四章 訓練とイジワル(3)
TC …… TEAを使うと体内に溜まる、第三の疲労。
圧力TEA …… 気圧、水圧などの圧力を生み出す。
抗力TEA …… 外からの物理的な力に反発する力を生み出す。
七月十七日、火曜日。登校すると、いきなり咲美にヘッドロックをかけられた。
「おはよ~時主~昨日は地下で楽しかった~? 私そこんとこ詳しく聞きたいんだけど話してくれない~っていうか洗いざらい話してもらうからさっさと席ついてあと五分で話せるようにまとめて話しなさいよね~問答無用よ~」
ただでさえ低血圧な朝に頭を抑えられ、俺の意識は宙に浮きそうになっている。
「咲美さん、時主君の顔、真っ赤になってますよ。」
伊藤の心配そうな声が聞こえる。
「キレイに極まってるわ。もう少しで意識飛びそうね。」
朝鈴の薄情全開な声が聞こえる。
「その辺にしとけって、咲美。マジで話せない体になっちまうぞ。」
甲の呆れたような声が聞こえる。
「しょうがないわね~この辺にしといてあげましょうか~はい、これでしゃべれるでしょ~? さあ吐きなさ~い!」
ヘッドロックを解除した咲美は、指で俺のこめかみをつつき、俺にプレッシャーをかけ続ける。本当に吐きそうだよこの野郎。
「この集合状況からして、既に今まで伊藤と朝鈴に訊いてたんじゃないのか?」
「訊いてたわよ~でも時主からも時主の視点で見た時主なりの表現を聞いてみたいじゃない~でどうだったの~感想は~?」
「わかった、わかった。わかったから座らせろ。」
それからチャイムが鳴って佐伯サンが来るまで、咲美に昨日の体験談を話してやった。
二時間目と三時間目の間の休み時間。私は二年校舎にいた。
「遠藤君の運動TEAは、普通じゃないわ。まずは、初めてTEAを使ったはずなのに、私達のように何年も研鑽を積んできたようなキレだった。静香さんもこれまで無意識にTEAを使っていただけあって上手だったけど、遠藤君は彼女よりずっと上のレベルだったのよ。どう思う?」
私は切迫したように言ったのだが、兄さんは少し考えるような素振りを見せるだけだ。
「それは、時主君に才能があるってだけじゃないのかい? それなら、私達としては大歓迎だろう。それほど気にする必要のない案件だと思うよ。」
「ふ~む。まあいいか。それで、問題はこっちなのよ。昨日、遠藤君に運動TEAで私のところまで来てもらって、勢いつけすぎていたから私が抱えて止めたんだけど、そのとき、私、一瞬体が浮いたのよ。」
「………………どういうことだ?」
「私にもよくわからないんだけど、時主君に触れた瞬間、TEAが制御不能になったの。」
そのため、私は遠藤君を止めきれずに、危うく訓練場の壁に激突するところだった。
「多分、特殊TEAだと思うのよ。あれって無意識にしちゃうことが多いって言うしね。そのあたり、一度確かめてみてほしいのよ。時間があるときでいいからさぁ。」
「…………なるほど。熟練並みの運動TEAに、未知の特殊TEAか。琥珀、これはすごいのを引き当てたかもしれないな。」
兄さんは右手人差し指の第二間接あたりを下唇に当て、親指であごを触っている。兄さんが考えているときのくせだ。
「どうする?」
「ふ~む…………。琥珀、この件は西川さんに連絡して、指示を仰げ。まあ、当分は様子を見ながら、普通に訓練しろって言われると思うけど、一応ね。」
「わかったわ。それじゃ、体に気をつけてね。」
「ああ。琥珀も、今みたいに何かあったらすぐ言ってくれよ。すぐ飛んでいくからな。」
「ええ、了解。」
言ったら本当に飛んでくるから、なかなか言いにくいのよね。
放課後。俺は伊藤と共にタイム・ラウンジに向かった。
タイム・ラウンジに入ると、朝鈴が紅茶を飲みながら待っていた。
早速地下第二訓練場へ行き、訓練を始める。
「今日はまず運動TEAのコントロールを練習しましょう。二人共、準備はいい?」
「ああ。」「はい。」
伊藤は髪留めをちょっと触り、俺は胸に下げた指輪を握る。
チェーンは昼休みに、昨日言ってた通り伊藤からもらった。伊藤は五本ほど持ってきて、咲美と朝鈴を加えた三人で、どれがいいか実際に俺につけながら選んでいった。あんまり楽しそうにしてるもんだから、何でもいいから適当でいいよ、とは言えず、昼休み丸々使ってしまった。そして、銀色で太めのチェーンが選ばれた。
「今から私が向こうに行くから、運動TEAでこっちまで来て、私のなるべく近くで止まってみて。感覚的には、止まるというより加速の運動TEAを調節するって感じかな。慣れてきたら、止まりたいところで運動TEAを逆向きにかけるのが普通になるけど、今は難しいと思うからしないで。行き過ぎたら昨日みたいに私が止めるから、遠慮なくやってね。それじゃ、静香さんから。」
朝鈴はそう言うと、琥珀色の残像を残して一瞬で訓練場の端まで移動した。
「最初は行き過ぎてもいいからー、どんどんやっていこー。」
伊藤は真剣な顔付きになると、青色の光を発し、朝鈴の方へ移動した。ここから見て、朝鈴のいる場所から三メートルくらい手前だな。
朝鈴は笑顔で伊藤を褒め、伊藤はまた興奮している。三メートルは初めてにしては上手い方らしい。朝鈴の喜びようは作りじゃなさそうだしな。
「遠藤君、どうぞー。」
誤差三メートルで上手いのか。でも、俺には自信がある。昨日初めてTEAを使って、感じはつかめている。三メートル? 伊藤には悪いが、俺はそんなもんじゃない。
俺は運動TEAを発動した。緑色の光を発し、朝鈴に急接近する。そして、止まった。
朝鈴との距離は約五十センチ。朝鈴が手を伸ばしても届かないギリギリの距離で止まった。誤差はほとんどなし、だな。
「こんなもんか?」
「そうね……そんなもんよ。」
朝鈴は平静を装っているが、表情から驚きがもれている。伊藤は特に驚きを隠そうとしてない。
「時主君すごいですよ! ピッタリじゃないですか!」
キャピキャピはしゃぐ伊藤を見ると、やっぱこいつも女子高生なんだな~と実感する。普段があまりに冷静で落ち着いてるもんな。
まあこんな感じで、訓練は続いた。まずは今のを反復練習して、TEAを使う程度の感覚を身につける。そして、その動きを連続で行い、稲妻のように左右に方向転換しながら進む練習。俺達は既に、さっき朝鈴が言っていた、止まりたいところで運動TEAを逆向きにかけることまで自然にできるようになっていた。
最後に運動TEAのまとめとして、朝鈴と一対一の鬼ごっこ。
「ほい。」
「うっ。」
俺は朝鈴を、なんだかあっさり捕まえてしまった。
伊藤とやっているときは、朝鈴自身でレベルを設定し、段階的に捕まっていた。追う立場のときも、スピードに制限を設けて、全力で追ったりはしなかった。そうしないと、朝鈴の一人勝ちになって訓練にならないからな。
しかし俺は、伊藤には悪いが、レベルが違うらしい。朝鈴も最初の一回は本気の一歩手前くらいでやっていたのかもしれないが、それを俺がすんなり捕まえ、朝鈴が追っかけてくるのを余裕気味に逃げまくっていた。
すると、朝鈴の目の色が変わった。そこからは訓練ではなく、ほとんど勝負だった。
朝鈴は急にスピードアップし、俺を楽に捕らえた。
俺もお返しに……と追っかけたが、今度は俺が朝鈴に遊ばれた。一気にレベルを引き上げた朝鈴は、さすが師匠と言うべきか、動きが違った。
相手の目線やわずかな動作から移動方向を予測し、それにフェイントを織り交ぜる。運動TEAは筋肉を使わないため、動くときに一般的な予備動作を必要としないが、運動TEAを使うときの予備動作、足の向きや体の重心の変化は無意識に行ってしまうものだ。その読みに加えてフェイントまで使われたら、そう簡単には捕まらない。
それでも、運動TEAに完全に慣れ、朝鈴の動きを盗み、自分のものにしていくにつれて、俺の動きも朝鈴に近づいてきた。そして、朝鈴を捕まえられるようになってきた。予測はより正確になり、フェイントで朝鈴を引っ掛けることもできた。引っ掛かった朝鈴は悔しさをにじませている。
しかし、ある時点から、全く朝鈴を捕まえられなくなった。再度、いきなり朝鈴の動きが変わったのだ。いくら追いかけても、俺の手は宙をかき、朝鈴に触れられない。
そしてその状態で数分経った頃、朝鈴は何度目か俺の手をかわし、一気に距離をとると、ニヤッと笑いやがった。
「五分休憩とします。これ以上すると、次の訓練に障りますから。」
朝鈴は丁寧語で(口調が戻ったのはムキになってた証拠だ)そう告げ、背を向けて舞台のほうに歩いていった。
この野郎! なんだその、勝った、みたいな態度は!
「おいこら待て朝鈴琥珀。俺は大して疲れちゃいないぞ。」
普段からほとんど怒ったりせず、大体スルーですます俺だが、今ばかりは声に怒りを含ませた。負けず嫌いとでも言ってくれ。
「何言っているんですか。大体、これ以上続けても無駄ですよ。」
「んなもんやってみなきゃわかんねえだろうが。俺はまだまだ余力十分、むしろこれからが本番だ。こっち向けって。」
「この程度で疲れなんて感じるわけないでしょう。TEAなんですから。」
「はい? TEAだから……なんだ?」
すると、朝鈴はピタッと止まった。ゆっくりこっちを向く。
「え~っと……説明まだでしたね。」
「何の?」
「TCの話です。」
俺は伊藤とアイコンタクトをする。伊藤も聞いてないらしい。
朝鈴の方に向き直り、目で話を促す。
「えっとですね。TEAを使うことで溜まるのは、疲労のたぐいとは少し違います。感覚的には、淀み、ですかね。私達はTCと呼んでいます。TCは肉体疲労と精神疲労に並ぶ第三の疲労と考えられています。TCがたまると、TEはTEAを使うことが厳しくなるんですね。そしてTCがたまりすぎると、死に至る可能性もあるようです。まあ、TCがたまりすぎたら死ぬ前に倒れちゃうので、死ぬなんてほとんどないんですけどね。TCによる死亡者数は、精神的なショック死よりもずっと少ないので、安心してください。とにかく、TEAを使えばTCという疲労がたまり、限界に達すると倒れちゃうってことです。」
「そうか。つまり、今俺達は肉体でも精神でもない疲労を持ってるってことだな。」
「はい。まだ淀みのようなものは感じていないと思いますが、このままTEAを使い続けると感じるはずです。そうなると、精神疲労が肉体に影響を与えるのと同様に、TCも精神や肉体に影響を与えます。」
「TCでの疲れは、肉体や精神の疲れにもなるんですね。」
「はい。ですから、TEAの使いすぎには注意してくださいね。」
「ああ、わかった。それで、この話は本当ならいつ話すべきだったんだ?」
「……………………」
朝鈴が微笑の状態で止まった。のどが微妙に小刻みに動いている。
TEAを使い続けるとTCという疲労が溜まり、じきに倒れてしまう。場合によっては死に至る。これは師匠である朝鈴が、訓練を行う前に言っておくべきことのはずだ。
伊藤に肘で小突かれる。何でイジワルするんですか、言わなくてもいいじゃないですか、かな。わりい、自然に出ちゃった。今の朝鈴の態度にムカッときてて、ついつい、な。それに、ほら、朝鈴ってなんかイジりたくならない?
「申し訳ありませんね。本来なら訓練前、昨日の段階でお伝えすべきでした。陳謝いたします。お許しください。」
朝鈴は口の端をヒクッとさせて言った。敬語なのにトゲがあるぞ。
「そうか。なら良し。気にすんな。」
ビキッと朝鈴のこめかみに力が入った。
またやっちまった。伊藤が俺の上着の端を引っ張り、無理やり俺を後ろに下がらせる。
しかし、俺はそのまま自然に朝鈴をイジってしまった。さっき久々にムカッときたからかな。それとも、くせになってんのかな。
「そうだ。次は丁寧語なしで陳謝できるようにな。」
朝鈴にボコられた。
時主君は、なぜだか琥珀さんにはイジワルだ。今だって、私が肘で小突いたり、上着を引っ張ったりしたのに、時主君はイジワルを続けた。
「そうだ。次は丁寧語なしで陳謝できるようにな。」
琥珀さんがキレた。琥珀色の光を纏い、時主君に急接近すると、時主君をボロボロにしてしまった。そして彼の左足を片手でつかみ、ものすごいスピードで回転し始めた。
「あなたって人は! なんでそういうことしか言えないんですかー!」
片腕でのジャイアントスイング。時主君の悲鳴が訓練場に響く。
なるほど。自分の腕に運動TEAを強めに使うことで、回転しているんだ。そして、おそらく指先にも強めにTEAを使うことで、握力を増強している。
「わりい! 俺が悪かったって! 謝るから止めてくれ!」
「反省って言うのはね! そんなすぐにできるわけないでしょ! 反省って言うのはね! 時間をかけてしないと効果が薄いのよ! そして反省って言うのはね! 私が納得するまで続けるに決まってるでしょ!」
なるほど。時主君が運動TEAで離れようとしても、その分琥珀さんもTEAを強くするため、力が相殺されて離れられないんだ。
一分ほど回して、琥珀さんは時主君を降ろした。時主君は目が回って立ち上がれない。
「さあ、遠藤君。立ちなさい。」
「無理、言う、なよ。」
時主君はそう言いつつも、ふらふらと立ち上がる。
「次のステップに行くわよ。次は、気弾の練習ね。今からあなたに目標になってもらうから、うまく避けてね。」
「はい? いや、ちょっと、待て、って。俺、今、」
「いくわよ。」
琥珀さんは時主君の声を無視し、右手を前にかざした。そして右手から一メートルほど前方に、琥珀色に光る球体を作り出す。直径は十センチくらいかな。
「これは気弾と言って、空気を圧力TEAで圧縮したものよ。これを固定化し、運動TEAで打ち出すの。いくから、準備してね。」
朝鈴さんはその気弾を時主君に向けて発射した。
時主君は右に避け、気弾はそのまま壁に激突。圧縮された空気がはじけ、ドォンと音がして、こちらまで強風が来た。強い衝撃だったと思うけど、壁は壊れていなかった。やっぱり普通の木じゃないのかな。それとも、特殊加工?
「よく避けたわね。じゃあ次は連続でいくから、頑張って。」
サーっと顔を青くしている時主君は、必死に危険を訴える。
「ちょー、今の当たったら相当痛そうだぞ! ってかこれ、訓練じゃないよな!」
「身をもって知ってもらった方が、わかりやすいと思って。」
「いやいや、いいから。ってか、それ伊藤にもすんのか?」
「静香さんには、抗力TEAという防御法を教えてからするけど。」
「俺にも教えてくれよ!」
「いいからいくわよ! 百発のうち何発避けられるかね。」
「百発だと? てめえ……」
琥珀さんは自分の周囲に気弾を無数に作ると、それを順番に打ち始めた。
「うおっ、ちょっと待て、わっ、てめ、ぐお、ぐあ、ぬお」
時主君は避けきれず、何発も当たった。まあ琥珀さんは気弾の威力を最初の一発目より弱くしているみたいだから、ケガはしないでしょう。
「ぎ、ふお、いっ、ごふっ、」
こういうのもリンチって言うのかな?
「なあ、伊藤。」
「なんですか?」
「助けてくれてもよかったんじゃないか?」
「助けようとしたじゃないですか。でも、私の注意を無視したのは時主君ですよ?」
「そりゃそうだけどさ。」
「それに、琥珀さんにばかりイジワルするからですよ。よって、私は今、琥珀さんの味方です。」
「なんだ。朝鈴ばかりってことは、伊藤もイジワルしてほしかったのか?」
「イジワルのセンスによりますね。」
「イジワルにセンスなんてあるのか?」
「されても怒れないイジワルってあるじゃないですか。」
「まあわからんでもないが。」
「時主君は、その辺が甘いんですよ。自分がされて本気で怒るようなイジワルは、人にもしない方がいいですよ。今日の琥珀さんみたいになっちゃいますからね。」
「俺はイジワルされても大抵受け流してたから、そこの感覚が常識と離れてると思う。」
「なら、今からでも覚えてください。社会に出てから、きっと役に立つと思いますよ。」
「そんなもんかね~。」
「そんなもんですよ。多分。」
俺が散々ボコられたあと、五分の休憩を挟んで気弾の訓練となった。
だが、気弾の訓練はすぐに終わった。二人共、一発で成功したからだ。
「どうやら私は、弟子に恵まれているようね。」
朝鈴はそうつぶやき、俺と伊藤を嬉しくさせた。
「じゃ、さっきも言った抗力TEAをやりましょか。とりあえず私が手本を見せるから。」
朝鈴は琥珀色の光を纏った。
「見ただけじゃわかんないから、そうねぇ。遠藤君、私を蹴ってみて。」
「蹴るって、朝鈴を?」
「そうよ。遠慮せずに。」
いくらなんでも、それはなぁ……。
「時主君、琥珀さんがそう言っているんですから、軽くなら大丈夫ですよ。」
「そうか? なら……いくぞ。」
俺は光ってる朝鈴に正対し、前蹴りをした。
すると、俺は後ろに吹っ飛んだ。吹っ飛ばされた、じゃなくて、自分で吹っ飛んだ。
朝鈴の体は俺の蹴りの力を受けても全く動かず、まさに壁のようだった。すると、蹴りの力は反射して逆向きになり、そのまま俺に返ってくる。つまり、自分の力で後ろに下がったことになる。
「どうだった? なんとなくわかった?」
「ああ。抗力ってのはこういうことか。」
「外からの力に反発する力、ということですかね。」
「そうね。どんな原理でこの力が働いているのか、今の私達にもわかっていないんだけど、これは抗力と呼ぶのが一番しっくりくるということで、抗力TEAって呼んでる。」
「土曜に俺が拳を壊されたのも、誘拐犯Aが背中にこの抗力TEAを使ったからだな。」
「おそらくそうだと思うわ。TEが戦闘中、打撃の防御に使うのは、まずこれだから。」
「これですね。」
振り返ると、伊藤が青色の光を纏っていた。
「ちょっと失礼。」
俺は伊藤の右肩を押してみる。しかしさっきの朝鈴と同様、俺の手ははねかえり、伊藤の体は微動だにしない。
「そうです、そうです。一発でできましたね、静香さん。」
「ええ。私、さっき琥珀さんが抗力TEAを使ったとき、あっ、これは私できる、って思ったんですよ。これは得意かもしれないですね。」
よし。じゃあ俺も。
「いきまーす。こんな感じか?」
俺も伊藤のように緑色の光を纏う。
「朝鈴、どうだ?」
「………………」
朝鈴は無言で俺の肩を押す。しかし、俺は特に押されている感覚がない。圧力を全く感じてないからだ。ただ、朝鈴の手の体温だけは感じられて、変な感じ。
「琥珀さん、どうですか?」
「………………」
「朝鈴、どうした?
「………………えっとね~………………」
朝鈴はほとんど無表情で、よく見ると少し気が抜けてるように見えなくもない。
「………………なにか張り合いがないって言うか…………なんでできちゃうのって言うか…………教えることがないって言うか…………普通は、皆うまくTEAを扱えなくて、師匠の方があれやこれやと苦労するものなのよ。私はそれを二人分任されて、これは大変だ、頑張らないと、と思ってたわけ。それが、こんなあっさりとできちゃったから、なんだか拍子抜けしちゃったの。」
「でも、それっていいことじゃん。なんで落ち込んでんだよ。」
「別に落ち込んでないわよ。むしろ嬉しいんだから。これで、私の仕事も楽になって、兄さんの手伝いもできるしね。」
「そういえば、安馬さんは何してるんですか? 忙しそうですけど。」
「急ぎの仕事って言ってたよな。緊急事態なのか?」
朝鈴は一転して真剣な表情になり、考えるポーズになった。
「えっと、二人にならもう話してもいいわね。でも、藤代君や咲美さんには言わないでよ。実は、先時間面からこの時間面に、不法にタイム・トラベルしたTEがいるのよ。私達は総力を挙げて、そのTEを追っているってわけ。」
不法侵入者か。しかし、おかしくないか?
「確か、遡時バリアがあるから後時間面には行けないんじゃなかったっけ?」
「うん。その疑問はごもっとも。だけど、遡時バリアを潜り抜けられたから、こんな大事件になっているのよ。犯人は相当な知能犯で、私達は出し抜かれたの。それも、犯人は厳重なセキュリティの施されている基地を突破した。だから、私達は一刻も早くその犯人を捕まえて、どうやってセキュリティを突破したのか訊き出さなきゃならないの。」
「でも、琥珀さん。それならその犯人を捕まえた後の先時間面に行って、聞き出した情報をもらってくればいいんじゃないですか? それ以前に、先時間面の人は、事件が起きる前からそういうことが起きるってわかっていたはずじゃないんですか? 先時間面でも、過去にその事件は起きているはずでしょう?」
「そこはちょっと難しい話になるんだけど、時間面ごとに生じるズレをなくすために、その手の情報は全てコントロールされていて…………つまり、時間面によって分岐ができてしまうような情報交換は禁止されているの。なぜなら、私達の大本の目的は、この事件の解決ではなく、時間面間に生じるズレを最小限にすることなのだから。
例えば、先時間面から犯人の情報をもらい、捕まえたとしましょう。そうすると、この事件に関しては、解決のパターンが二つになるわよね。①情報なしで皆が頑張って犯人を捕まえた場合、②情報を持って楽に捕まえた場合。まず、この二つがズレとなる。そして、さらにここから後時間面を見ましょう。解決のパターンは、さっきの①と②に加えて、③さっきの②の場合の情報を持って、さらに楽に捕まえた場合。つまり、パターンが一つ増えて、ズレは大きくなった。それに、私達が情報を持っていると犯人が知った場合も、パターンが増えてしまうわ。その犯人の起こす事件はまた変わって……ということになったら、また、さらにそこから後時間面を見ると……とつながっていくと、無数のパターンができてしまい、結果としてズレは修正不可能なほどになってしまう。
もちろん、こうして私達はタイム・トラベルして時間面の間につながりを作っているから、今言ったことと似たようなことはちょこちょこ起きているそうよ。そして、その問題を解決する専門のチームも存在するわ。でも、それは本当に大変な仕事で、それができる人材も限られている。
そんなわけで、パターンを増やしてしまう情報交換はできないの。」
「…………なんか、難しいな。」
「頭使いますね。」
時間面の話はややこしい。そもそもまだ時間面という概念を享受しきれてないので、頭が混乱気味だ。
「そうでしょうね。これからは座学もするから、そのときまた話しましょう。それじゃ、抗力の練習をしましょうか。戦闘では常時全身に抗力TEAをかけ続けることはせず、危ないときに使うのが普通なの。強い人は体の一部分だけに使ったり、インパクトの瞬間だけ使ったりもするわね。というわけで、まずは腕だけに抗力TEAを纏ってみて。」
それからも訓練は続いた。七時から一度の休憩(俺は治療)を挟んで三時間。
ふらふらと家に帰り、ぶくぶくと風呂に入り、かくかくと晩飯食って、十一時にはもう目が開かなかった。




