四章 訓練とイジワル(1)
七月十六日、月曜日。非日常な週末だったが、月曜日はいつもと変わらず、俺を日常に戻した。朝起きて、朝飯食って、登校して、授業受けて、昼飯食って、また授業受けて、放課後。いつもの一日に、自分は学生だったことを思い出させられる。TEやタイム・ウェーブの話を知ったからといって、俺自身はまだ何も変わってないんだなぁ。
放課後。帰り支度をすますと、後ろの席に振り返って朝鈴に声をかける。
「今日はまずバンドに来てくれるんだよな。」
「ええ、お邪魔するわ。それで、藤代君と咲美さんは?」
「あいつらはドラムを借りに行ったよ。俺はちょっと職員室に行ってくるから、伊藤に教室案内してもらってくれ。」
「でも、静香さんもいないわよ?」
「ん? あれ?」
見ると、伊藤の席は空。教室を見渡しても、いない。今日はバンド練習をするから、ほっといても部室棟に行くはずだけど、それだと朝鈴の案内に困る。
「仕方ない。俺が案内しよう。」
「それはどうも。でも、私手伝わなくていいのかな。」
「大丈夫だよ。ドラム自体は部室棟の五階にあって、甲達は申請しに行っただけだから。」
「そう。ならいいわ。」
「じゃあ、行くか。職員室は後ででもいいから。」
練習教室に着くまで、朝鈴はよくしゃべった。それも、自分の音楽歴だ。俺はTEのことを話したかったが、朝鈴は音楽の話に夢中で察してくれない。まあ後ででいいけど。
「だから二週間もあれば、三曲くらい完璧に覚えきる自身があるわ。」
「そりゃ頼もしいな。甲が聞いたら発狂するんじゃないか?」
「発狂は言いすぎでしょ。でも、期待してくれる分にはかまわないけどね。」
とまあこんな風に、いつの間にかもう朝鈴はバンドするって前提で話が進んでる。やっぱ朝鈴はバンドがやりたかったんだな。俺の注意は蛇足だったかな。
話しているうちに教室に着いた。
「ここが俺達に割り当てられてる教室だ。楽器はもう少し行ったところの教室にまとめられていて、盗難防止してる。今は生徒会が鍵開けてるはずだから、取りに行くぞ。」
「藤代君達を待たないでいいの?」
「別にいいって。」
朝鈴と共に楽器を運ぶ。朝鈴は小さいくせに怪力で、古い型で相当重いキーボードの本体を片手で持ち、空いた手でコードを持っていた。
「TEAなしでも強いんだな。」
「TEAに頼ってばかりいると、体は一向に成長しないからね。それに普段はTEA使っちゃいけないんだから、このくらい軽く持てる力は持っとかないと。遠藤君も、後々TEA使えるようになっても、無闇に使っちゃダメよ。」
「わかってるよ。それに、不審TEとして扱われちまうからな。」
「わかってるじゃない。」
TEとして認定されていないTEがTEAを使うと、それはTEA探査に引っ掛かって逮捕される。伊藤のようにTSなしでTEAが使える人は普通いないので、TEAを使ったのはTEのことを知りTSを持つ者となる。その中でTEとして認定されていない人は、自動的に敵対組織となるわけだ。
戻ると、ドラムの貸し出し申請を終えた甲が、咲美と伊藤と共に教室に来ていた。
「おお、時主、琥珀ちゃん!」
「お、甲達が来たか。」
「琥珀ちゃ~んドラムの貸し出しオッケーだよ~これでめでたく私らのバンドの一員だね~さあ~思う存分たたきまくって思う存分楽しんでやろうね~!」
「うん、よろしくね! 実は昨日から楽しみで楽しみでしかたなかったのよ。」
「そうか! ならすぐにドラムを取ってこよう! ほら時主、行くぞ!」
甲、咲美、朝鈴の三人が楽器保管用の教室に向けて飛び出していく。甲のテンションがいつものバンドのとき以上だ。つーか甲も咲美も、既に朝鈴はバンドに入っているものとして話してる。いつの間にこうなったんだ?
「なあ。朝鈴って、もうバンドに入ってるのか?」
「そうですよ。」
「え? いつそんな話してた?」
「いつって、昨日琥珀さんが練習に来てくれるって言ったじゃないですか。」
「………………その時点で?」
「そうですよ。あんなに嬉しそうにしていたんですから、入らないわけないですよ。」
「そうか……そんのもんなのか……。」
「はい。だから、琥珀さんはもうバンドの一員ですよ。」
「そっか。まあいいことだよな。ところで、伊藤はどこ行ってたの? 授業終わったらすぐいなくなってたけど。」
「両親に電話してたんです。最後の確認ですね。」
最後の確認…………てことは、
「そっか、決めたのか。」
「はい。決めちゃいました。一緒にがんばりましょうね。」
昨日の様子ならそれほど時間はかからないと思っていたが、予想以上に早かったな。
俺の影響受けちまったか? そうだとしたら、あまりいいことじゃないんだが……。
「大丈夫ですよ。私は私で決めましたから、心配しないで下さい。ね?」
どうやら俺の懸念が伊藤に伝わったらしい。いや、伊藤が俺の不安を汲み取ってくれたのかな? どちらにせよ、内面見られたみたいでちょっと恥ずかしいな。
「わかった。よろしくな。」
「こちらこそ。」
迷いのない、すがすがしい笑顔だ。
琥珀ちゃんの実力は予想以上だった。初めて聴くはずのオリジナル曲を、二、三度聴いただけで覚えてしまい、俺の渡した楽譜をほぼその通りに演奏してくれた。
「琥珀ちゃん、すげーな! 既に俺達と一緒にやっても遜色ないんじゃないか?」
演奏後、満足顔の琥珀ちゃんに皆が集まる。
「ホントにそうだわ~今人に聴かせても琥珀ちゃんが今日初めてだなんて絶対誰もわかんないわね~ってか数時間で追いつかれた私達ってなに~? って感じよ~」
「確かに後ろ向きで聴いてても違和感全くなかったな。大したもんだ。」
「自分で言っていた通り、本当に音楽のセンスがあるんですね。びっくりしましたよ。」
四人に囲まれてほめちぎられる琥珀ちゃん。表情はどんどん緩んでいき、顔を赤くして、にんまり笑顔のまま、
「いや~それほどでも~」
と言って、照れてそっぽ向いてしまった。ネタで言っているのかは不明。
…………本当は、これは非常にまずい状況だ。自分からリスクを考えずに琥珀ちゃんを誘い入れるなんて、いくらなんでもやりすぎだし、軽率と言われても仕方がないな。でも、琥珀ちゃんがバンドやりたがっていて、しかもドラムができると聞いたとき、反射的に誘ってたんだよ。ついつい、な。だから、しょうがないと割り切ろう。大丈夫だ。バレるリスクは確かに高くなったが、それでもバレない自信がある。動揺せずに、普通にしてりゃいいんだ。
…………大丈夫なはずだ。
バンド練習は予定通り五時半で切り上げることになった。昨日から言われていたことだし、時主や静香ちゃんのことを考えると、早めにTEのあれこれをやっとくのはいいことだと、私も思う。でも、納得はしてるけど、不満はある。私はもっと時主や甲と一緒に遊びたいんだ。なんかこいつらといると不思議と笑っていられるから。でも、それは三人いてこそだって思う。だから、時主が琥珀ちゃんの方に引っ張られるのは、いい気がしない。楽しみを取られてるように感じるし、時主が向こうに行ってしまうんじゃないかと心配にもなる。これも一種の嫉妬かな。
そんなことを考えていると、あっという間にタイム・ラウンジに着いた。
私はまだここに来ていいのかと訊くと、琥珀ちゃんは別にかまわないと答えた。私もTEのことを知っているから、もうこちら側の人間なんだって。知らないうちに立ち位置を決められていることに、少し戸惑いと不安を感じる。けど、時主や甲と一緒なら、そんな苦にならないんじゃないかな、とも思っている。浅はかかな?
「それでは、遠藤君にはTER制の正式な書類にサインしてもらいます。」
仕事モードになった琥珀ちゃんが話を進めていく。
「ここと……ここ、それとここにサインして下さい。あと、こことここに右親指で捺印して下さい。日付、時間は私が書きますから。」
時主が書き終わるまで、誰も話さなかった。皆時主の方を向いて、緊張して見ている。
「これでいいか?」
書き終わった時主が、書類を琥珀ちゃんに渡す。
琥珀ちゃんはそれを確認し、安馬さんに見せる。
安馬さんは深くうなずくと、目で了承を伝える。
琥珀ちゃんが書類に、日付と時間を書き入れる。
琥珀ちゃんもサインをし、右親指で捺印をする。
琥珀ちゃんは控えを時主に渡し、確認を求める。
時主は控えに目を通した後、うなずいて笑った。
「よし! これからよろしくお願いします、師匠。」
「いえいえ。こちらこそ、よろしくお願いします。」
ん? 師匠?
「時主、師匠ってどういうこと?」
「朝鈴が俺の師匠になるんだよ。TEAの使い方とか基地でのルールとか、この世界で生きていくための知識を教えてもらうんだ。まあ師匠って言うより上司って感じかな。」
ふ~ん。琥珀ちゃんがね~。
「候補生は必ず一人師匠を決めて訓練するんです。師匠はその人を最初に見つけたTEがなるため、私が師匠になります。それに私は遠藤君と同じクラスなので、私以上の適任者はいないでしょう。師匠と弟子はなるべく行動を共にすることになっていますし。」
「行動を共に? ってことは~ってどういうことよ!」
「…………そのままの意味ですが。」
「そのまま……………………………………どのくらい?」
「可能な限り、です。学校生活に支障が出ないようには配慮しますが、一日最低三時間の訓練に加えて、特に理由のない場合は私の仕事についてきてもらうことになります。」
それって、遊べないじゃん!
「何でそこまでしなくちゃならないの~? それだと何にもできないじゃ~ん!」
「そう言われましても。TER制はTEの人手不足を解消するために取り入れられた制度なので、人材の発掘から訓練まで、正規のTEにかかる負担は最小限にするんです。人材発掘に人員を割きすぎると、実際に動いているTEの数が減ってしまいますからね。ですから、見習いTEには超特急で一人前になってもらわないと困るんですよ。」
「でもね~」
「大丈夫ですよ。訓練は早い人なら一ヶ月もかかりません。訓練で覚えることはそれくらいしかなくて、あとは実践で、ということですから。それに、私は仕事でこの町から出るようなことはめったにないですから、それほど拘束されることもないです。昨日はたまたまそうでしたけど。」
そうは言っても…………どうしたって時主の自由時間が予想以上に減るってことよね~訓練に時間とられるっていうのは分かってたけど~可能な限りついてこい、じゃあ当分遊ぶ時間取れそうになさそ~だわ。時主も根は真面目だから文句言わないだろうし。
「あっそう。好きにすればいいわ~。」
声に不満が乗ってしまった。琥珀ちゃんや時主が困ったな~って顔になる。
わがままかもしれないけど、私の不満を知ってもらいたい。
「では、静香さんも。」
「はい。」
時主に続き、静香ちゃんも書類にサイン、捺印していく。私は話してなかったが、静香ちゃんのことを時主と甲も既に知っていたらしい。
「よろしくお願いします。」
「はい。こちらこそ、よろしくお願いします。」
「よし。それじゃあ、私はこの辺で失礼するよ。仕事があるからね。」
安馬さんはそう言うと、皆が何か言う前にさらっと出て行った。
「兄はちょっと仕事が押してましてね。本来の予定では、遠藤君は兄に師匠になってもらうことになっていたんですよ。でも兄が別の仕事に回されて忙しくなったので、私が代わりにすることになったんです。」
「そうか。大変なんだな。」
「今は特に大変なんです。まあ新人のお二人にはさほど影響しないと思うので、安心して訓練に励んでください。さっそく、行きましょう。」
琥珀ちゃんは立ち上がり、時主と静香ちゃんについて来るよう促した。
「咲美さんと藤代君は、すいませんがここまでです。訓練はここの地下で行うんですけれど、お二人を地下に通すのはさすがにNGなので。また明日、学校で会いましょう。」
琥珀ちゃんは仕方ないって顔をしているし、時主と静香ちゃんは悪いなって顔をしている。甲は平然と、わかった、と言ってタイム・ラウンジを出る。私も、それに続く。
「な~んか不満だわ~。」
帰り道、甲に愚痴る。
「しょうがないだろ?」
「納得できるだけなお不満だわ~。」
「我慢しろ。子供じゃないんだから。」
「わかってるわよ~っと。……………………………………うまくいかないもんね~。」
しみじみと言ってみる。声に出すと不満も治まりやすい。
………………あの三人、今頃何やってんのかしらね~。




