飴色は、敵だ!ーポリカーボネートとコーティング職人ー
新市街。
上から見下ろすのには見慣れていても、ここに来るのは初めてだ。
ガラスづくりのような街。角度によって、風情が変わる。
スーツに身を包んで行き交う人々、奇抜なファッションに身を包むもの。
みな、見慣れた重層都市の人々よりシュッとして見えた。
いつもは、通り過ぎるだけ。
何もかも新しく、軽薄な街――そんな印象を抱いていた。
けれど、実際にいざ歩いてみると、これもまた良い。
ケイはきょろきょろと見回した。
――透明なもののデザイン性というのは、どうも、それがもたらす屈折によりもたらされるように思えてならない。もし屈折率がまったくのゼロの物体があったら、そこには微塵の美しさもないだろう。というより――光はそのまま直進し、背景を完全に忠実に透過させるだけ。 つまり「存在しないのと変わらない」のだ。
透明な窓に、そっと触れると、ほんのりとぬくもりがあった。
こんこん、と叩いてみる。鈍い音がした。
ガラスでは、ない。もっと軽くて、しなやかな素材だ。
建材をよく見ると、光によく当たる部分は、しばしば黄ばんでいる――
いっぽうで、まったく黄ばんでいない部材もある。
――だから、しょっちゅう建て替えるのか。と、ケイは合点する。
さて、新市街のクリスタルな街をつくる、この建材。はたして、何だろうか?
ケイは、柱にぐい、と顔を近づける。
磨き上げられた界面。
小さな顔の輪郭が、幾重にも映る。
ブリリアントカットのように煌めいた。
どうりで――この街の柱は、実態よりもはるかに細く見えるわけだ。
幾重にも見える正体は――透明な柱の中に、それより透明度が少し低い心材が入っていることによる。
なるほど。
CNFナノペーパーを円筒状に曲げて作られた心材をイソソルビド系ポリカーボネートで埋設し、表面は分厚い耐UVコートしているわけか。
耐衝撃性と透明性をポリカーボネートで確保し、靭性を年輪のように幾重にも重ねられたCNFナノペーパーで補っているのだろう。
ふと見上げると、透明に磨き上げられた壁の上に――男がいる。
彼は腰に命綱をつけながら、一枚一枚、窓や柱を磨いていた。
「そこの坊ちゃん、何してるんですか?」
話しかけられたのは、こっちのほうだった。
ケイは思う。たしかに、ものすごく怪しい。
「この街にくるのは初めてなもんで、この建材どうなってるかなって」
――自分で言っていても、怪しさしかない。
子供にしか見えないいでたちでなかったら、即通報だっただろう。
こんな時ばかりは、容姿に呪われたことに感謝する――よほど怪しいことをしていても、少なくとも大きなトラブルには巻き込まれにくいから。
「この辺の街並みは、もう10年目だからねえ、建て替えましょうって方々で言ってるんだけどね」
「まだ、こんなにきれいなのに」
「まだきれいに見えるうちに建て替えないと、建て替え予約も三年待ちだからねえ。家を持つときには、とにかくこまめにコーティングを確認して、早め早めに動かないと――あっという間に、あばら家ですよ」
ポリカーボネートは紫外線で黄ばみやすい。混合剤とコーティングで対応するにしてもそれでも僅かな黄ばみや汚れは、この街ではあまりにも目立つ。
――だから、あちこちで建て替えが行われているわけだ。
こんな高機能材料をたった10年や20年で廃棄してしまうのは、もったいないと思うが。
「慣れてないお客さんは言うんですよ、「まだきれいって」。
でもね―、夕日に照らされると、ほんっと目立つんですよ。」
ごくわずかな黄ばみや色あせが、夕日に照らされてぼうっと、いよいよ黄色味を増して見えた。
――たしかにみすぼらしい、のかもしれない。
しかし、少しくすんで黄ばんだ色合いのほうが、寧ろ落ち着くようにも、ケイには思えてならなかった。あまり新しいというのも、ギラギラして落ち着かない。
飴色に鈍く光るのだって――そう、悪いことではないように、思う。




