五章 時主のわがまま(4)
捕まっちまった。さすがは朝鈴兄妹、そして時主といったところか。
「朝鈴、TC疲労は大丈夫なのか?」
「ええ。まだもう少し余裕があります。」
「それでも、迎えが来るまで休んでなさい。TC疲労をナメるんじゃないぞ。」
安馬が俺のTSであるバックルをスーツの内ポケットにしまう。
この安馬さえ来なければ、なんとかなったかもしれないのにな。琥珀ちゃんは本調子じゃなかったみたいだし、時主もまだまだ経験不足だし。
「迎えってのは、いつ来るんすか?」
この時主がいなくても、逃げられたと思うんだよな~。
「随分遠くまで来たからね。三十分はかかりそうだ。」
安馬さんは、やれやれ、といった様子だ。
「じゃあそれまで、話を聞かせてもらおうかな、甲。」
時主がこっちを向いた。怒り、困惑、哀しみ、あきれ、様々な感情が混じりあった表情をしている。
「そうだな。話してやろうか。」
皆には迷惑をかけちまった。特に時主と咲美には深く関わっちまったしな。
「まず、知ってると思うけど、俺は未来から来た。TEの基地のセキリュティをごまかしてな。それには親父の作った対TE探査防御陣を使わせてもらった。俺の時計がそれだった。まあ、今ではただの時計になっちまったけどな。こいつを着けていると、外部からのTEとして探知されず、一般人と同じ扱いを受けられる。親父がこれを使って何をしていたのかはよく知らねえけど、俺はこれを親父の死ぬ間際に渡された。形見ってほどでもねえけど、まあ大事にしてるよ。」
「その話もいいけど、とにかく今は甲がどうして法律犯してまで、この時間面に来たのかを聴きたい。目的は何だ?」
「ああ。俺の目的は、自由に人生を楽しむことだ。」
「……それだけですか? 藤代君が、こんなリスクの大きいことをした動機は。」
「ああ。それだけだ。でもな、それだけって言うけど、人が生きていく上で、これを大事にすることはそんなにおかしいことか? 人生を自由に楽しむことは、この世の大多数の人が望んでいるはずだ。そして、ときに自由は生きていく上で何物にも代えがたいものとなる。俺は、自分の自由が奪われ、やりたいことが何にも出来ない人生を送ることを拒否したから、今ここにいる。まあ琥珀ちゃん達や周りには相当迷惑かけたけど、何かをしようと思えば必ず周りに迷惑はかかる。それに、俺のこの状況を作ったのはTEのお偉いさん方だから、文句ならそっちに言ってくれ。」
「待て。てことは、甲のいた時代じゃあ、自由はなかったのか? そこじゃあ、やりたいことはできなかったのか?」
俺は顔を苦々しく歪ませて答える。考えるだけで、頭が熱くなる。
「ああ、そうだ。そのときの俺の状況を教えてやろう。」
俺は一息ついて、目をつぶる。冷静になれ。順序だてて説明しろ。
「まず、俺は琥珀ちゃんと同じ種類の学校にいた。TEのための国営学校だ。未来では子供が生まれると、その時点でTEの素質があるか検査され、素質があるとわかった場合、半強制的にTEの養成学校に入れられる。俺も一歳になるかならならないかぐらいのときに、それの幼稚園バージョンに入って、そこからエスカレーター式に初等部、中等部に入った。だが、俺は小学生の時から、TEとして働いていくことに疑問を感じていた。別にこの仕事が悪い仕事だと思っていたわけじゃない。この仕事は社会にとって有益で必要だと思ってるし、TEとして真面目に働いている人を尊敬している。でも、俺はもっと自由に生きていきたかった。琥珀ちゃん達見てればわかると思うけど、TEの仕事は制限が多くて相当キツい。リターンは大きいけどリスクも大きい。そういうのは、俺には合わないと思った。だから、俺はその学校やめることにしたんだ。TEとは離れて、普通の学校に行って、普通に進学して、普通に就職しようと思った。
さっきは半強制的に入れられるって言ったけど、それは中等部までの話で、高等部以上は義務じゃなくなる。だから、俺は学校に申請して、高校から一般的な学校に行くことにした。俺は自分の権利を行使しただけだから、特に問題なく申請は認められたよ。
しっかし、皆は相当驚いてたな。俺がそのことをクラスの奴らにしゃべったら、その話は怒号のように学校中を駆け巡って、ものの五分で全校の常識のレベルになっちまった。まあ気持はわからんでもないけどな。さっき言った通り、俺のTEとしての実力はその学校では敵なしで、学外対抗試合でも負けたことなかったし。
そんなわけで中三の二月になり、一般的な進学校を受験して、俺は四月から普通の高校生になるはずだったんだ。全世界同時TE無差別誘拐事件が起らなきゃな。」
「全世界同時TE無差別誘拐事件?」
時主は初耳らしい。まだ聞かされてないのか。
自分の出番だと感じたのか、琥珀ちゃんが入ってきて説明する。
「二〇六〇年に起きる、全世界を巻きこんだ一大事件よ。言葉通り、世界中でTEが無差別に誘拐されたの。その数合わせて三万人強。地域によって差はあるけど、北米と東アジアからインドまでの地域では特に被害が多くて、急激にTEの人材難となったの。日本では千人以上が誘拐されたわ。当時日本のTEは一万人弱で動いていて、それでも人材不足だったのに、全体の一割が抜けちゃって……各所で悲鳴がこだましたわ。通常の業務にも支障が出ているので、人材はそちらに回され、誘拐犯の調査に割く人材は最小限にとどまり、事件について大したことはわかっていない。」
「なるほど。歴史的に見ても、相当な大事件みたいだな。9・11のレベルか。でも、そういう事件って事前にわかってるんだから、対策立てられなかったのか? だって、先時間面から来てるTEから情報もらえるんだから。あっ。この前言った情報統制の話か。その事件が起きる時間面と起きない時間面があったらまずいもんな。」
「いいえ。この場合は違うわ。確かにTE以外の一般市民への情報統制は行われたけど、TEはこの事件に対する対策を、一定の範囲内で行っていたわ。それが歴史上、ここまで続けられてきた私達の行動のようだから。でも、それでもこの事件は起きてしまうの。この事件は、避けられない歴史、のカテゴリーに入っているようなのよ。」
「つまり、俺達がどうあがいたところで、必ず起きてしまうことってわけだ。もしこれに逆らう真似をしたら、TWがそのズレを強引に均してしまうだろうな。そうなったら……その後は、想像もつかん。」
「なるほど。わかった。それで、その全世界同時TE無差別誘拐事件がどうしたんだ?」
半年前のことを思い出し、再び頭が熱くなる。いいかげん受け入れなきゃいかんのに。
「その事件のせいで、俺の転校は取り消しになった。TEが人材不足になったという事実を大義名分にして、政府は俺達TEの自由を奪った! そのせいで、俺は自分で決めた未来を捨てるよう強要され、レールの上を脱線せずにただ走ればいいっていうだけの青春に逆戻りになった!
……それが、今から半年ほど前のことだ。俺の体感時間でな。
そしてそのとき、俺は決心した。この時代では、この時間面では、俺の人生は死んじまう。自由に外に出ることもなく、TEになるために毎日くだらん訓練に明け暮れ、卒業した後もTEとして基地に張り付き、人材不足の中あちこちを走りまわされ、そのままやりたいことなんざ一つもできずに歳とって、結婚して親になって…………って考えると、俺はたまらなく失望した。そんな人生は、俺には合わないと思った。その生き方自体が悪いんじゃない。立派な生き方だと思うし、そうしてる人達を偉いと思う。ただ、俺は嫌だった。耐えられなかった。俺の望む未来は、もっと開けた世界なんだ!
…………だけど、わかってる。世の中、そんな上手くいくはずない。大人になれば、社会の歯車の一つになって、仕事を探して、なんとか就職して、社会に貢献して、社会に生かされることになるって。こんなこと叫んでいられるのは今くらいで、学生じゃなくなれば、TEであってもなくても、俺の望む自由なんて、一歩外に出ただけで踏み潰されちまう。
でもな、それでもな、俺は自分の気持ちを、心の中でくすぶってるものを大切にしたかったんだ! 大人になっていろんなものに縛られる前に、高校の三年間だけでも、自分を通したかった! 自由に世界を見て、感じて、楽しみたかったんだ!
だから、俺は挑戦することにした。回りに迷惑かかるってのはわかってるし、俺自身にかかるリスクがハンパないこともわかってる。でも、それだけの価値があると思った。人生の大半を懸けてでも、やってみるべきだと考えた。
時主。お前ならわかるはずだ。」
俺は時主の方に向き直り、目を合わせた。
時主は、憂いを帯びた表情で、俺を見ている。
散々ぶちまけといて俺に振るなよ、って感じだろうけど、許せ、時主。
俺と時主はまだ四ヶ月くらいの付き合いだけど、時主なら俺が今何を言いたいのか、漏らさず汲み取ってくれると信頼してる。だから、ここまで話したんだ。
そして、俺は時主に真実を全部ぶちまけて、すっきりした気分になった。
俺は隠し事とか全くしないタイプだけど、このことは時主や咲美であっても、さすがに話すわけにはいかなかった。そのせいか、特にこの二人には後ろめたい気持ちを感じずにはいられなかった。
でも今は、俺は時主に隠してることは何もない。まあ話しきれていないことはたくさんあるけど、故意に隠しているようなことは何一つない。女の子の好みから初等部時代のトラウマ話まで、話せないことはない。そのことが、とても心地よく感じられた。
「お話、わかりました。……藤代君、あなたの気持ちは……私には、どれだけわかろうと努力しても、うわっつらしかわからないでしょう。ただの同情ならない方がマシでしょうし、返す言葉がありません。
しかし、私の仕事は理解してくれると思います。私はまだまだ未熟ですが、この仕事に誇りを持っています。ですから、私は任務を遂行します。藤代君には基地に来てもらって、もとの時間面に帰ってもらい、そこでしかるべき罰を受けることになるでしょう。
よろしいですか?」
琥珀ちゃんは申し訳なさそうに言うと、俺の横に来た。
真面目だな~琥珀ちゃんは。俺は同情なんてされる奴じゃないのに。むしろ、ここは怒るところだろ。俺のエゴのせいで、随分振り回されたんだから。
しかし、『よろしいですか?』とは、何を今更って感じだな。他に選択肢はないだろ?
「ああ。輸送、お願いするよ。そう簡単には壊れないから、気を使わずにな。」
「……わかりました。」
さて、これで終わりか。
「ちょっと待て、甲。お前、これでいいのかよ?」
友達想いの時主君。お前も、今更だよ。
俺は口元を緩ませて溜息をつき、落ち着いて時主と向き合った。
「時主、俺は自分の望むことをした。わがままだと自覚してるけど、これでよかったと思ってる。というか俺の性格上、これ以外の選択肢はありえなかったな。まあこうして捕まっちまったけど、この数ヶ月間、やりたいことを思う存分やらせてもらって、すごい楽しかった。満足してる。」
「でも、そんな軽い罰になるとは思えないぞ。ホントにこれでいいのか?」
「自業自得だろ。このリスクを考えた上で、俺はこの時代、この時間面に来たんだ。文句は言わねえよ。ま、別れを惜しむ彼女ができる前でよかったな。」
「じゃあ、なんで逃げたんだよ。バレたんなら、潔く降参すればよかったのに。」
「そりゃあ……半分衝動的なものでな。捕まるって思ったら、逃げたくならねえか?」
「……なるほど。その衝動ならわかる。」
「そうだろ。」
「じゃあ、もう半分は何だ? 逃げた理由の、もう半分は。」
それを言わせたかったのか? まったく、時主らしいな。
「ハッキリしろ。どうして逃げた。」
「いつもは細かいこと考えないくせに、こういうことになると、全部ハッキリさせないと気がすまない。それがお前のいいところなのかもしれないが、当事者になってみると嫌なもんだな。正直、ウザい。」
「悪いが、これは今訊いとかないといけないんだ。手遅れになる前にな。」
確かに、もう二度と会えなくなる可能性もあるのか。期限付きの収容所送りとか、無期でも気軽に面会できる範囲の罰則ならいいけど、それ以上になるかもしれないもんな。
「……せめて、明日の軽音祭には出たかったからかな。
祭りは準備してるときが一番楽しいっていうけど、それは本番が終わった後に感じることだ。本番がなかったら、準備してたものは形にならず、たとえ準備中が楽しかったとしても、その思い出にどうしても一片の淀みが残っちまう。
だから、やっぱり軽音祭の本番に出て、一つの楽しかった思い出として完結させて、心に持っていたいと思った。俺がここに来た目的を、目に映る形にして、人生に添えたかったんだ。
これでいいか、時主?」
「………………」
時主は目を瞑って俯いた。しかし、口元は緩んでいた。あきれてんのか?
「あと、君のクラスメイトや、特に咲美さんや静香さんに言っておくことはあるかい? 直接会って話す時間は取れなさそうだから、後で私達から伝えておくが。」
安馬さんも優しいな。
「それなら、俺の部屋にある机の二重底に、もしものとき用の手紙が入ってるから、皆に渡しておいてくれ。検閲してからでいいけど、言っちゃまずいことは書いてないはずだ。一緒に学校の退学届けも入ってるから、使ってくれ。」
「わかった。琥珀、学校側へのは頼んだ。」
「了解。」
「時主君はクラスの方を……?」
安馬さんの声が小さくなっていく。俺は時主の方を見た。
時主はやけにさっぱりした顔付きで、俺を見ていた。何か吹っ切ったように。
そして、とんでもないことを言い出す。
「安馬さん。とりあえず頼んでみます。甲を明日まで見逃してくれませんか?」
時主てめえ、何考えてんだ!
「私の答えはわかりきっているよ、時主君。キミもわかっているだろう。」
「ええ。だから、とりあえず、でした。」
なんとなく、時主のしようとしている事がわかった。
しかし! これ以上、時主に迷惑をかけられん!
「時主、あきらめてくれ。俺はここまでだ。俺のことをよく考えてくれるのは嬉しいが、俺はこうなるリスクも考えて、この時間面に来たんだ。だから、責任は全て俺が取る。時主に不要な責任を背負わせるわけにはいかねえな。お前はこれからTEとして長くこの組織に世話になるんだから、いらんいさかいを起こさん方がいい。」
諭すように、懇願するように話した。
だが、時主の目の色は変わらない。
「いいからお前は余計なことをするな。軽音祭は、ベースを安馬さんにやってもらえ。安馬さん、できるよな?」
「ああ。私でよければ、引き受けよう。」
しかし、既に何を言っても、もう時主の決意は変わらない。止められない。
「ダメだ。」
そのことを、この重い一言で理解した。
甲はこれで終わりだと言ったが、俺は終わらせるつもりはない。
甲が罰を受けるのは当然だ。重大なルールを破り、タイム・ウェーブにズレを作りかねない状況を作った。周りにかけた迷惑は計り知れない。
しかし、俺は藤代甲という男と四ヶ月間一緒にいた。短い間だったかもしれないが、密度の濃い時間を過ごしたためか、甲がどんな男かよくわかっている。
「ダメだ。」
甲、安馬さん、朝鈴の顔が強張る。
「俺たちのベースは、甲、お前しかいない。安馬さんを含め、他の人じゃあ無理だ。というわけで、お前にやってもらう。」
「ちょっと、遠藤君。今の話、聴いていたでしょう?」
朝鈴は声に怒りと戸惑いを含ませている。
「ああ。つまりは、今甲が連れて行かれると、もう戻ってこられない。バンドは一生できないってわけだ。」
「でも、それがどうしようもない、仕方のないことだってこともわかるでしょう?」
「琥珀ちゃんの言う通りだ。無念だが、しょうがない。」
「甲はそれで納得か。」
「ああ。」
「ふざけんな。んなわけあるか。」
「………………」
「甲、お前がリスクを犯してまでこの時間面に来たかった気持ちは、その程度のものだったのか? いや、そんなはずはない。
お前は一見メチャクチャな言動をしているようで、その実抑えるべきところはしっかり抑えている。意図的か自然にかは知らねえけどな。お前の無茶は、成功の自信、失敗のリスク、失敗したときの責任、周囲への影響を考えた上での無茶なんだ。
ならば、お前はどうしてここにいる? お前がここに来ることは、多大なリスクを背負い、一人では果たしきれない責任が求められ、周りへの迷惑は目に見えるだけでも甚大だよな。いくら成功の自信があったとしても、そこを考えれば、今お前はここにいないはずだ。
しかし、お前は今ここにいる。それは、お前の中に普通じゃない何かがあるからだ。お前は今言った全部をひっくるめてもかなわないような、心の底から湧きあがってくるどうしようもない衝動、願望、希望を持っている。それらは理屈抜きで、リスクや責任をぶちやぶった。だから、お前は今、ここにいるんだ。
その熱い気持ちは、この程度のものだったのか?」
俺は自分より背の高い甲の胸倉を掴み、凄む。
甲は無表情だった。
「俺はお前をこんなところで終らせたりしねえ。終わるんなら、最後まであがいてからにしろ!」
しばしの沈黙。
皆表情を硬くし、甲を見ている。
甲は難しい顔で地面を見ている。
この沈黙を破ったのは、安馬さんだった。
「それで、時主君はどうするつもりだい?」
安馬さんは冷静に訊いてくる。俺のとんでもない発言を、頭の中で整理しているな。
「どうするもなにも、俺の今の目的は、甲をせめて明日の軽音祭に出してやることですよ。」
「しかし、それは私達には無理だ。甲君は今すぐタイム・ラウンジへ連行し、元の時間面に戻ってもらわなくてはならない。それを阻害するモノを排除するのが、私達の仕事だ。」
「遠藤君、何か策でもあるの?」
「ない。」
「いや、ないって……」
「ないものはしょうがない。それを今から考える。」
自分でも無責任だとは思うが、現状思いつかないんだから仕方がない。
しかし、策がないからといって、あきらめられん!
「……そうか。時主君、どうしてもか?」
安馬さんが俺と正対し、一歩踏み寄る。
「はい。迷惑だとわかってますけど……俺は俺の信念を貫く!」
きっかけは、迎えの車が来て止まったときだった。
俺は運動TEAで瞬時に安馬さんに詰め寄り、加速させた右ストレートを繰り出す。
安馬さんは抗力TEAを集中させた右手で俺の拳を掴み、はじく。
俺は敢えて防ぎ易いように拳を繰り出し、安馬さんはそれをわかった上で反撃しなかった。
この意味は、宣戦布告だ。
「時主! 安馬さん!」
「遠藤君! 兄さん!」
二人が叫ぶが、無視。安馬さんとの間合いを取り、臨戦態勢をとる。
「何やってんだ、時主!」
「お前のそのエゴ、俺が後押ししてやるよ。」
腹は決まった。無理やりにでも、甲を明日の軽音祭に出してやる。その障害となるのなら、朝鈴兄妹を倒してでも、な。
「時主君、気持ちはわかるが、無茶がすぎるぞ。素性がわかっているこの状態では、たとえ君が甲君を連れて逃げたとしても、逃げ切れはしない。君はTEAを使えばこちらに居場所を特定されるし、TEAを使わずに潜んでいては明日の軽音祭には出られない。あきらめなよ。」
「どうするかは、明日までに考えときますよ!」
運動TEAの光を纏い、安馬さんに突っ込んだ。
安馬さんは引力球(周囲に重力場を発生させる、直径五センチ位の球体)を右手に発生させつつ、俺の右側に避ける。そして、俺にその引力球を投げつけてきた。
なんとか身をよじって避ける。しかし、脇下を通過した引力球はその引き込む力を発動し、俺の身体を安馬さんから遠ざける。俺は黒い球体に引き寄せられるのから逃れるため、運動TEAを使って強引に重力場の外に出て、安馬さんと数メートル離れて正対する。安馬さんは既に両手に引力球を作り出していた。
引力球の厄介なところは、こんな風に避けても引き寄せられちまうことだ。そのままだと自分から当たりに行くことになるから、重力場から抜け出す必要があるし、予想外の重力で体勢を崩されないように注意しなければならない。ちなみに引力球にまともにあたると、身体の内部で異常な重力場ができ、身体機能に影響を与えてしまう。例えば筋肉に当たったら体がうまく動かせなくなるし、心臓に当たったら血の流れがおかしくなっちまう。
俺と安馬さんがじりじりと間合いを取っていると、間に朝鈴が入ってきた。朝鈴の表情は、怒りとあきれを足して二で割ったような感じ。その感情の矛先は、俺だよなぁ~。
「兄さん。遠藤君は私が抑えるわ。そのうちに藤代君をタイム・ラウンジまで連行して。」
そう来るか、我がお師匠様。
「しかしな、琥珀。お前はもうTCが溜まりすぎていて、いつもの十パーセントほどのTEAしか使えないはずだ。時主君を甘く見すぎてないか?」
「なんとかします。遠藤君は、私の弟子なんです。」
朝鈴は俺とにらみ合いながら、安馬さんに意志を伝える。今度は安馬さんがあきれ顔。
「……しかたがない。妹を頼むよ、時主君。」
「ここで俺に言うことかよ。」
妹を敵に押し付けやがった。なんて神経だ……さすが朝鈴安馬ってか。
安馬さんが苦い顔の甲を連れて、迎えの車に乗り込む。
「待ってろよ、甲!」
甲は動きが少しゆっくりになりながらも、止まらず、振り向かずに乗り込んだ。
俺は車が発進するのと同時に、朝鈴に向かって行った。




