五章 時主のわがまま(5)
TC効率 …… 体に溜まったTCをどれだけ早く抜くことができるか。
「大丈夫なのか、琥珀ちゃん。いくらなんでも時主なめすぎだろ。」
さっき一戦交えただけだが、時主なかなか強かったぞ。
「心配ない。時間稼ぎくらいできるさ。」
安馬はニヤニヤしながら頭をポリポリ掻いていた。時主を信頼しているのか。
「いや、多分時主なら追いついてくると思う。」
朝鈴を相手に真っ直ぐ突っ込むのは、無謀だ。指から発する糸に貫かれて終わる。
朝鈴の糸は、単なる斬鋼線ではない。運動TEA、抗力TEA、電気TEAを纏わせているため、朝鈴の意思で自由に動かすことができ、巻きつければ運動TEAを使っても簡単には外れず、電気で戦闘不能にされる。
俺はある程度近づくと、雷のようにジグザグの軌道で接近した。
「何してんですか! あなたは!」
朝鈴は憤怒の形相で、右手人差し指から糸を数メートル出し、横に薙ぎ払う。運動TEAで糸の動きを補助しているため、糸は直線となって俺に迫る。ジャンプして避けると、朝鈴を中心とした琥珀色のキレイな扇形の光が、闇夜に浮かんで見えた。
空中にいる俺に、さらに追撃が入る。左手人差し指からも同様に糸を出し、今度は朝鈴自身が突進してきた。未だ直線の糸を剣のように扱い、振り回す。俺は運動TEAで上下左右前後と空中を自在に移動し、糸を避ける。当たっても切れないようにしてくれているだろうが、代わりに絡め捕られて電気を流されるのだろうな。
しかし、おかしい。せっかくの糸なのに、剣のように直線でしか使わない。曲線として自在にクネクネと追ってこられると、俺も相当ヤバイんだが……なぜそうしない。
それに、両手で二本しか糸を使わない。十本まで使えるはずだが、なぜ二本だけ?
一旦お互い距離をとって、地面に降りる。朝鈴は糸をしまい、しゃがんで、クラウチングスタートの体勢になった。
来るか、と身構える。
だが、朝鈴は動こうとしない。
「時間稼ぎですか、お師匠さん。さっきの怒りはどうしたんすか。」
軽い挑発だが、ピクリともしないのはおかしいな。仕事モードでも、普段の朝鈴ならわずかなりとも反応していたはずだ。考えられる原因は……本当に時間稼ぎに集中しているか、もしくは……ふむ……なるほどな。
俺は右手を前に出し、気弾を朝鈴に放った。
朝鈴は右にズレて避ける。
次は気弾を三連発した。
朝鈴はなおも左右にズレて避けきる。
わかった。朝鈴はさっきの甲との戦闘で相当TCが溜まっていて、もう余裕がないんだ。そうでなければ、朝鈴は俺に気弾を放っているはず。気弾には気弾で応戦するのが、TE同士の戦闘の基本だからだ。つまり、気弾すら節約せざるを得ないほど、消耗しているってことだ。
そのため、朝鈴は糸を二本しか使えない。また、糸を曲線にして自在に動かすことも自重しているようだ。いや、無理すれば三、四本使えたり、糸を自在に動かしたりできるかもしれない、という注意はしておくべきか。
とにかく、チャンスだ。二、三本なら避けきれる!
俺は気弾を放ちながら突っ込んだ。
朝鈴は後方に跳び、避けるか糸の剣で防ぐかで気弾の対処をした。表情には決して出さないが、相当苦しいはずだ。
「ムチャすんなよ、お師匠様! ぶっ倒れちまうぞ!」
「うるさい!」
頑固な性格だな。仕方ない。今は甲を救出する時間を優先させないと。
「恨むんじゃねえぞ!」
俺は数回目の、しかしこれまでよりリスクを覚悟したアタックを試みた。ジグザグに突進し、追い詰めていく。たとえ糸に当たったとしても、抗力TEAで耐えて強引に突破して直接攻撃してやる!
「甘いわ。」
朝鈴は両手の人差し指から一本ずつ長めに糸を出し、その糸をついに曲げた。俺に向かって螺旋状に、徐々に円の直径が大きくなるように展開する。巨大なすり鉢を横にしたようだ。こっちからだとドリルの内部にいるように見える。
「やば」
ジグザグに移動していた俺は糸の作り出した道筋に誘導され、横の動きを制限され、軌道が直線に近くなっていた。
俺が十分すり鉢の中に入ったと判断した朝鈴は、糸を収縮させ、すり鉢の角度を鋭くして俺を絡め捕ろうとした。上下左右から糸が迫ってきて、狭まっていく進行方向に進めなくなる。仕方なく全速で後退するが、逃げ切れずに右足を糸に絡め捕られた。
「よし!」
「させっか! ぬおりゃ!」
朝鈴は早速得意の電気TEAを流してくる。これに対抗するには、俺も電気TEAで受けなくてはならない。俺と朝鈴の電気TEAがぶつかり合い、俺の右足を中心に緑色と琥珀色の光が混ざり合う。
しかし、やはり電気TEAでは分が悪い。数秒で俺のTEAが押し込まれ、琥珀色の光が周囲を占めてしまう。このままでは押し切られて、スタンガンに当てられたのように気絶させられちまう。そうなったら、もう甲は助けられない。起きたら明日の朝で、甲は未来に連行された跡だ。
それでいいのか?
「いいわけねえんだよ!」
頭の一部が、はじけた。
電気TEAなら、私が遠藤君に負けることはない。いくら疲労困憊でも、電気は私の最も得意とするTEAで、TC効率が最もいいから、電気の苦手な遠藤君を押し切るのは余裕だ。あと一息で、気絶させられる。
私のTEAが発する琥珀色の光が遠藤君を包む。残念だけど、藤代君を未来へ連行するまで眠っていてもらおう。
「いいわけねえんだよ!」
遠藤君が叫ぶ。なんとなく言いたいこと、気持ちはわかるけど……
パァァァン!
今、何か音がした? 遠藤君の方から聞こえたような気がしたけど、空耳?
あれ? 私の電気TEAが、逆に押し戻されている?
いや、違う。光は圧倒的に琥珀色が多く、緑色は雀の涙ほどしかない。
なら、なんでこんなに抵抗が重いの?
「があああああああ。」
遠藤君が何かしている? でも、彼のTEAである緑の光は、周囲には彼の右足だけにしかない。私のTC疲労が限界に近づいているから? いえ、まだ少し余裕があるわ。じゃあ、なんで?
「がああああああああああああああああああああああ。」
遠藤君の声が大きくなり、それに伴い、電気TEAも押される。やっぱり遠藤君が何かしているとしか考えられない。一体何を……?
もしかして……思い当たる節があるとすれば、遠藤君が初めて運動TEAを使ったとき。一瞬私のTEAが制御不能になり、事故を起こすところだった。あのときは様子見ということになったけど、もしこれが本当に特殊TEAだったら……その能力は……。
「他人のTEAに干渉する能力。私の電気TEAが遠藤君に侵されているの?」
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
「あっ」
琥珀色の光が完全に私の制御から離れ、突然方向転換して自分に向かってきた。
とっさに電気TEAを流すのをやめ、遠藤君の足に絡めた糸をほどいたけど、遠藤君を気絶させようとした電気TEAの大部分を受けてしまった。
正気に戻ると、朝鈴が倒れていた。
気を失っていたわけじゃないから、ちゃんと記憶はある。俺の電気TEAは朝鈴のそれに押され、あと少しで万事休すだった。しかし、なんとかしたい、と強く想い、朝鈴のTEAに集中すると、感覚的なんだが、他人のTEAなのに、応えてくれたような気がした。実際、俺が向こうへ行け、と念じたら、本当に向こうへ行った。
朝鈴は、他人のTEAに干渉する能力、と言ってたな。つまり、敵のTEAによる攻撃を止めることも、そのまま跳ね返すことも自在ってことか?
「どうしちまったんだ、俺。」
自分の力に、未知への恐怖を覚えた。俺は既に人を殺せるだけのTEAを扱えるんだ。その力が制御できていないとなると、TEAの使用が恐くなって当然だ。
「でも、やるしかないよな。」
今は甲を助けないと。朝鈴との戦闘で、大分時間を使った。急いで追いかけないと。
バチッ!
俺が甲と安馬さんを追いかけようとしたら、後ろで電気の音がした。振り返ると、朝鈴が目を覚ましていた。
「なに?」
「残念だけど、まだよ。」
朝鈴は倒れた状態から上半身を起こし、左手で身体を支えながら右手を俺に向けた。
「お早いお目覚めで。」
「タイム・トラベルには、こういう裏技もあるのよ。」
タイム・トラベルで裏技? ……………………そうか。朝鈴は気絶する瞬間に、数秒後の未来へ向けて電気TEAをタイム・トラベルさせたのか。そうすれば、朝鈴が移動しない限り、気絶した後に電気ショックを受けられる。
「なるほど。だけど、もうやめときなって。立つのが難しいほどTC溜まってるんだ。今は少し休んで、回復したらまた追ってくればいいから。」
「弟子が師匠に対して生意気よ。」
「頑固もいいかげんにしろよ。安馬さんから、お前のことを任されてんだ。今は退け。」
「うるさい!」
朝鈴は、右手から一気に五本の糸を出して来た。
「バッカが!」
俺は後ろに下がりつつ避けていく。そして、数秒で糸が五本とも地面に落ちた。
「…………だから言ったのに。」
朝鈴はTC疲労でついに倒れ、口を開けて仰向けに眠った。
安馬の携帯がなった。
「どうした、西川?」
「おう、安馬。時主君から、TC疲労で倒れた琥珀さんの回収の要請があった。」
やるな、時主。琥珀ちゃんを抜いたか。
「わかった。到着は少し遅れるかもしれないな。」
「早くしろよ。」
安馬は電話を切る。苦い表情だが、わずかに微笑んだように見えた。妹が心配だけど、時主がタイム・ラウンジに連絡を入れたことを知り、自分の言ったことを守ってくれたのが嬉しく、とりあえず安心できたからだろう。
「時主の動向は?」
「確認されていない。が、十中八九こちらに向かっているだろうね。君を助けるために。」
「…………あのバカが。」
「心配しなくても、君は私が責任を持って送り届けるし、時主君も悪いようにはしないさ。」
「そうすると、あんたにも借りができちまうな。」
「仕事だ。」
ああそうかい。本当にこの人は、時主より真面目だな。信頼できるからいいんだけど。
ふいに、安馬の目が厳しくなる。俺も見えた。バックミラー越しに、緑の光を。
安馬は運転手にすぐ近くの廃工場へ行くよう指示した。タイム・ラウンジまであと少しだが、戦闘になるのが確実なため、人目につかない場所で迎え撃つのがベストだ。
「甲君。しばらく待っていてくれ。時主君を説得してくる。」
「俺も行くよ。言葉での説得なら、力になれる。」
「…………無茶はしないように。」
「逃げないほうがいい、とは忠告しないのか?」
いくら俺のTSであるバックルを奪っているとはいえ、無防備すぎだろ。
「信頼しているよ。」
「そりゃ、どうも。」
俺は安馬と共にドアを開け、外に出た。
車の後ろで、時主が待っていた。




