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時主の食時  作者: 相上
13/31

三章 TE(タイムイーター)(6)

TSタイム・スプーン …… TWから素TEAを取り出すときに必要なアイテム。

遡時バリア …… TEが過去へタイム・トラベルするのを阻止する防壁。

 時主君のTER制適用が決まった。

 先を越されてしまった。

 でも、私は焦らない。焦って答えを出しても、しこりが残って結局うまくいかない。

私は私のペースで決めよう。

「では色々準備がありますので、遠藤君の話は明日にしましょう。次は静香さんですね。」

「はい。よろしくお願いします。」

「そうだ、まだ訊いていなかったけど、一昨日の伊藤は一体何をしたんだ? いきなり消えて、いきなり現れて。」

 私は心臓がドクンと波打つのを感じた。その問題は昨日までの私にとって、一番の悩みの種だったからだ。昨日の時主君の言葉で不安に対抗する力をもらったとはいえ、やっぱりまだ怖い。時主君達を信じているけれど、それでも、今ここにいる私を受け入れてくれるか、不安を感じずにはいられない。

「では、その説明から始めましょうか。いいですね、静香さん?」

 私はうなずいた。皆さんを信じて。琥珀さんは私の気持ちを汲み取り、話し始めた。

「昨日も話しましたが、静香さんは百年に一人の天才と言っていい力を持っています。簡単に言うと、静香さんは何の装備もなく、TEAを使えるんです。

普通のTEは、その素質だけではTEAを使えません。私達がTEAを使うためには、タイム・ウェーブと私達をつなぐ道を固定し、そこから素TEAを取り出さなければならないからです。私達はその道を作ることはできても、その道を自分で固定することはできません。固定できなければ、タイム・ウェーブから素TEAを取り出すことはできません。つまり、タイム・ウェーブから素TEAを取り出すためには、自分とタイム・ウェーブを結ぶ道を固定する装備が必要なんです。

その装備はタイム・スプーンと呼ばれ、TSと省略されます。TSは自分専用の物を作る必要があり、他人のTSを使うことはできません。またTSの形は決まっておらず、何でもTSにできます。一般的には、戦闘で動き回れるように身に付けるもので、壊れにくいように金属が多いですね。TEが金属のアクセサリーをしていたら、その中の一つはTSと見て間違いありません。TSを隠すメリットはほとんどないですからね。TEは自分のTSに自己最高の防御機能をつけますから、戦闘では相手のTSをねらうよりも、全身を狙った方が楽なんです。相手のTSを狙って攻撃できるくらいの力の差があるなら、最初から勝負は決まっています。それに相手が良心的なら、TSを壊して終わりにしてくれることもありますからね。TEはTSを持っていないとTEAを使うことはできず、一般人と変わりませんから。私達もTSがなければ、ただの人です。ちなみに私のTSは、この指輪です。」

 琥珀さんは右手の甲を時主君達の方へ向け、中指につけている金の指輪を見せた。

 そして、琥珀さんは私の目を見た。これから言うんだ。

「静香さんの話に戻しましょう。………………結論から言うと、静香さんはその才能でTSを持たずにTEAを使い、それで数分後にタイム・トラベルしたんです。」

 言っちゃった。心臓が激しく踊って動けなくなる。

「それによって一瞬消えたように見え、数分後に急に現れたように見えたんですね。静香さんはこれまでも何度か就寝中にTEAを使い、タイム・トラベルしたことがあるみたいです。静香さんが時々寝た気がしないで母親に起こされるのは、タイム・トラベルして数時間後の時間面に移動しているからだったんです。」

「ちょっと待て。それって、この伊藤は元々数分前の時間面にいた伊藤ってことか?」

 時主君は気づいている。再び心臓の音が脳にまで響く。

「……はい。遠藤君の言う通りです。」

 琥珀さんが注意しながら言った。

 時主君は驚いた表情で、私を見た。私のこと、どう思ったの?

 咲美さんも驚いている。さっきまでの暗い表情が消えて、真剣な顔つきになった。

藤代君は、難しい顔をしている。私のことを考えているのだろうか。

 私はうつむき、体をこわばらせる。

私はこの時間面にいた人間じゃない。私と昨日までここにいた私は、別人。皆、私のことをどう思うのだろう。皆いい人だけど、やっぱり少し距離が開いてしまうのかな。そうなったら、さみしいな……いや、そんな優しいものじゃなくて、怖い。もしそうなったら……と思うと、孤独に負けてしまいそうになる。

「でも、ここにいる伊藤は、全く違和感ないぞ。いつもの伊藤だ。」

 それは、そうなの。

「遠藤君、時間面は間接的に結びついているため、たった数時間のタイム・トラベルでは、人のアイデンティティはほとんど変わりません。稀に変わっていることもありますが、本当に稀です。時間面と時間面の間に、決定的なズレが生じている場合に限られますので。まあ稀とはいえ、そんな境遇となってしまった静香さんが別の時間面にいるかもしれませんが、時間面は半独立しているのでこちらにその影響は来ませんし、その静香さんのケアはその時間面にいる私がしているはずですので、心配しないで下さい。」

「なるほど。じゃあここの時間面にいる人は、前まで伊藤がいた時間面にいる人とは別人だけど、どんな人かは変わらないってことか。」

 そうなんです。私は変わりません。だから、

「はい。互いの立場も、共有する思い出も、気になるようなズレはないと思います。」

 お願い。私を受け入れて!

「そっか。なら、これまで通り、普通に接してくれるか、伊藤?」

 えっ?

「細かいこと気にしないでさ。その、俺も前まで伊藤と一緒にいた俺とは違うみたいだけど…………何も変わらないんだから、な。前みたいに普通に話しかけてきてくれよ。」

 あっ……

「別人だからって考えて遠慮したりしないでさ。俺は、伊藤とはこれからも仲良くしてもらいたいんだ。」

 ………………そうかぁ……

「昨日とか俺と会っていて、前と違うとか思った? 思わなかったんなら、いや、この際思ったとしても、伊藤がタイム・トラベルしたとかっていうのは、……その……スルーしてくれないか?」

 私は自分のことで精一杯で、時主君が私をどう感じるかしか考えていなかった。反対に、私が時主君のことを気にしていたように、時主君も私からどう見られるかを気にするんだっていうことを考えていなかった。

私は安心したのと同時に、嬉しくなった。

安心したのは、時主君はこれからも、前と同じように私と接してくれるってわかったから。嬉しかったのは、時主君も私と同じように、私との関係を大事に思ってくれているってわかったから。まあ、私ほどは大事にしていないと思うけど……ねっ。

「はい! 時主君も、前みたいに仲良くしてくださいね!」


 この笑顔は、心臓に悪いです。ドキッとします。危険です。

でも、やめられません。

「さて、これで一件落着でいいのかな、時主君?」

 なんだよ、甲。

「これでいいんじゃないの~? ねえ、時主君?」

 なんだよ、咲美。

「それじゃ、次の話に移りましょうか、時主君?」

「なっ。朝鈴もかよ。」

「にやけてるからです。静香さんに名前で呼ばれて嬉しいのはわかりますが、また真面目な話に戻しますからね。」

「わかってるよ。さ、続きどうぞ。」

「真面目に聴けますか?」

「聴けるって。からかいすぎだ。」

「それでは、遡時バリアの説明をしましょう。遡時バリアというのは、許可なく過去へのタイム・トラベルができないようにするものです。時間犯罪者がタイム・トラベルして、後時間面に行くことを防ぐことが目的ですね。では仕組みを簡単に説明しましょう。まずTEがタイム・トラベルできるのは、タイム・ウェーブと同次元のベクトルを過去に、逆向きに集中させられるから、というのは、前に話しましたね。遡時バリアは、そのベクトルが逆向きになるのをTEAで防いでいるんです。そのあたりの詳しい原理は割愛しますが、興味があったら調べてみて下さい。

では、遡時バリアの発生装置について。遡時バリア発生装置は宇宙と地下にあります。地中に無数のステルス基地を作り、宇宙に無数のステルス衛星を上げて、その二つに搭載した発生装置で宇宙と地中の間に、ファンタジーで言う結界のようなものを張るのです。それが遡時バリアです。イメージで言うと、携帯電話のアンテナがそれに近いですかね。遡時バリアはそうやって、全世界をカバーしているんです。ちなみにここも基地の一つなので、ここの真下にもその装置があります。」

「てことは、先時間面になら自由に行けるのか?」

「はい。事実、土曜日の静香さんは先時間面に移動しましたから。」

なるほど。時間犯罪者が未来へ行っても、帰って来れないのならいいのか。

「ここで大事なことは、私達TEが後時間面にタイム・トラベルするには、基地にある遡時バリア発生装置を制御できる場所へ行き、一時的かつ部分的に遡時バリアをなくしてもらわなければならないことです。TEとして働くようになると、しばしばタイム・トラベルして後時間面に行くこともあります。そのときは基地まで来てもらうので、覚えておいて下さい。

あ、こう言うと、先時間面になら基地まで来なくていいように聞こえますね。すいません。タイム・トラベルするときには、例外なく、必ず基地まで来て下さい。基地には設備が整っているため、安全かつ正確にタイム・トラベルできますから。

安全に、と言ったのは、基地以外でタイム・トラベルすると、危険があるからです。時間的ではなく空間的にTEがタイム・トラベルする場所、着く場所を出時点、着時点と言いますが、着時点に人がいたりしたら、その人を突き破って殺しちゃいますよね。基地ではそうならないように管理をしてくれるので、安全ですよ。

正確に、と言ったのは、時間的なズレを最小限にすることです。TEはある程度タイム・トラベルをコントロールできますが、キッカリ一時間前、とまで正確には無理です。タイム・トラベルして別の時間面に行った後は、キッカリ前いた時間面に戻りたいですよね。基地にある特殊な装置なら、タイム・トラベルの時間的なズレをコンマ一秒以下にできるので、便利ですよ。コンマ一秒のズレなら、ないに等しいですから。

あと、遡時バリアはTEA探査もかねています。タイム・トラベルに限らず、一定以上の威力のTEAを使った場合、基地はそれを察知し、場所を特定できます。おととい静香さんがタイム・トラベルしたときも、このTEA探査に引っ掛かったので、私達が駆けつけたんです。

ここまでOKですか?」

「朝鈴、質問いいか? タイム・トラベルって、時間的だけじゃなくて空間的にも移動できるのか? 例えば、出時点が日本で着時点がイギリスだとか。」

「いいえ、空間的な移動はできません。タイム・トラベルした場合、出時点と着時点は地理的に同じ場所です。ただし、地球は自転と公転をしていることから考えて、タイム・トラベルは慣性の法則や万有引力の影響を積分して受けているようです。」

「琥珀ちゃ~ん私も質問一つ。今の話だと地中の基地より深かったり宇宙の衛星より向こうだったら普通にタイム・トラベルできちゃうよね~ソコんとこどうなってるの~?」

「地下、宇宙共に対策は万全です。遡時バリアを抜けるのは至難の業となっていますよ。」

「琥珀ちゃん、至難の業って言っても、それを抜けてきた人がいるから、昨日の誘拐犯みたいなのがいるんだろ?」

「そうですね。ただ、不法TEが後時間面に行きたいと思ったら、地下や宇宙ではなく、まず基地を狙ってくるんですよ。実際、数年に一回、基地が不法TEの大集団の襲撃に遭い、多数の不法TEが後時間面に流出してしまうことがあります。どの基地が狙われるかが歴史上決まっておらず、つまり時間面によって襲撃される基地が変わってしまうため、私達も防ぎきれないんです。不法TEの大部隊に対抗できるだけの戦力を世界中全ての基地に配置することは、TEの人数や予算の関係で不可能ですからね。」

「なるほど。基地に遡時バリアか。よくできてんだな。」

「そうですね。これも全て、時の流れ、つまりは歴史をめちゃくちゃにしないためなんですよ。先時間面の人はもう歴史を知っちゃってますからね。後時間面に行って悪い歴史にならないように手を加えたほうがいいと言う人も、少数ですがいます。しかし九割以上の学者が、歴史にズレが生じることは全体としての悪影響が大きすぎるため、目先の不幸に惑わされて歴史をいじくってはいけない、という見解で一致しています。」

「それはそうだろな。でも、変えたい歴史があるって気持ちもわからんでもないだろ。」

「藤代君。そういうことは、言い出したらキリがないですよ。変えたくても変えられないものなんて、たくさんあるんですから。」

「変えたくても変えられないもの……か。しょうがないのかね~。」

 やけに意味深な甲の発言。顔もいつになく真面目だし。

「甲、なんかあんのか?」

「そりゃあ……な……時主はないのか?」

「身長あと十センチほしいけど、そんなもんだな。他のことは、一応受け入れられるものばかりだ。」

「な~んだ時主ってま~だ身長こだわってんだ~もうよくない~?」

「うるさい。女にはわかんねえんだよ。」

「じゃあ、咲美はなんかないのか? 変えたくても変えられないもの。」

「私は今とってもシアワセだからね~特に思いつかないって言うか~これ以上望んだらバチが当たりそうだわ~」

「なるほど。時主も時主らしいが、咲美も咲美らしいな。」

甲のテンションが上がってこない。いつもなら、おめでたい奴だな~とか言ってるはずなのに、今は何か遠くを見ているような感じで、意識がどこか別の場所に行っている。今日はアンニョイモードらしい。

………………ほっとくか。

「それで、次はTEAについてなのですが、これは訓練のときに話すことにします。その方が得た知識をすぐに実践できますから。」

「よし、話はまとまったようだね、琥珀。それじゃ、今日はこの辺でお開きにしようか。」

 安馬さんがコーヒーカップを置いたのを合図に、皆帰り支度を始める。

「そうね。それでは、遠藤君。明日から、よろしくお願いします。」

「それはもう、こちらこそ。」

「よし、それじゃ、帰ろうか。」

「それで、兄さん。」

「何だ、琥珀?」

「私に説明任せっきりで話に全く入ってこないで一人休んでいたくせに、なに私はちゃんと仕事してましたよ、みたいな顔で出てきてんの?」

「…………」

 兄妹の間で空気が止まった。

「そんなに早く帰りたかったんなら、一人で帰ってよね。私は寄り道していくから。」

 妹に非難される兄。さすがの安馬さんも苦笑いだ。普通の兄妹なら兄が妹を軽くあしらうパターンだが、この二人は仕事のつながりもあるため、そうはならない。部下にミスを指摘された上司の状態だ。それに、朝鈴も安馬さんも基本は真面目だからな。

 この何ともし難い雰囲気を破ったのは、咲美だった。安馬さんを助けようとしたわけではないみたいだな。

「ね~琥珀ちゃん? 疲れてないんなら今から私達とバンドしに行かない~?」

 朝鈴は咲美のカットインが予想外だったようで、咄嗟に咲美の言葉が理解できなかったようだ。目がキョトンとなる。

「? ……咲美さん、一体どこからそういう話に?」

「そうだ! 琥珀、以前誘われたとき、少し残念がっていたじゃないか。やってみたらどうだ? 音楽好きなんだし、楽しいと思うよ。」

 安馬さん、それはごまかしじゃあないよな? 朝鈴のことを思って、だよな?

「でも、その話はもう終わったでしょ。忙しいので無理だって。」

「そんなに忙しいの~お兄さん?」

 安馬さんはわざとらしく真面目な顔になり、朝鈴を見ながら答えた。

「まあ忙しいが、趣味に興じる時間くらいはあるよ。何かでストレス発散しないと、私達も倒れてしまうからね。TEといったって、TEAを使える以外は普通の人間だから。」

「ならバンドする時間取れなくもないじゃんか~どうかな~琥珀ちゃん! 私も部活の合間にやってるし時主だってバイトしながらやってるしさ~なんとかなんない~?」

 またこいつは。あきらめの悪い奴め。

「こら、咲美。無理に入れようとすんなって。朝鈴のは仕事なんだから、都合が悪いってことならしょうがない。それに、やりたくないのに無理にやらせても楽しくないしな。」

 しかし俺がこう言うと、朝鈴が敏感に反応し、慌てて訂正した。

「あ、遠藤君。別にやりたくないってわけじゃないのよ。音楽は好きだし、昔は楽器を色々とやっていたから。でも、今はやっぱり仕事が……」

 これは咲美に気を遣ってるだけじゃなくて、本当に音楽好きなんだな。

「でもいいじゃな~い琥珀ちゃん! 私らまだ若いんだからさ~仕事人間になるのはまだ早いって思わない~?」

「それは……そうだけど……。」

「琥珀さん。私も時主君に誘われて入ったんだけど、外から想像していたよりずっと楽しいよ。お仕事大変かもしれないけど、時間作れないかな。やってみたらきっと、やってよかったって感じると思うから。それに私も、琥珀さんと一緒にやりたいし、ね?」

「でも、キーボードは静香さんがするんでしょ?」

「他にはできないのか? 例えば、ドラムとか。」

「お、それなら大丈夫だ。なっ、琥珀。琥珀は文化祭でドラムをしたことがあるから。」

 この言葉を聞いて、甲が復活した。

「何! ドラムできんの、琥珀ちゃん! よし、決まりだ。今から練習に行くぞ。実力を見てみたい。軽音祭まであと二週間しかないから、ある程度できてほしいんだが……」

 いきなりテンションが上がった甲は、咲美並みに強引になった。ドラムほしいって嘆いてたからな。

「ちょ、ちょっと待って! 私はまだやるとは……」

 甲は朝鈴の手を掴み、タイム・ラウンジを出る。

「ええい観念しろ! やりたいんだろ? なら、やろうじゃないか!」

「そんな強引な。藤代君って、こんな人だったっけ?」

 俺達もタイム・ラウンジを出る。会計は必要ないらしい。

「甲はね~たま~に常識から故意に外れることがあるんだよ~そっちのほうが楽しそうだからまあいっか~みたいな感じでね~」

「そんな……ちょっと、助けてよ兄さん。」

 安馬さんにメーデーを送る朝鈴。懇願する顔はより幼く見える。

「いいじゃないか、琥珀。バンドには時主君と静香さんもいるんだから、いいコミュニケーションの場になるよ。ストレス解消に加えて仕事にもなる、一石二鳥じゃないか。」

 よく考えればそうだな。朝鈴にはもっと訊きたい事がたくさんある。

「そうっすね。朝鈴、一緒にやろうぜ。なーに、そんな負担にはならないさ。」

「そうですよ。琥珀さんの顔にも、やりたいって書いてあるますしね。私達も、このように大歓迎ですから。」

「うぅ~」

 朝鈴がうなる。迷っているな。

「では、時主君。とりあえず藤代君をちょっと止めてください。」

「ああ、任せろ。」

 伊藤の指示に従い、俺は甲を羽交い絞めにする。

「おい、時主!」

「おとなしくせい、乱暴者。」

 甲の手から逃れた朝鈴は、手をぶらぶらさせ、甲を警戒して身構えた。天敵ににらまれた小動物みたいだな。

 間を見計らって、伊藤が甲と朝鈴の二人を視野に入れて話し出した。

「藤代君、今から学校に行ってもドラムを借りることはできませんから、琥珀さんを迎えるのは明日にしましょう。琥珀さん、皆さんこれだけ琥珀さんに入ってほしいと言っていますし、琥珀さん自身もやってみたいという気持ちがあるんですから、明日、一度やってみるのもいいと思いますよ。明日は練習の日なので、ちょうどいいですから。ね?」

 伊藤の言葉は人を諭すような柔らかいものだった。

甲は静まり、朝鈴は反発をやめた。俺も甲を放した。

「そうね……わかったわ。明日の放課後、タイム・ラウンジに来る前に寄っていくわね。」

「おお! サンキュー琥珀ちゃん!」

 甲はガッツポーズをきめ、そんなにうれしいかってくらいの満面の笑顔になった。まるで子供みたいなそのまぶしい笑顔を見た朝鈴は、照れてしまった。

「いえいえ。どうせ遠藤君も練習に行くんなら、訓練まで暇ですから。」

 少し顔を赤くし、目線をズラして応える。

「琥珀、せっかく誘ってくれてるんだから、もっとうれしそうにできないのか? そんな言い方じゃなく、もっと素直に感謝しなよ。」

「え~っと、そうですね。ごめんなさい。」

「素直に言ってみな。」

 朝鈴は甲と安馬さんを交互にちらちらと見たあと、微笑んで、小さな声で言った。

「…………実は楽しみだったりします。」

朝鈴の笑顔は、その場にいた全員に広がった。


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