五章 時主のわがまま(3)
電気TEA …… 電気を生み出す。
引力TEA …… 質量に関係なく、引力としか見えない引き込む力を生み出す。
咲美さんが藤代君につっかかったとき、私は静香さんと話をしていた。
急にTEAの光が、それもこの近辺に確認されている色ではない薄い青の光が、視界の端から飛び込んできた。
パッと振り向き、事態を確認する。
遠藤君、藤代君、咲美さんが、驚いた表情で固まっていた。
もしかして、今のTEA、咲美さんの?
でも、咲美さんはTSを持っていない。TSなしでTEAを使えるのは、数百年に一人、静香さんくらいだ。だから、咲美さんの可能性は薄い。
遠藤君のTEAの光は、緑色だ。
なら……
「藤代君。今から一緒にタイム・ラウンジに来てくれる?」
私がそう言った瞬間、藤代君は水色の光を纏い、運動TEAで逃げた。
咲美が俺の時計に触れた瞬間、時計に入れていた防御陣が消えた。
その影響で、俺のTEAは、一瞬だが確実に皆に見られてしまった。
突然の事態に、状況がうまく飲み込めない。
いや、頭に入れようとしても、体のどこかがそれを拒否しているのか。
しかし、受け入れないわけにはいかない。
確実に、バレた。バレたんだ!
「藤代君。今から……」
どうするどうするどうするどうする?
逃げなきゃ!
甲が逃げて、朝鈴が追いかけていった。俺と咲美と伊藤は、取り残された。
「ど、どういうことですか? さっきの光は……」
「説明しなさいよ、時主! 一体全体あの二人はどうしちゃったわけ?」
俺が教えてほしいくらいだよ! と思いつつ、冷静な部分の俺は、起きた事態を整理し、 結論を出していた。
甲はTEだった。そして、それを隠していた。というか、隠せていた。
タイム・ラウンジは、厳重なセキリュティで守られているって話だ。TEの素質のある者は人物照会し、リストに載っていないTEがいればすぐわかる。だが、甲は何回もタイム・ラウンジに来たことがあるけど、アラームは鳴らなかった。そうならないような細工がしてあった、と考えるのが妥当だ。そして、それは甲の時計に組み込まれていたと考えて間違いない。それが咲美のダイジェスターの能力で消されたから、今バレたんだ。そして、基地のセキュリティを掻い潜れるTEだということは……
「甲は、未来から来た不法TEの可能性が高い。」
「はあ?」
「それって、どういう」
「詳しい話は後だ。俺はあいつらを追う。伊藤と咲美はタイム・ラウンジへ行って、西川さんに状況を説明した後、指示を仰げ。」
「待ってください! 私も……」
「簡易TSしか持ってない伊藤は、朝鈴の近くでしかTEAを使えない。無理するな。」
「でも……」
粘る伊藤を引き離したのは、咲美だった。
「静香ちゃん、行くわよ。時主、甲の事、頼んだから。」
こういうとき、咲美は助かる。アイコンタクトでお互い意思の疎通ができるからな。こういう不測の事態に対する対応は、話し合いの時間がないほど迅速に対処しなければならない場合、より多くの情報を持つか、判断力の勝る方の意見を優先するのが良い。俺も咲美も、感覚でそれがわかっている。
「ああ。すぐ戻るから。」
俺は運動TEAを発動し、二人を追った。
二人には、意外と早く追いつくことができた。西川さんに連絡し、TEA探査してもらって先回りできらからだ。同時に安馬さんにも連絡してもらった。
俺達は屋根の上を走っているが、街の人は誰も俺達に気付かない。光の反射をTEAで霧散させて、見えないようにしているのだ。
二人は単純に鬼ごっこをしていた。甲は住宅の多い所や人通りの多い所にいるため、朝鈴は気弾などの飛び道具を使いづらい。何度か糸で捕まえようとしても、甲は糸の不規則な動きを巧みに避ける。糸を十本全部出せればまだ何とかなったかもしれないが、今の朝鈴はTCが相当溜まっているため、三本が限界のようだ。
「ようやく来ましたか。」
「遅れて悪いね。それで、とりあえず捕まえるのか?」
甲を追いかけながら、情報、意見の共有を図る。
「ええ。捕まえてから、話を訊きましょう。訊きたい話が一つありますから。」
「甲は不法TEかってことか。」
「ええ。あとは連行して、タイム・ラウンジで事情聴取です。」
朝鈴も俺と同意見か。この状況を正しく判断、推理すれば、おのずと結論はそこに行き着く。同じ結論ってことは、正解の可能性が高いな。しかし、タイム・ラウンジは困る。俺は俺で訊きたい事が山ほどある。まあ、どっちにしても、捕まえてから、か。
「朝鈴はTC溜まりすぎできつそうだけど、どれくらい持ちそうだ?」
「糸を三本だけなら、一時間は持つと思います。」
それだけかよ。思った以上にきついんだな。
「甲の実力は?」
「相当です。今の私や遠藤君とも、まともにやりあえますね。」
「でも、現状俺達でやるしかないんだから、やるぞ。安馬さん待っちゃいられねえし。」
そう言うと、朝鈴はフフンと笑った。
「もちろんよ。今まで隣にいて馬鹿にされてたと思うと、早くとっ捕まえて洗いざらいはいてもらいたいって気持ちで心臓バクバク言ってるのよ。藤代君は根っから悪いってわけじゃないし、今までの藤代君も嘘じゃないと思うけど、それでも犯罪者は犯罪者だしいろんなところに迷惑かけているし私らがどれだけ頑張ってあんたを追いかけてたと思ってーもう!」
最後のはもう個人的な恨みだな。まあ甲のおかげで散々面倒くさい仕事をたくさんもらったみたいだからな。
「俺も甲と話したいことがある。甲がいいか悪いかは置いといて、さっさとやるぞ。」
「そうね。じゃあ、行くわよ!」
朝鈴は大きく右側に移動する。俺は左に回り、左右から追い込む。
朝鈴の糸が甲の右肩を狙って伸びていき、それを察知した甲は左に方向転換する。そこを逃さず、俺が肉弾戦を挑む。
「手加減しねえぞ、甲!」
まずは背中に右のミドルキックを当てる。運動TEAに抗力TEAを合わせた、スピードも威力も人体の限界を超えた一撃だ。甲は二階建ての屋根瓦の上をキレイに吹っ飛び、隣の家の屋根にぶつかった。
しかし、甲は抗力TEAで衝撃を無効化しており、屋根にぶつかる時も運動TEAと圧力TEAで速度をほぼゼロにしていたため、甲も屋根も無傷だった。
だが、一瞬、動きを止めた。
朝鈴はその隙に甲の死角から糸を滑り込ませ、腕に巻きつける。
それに気付いた甲は驚いた顔になったが、遅い。朝鈴は高圧の電気を流し、甲の体を機能不全に陥らせる。スタンガンの数百倍の威力だ。普通は耐えられない。
だが、甲もTEだ。腕がTEAでなく一瞬眩しく光り、次の瞬間には二十メートルほど前に逃げていた。甲も電気TEAを使って、朝鈴の糸に電気を逆に通したのだ。両者の電子はぶつかりいショートを起こした。
「やりますね。私と同等の電気TEAですか。」
俺達は再度追った。
今度は俺が先に攻める。甲の動きを予測して突っ込み、拳で脚で連打を繰り出す。
しかし甲は、相当戦い慣れていた。体が壊れない限界まで運動TEAで速度を増している俺の攻撃を、朝鈴の動きを注意しながら難なく避けていく。そのせいで朝鈴も援護に踏み切れず、俺と甲の周りを衛星のように回っている。
その状態で、街のはずれの山の麓まで来た。太陽は完全にその存在を消し、空に闇が広がる。そのため、TEの発する光が目立つようになってきた。まあこの辺りは田んぼしかなく、家もないので人に見られる可能性は低いから、大丈夫だろう。たとえ見られても、少人数なら苦もなく誤魔化せるし。花火だ、とかな。
朝鈴が甲の行く手に先回りし、進路を塞いだ。甲は止まり、俺もすぐ後ろで止まる。
幅広めの農道。甲は横を向き、俺と朝鈴の両方を視界に入れた。
「そろそろ観念しろよ。何がどうしたのか、お兄さんに話してみなって。」
甲の顔色は悪い。身体的に疲れてるってのもあるけど、悩んで苦しんでる方が大きいかな。こんなはずじゃなかったのに、どうしよう、って顔に書いてある。
「あ~まあ今となっては話してもいいんだけど……とりあえず、捕まりたくねえのよ。まあ、色々あってさ。逃げ切ったら、電話ででも話してやっから。」
そうは言っているが、逃げるのも後ろめたそうだ。
「逃げ切れると思ってますか? 私達、そんなに甘くないですよ。」
「知ってるよ。日本光人学校、最年少主席卒業の琥珀ちゃん。」
「……よくご存知で。」
「普通知ってるだろ。俺も学校行ってたしな。琥珀ちゃん、自分で思ってるより有名人なんだぞ。いろんな意味でさ。」
なるほど。年齢だけじゃなく、外見、性格、能力。未来でも目立つ部分は変わらんか。
「それじゃあ、私の兄のことは知っていますか?」
ん? なんだか、朝鈴の声に余裕が出てきたな。
「そりゃもちろん。前年の主席卒業者だからな。兄妹で連続っていうのも有名だし。」
「能力に関しては?」
「琥珀ちゃんほどじゃないが、それでも主席卒業者の平均を軽く超えてるようだね。」
「その通りです。でも、あなたもそうでしょう?」
「まあね。俺があのまま真面目に学校通ってたら、間違いなく主席だった自信はある。同学年の奴はおろか、最後に負けたのは……四年上の主席の奴だったから、その人以外の先輩にも負けたことはない。まず主席は揺るがなかっただろ。」
「大した自信ですね。」
「それなりのモノを持ってたからな。」
「じゃあ、私と兄、平均以上の主席卒業者二人を同時に相手できますか?」
「そりゃあ……」
甲が何かに気付き、すごい勢いで振り向く。
俺も気付かぬうちに、青紫色の光を纏った安馬さんが、運動TEAで急接近してきた。
「もうかよ!」
甲は焦って安馬さんの逆方向に逃げようとする。
そこにいつの間にか移動した朝鈴が立ちはだかった。三本の糸を運動TEAでそれぞれ直線とし、電気TEA、抗力TEA、運動TEAを駆使して剣のように横に薙ぎ払う。触れれば、人体でも間違いなく真っ二つにできるな。
甲は糸をジャンプして避けた。そのまま朝鈴を飛び超えて、山に逃れるつもりだ。
だが、甲の動きが空中で止まった。そしてそのまま、安馬さんのいる方向に引き戻されていく。
安馬さんは自分の頭の上に、青紫色に光る人の頭くらいの大きさの球を浮かばせていた。甲はその球に引かれていく。安馬さんの最も得意とするTEA、引力TEAだ。
「この。」
甲は水色の光をより強く発し、つまりは運動TEAをパワーアップさせて、安馬さんの引力球から逃れる。
そこに、朝鈴の糸が網を張っていた。
引力から逃れる場合、その引力とは真逆の方向に力を加えて距離を取るのが一番手っ取り早い。だから、朝鈴は甲と引力球を結んだ直線の延長上に網を張ったのだ。
朝鈴の三本の糸が甲の体に絡みつき、そのまま甲を地面に叩きつける。甲は抗力TEAで防いでいるが、急な移動と衝撃に人間の感覚器官はついていけない。いきなり海に落とされたときように、周囲の把握に時間がかかり、その間無防備になる。
そこに、俺と朝鈴と安馬さんで気弾の集中砲火を浴びせた。いくら抗力TEAでも、それ以上の衝撃を与えればダメージを受ける。
甲は気弾の衝撃で不規則に転がり、俺と朝鈴の間に来た。
甲のTSは、おそらくベルトのバックルだ。時計はさっき咲美がさわって、まだTEAが使えるってことはTSじゃない。他には首に銀のネックレスがかかっているが、これは日替わりで種類が変わるため、常に身につけておくべきTSの可能性は低い。残った金属類は、前に自慢していた高かったらしいバックルしかない。甲は私服のときも必ずこのバックルをつけていたからな。
俺は転がる甲の肩を左手で掴み、止まった瞬間、右手でバックルを掴み、運動TEAで力任せにベルトから引きちぎった。
その瞬間、甲の体から水色の光は消えた。




