五章 時主のわがまま(1)
八日後、七月二十五日、水曜日。学校は夏休みに入っているが、進学校である我が校は、夏休みの第一週に補講がある。教科は数学、英語、古典の三つ。
俺達は補講後、咲美の部活が始まるまでバンド練習している。本番は今週の日曜だ。
「じゃあ時主はもう一人前になるってわけ~? まだ二週間も経ってないのに早すぎなんじゃないの~それ~大丈夫~?」
「私も遠藤君の才能、上達の早さには驚いているわ。」
「私なんてまだまだですものね。時主君の倍は時間がかかりそうです。」
「でも、静香ちゃんも早い方なんだろ? 普通は一ヶ月以上かかるって話じゃねえか。」
「伊藤は焦る必要ないよ。俺はこんな早く進んじまって、少し戸惑いもあるからな。時間があるのなら、じっくりやった方がいい。」
そう。俺は今日で訓練を終え、正式にTEとして認定される予定だ。
訓練期間十日間は、異例の早さらしい。だが、師匠である朝鈴曰く、もう訓練で教えることはない、だそうだ。あとは実践で覚えていくことになる。
「というわけで、俺は明日休むことになるから。」
「なんでよ! テストでもあるの!」
咲美はキレ気味だ。もう軽音祭も近いこの時期に、休みだもんな。
「試験は今日やってしまう。まあ簡単にTEの能力を確認するだけなんだって。明日休むのは、TSを作るからなんだ。正式なTEになって最初にすることは、自分のTSを作ることなんだけど、TSを作るのは、その人の実力に関わらず全力を出さないといけないらしいんだ。だから、次の日はほとんど動けないんだと。」
「一日休めば完全回復するから、心配ないわ。軽音祭も大丈夫よ。」
「そりゃよかった。バンドに影響出るんなら、試験ワザとミスれと言うところだったぞ。ボーカルが抜けたら、バンドとしては致命的だからな。静香ちゃんは、軽音祭前日に試験、とかないよな?」
「私の試験はまだまだ先ですので、大丈夫です。それはそうと、咲美さん、そろそろ部活の時間ですよ。」
「うおっと! ヤバいヤバい。それじゃ~皆~今日はこの辺で~」
咲美はまだ不満の残ってる顔のままカバンを持って走って行き、俺たちも解散した。
午後三時、第二訓練室。今日は俺の試験日と言うことで、朝鈴、伊藤と共に早めにタイム・ラウンジに来た。今日は試験官および証人として、安馬さんもいる。
まずは筆記試験を受けた。内容はTEAや時間面の説明など、基礎知識が中心。
その後は、TEAの実技となる。
「それじゃあ、時主君。まずは運動TEAから始めてくれ。」
安馬さんの指示で、運動、圧力、抗力、治癒、電気、熱、引力の順でTEAを見せていく。この七つの能力は、ほとんどのTEが行うことのできる基本的なTEAだ。ただ、人によって得手不得手がある。安馬さんは左手にTEAの強さを測る機械を持ち、右手でケータイらしきものに数値を入力していく。
「なるほど。時主君は運動、抗力が相当強いけど、熱はそれほど強くないね。でも、総合力はかなり高いようだ。私や琥珀に匹敵するかもしれないな。」
ほうほう。朝鈴兄妹は日本国内でも相当な実力者らしいから、俺も相当強いらしい。
「よし。それじゃ、琥珀。時主君のTSを作ろうか。」
「ということは、俺の試験は合格なんですね。」
「ああ。TEA、筆記、共に問題なしだよ。」
「おめでとう、時主君!」
「ああ。どうも。」
伊藤は自分のことのように喜んでくれている。この伊藤を見てると、俺も自然に笑顔になるなぁ。
「では、遠藤君、こちらに来て座って。簡易TSと、TSにする指輪を手に持って。」
朝鈴に呼ばれ、伊藤らと離れる。
TSとする媒体は、簡易TSと同様に指輪にした。これ、気に入ったんだよな。
朝鈴は咳払いし、真面目な顔になった。
「それでは、師匠朝鈴琥珀が弟子、遠藤時主のTSを作成します。」
七月二十六日、木曜日。今日は朝から、咲美さんとよく目が会う。私が静香さんと話しているときも、ちらちらとこっちを見ているようだ。昨日の遠藤君のことかな~と思うけど、いつもの咲美さんなら、訊きたい事があったらストレートに訊きに来るはず。訊きにくい、もしくは言いにくいことなら、私から訊ねてみるのも一つの方法かな。
放課後、部活前の咲美さんに話しかけてみた。
「咲美さん、いつもの元気がないね。どうかしたの?」
「うぇっ、……え~っとね~」
咲美さんが口ごもるなんて珍しい。
「遠藤君のことで、訊きたい事があるんじゃない?」
「うっ……まあそうなんだけどね~なんていうかさ~」
咲美さんは頭を掻き、髪をいじり、スカートの裾を握っては離す。
「時主ってさ~これからど~なるのかな~って思ってさ~。もしかしてさ~夏休み終わってからも仕事で遠くに行ってて学校来れなくなったりとかするのかな~?」
ちょっと目線を外して話した咲美さんは、上目遣いで私の答えを待っている。
「そうですね~。遠藤君はTER制によってTEとなったから、私とは少し立場が違うの。私の場合、先時間面から派遣されてきたTEなので、自分の職場は人事部に決められて、私の希望は参考程度。でも、遠藤君はある程度自分の希望を優先してもらえるし、土地勘のある人は貴重だから、しばらくここを離れることはないと思うわ。」
「じゃあ時主が外に出たいって言ったら、ここから離れることもあるってこと?」
「その可能性はあるわね。この時代の人事部は現場の希望を重視する傾向にあるから。」
「そっか…………」
「咲美さんは、遠藤君に離れて行ってほしくないのね。」
どう返すのか少し興味があったんだけど、咲美さんは意外とあっさり答えた。
「あ~うん、そう。だってさ~時主や甲と一緒にいたら楽しいんだもん~高校入ってあいつらと出会ってさ~高校生活楽しくなりそ~って期待が膨らんだのよね~だからさ~三年後に卒業して進路違ってちょっと離れちゃうっていうのは仕方ないと思うけど~こんな急にっていうのはさ~私は嫌だ。」
最後は少し強めに言い切った。
素直に自分のエゴを表に出した咲美さんは、不安を持ちながらも、力強く見えた。
「それでさ~琥珀ちゃんはどう思うかな~? 時主はどうするべきだと思う~?」
咲美さんの目を見ると、嫌でも真剣になる。
「遠藤君の能力は、とても高いです。二週間もたたずに訓練を終え、TEとなったほどですから。ですから、彼にかかる期待は思いのほか大きく、もしかしたら将来出世して上層部に入るかもしれませんね。人間的にも人の上に立てる器量を持っていますし、戦闘ランクもじきにAを取るでしょうから。そのことを考えますと、私としては、一つの場所に留まらず、世界を、時代を回って、より多くの経験を積むのがいいと思います。」
私が思うことを、そのまま咲美さんに伝えた。その方が、咲美さんが考える助けになると思ったから。咲美さんは私の言葉を聞いて、やっぱりか~という表情になった。でも、少し笑って、うれしそうに私の両肩に手を当てた。
「…………うん。やっぱりそうよね……でもね~琥珀ちゃん、私は嫌なのよ。私は今がすごい楽しいし、高校生活これからもこのまま楽しくやってきたいのよ。だから、できるだけでいいからさ、私のわがままきいてもらえないかな!」
咲美さんの願いは、純粋でキレイだと思った。そして、咲美さんはいつも明るい人だけど、この明るさは咲美さん自身から出ているものじゃなく、周りで起きている楽しいこと、周りにいる楽しい人達を、咲美さんの中にある曇りのない鏡で映しているんだと感じた。そして、私はその鏡が今映している、咲美さん自身のさびしさを見てしまった。
私は自然に微笑んだ。
「わかったわ、咲美さん。遠藤君がここから離れていかないように、できる範囲で協力しましょう。訓練を終えたとはいえ私はまだ遠藤君の師匠だから、私に任せておいて。」
私の言葉を聴くと、咲美さんは私に抱きついてきた。
「ありがと~琥珀ちゃん! 恩に着るわ~ホントに!」
そして、私の両手を取り、その左手の平が、私のTSである指輪に触れた。
その瞬間、私の指輪は、ただの指輪になった。
「私の方からも明日時主にこれからどうするのか訊いてみるけど~琥珀ちゃんが味方ならこんな心強いことないわ~ホントありがとね~それじゃ~琥珀ちゃん。私部活行くから~また明日ね~!」
咲美さんはそう言って走ったけど、私は声も出ず、立ち尽くした。
私は指輪を外し、手に持った状態で、右人差し指の先に効力TEAを出そうとした。
しかし、指は光らない。
咲美さんが、私のTSを壊した。




