インビジブル
リエール公国の首都に入ったアッシュは安い宿屋で月単位の契約をすると、アレスの1日の動きを観察することにした。
アッシュ「インビジブル(不可視化魔法)。」
左腕の入れ墨に触れ、紋章魔法を起動させる。
ビュゥゥン
アッシュの体は宿屋の部屋で見えなくなった。
アッシュ『詠唱魔法と違って、便利だよなー、これ。』
暗殺者の里にのみ伝わっている紋章魔法でアッシュを襲名した人間にのみに彫られるトライバル調の入れ墨。アッシュの体には普段は服で見えないが、他にもたくさんの入れ墨があった。
アッシュ『攻撃にも使えるやつがあればもっと楽なんだが……』
ターゲットの騎士団長アレスが一人になる習慣を調べる。その一瞬を狙いたかった。
アッシュ「ほんじゃ、いくかな。」
ガチャ
バタン
部屋の扉が一人でに開いて、一人でに閉じた。
6:00 起床
家で少年と朝食。
7:00 出社
少年は騎士見習い。
出社経路で1人になることはない。
8:00 騎士団詰所
執務室で昨晩の引き継ぎ、事務仕事。
騎士、騎士見習い達の朝練の見回り。
常に誰かしらが回りにいる。
9:00 外回り、パトロール。街を巡視。
騎乗、ツーマンセル。
ルートは人通りの多い道が多い。
路地や暗がりには行かない。
行くときも稀にあるが、狙撃ポイントがない。
11:00 騎士の詰所に戻る。
騎士の詰所で狙撃ポイントはない。
騎士団の詰所が見渡せる塔の屋根で宙に浮いた携帯食の焼き菓子が独りでになくなっていく。
アッシュ『午前中、は無理っぽい。』(モグモグ)
持ってきた狙撃銃は破壊力がイマイチだ。人がいれば応急処置で救命される恐れがあった。回復魔法はリエール公国では義務教育されてて普及率は高かった。
アッシュ『あと数年待てば、カタログスペック上では現行の狙撃銃の問題点を克服した最新モデルが出るって話なんだがなぁ。』(モグモグ)2本目
アッシュ「今やれってんだから、この努力よ。泣けるねぇ。」
ナイフ。それもありだが、手練れの騎士に近接戦闘するのはいくら不可視状態でも危険だ。決死隊なら話は別だか。
アッシュ『この国の娘は可愛い子いるかなぁ。』
アッシュは売春宿巡りが趣味だった。昼間から、今晩のお相手の妄想と下の息子が膨らむ。
ダンはその日は魔法使いの所で魔法の勉強をしていた。
隣には、背を追い抜いてしまって今では自分より小さく見えるサヤ姫がいる。
ダン『会った当初は同じくらいの背丈だったのになぁ。』
サヤ姫はダンの視線に気づいて胸元を隠した。
サヤ姫「な、なんじゃ!?ダンよ!」
姫の顔が情気する。
ダン「……顔に食べかすがついてるよ。」『なんだ?この反応……まあ、前よりかは大きくなってはいるけど。』
姫の顔は更に赤くなる。
サヤ姫「な!?拭いたはずなのに。」
サヤは慌てて取り出したナプキンで口の周りを拭いた。
ダン『嘘だよ。』
ダンはサヤ姫をからかって、その百面相する様子を見るのが気に入っていた。
ダン『あ~、楽しいなぁ。』
ダンはニコニコした。
その一部始終を見ていた魔法使いは呆れてため息をついた。
魔法使い「サヤ姫様の授業は他の日にちゃんとありますぞ?」
サヤ姫「う、うむ、そうじゃな!けど、魔法の授業も私は好きだぞ!特にこの、インビジブルとかいうやつ!いたずらに使えそうではないか!」
魔法使い「魔法を悪戯に使っては刑法に引っかかりますぞ。」
サヤ姫「ソレはわかっておる、じゃが、お菓子をつまむくらいはよかろう?」
魔法使い「ダメです。」
魔法使いは呆れた。
まぁ、インビジブルの詠唱魔法となると結構長いから、ちゃんと、訓練を受けたものでないと使用するのは困難だろうが。
ダン「僕はこれ。」
サヤ姫「回復魔法か。実用的じゃな!」
ダン「剣の稽古は打撲とか多いからね。毎日、重宝してるよ。」
サヤ姫「ふむ、ダンはリアリストじゃなぁ。」
ダンは少し考えて、苦笑いしながら答えた。
ダン「ボコボコな顔で外で歩きたくないし。かっこ悪いし。」
サヤ姫「大変なんじゃな、騎士見習いというのは。」
大変な稽古の合間のこの一時はダンにとってかけがいのないものであった。
その日は遠くで銃の一斉射の音がしていた。
城の広間で武器商が最新の銃器のデモンストレーションにしていた。集まった大臣たちはその銃のカタログを見て目を丸くしていた。
軍拡派大臣A「これは現行のものをはるかにしのぐものじゃないか!?」
軍拡派大臣B「この前の戦で、鹵獲したものよりいいな!」
軍拡派大臣C「おいくらなのかね?!」
武器商は足元を見た。
武器商「丸が2つほど増えますねえ。ウチらも商売ですので、企業努力にも限界ってもんがあります。」
大臣たちは押し黙った。
武器商「努力に、努力を重ねてこの値段です。すみませんねぇ。」
軍拡派大臣A「いや、君が謝る必要はない。」
大臣たちはその場でひそひそ話をし始めた。
その会話の端々でブルーリボン、騎士団の名前が聞こえる。武器商は表情には出さないが、内心ほくそ笑んでいた。
アレスは夕方王宮に呼ばれていった。
アッシュ「おや?」『なんだ?通常業務か?それにしてはなんだか慌ただしかったな。』
騎士の詰所が一望できる塔の屋根で透明な何かが蠢く。
アッシュは立ち上がると、観察ポイントを変えた。
足の紋章で屋根を軽やかにヒョイ、ヒョイ移動する。
アッシュ『へへへ、アッシュに成れてホント良かったわ!俺には幸運の女神様でもついてんだろうな!この仕事も、さっさと終わらせて!かわいい娘ちゃんとイイコトしたい!』
アッシュは王宮の出入り口が見れる場所に移動した。
ダン「あ、アレス!」
アレス「……おぉ、ダンか……」
二人は王宮の出入り口でばったり会った。ダンはアレスの家に帰ろうとしていたところだった。
ダン「なんだよ暗い顔だな?」
ダンはアレスの事を父親が何かと思っているのか、魔法剣が使える仲間、同族と思っているのか、なんにせよ年の差を超えてアレスに懐いていた。
アレスもそれが嫌ではなかった。
ダン「これから、妻のところに行く。」
ダン「墓参り?急だけど、付き合うよ。」
アレス「悪いな。」
街のはずれの墓地、アレスの妻の眠る場所。そこに二人は立って手を合わせていた。
ダン「なんかの報告?」
アレス「騎士団の大幅なコストカットの、さ。」
ダンは目を丸くして驚いた。
ダン「何でまた?!」
アレス「俺も砲台陣地の攻略の件を挙げて反論したんだけどなぁ。何騎か減らさんといかん。」
ダン「えー、俺の就職口は?」
アレスは片眉を上げて苦笑いした。
アレス「そこは安心しろ。お前は特別枠さ!」
二人は肩を並べて、アレスの家まで歩いて帰った。