四章 訓練とイジワル(2)
簡易TS …… 訓練用のTS。師匠の近くでならTEA使用可能。
運動TEA …… 物体に運動エネルギーを付加する。自分の体に使えば、身体能力アップ。
ここって、地下何階なんだろう。俺と伊藤と朝鈴は、タイム・ラウンジの地下室から、一見普通だが実際は超高速らしいエレベーターに乗り、TE訓練場にやって来た。
そこは訓練場と言っても、学校にある体育館とそれほど変わらないところだった。床や壁は木目で、天井はアーチ状。バスケのゴールはないが、奥に舞台はあった。広さは、バスケコートが三面は入りそう。天井に照明があるため十分明るく、地下とは感じない。
「ここが第二訓練場です。見た目は第一や第三とほとんど変わりませんが、舞台があるのはここだけです。私達が訓練するときは大抵ここを使うので、覚えておいて下さい。エレベーターで4を押せばここに着きます。」
4と言っても、単純に地下四階ではない。エレベーターの階数表示を見ていると、2と3の間が長かった。超高速エレベーターであれだけ長いのなら、相当深いんだろうな。
「さて、さっそく始めましょう。まず、二人の簡易TSを作ります。」
「「簡易TS?」」
俺と伊藤の声が重なった。
「TSの話は覚えていますか? TSというのはタイム・ウェーブとTEを結ぶ道を固定するもので、TEでもこれがないと、普通はTEAを使えません。道が固定されていないと、素TEAが正しく私達に届かないので。
そして簡易TSというのは、自分で道を固定するのではなく、別の誰か、今の場合は師匠である私のTSで固定した道を使い、素TEAを分けてもらう装飾具です。これがあれば、特定の条件下でならTEAが使えるようになります。」
「…………普通に俺らもTS作ればいいんじゃないのか?」
簡易って聞くと、安っぽいイメージあるしな。
「それは今しばらく待って下さい。」
「どうしてですか?」
「TSがあれば、TEはTEAが使えるようになります。しかし、初心者はTEAを制御するのに慣れていないので、ふとしたときに使ってしまったり、TEAを安易に使ってを暴走させたりすることが多いんです。簡易TSはその性質上、師匠の近辺でしか使えないという条件があるため、これらを防止できます。
また、私達の持つ簡易でないTSは、ある程度TEAに慣れてからの方が作った後に便利で、かつ作るのにとても体力がいるんです。TEAを扱い慣れていない今の時点でTSを作っても、訓練メニューを終えた後で結局もう一度作ることになるので、二度手間になり、無駄な体力を消耗します。作った後は、丸一日動けなくなるほどなんですよ。
それに、TSを作るということは、一種のイニシエーションなんです。TSを持つことは一人前のTEである証なので、早くTSが作れるよう、頑張ってください。
よって、今は簡易TSで我慢してください。」
「なるほど。それでは、早速その簡易TSを作りましょうか。」
「あ、その前にちょっといいか?」
伊藤と朝鈴が話を進めようとしたところで、間に割って入った。
「朝鈴って、仕事中いつも丁寧語で話すよな。でも、このメンツでいるときくらいは、いつもの口調で話さないか?」
「いつもの……ですか?」
朝鈴は少し困惑気味だ。
「そうそう。これからはこの三人で訓練することが多いと思うし、俺達は基本的に根っからの真面目だから、リラックスしてもサボることはないよ。むしろリラックスした方が成長も早いし、やりやすいからな。だから、どうだ?」
「と言われましても……ねぇ。別にこのままでも……」
朝鈴は困ったな~という顔を崩さない。
「私も時主君に賛成です。琥珀さんとはお仕事だけのつながりになりたくないですし、訓練でも何でも楽しくやったほうがいいですよね。」
「伊藤の言う通りだ。スポーツでも、試合は楽しくやるって言う選手が多いしさ。今の朝鈴みたいに固いままよりも、リラックスしながらの方がいい結果出るって。」
「琥珀さん、これからもお仕事続けていくんですから、『別にこのままでも……』ではなく、常に自分を改善していくべきだと思いますよ。琥珀さんなら、できると思います。」
俺と伊藤に詰め寄られ、しかも言っていることは正しいとなると、朝鈴も無下にはできない。朝鈴は苦笑いを浮かべ、まあまあと俺達を鎮め、床に座らせた。
「わかりました。努力しま、……努力するわ。」
まだ表情は固いけど、最初はこんなもんか。
「無理せんでもいいけど、少しずつな。」
「そうで、……そうね。じゃあ、始めるわよ。二人とも、何か金属製のアクセサリー身につけていない?」
「簡易TSにするものですね。私は髪留めをつけていますよ。」
伊藤がつけていた銀の髪留めを外し、朝鈴に見せる。
「これで十分よ。遠藤君は?」
「俺はそういうのに興味ないからな。残念ながらない。」
「そうよね。そう思ったから、私の指輪を一つ貸してあげるわ。はい。」
金色のシンプルな指輪を受け取る。
用意がいいな。と思ったが、俺がそういうのに興味がないって決め付けられるのは、あまりいい気がしないな。まあ実際ないから、別にいいんだけど。
「簡易TSは、言葉通り簡単に作れるけど、少しコツがいるの。では、遠藤君から作りましょうか。」
そうして、約三十分かけて二人分の簡易TSを作った。
「はい、オッケーです。これでお二人とも、簡易TSを持つことになりました。常に身に着けて、なくさないようにしてくださいね。」
「琥珀さん、丁寧語。」
「あっ。ごめんなさい。」
朝鈴は自分をたしなめるように、右手の人差し指でこめかみをとん、とたたいた。
それはいいとして、聞き捨てならないことがある。
「つまり、俺にずっと指輪をつけていろと?」
ちょっと抵抗があるな。
「自分のものは自分で持つのが当たり前よ。」
「でもな、結局これって朝鈴の近くにいないと使えないんだからさ。」
「だからなによ。TSはTEにとってなくてはならないものなんだから、ちゃんと自分で管理しなさい。そうね~……指がいやなら、ネックレスにして首から下げておけば?」
「それなら、明日私がチェーンを持ってきますよ。いくつか余っているので。」
ネックレスか。それならまだいいか。
「そうか、じゃあ頼もうかな。」
「はい。では明日学校で。」
「それじゃあ、次行きましょう。簡易TSによって、TEAを使ってもらいます。
まず、TEAについて説明しましょう。TEAには様々な種類があります。運動エネルギーを物体に付加する運動TEA、電子の動きをコントロールする電気TEA、分子の運動を激しくしたり抑えたりする熱TEAなどです。これらTEAの種類にはそれぞれ人によって得手不得手がありますが、運動TEAや抗力TEAは大抵のTEができます。よって、今から運動TEAの練習をしましょう。静香さん、前へ。」
「え~っと、はい。」
伊藤が苦笑いしているのは、朝鈴の口調がもう丁寧語に戻っているからだな。でも今は流れがスムーズだから、水差すのもどうかと思ってるんだろう。
「先程の感覚を思い出してください。その要領で、自分が前に行くイメージを持ちながら、行く、と決めると、運動TEAが発動するはずです。まず私が見本を見せますので、参考にしてください。行きますよ。」
朝鈴は横を向き、琥珀色の光を全身にまとった。
と思ったら、一瞬にしてその姿は見えなくなり、気がついたら訓練場の端の方へ移動していた。朝鈴はこっちを向き、両手をメガホンのようにした。
「こんな感じでーす。見えましたかー?」
伊藤と目を合わせ、お互い首を振る。朝鈴、ムチャ言うなよ。
「今の私のように速くここまで動く必要ありませんからー、まずはゆっくり少しだけ動いてみましょーう。静香さーん、私に向かってきてみて下さーい。体ごと動くことになるのでー、転ばないように注意してくださいねー。」
「はーい。やってみまーす。」
伊藤はそう返すと、視線を下げて唾を飲んだ。表情からも緊張が見える。
伊藤は一息ついて、目をつぶり、目を開き、前を向いた。そして、体から青色の光を放ち、朝鈴に向かってF1マシンのように疾走した。足は動いてないから、疾動とでも言うかな。朝鈴はそのままだと壁にぶつかる勢いだった伊藤を受け止め、腰に抱きついて持ち上げている形になった。
降ろされた伊藤は、遠目で見ていても興奮しているのがわかる。なにせ、さっきの状況を体で表現しているくらいなんだから。咲美なら日常茶飯事だが、伊藤がボディランゲージを使うのは非常に珍しい。できれば近くで見たかったな。
「時主くーん! やりましたよー!」
うわぁ、満面の笑顔。まぶしいね~。
「よっしゃー、俺もやるぞー。」
「どうぞー。ちょっとくらい勢いつきすぎても、今の静香さんのように受け止めますからー。気にしないでやっちゃって下さいねー。」
「時主くーん! 頑張ってくださいねー!」
「りょーかーい。」
さて、やるか。俺も伊藤に習って、目をつぶり、目を開き、前を向いた。
さっき簡易TSを作ったときの感覚を思い出し、それを全身でやってみる。
一瞬自分でも緑色の光が見えたが、それを認識する前に、俺は朝鈴に抱えられていた。
移動したという意識はなかった。気がついたら、さっきまでは奥の壁だったものが目の前十センチにあった。目は開けていたから、記憶として移動したときの景色が残っている。しかし、それは思い出さないと映像として浮かんでこない。脳が認識するよりも早く動いたってことなのかな。
「どうですか? 初めて運動TEAを使った感想は。」
朝鈴が真顔の中に少し笑顔の混じった表情で訊いてきた。
「そうだな。空気抵抗があると思ってたけど、全く感じなかったな。」
「ああ。それは、周りの空気も一緒に移動しているからですよ。TEAは自分の周囲ごと作用するので。」
「あと、車の発進のときみたいに慣性の力を受けると思ってたけど、それもなかったな。」
「それは、自分の体全体に運動TEAをかけ、自分自身が動いたからですよ。」
「それにしても、初めての感想がそれですか? 時主君は本当に冷静ですね~。私でもこんなにテンション上がってるんですよ? もうちょっと何かないんですか?」
「そう言われてもな~。」
確かに俺もテンション上がってるけど、なんか不思議な感覚が俺の体を包んでるような気がして、素直に動けない。この感覚がTEAのものなんだな。
「伊藤は、なんか変な感じしてないか?」
俺は怪訝な顔で言ったつもりだが、伊藤はなおも嬉しそうな声で、
「してますよ。体に何かざわざわっとしたものをまとっている感覚ですね。なんだかファンタジーの世界みたいで、おもしろいくないですか?」
と返し、笑っている。さすが伊藤静香だ。
今日は簡易TSを作り、運動TEAを初めて使ったところで訓練終了とした。
本当は、もう少し進もうと考えていた。でも、兄さんや基地の先輩に相談してからの方がいいと思ったから、今日はここまで、と言って、少し強引に終わらせた。静香さんと遠藤君の、もっとやりたいという懇願を振り切って。
家に帰ると、兄さんはまだ帰っていなかった。
当然か。皆忙しいから、私は初任務なのに二人分の訓練を任されているのである。
先にお風呂に入り、疲れを癒してから夕食を作る。
「ただいま。」
兄さんが帰ってきた。声からして疲れている。
「おかえりなさい。とりあえずお風呂入って。」
兄さんはゾンビのような足取りで、風呂場へ向かった。
お風呂から上がって、十一時の夕食。兄さんはそのまま寝てしまった。
「明日学校で話そうかな。」




