馬さんのスーツのポケットに、甲のTSであるバックルが入っていたのか。

「甲君。今すぐ君のTSを渡したまえ。普通の監獄に入りたいだろう。」

 安馬さんは、内心動揺しているだろうが、冷静に甲に訴える。

 だが、甲は応えず、俺と安馬さんを交互に見る。

「甲、俺と行くぞ。」

 一応言ってみたが、うなずかないことはわかっていた。俺に同調してくれて、TSを手に取ったわけではないことは、さっきの気弾と、今まで見たことのない目から感じられた。

 俺、甲、安馬さん。三つ巴のまましばらく動けず、睨み合いが数分続く。その沈黙を破ったのは、この状況を作った甲だった。

「時主。ありがとう。」

 急に礼を言われて、キョトンとなった。

「そこまで俺のことを大事に考えてくれて、俺は幸せ者だ。本当に感謝してる。本当に嬉しい。」

「何、女子みたいなコト言ってんだよ。」

「素直な気持ちだ。俺はお前と違ってツンデレじゃないからな。手紙でも書いたが、それとは別にハッキリと言葉で感謝をしなきゃと思って。」

「ベツニ、アンタノタメニ、ヤッタンジャナイカラネ。」

「ふざけずに受け取れ。ありがとう。」

 ああ。これは……

「そんで、ここでお別れだ。俺は十分幸せ者だから、時主は時主でこれから楽しくやってくれ。」

 もう完全にあきらめて、俺のために俺を抑えに来たんだな。

「キメェよ。」

「すまんな。」

 甲が俺に右手を向け、気弾を連射してきた。

 俺は運動TEAで左後方に避けつつ、気弾を返す。

 安馬さんも引力球を放ち、二対一の状況になった。

「ふざけんなよ!」

 ただでさえTCが限界近くまで溜まってるってのに、安馬さんに加えて甲まで相手にしなきゃなんねえのかよ。さっきの戦闘やその後の話から考えても、甲の実力は相当なもので、安馬さんといい勝負だ。そんな二人が相手って、まだ若葉マークの俺にどうしろってんだよ。

「悪いが、今度こそチェックメイトだ。」

「気持ちは受け取った。もう休んでくれ。」

 安馬さんの青紫色の気弾、引力球、とそれに引かれた飛来物、甲の水色の気弾、パンチ、キックが乱れ飛ぶ。俺は運動TEAを使い、死に物狂いで逃げ回った。

 なんとか動けているが、限界は近い。

「そろそろだ。安馬!」

 甲が安馬さんに何かアイコンタクトを取る。

 甲が俺と空中で接近戦をしているときに、後方に回っていた安馬さんが接近してきた。甲はアクロバティックに回転しながら逆さまになり、オーバーヘッドキックのように俺を地面に蹴り落とした。

「ぶちかませ、安馬!」

 甲が安馬さんの肩を掴む。そして、甲の体が水色に光ったかと思うと、その光が徐々に青紫色に変わり、安馬さんの光と一体になった。

 これは……甲のTEAが安馬さんのTEAに変わり、安馬さんのTEAが二人分に増えている。甲の特殊能力か。

 光るTEAは無数の引力球となり、一斉に地面にいる俺に向かって放たれた。これまでより遥かに多く、威力のある引力球の雨は、まるで天井がそのまま落ちてきたかのようだった。甲と安馬さんは、その攻撃を何度も繰り返した。面で来る攻撃に逃げ場はなく、物理的な攻撃ではない引力TEAは、抗力TEAでは防げない。俺の特殊能力なら方向を変えることができるが、慣れないTEA干渉能力ではじくのも、すぐに限界が来た。直撃をいくつも喰らい、動けなくなってしまった。


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