CNFナノペーパーとセルロースの話!
はるか昔、なんでも石油で作っていた時代があったらしい。
古今東西、さまざまな透明素材が使われてきた。
ガラス、アクリル、ポリカーボネート、などなど。
その中で、とくに長く生き残ったのはー―
植物から作られる2つの堅牢な物質、
イソソルビド系ポリカーボネートと――なんと、紙だ。
紙は白いじゃないか。そう思う人がいるだろう。
しかし――白いというのは、なにか?
白いというのは、光が散乱している、ということである。
透明なガラスを、細かく割っていくことを考えてほしい。
はじめは透明だったガラスも、砕けばだんだんと――白っぽく見えるようになる。
これは、空気とガラスの界面で光が屈折、反射を繰り返して散乱するためである。
紙が白いのも、同じ理由だ。
紙は無数の細く透明な繊維が絡み合ってできている。
だから、繊維と空気の界面で光が散乱する――というわけだ。
――では、繊維をどんどん細かく、密にしていったらどうか?
光の散乱が抑えられ、ガラスのように透明、かつ軽量な紙ができるのである。
ケイが足元をみおろすと、そんな人工的な街の柱の隙間から、ごく小さなハマツメクサがいくらか生えているのが見当たった。
--こんな人工的な街中にも、植物はしたたかに進出している。
あるいは、「パクった材料で何のさばってんだ」とでも言いたいのかもしれない。
セルロースは生物においてはかなり人気がある物質だ。
陸上植物だけでなく、緑藻や一部のバクテリア、さらにはホヤにまで使われている。
――まあ、もっともありふれた単糖類であるグルコースをα-1,4結合させて堅固な鎖構造にしたものだから、大人気な分子なのもうなずける。
陸上植物においては、すくなくとも4億年前からこちら、細胞壁を作り、細胞を支える物質の大部分は、大きく分けて3つからなる。
セルロース、そして腐朽耐性や耐水性を与えるリグニン、セルロースの橋渡しをになったりリグニン沈着の起点となる、ヘミセルロースだ。
植物はこの、「3種の神器」で体を支え、過去4億年にもわたって地上を支配してきた。
セルロースには、その鎖構造の立体配置が異なる2つのタイプ、IαとIβがある。
藻類がつくるセルロースは、おもにIαだ。
しかし――陸上植物では、リグニンやヘミセルロースによって強化されたセルロースIβが、陸上で重力に抗うために用いられるようになった。
自然界に見られるセルロースは、じつに多種多様だ。
その性質を決めているのは、おもに細胞の原形質膜上に局在する終末複合体である。その配列や規模、作るセルロースのタイプはさまざまで、”出てくるセルロースの、リボン状のもの、とても細い柱状のもの、中にはその何倍も太いもの――と、とにかくいろいろだ。
これは、生物の進化の過程でセルロースが試行錯誤の末に洗練されていったことを無言で物語っている。
――このごろは、人間も加わったようだ。
緑藻の終末複合体を分子設計することにより、より高強度で純粋なセルロースIβが合成できるようになった。耐熱性にはそこまで強くないのが残念だが、部分的にはカーボンナノチューブに匹敵しうるらしく、製造の容易性もあってよく普及している。
――なにせ、培地と光と水あれば、とくに高度な化学工場がなくとも、洋上ファームで大量培養できてしまうのだ。
食用のデンプンを作る生産ラインと、ほとんど共有できてしまう。
なお、ここまで話をすると、セルロースなんて、どこにでもあるじゃないか?作物残渣を使ったらどうだ、などという質問が出てくるかもしれない。
――しかし、陸上植物の作物残渣を原料とするには、セルロースをつなぎとめ、膠のように補強するリグニンおよびヘミセルロースの除去に極めて大きなコストがかかるし、その過程でミクロフィブリルがぶつぶつと切れてしまう。
もっとも、利用しやすいようにリグニン含有量や化学組成を変えた作物は古くから数多く作られてきたけれど――耐病性に劣る品種が多かった、とする文書も、古書堂で見かけた。
たしかに、リグニンは植物を水や病原体から守る楯であり鎧といえる。
それを削減すれば――そうもなるだろう。




