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時主の食時  作者: 相上
12/31

三章 TE(タイムイーター)(5)

 七月十五日、日曜日。今日もシフト通りバイトに出た。日曜は九時半から四時半まで。

 十一時頃、甲が来た。

「よう、今日もバイトに入ってるのか。」

「ああ。ここはもう俺の生活の一部になってるからな。それに、休んで家で考えていたって、いい答えが出るとは思えないしさ。」

「……確かにそうだな。それで、答えは出たんだな?」

 甲が笑いかける。俺も、笑い返す。

「………………なんでわかるんだ?」

「顔を見ればわかる。俺は時主や咲美とはまだ三ヶ月ちょいの付き合いだが、もう何年も一緒にいるように感じるんだ。お前らが何を考えているかは、大体わかる。まあ、二人とも結構ストレートな性格してるしな。わかりやすいんだ。時主だって、俺のこと結構わかるだろ?」

「まあな。甲は、俺や伊藤があまりTEになってほしくないみたいだな。」

「ああ。せっかく今楽しく生きてんのに、自分からその自由を捨てて社会貢献。偉いとは思うんだが、どうにも俺はそれがいい選択だとは思えん。」

「ま、俺も自己犠牲の好きな日本人の一人なんだな。でも、そんな自分が好きなんだよ。」

「ナルシスト。」

「まあな。」

「考え直せ、時主。せめて高校出るくらいまでは、自由なモラトリアムを送らせてもらえって。それが、日本という裕福な先進国に生まれた俺達が持つ権利だ。自由と幸福っていうのは、誰にも文句を言われることじゃないんだから。」

「ああ、わかる。甲が何を言いたいのかはわかってる。正直、そっちが正しいとも思う。」

「なら、なんでそっちに行くんだ。おかしいだろ。」

「実はな、親父の遺言があるんだよ。」

「遺言?」

「ああ。不思議なことが起きたら、積極的に首突っ込めってさ。」

「それじゃ、時主の親父さんって、」

「TEだったのかもな。」

「……………………」

「心配すんなよ。親父、悪い人じゃなかったから。今親父の言動を思い返してみても、信用できる親父だよ。」

「……わかった。また何かあったら言えよ。」

「ああ。ワリいな。」

「それじゃ、一旦帰るわ。また後でな。」

「じゃな。」

 ワリいな、甲。もっと考えてからにしろって言いたいと思うが、俺の親父への信頼は、どう考えたって揺るぎそうにないんだ。


 正午。私と兄さんは、山奥にある人気の全くない湖に到着した。もちろん仕事で来た。

 ここはKという名前で呼ばれている、有名な一級時間犯罪者の現場だ。

「ここが現場か。なかなかキレイな湖じゃないか。」

「そうね。それはいいことだわ。でも、何で私達がこんなところに来なきゃいけないの?」

「琥珀、まだ言っているのか。いいかげんに納得しなよ。これも仕事だ。」

「そうは言っても、私達にだって都合があるっていうのに……」

 昨日遠藤君にTEに関して最初の説明したばかりで、今日も帰ってから説明の続きをしなくちゃならないのに。静香さんもまだ一昨日のショックが抜けきれていないと思うし、TER制をどうするか悩んでいるはず。やることが山積みなんだっての!

「さあ、合同調査が始まるぞ。こういう広域探索は人数の多い方が効率いいんだから、一応筋は通っているじゃないか。ここ周辺のTEは皆駆り出されているみたいだし。」

「まあね。それで、本当にここに着時したの?」

「記録を復元して演算したらここだったんだ。まず間違いない。」

 確かに湖の上なら、タイムトラベルの着時点が微妙にズレても、水がクッションになってくれる。演算の結果がここだったのなら、Kが来た可能性は高い。

「場所の割り出しに三ヶ月もかかったから、Kがここに着時したのも三ヶ月前。証拠はもう湖の底ね。」

「それを迅速に探し出すために、TEがこんなに集められたんじゃないか。」

「でも、いくら最優先で解決したいからって、昨日の朝連絡して今日の正午までに来いって言うのは、さすがにどうかと思うけど。」

「なに、すぐ終わるよ。証拠は小さくて多い。Kが優秀なTEだとしても、一人で全てを回収するのはほぼ不可能だ。しかしこっちは、一つでも見つかれば証拠になる。まあ証拠は数が多いほどいいから、とりあえず湖全体を探すだろうがね。」

「でも……」

「でも、はもうやめなさい。私達の担当はこの区域だ。早く終わらせて早く帰ろう。」

 はぁ。しょうがないな。


 三時半過ぎ。伊藤と咲美がバイト先に来た。

「いや~部活帰りで寄ったらそこでバッタリ静香ちゃんと会ってね~」

 咲美はいつものノリ。

「あれ? 遠藤君、なんだかスッキリさわやかな表情ですね。どうしたんですか?」

 伊藤は、もうすっかり立ち直ってるか。他人の表情にも気を配れるようになったし。

「なんだ。そんなこと言うと、俺が普段はスッキリさわやかじゃないみたいじゃないか。」

「ははは~時主~あんた自分の顔鏡で見てみなよ~あんたのどこがスッキリさわやか~? いっつも無愛想な返ししかしてくれないくせにさ~」

「それは咲美限定だ。ま、確かに笑うのは少し苦手だけど。」

「遠藤君は笑顔よりも、眠そうな顔の方が多いですね。」

「作ってでもいいから笑いなよ~それだけで人生を三割増で楽しめるよ~この私が言うんだから間違いない! ほら~笑ってみなよ~うりうり~」

 咲美は俺の頬を人差し指で押して、ぐりぐりした。

「やめろっての。ほら、そこらへんで雑誌でも読んで待ってろ。あと一時間ほどだから。」

 その後、四時半過ぎにバイトが終わると、咲美、伊藤と一緒に、一足早くタイム・ラウンジへ向かった。店内は、今日も俺達だけ。俺達の都合に合わせてくれてるのかな。

「なに~? 時主、もう決めちゃったの~? あんたもう少しじっくり考えて~というかそんなレベルじゃなくて~とにかく決めるの早すぎ! 後悔しても知らないよ~?」

 咲美に結論を言うと、案の定というか、こんな反応。手に力が入りすぎて、グレープフルーツジュースのグラスが割れそうだ。

 一方、伊藤の反応はあっさりしていた。少しは驚いているが、すぐ納得したようだ。

「そうですか。もう決めたんですか。遠藤君は最終的にはこちらを選ぶと思っていましたが、その決断の早さには驚きです。」

「そうだって~もっと考えなって~」

「咲美さん。時間は短くても、遠藤君は遠藤君なりに真剣に考えて、もう結論は覆らないと思ったんですよ、きっと。ほら、見てください。遠藤君、今は全然迷っていないじゃないですか。」

 咲美が俺をじっと見る。なんだ、いくら咲美とはいえ、照れるじゃないか。

「この顔前にも見たことあるわ~なんか悟りきった顔。時主に限らずこんな顔してる男って~もう頑固で意見変えないのよね~。」

 咲美は何かあきらめたようにそう言うと、テーブルに突っ伏してしまった。

「わかってもらえたか。それじゃ、朝鈴が来たら言っちゃうな。」

「え? 私達がいいって言わなかったら、琥珀さんに言わないつもりだったんですか?」

「ああ。この決断は、少なからず皆に迷惑かけることになるからな。俺の意見が一番大事だとは言っても、周りは無関係ってわけじゃない。ほら、結婚するときも、本人達の意思が固まってても、親に許可もらいにいくよな。あれと似たようなもんだ。」

「…………そうですか。そうですよね。そうしましょう。」

伊藤は俺の言葉を聞くと、そう納得して笑顔になった。この笑顔がまた、いい。


 六時十分前。やっと帰ってこれた。もうくたくたのへとへと。

 タイム・ラウンジにはすでに四人とも集まっていて、談笑していた。少し妬ましい。私はこんなにがんばってきて、もう死にそうなのに。

「なんかお疲れだな、二人とも。何してきたんだ?」

 昨日と同じ席順で座ると、遠藤君が話しかけてきた。

 何してきたと思う、遠藤君? すごかったんだよ~、湖の底。

「ちょっと山奥の湖に行って来ただけよ。それだけ。」

 愚痴りたいけど、遠藤君はまだTER制で仲間になっていないし、藤代君と咲美さんもいるから、言えない。ストレスたまっちゃうわ~もう。

「琥珀、気持ちを切り替えなよ。」

「わかってます。」

 気を引き締め、仕事モード。

「じゃあ朝鈴。早速なんだが、TER制、受けることにしたわ。」

 …………はい? 今何とおっしゃいました?

「受ける?」

「ああ。昨日決めた。」

 遠藤君は平然とした顔で言った。

「ちょ、ちょっと。もっと考えてから答え出しなさいよ! 人生かかってんのよ?」

 私は立ち上がり、テーブルに両手を着いて前のめりに言った。

「ああ、わかってる。でも、これ以上考えても心変わりしそうにないからさ。」

「でも、早すぎでしょう! 何考えてんですか! いえ、何考えたんですか!」

「琥珀ちゃん。もう時主に何言っても無駄よ。この顔になった男は、痛い目見ないと考え変えないから。時主の好きなようにさせてやって。」

 咲美さんのテンションが異様に低い。今のセリフからすると、私みたいに遠藤君と言い合いになったのかな。

「琥珀さん、遠藤君の意志は固いです。二週間経っても変わらないと思います。それなら、早い方がいいでしょう?」

 静香さんは、なんだか遠藤君の理解者といった感じ。自分のことで悩んでいたはずだけど、なにか吹っ切れたのかな。

「琥珀ちゃん、俺からも言っとくわ。時主はバカじゃない。考えることは考えて、その上で結論を出したんだ。といってもまだ高校生だから考えに抜けているところだらけだろうけど、TEになるって意志が強いから、その抜けているところを後で合わせて考え直しても、答えは変わらないと思う。」

藤代君は、遠藤君を心配しつつも、応援しているみたい。一番の友達みたいだし、当然といえば当然かな。

でも、三人からそう言われたって、そう簡単に『はいそうですか』とは言えないわ。

「兄さん、どうする?」

 兄さんは、にやけながら考えるポーズをとっていた。兄さんはこういう突拍子もないことを言う、常識外れの変わり者が好きだからなぁ。

 兄さんは遠藤君を一目見ると、考えるポーズをやめて前かがみになった。

「我々を信用してくれたと考えていいのかな?」

「一応は。まだ完全にとは言えないので、勘弁してもらいたいところも多いですが。」

「いや、かまわないよ。むしろこれまでよく信用してくれている。よしっ、琥珀。時主君のTER制の手続きに入ってくれ。」

「え? いいの? だって、昨日の今日でよ?」

「心配ない。腹は決まっているみたいだし、甲君の言う通り、時主君はバカじゃない。ここは一つ、信じようじゃないか。」

 それは私もわかってるわよ。遠藤君は普通の人より頭の回転が速いし、からかうことをしなければ信用できる。

 でも……大丈夫かなぁ……。

「琥珀、TER制を受ける人は、時主君のように即断即決するか、期日ギリギリまで考えて悩みつつも受けるか、の二通りに分かれる。そのうち前者は圧倒的に少ないが、皆優秀なTEになることが多く、仕事が合わなくてやめる割合も少ない。」

「逆説的だな。やっぱ考え込むより、決断力ってことなのか?」

 そうね。ここはみんなの言葉を信じてみましょうか。

「わかりました。遠藤君、改めて、これからよろしくお願いします。」

「お、許可してくれるのか。ありがとな。こちらこそ、よろしくお願いします。」

 二人で頭を下げ合った。


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