御前試合に向けて
王宮の図書室についたダンとサヤ。
ダンは改めて隣にいるサヤを見た。ボブカット、透き通った白い肌、つぶらなひとみ、小さいぷっくりとした唇、膨らみかけの胸、ピンク地に白いレースをあしらったドレス。
ダン「やっぱ帰る。」
急に自分がここにいるのが場違いな気がしてダンは庭に帰ろうとしたがニコニコした侍女達に阻まれた。
ダン「うぐ、うぐぐ……」
サヤ「ほれ、いくぞ。」
サヤは図書室に入ると、せわしなく魔法使いや侍女達にあれを持ってこい、これを持ってこいと指示を出した。
サヤ「お主、え~と。」
ダン「ダンだよ。」
サヤ「うむ、ダンよ。何か見繕って読むといいぞ。」
本は貴重な時代。部屋一面に並ぶ書籍に目を輝かせるだろうが、ダンは浮かない顔をしていた。
ダン『どれも難しそうなんだが?読めないだろ……』
魔法の鍵がかかった本を持ってきた魔法使いはダンについて来いと言う。
ダン「?」
ダンは素直についていくと、そこはおとぎ話の絵本のコーナーだった。
魔法使い「ダンの“コレ”と思ったものを選ぶとよい。」
ダン「そう言われてもなぁ。」
ダンは指で本を選んだ、その中に明るい虹色をあしらわれた本を手に取った。
ダン「これにしよう、キレイだし。」
魔法使いは小さな声で言った。
魔法使い『ワシが教えてやる。遠慮はするな。オナゴに聞くのは恥ずかしかろう?』
ダン『いいのか?!あの子に聞くのは恥ずかしい。それならよかった。』
ダンには同性に教えを請う方がハードルが低く感じられた。
サヤ「おうい!魔法使いよ。早く鍵を開けてくれ!」
魔法使いとダンはイソイソとサヤのいる机に戻った。
魔法使いの手が光ると、
カチャッ!
本の魔法の鍵が開いて、サヤは中を読み始めた。
ダン「難しそうだ、何読んでるんだい?」
サヤ「うん?帝国が雇った黒騎士のデスブリンガーでこちらは大損害を被ったからな、アレに対抗できる剣を探しておるのじゃ。」
サヤは食い入るように読んでいる。その傍らでダンは魔法使いに習って、字の勉強を始めた。
一人っ子で王宮に同い年の子がいなかったので、サヤ達の侍女はダンを快く思っていた。
微笑ましい。
そう漏らすものもいるほど2人はその場で絵になった。
サヤも読んでいるふりをして横にいるダンをチラチラ気にしていた。
サヤ「む?おぬしらそれは……」
ダン「え、絵本だよ!」
ダンは顔を赤くした。
サヤ「違う違う、それ、虹刃剣の話ではないか?」
ダン「虹刃剣?」
サヤ「その昔、デスブリンガーとー」
侍女「あー!姫様!ネタバレはよくありません!」
魔法使い「そうですよ、サヤ姫様。これから読むところなのです。」
サヤ姫は後ろにいた侍女に口をふさがれムグムグ言っていた。
その頃、アレス達は王宮近くの酒場で今度開かれる御前試合について話し合っていた。
アレス「ダンを出場させればいいんじゃないか?」
ブリッジ「アイツだと、出場時間に来ませんよ!」
若い連中がみんなして笑う。
アレス「ホント、どこ行っちまったんだろう?ダンのやつ。」
他の騎士見習いたちはダンが王宮ではぐれたという。
アレス『何か、しでかしてなきゃいいけど……』
まだシラフな騎士たちが特権階級の愚痴を言う。
騎士団員A「道楽貴族たちにも困ったもんです。」
騎士団員B「また、コレを口実に軍拡派の大臣どもに睨まれますよ。」
やれやれ、と団員たちは漏らした。
金のある貴族達が出資して、王の観覧する中、旅のものや傭兵を集めて、それらに剣による試合をやらせる。
貴族の娯楽、民からの点数稼ぎ、王族に取り入るきっかけ作り。いろんなものを一度にできるからと毎年、貴族達が予算をつけて開催していた。
銃器の使用が始まり、予算を削られる側になって久しいアレス達、ブルーリボン騎士団には国費の無駄遣い、悪習に思えた。
ブリッジ「うちからも数名出さないといけないんでしょうけど、ダンですか?やめときましょうよ。」
アレス「ヤツの力量を測るいい機会なんだがなぁ……」
ブリッジ「真剣の部は俺がでます。お任せあれ!」
頼もしい!よ!副団長!
と酒の入ってきた団員たちが囃し立てる。
ジュリアスの邸宅の一室に3人の男たちが集められていた。
一人は外国から流れてきた傭兵の剣闘士。あとの2人は長いマントの旅人風の男たちだった。
ジュリアス「君ら、街で声をかけられた時、用件は聞いているだろう?」
傭兵「リエール公国の御前試合にでろってんでしょ?お安い御用です。」
旅人A「俺たちは会場で見てるだけでいいって聞きました。」
旅人B「それにしたって額が多くないですか?」
ジュリアス「半分前払いで旅費にしてもらって、半分は成果報酬さ。それだけ今回の作戦は気合が入っている、と思ってくれ。」
3人は笑った。
ジュリアス「君等は内情を探るだけでいい。特に騎士団の事とか、あの国の大臣たちの派閥みたいな情報が欲しいね。」
旅人は多額の報酬に裏があるのではと疑っていた。
旅人A「帰ってきた所をズドンとかはないですよね?」
傭兵は御前試合の参加報酬が出るからバックレても収支はマイナスにならないだろうが、旅人達は帰ってこなければならない。
ジュリアス「僕は敵を作ることはしないよ。今でもうんざりするほど多いからね。」
まあ、確かにと旅人たちも納得した。
騎士団の詰め所。今日、ダンは詰め所中の広場で敵に見立てたカカシに剣を打ち込む練習をしていた。
木刀が鎧兜に勢いよく当たり乾いた金属音を断続的に奏でていた。
ブリッジ「お、反省したか?ひよっこ。」
そこへ部下を引き連れて副団長が通りかかった。
ダンは王宮の外で待ってる間、素振りしてろ、という言いつけを守ってなかったヤツとして疎外の対象になっていた。
ダン「なんか、ようですか?」
ブリッジ「おう、そうなんだ。対人戦の手ほどきをしようと思ってな?」
ブリッジは練習用の木刀を持ち出した。後ろで見ている騎士は止めるでもなく、ニヤニヤしながらそれを見ていた。
ブリッジ「構えろよ。ひよっこ。」
ダンは中段に構えた。
ブリッジ「へぇ、いい構え方だ。さすが、アレス団長が直々に教えてるだけはあるな。」
ブリッジが打ち込む。
ガッカァ!
鍔迫り合い。筋肉量で勝るブリッジが押し込む。
ブリッジ「戦場ではなぁ!」
ブリッジは足払いでダンを転がすとダンの首元に木刀の先が突き付けられる。
ブリッジ「足元に注意するんだ。」
得意げに笑うブリッジと後ろで見ていた騎士たちが大笑いする。
アレス「お前ら!子供にたかってうれしいのか!?」
そこへ見回りから馬を引いてアレスが戻ってきた。
ブリッジ「ダンに稽古をつけていました!団長殿!」
アレス「ダンには、まだ早い。」
手綱を突っ立っていた部下達に任せるとアレスも広場に木刀を持って入ってきた。
ブリッジは冷や汗をかいて硬直している。
アレス「立てダン。お前に魔法剣を見せてやる。」
ダンは立ち上がると体の砂をはたいた。上段に構えたアレスが持つ木刀が光を放つ。
アレス「ふっ!」
袈裟斬り。空振りしたはずの木刀だったがカカシの兜は2つに割れて地面に落ちた。
ブリッジ「!」
ダン「……スゲェ。」
アレス「お前もできるようになるといいな。」
アレスはダンに向き直るとダンも上段に構えてカカシに振り下ろした。
アレス「お前にはまー」
ブファッ!
カカシは粉々に吹き飛んだ。
アレス「え!?」
ブリッジ「そんな!?魔法剣?!」
ダンの持つ木刀は粉々になっていて、手からハラハラと木片が落ちていた。