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時主の食時  作者: 相上
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五章 時主のわがまま(2)

ダイジェスター …… 触れたTEAを消すことのできるTEA。とても希少。

 七月二十七日、金曜日。もう一時間目始まってるから、二時間目から出よう。昨日一日中ぐっすり寝たが、今朝も少しだるい。頭の方は大分すっきりしてるけど、脚に力が入らないし、腹筋や背筋もいつものように体を支えてくれない。歩き方が何か変だな。

しかし、今日から朝鈴と一緒にTEとしての仕事を始めるので、頑張らなくては。

「よ~おはよ~時主~昨日は死んでたって聞いてるけど生き返ったかい~? って~なんだか今日もだるそ~にしてるね~お疲れか~ならアメ食べる~? 私がよく食べてる疲労回復アメなんだけどこれがまた苦いったらなくてね~ただ良薬苦しで効果のほどは保証するからとりあえず一つなめてみな~ほら!」

 咲美が、俺のあごを支えて黒い塊を口に放り込む。その物体が舌に触れ、唾液がその表面を溶かした瞬間、全身が痺れた。

「おお~、ぬお、い、ぎ、てめえ何てもん食わすんだよ!」

 黒い塊を手に吐き出し、咲美に差し出す。

「ちょっ、汚いな~口つけたんなら最後まで食べなさいよ~誰も時主の食べかけなんているわけないんだから責任もってお腹に入れなさいね~」

「なんでこんな成分不明の見るからにブラックな塊食えるか!」

「時主、咲美のアメは、本当に効果あるらしいぞ。咲美なりの気遣いだ。もらっとけ。」

 甲が少し肩を震わせながら、俺の肩に手を当てた。口に何か含んでいる。

「そうみたいですよ、時主君。なめていると、次第に慣れてきますから。」

 座っている伊藤の脚も、少し震えている。本当に慣れたのか、ただ味覚がマヒしただけなのか、後で訊くことにしよう。

「ほらほら時主も食べて食べて!」

「わかったよ。」

 本当に疲労回復なら、多少苦かろうとも食っとくべきか。

 俺は黒い塊を再び口の中に入れた。

俺がしかめっ面でアメのマヒ攻撃に耐えていると、ガラッとドアが開き、担任の香川サンが入ってきた。

「あれ? 朝鈴が来てねえぞ? 伊藤、何か聞いてるか?」

「いえ、私は何も聞いてないですけど、一時間目もいませんでしたね。メールしてみましたけど、まだ返事は来ていません。」

「めずらしいな。琥珀ちゃんが遅刻とは。」

「どうしたんだろうね~もしかしてアレの日でお腹痛いのかな~」

「でも、琥珀さんなら生理でも学校に来そうですけどね。」

「ちょ~静香ちゃん。そんな普通に生理とか……」

「電話してみるか。今日から一体何をどうすりゃいいのか、全く何も聞いてねえからな。」

 しかし、朝鈴は電話に出なかった。そのまま、二時間目が始まる。


 伊藤にメールの返信が来たのは、補習が終わって昼になってからだった。

「『今日は休みますけど、心配しないで下さい。静香さんの訓練も、今日はお休みです。遠藤君にも、今日は休みだと伝えてくれますか?』だそうです。」

「なるほど。わかった。」

「なになに? 琥珀ちゃん何だって~?」

「多分仕事関係だ。丁寧語になっるからな。」

「でも、メールだと丁寧語になるって人もいるぞ?」

「琥珀さんは、いつもはメールでも普通の口調ですよ。」

「ま~とにかく心配ないって事でしょ~ならよかったじゃ~ん。それじゃ~さ~今日は琥珀ちゃんいないけど~バンド練習する前にちょっと買い物行かな~い?」

 そういや、咲美は今日、明日と軽音祭の準備のため部活がないんだったな。でも、

「わりいけど、俺はパスだ。ちょっとタイム・ラウンジに行って、情報をもらってくる。」

「え~なんでよ! 休みって言われたんだから自由でしょ~!」

 咲美は相当不満そうな声で俺につっかかる。

「そういうわけにはいかん。できるときに少しずつでも覚えていかないと、仕事にならんようだしな。明日から始まる仕事がスムーズにできるために、今日のうちからタイム・ラウンジで準備することは大事なことだ。」

「却下! 今日は私らに付き合うの!」

 咲美の声が大きくなっていく。

「でもよ、時主。咲美が行きたいって言ってんだから、今日くらい付き合えよ。どうせ仕事が始まってからは忙しくなるんだろ? できるときに、っていう言葉は、できるときに遊んどこう、とも使えるじゃねえか。」

「そうですよ。時主君は真面目すぎだと思います。もう少し楽にいきましょうよ。」

「あ~、甲や伊藤の言うこともわかるけどさ。やっぱ仕事始めって色々と不安なんだよ。それに、今基地の皆も忙しいみたいだから、なるべく早く仕事覚えて手伝いたいしな。」

「言うことはそれだけ?」

 咲美の声が、どす黒くなった。と思ったら、急に騒いだ。

「あーもーいーわよ! 帰る! じゃ、五時ね!」

「あっ、咲美さん!」

 咲美は足音が立ちそうな踏み込みの勢いで帰ってしまった。伊藤がそれを追う。

「時主。責任取れよ。」

「……俺のせい、か。」

「どう見たってな。最近はTEのことばっかりで、バンド練習中も、静香ちゃんとそこらへんの話ばっかりしてただろ。咲美が怒るのも無理ないって。」

「んなこといわれてもなぁ。甲なら、俺が今どんだけ大変な状態か、わかってるはずだ。」

「それでも、だよ。それでも、今を楽しむことを忘れんな。先のことばっかり考えて目の前の楽しみを後回しにしたら、じじいになってから振り返ってみて、人生幸せだったと感じると思うか? そりゃあ先のことは大事に決まってるけど、そこらへんのバランスが、将来のほうに傾き過ぎてないかってことだ。日本人の悪い癖の一つだぞ。」

「ふ~む。……甲は、今を楽しんでるのか?」

「ああ。そりゃあもう、楽しんでるぞ。こうやって皆でバンド組んで、軽音祭で観客沸かすのが楽しみで楽しみでしょうがない。これまで、こんなやりたいことを思いっきりやることってなかったから、なおさら楽しいんかな。」

「あれ? 中学んときは大人しかったのか?」

「逆かな。学校の奴らは皆、俺の力を妬むか、怖がるか、俺をライバル視して出会えばケンカって感じだったからな。こんな風に仲間と楽しくってことはなかった。だからさ、俺は今の楽しさを放したくないし、時主にも楽しむことをあきらめてほしくない。どうせ大人になったら仕事するんだからさ、今は楽しさ優先してもいいだろ。」

 甲が中学まで荒れてたってのは初耳だった。なるほど、楽しさ優先か……。

「ま、考えとくよ。」

「どっちにしろ、咲美の機嫌はとっとけよ。」

「りょ~かい。じゃ、五時にな。」

 俺はタイム・ラウンジに寄り、訓練中もよく聞いていた、遡時バリアを掻い潜ってこの時間面に来た不法TEの情報を整理してみた。西川さんに朝鈴のことを訊いてみたが、明日教えられると思う、と返された。

そして、五時に学校へ戻った。しかし、バンド練習では、咲美の機嫌は直らなかった。


 目が覚めると、兄さんがもう帰っていた。

「おはよう、琥珀。TCは排出できたかい?」

 兄さんはそれほど疲れていない。今日は私のために早退したんだな。

「まだに決まっているでしょ。やっと四分の一ってところね。」

「そうか。私達兄妹はTC排出率低いから、しょうがないか。明日は動ける?」

「TEAを使うのは相当キツいわね。糸を十本全部使うのは無理っぽいし、本数減らしても長時間したら倒れちゃうわ。だから、明日明後日はタイム・ラウンジで情報の整理を手伝うわ。ちょうど軽音祭だし、西川さんもしっかり休めって言っていたし。」

 兄さんの心配顔を見ていると、ちゃんと休んで早く元気にならなきゃな~と思ってしまう。こういうときだけシスコンになるんだから。

「それがいいな。軽音祭なんてめったにできないから、楽しんでくるといい。」

「ええ。それで、咲美さんの調査はどうなったの?」

「それがな…………予想通り、咲美さんはダイジェスターらしい。」

「そう……やっぱり。」

「自覚はないみたいだから、琥珀のTSを壊したのも故意ではない。不法TEとの関連もなさそうだから、対応は後回しにするそうだ。本人への伝達も後回しで、琥珀は時主君と静香さんに集中してくれ。まあ、明日にでも西川さんから連絡来ると思う。」

「了解。それじゃ、ご飯作るわね。」

「もう作っちゃったよ。ほら、マーボー丼。これなら食べ易いと思ってさ。」

「わ、おいしそう。ありがと、兄さん。」

「しっかり食べろよ。」

                         …………おいしくて、優しい。


 七月二十八日、土曜日。午前中のうちに朝鈴に電話したが、出たのは安馬さんだった。

「琥珀はまだ寝ているんだ。今琥珀がどうなっているのかは聞いているかい?」

「いいえ。ただ心配するな、としか。西川さんは今日教えてくれると言ってましたけど。」

「そうか。なら、正午頃にタイム・ラウンジに寄ってくれ。琥珀もその頃に起こして、行かせるから。事情は電話で話せる内容じゃないからな。」

「わかりました。それじゃ、今すぐ行ってきます。」

「琥珀は午後のバンド練習には行けるから、話があるならそのときにな。」

「はい。それじゃ、また。」

 というわけで、俺はタイム・ラウンジに来た。

「どうも、西川さん。」

「やあ、時主君。安馬から聞いてるよ。琥珀はまだ来てないから、コーヒー飲んで待っているといい。」

 西川さんは、ここタイム・ラウンジの門番だ。歳は三十前で、優しいお兄さんといった外見をしている。戦闘もかなりできるらしいが、めったに外に出ることはなく、基地の防衛に務めている。まあ、普段は楽しそうに喫茶店のマスターをしているんだけどね。どこまでがフリなんだか……。

「琥珀がどうして休んでるのか、訊くんだよね。」

 コーヒーを出しながら、西川さんが話しかけてきた。

「はい。昨日は何にも教えてくれなかったんで。」

「そうか……。それはな、石川咲美さんが関係しているんだ。私達が時主君に教えなかったのは、君が新米だとかいうのとは別に、君が石川咲美さんとあまりに近くにいたからなんだよ。だから、調査が終わってから教えることにしたんだ。悪かったね。」

「咲美が? 咲美がどうかしたんすか?」

 カランカランと鈴の音が鳴り、朝鈴が来た。

「あ、昨日は悪かったわね、遠藤君。」

「ああ……いや、いいんだけど……」

 咲美が関係してるって……てことは、咲美もか……?

「琥珀、あとは君から説明してやってくれ。」

 西川さんはそう言うと、カウンターの方へ行ってしまった。

「えっと……どこまで聞いたの?」

「いや、咲美が何か関係してるってだけ。」

「そう。それじゃあ、咲美さんについて。咲美さんもTEの素質があるみたいなの。」

 予想通りか。まあ、関係するって言ったら、TEぐらいだしな。

「そうか。でも、何で気付かなかったんだ? あんなに近くにいたのに。」

「それは、咲美さんが『ダイジェスター』と呼ばれる、かなり特殊なTEだったからよ。

 この能力は、何らかのTEAに触れた瞬間、それを素TEAに戻し、タイム・ウェーブに返してしまう能力なの。つまり、彼女に触れた瞬間、全てのTEAは消えちゃうってわけ。まあ消すことのできる量には限りがあるけどね。

 私はおととい咲美さんにTSである指輪を触られて、TSを壊されちゃったの。だから、おとといのうちにTSを作り直して、昨日はずっと動けなかったわ。今でも、ほとんどTEAは使えないし。まだ体にTCがたくさん溜まっていて、すぐ倒れちゃうから。

 だから、遠藤君も気をつけてね。咲美さんは自分がTEで、しかも特殊な能力を持っているってまだ知らないから、無自覚に私達に触れてTEAを壊すかもしれないから。咲美さんにTS触られたら、もう一回寝込むことになるからね。」

「ああ……わかった。」

 なるほど、辻褄は合うか。真面目な朝鈴が予定を狂わせた理由に、その理由を俺に教えなかった理由。咲美が何者かわからないと、俺がどう動くのかもわからないからな。もし咲美がこの前の誘拐犯のような、何らかの組織に関わっていたら、俺を仲間に引き込んでいる可能性も否定できないし。

「それで、咲美はどうするんだ? 俺や伊藤みたいに、TEに誘うのか?」

「それなんだけど……今、私達ものすごく忙しいのね。兄さんは各所を飛び回っているし、タイム・ラウンジの皆もほとんど休み取れていないし、西川さんにまで雑務をしてもらっているし。TCの溜まっている私や新人の遠藤君にも、それなりに仕事が回ってきそうなくらいよ。だから、咲美さんの件は今の仕事、つまり、不法TEを捕まえてからってことになりそう。咲美さんに自分のことを伝えるのも、そのときでいいから。」

 つまり、今はスルーしろってことか。

 それから咲美に対する注意点をいくつか聞き、朝鈴と学校へ向かった。明日に迫った軽音祭のため、リハーサルをするためだ。


 俺達はリハーサルを順調にこなした。

 楽器の奏でるメロディーは一つにまとまり、それに乗った時主の声が体育館内に響く。

 気持ちいい。快感だ。俺の奏でる音色が、今耳に聞こえている曲の一部になっていると思うと、感動で心が震える。

 やっぱり、ここに来て良かった。

こここそ、俺が求めていた場所だ。

他人に縛られることなく、他人と同じ場所にいられて、皆で楽しく過ごせるここが。


 リハーサルが終わった。

 今日はのどの調子がかなり良くて、これなら明日も期待できるな。

 問題は、咲美の方か。不満がギターに出ている。口では言わないが、だからこそ本当に怒っているとわかる。不満があるならストレートに文句を言ってくるのが、咲美のいいところだからだ。

 怒りの原因は、俺の付き合いの悪さかな。昨日だけじゃなく、ここ二週間ほどはTEの訓練で忙しかったからな。

「まあ、そんなに気にするな。咲美もちゃんと時主の事情を頭では理解してて、それでも心情的に何か引っかかっているものがあるから、機嫌が悪いんだ。その自覚もあるみたいだし、明日は軽音祭だから、今夜のうちに吹っ切ってくるだろ。」

「そうだといいんだけどな……。」

 不安だが、それしかないか。

 今日は明日に備え、早めに帰ることにした。昇降口で靴に履き替え、正道を歩く。

「甲~今何時~?」

 機嫌もそこそこに、咲美が訊く。

「今は……ジャスト七時だ。随分遅くなっちまったな。」

「おっ、甲の時計年季入ってるね~ちょっと見せてよ。」

「ダ・メ・だ。こいつは俺の宝物なんだよ。」

「いいじゃんか~ちょっとだけだよ~。」

 と言って、咲美が甲の時計に手を伸ばし、中指がちょっと触れた。

 その刹那、甲の体が水色の光に包まれ、すぐに光が消えた。


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