サヤ
謁見の間
リエール公国は今だに王の差配、決によって物事が決まる。大臣たちの見守る中、ブルーリボンの騎士達が集められた。
ブリッジ「まるで針のむしろだ。」
アレス「よせ。王の前だ。」『私語は厳禁。』
これから騎士団が砲台陣地攻略の時期についての決を取る、無謀な作戦、戦場で華々しく散れと言う軍拡派の大臣達からの視線が刺さり、ヒソヒソ話し、ニタニタしたした笑いが気になる。団員たちも生きた心地はしなかった。
王「余の娘の名は何かな?アレス。」
アレス「サヤ姫でございます閣下。」
王は満足そうに白い髭を撫で、横にいる姫を見た。
王「剣は鞘に納まるものだ、では抜く時はいつかな?」
騎士「戦の時だ。」
場は騒然とした。大臣たちから「バカだ。」「躾ができとらん。」などの侮蔑の小言が聞こえる。
ブリッジ『コラ、お前じゃない!』
副団長は部下を小声で叱責した。
王「よい。先の大戦で古参兵の多くは討死した。今は、若いものばかりだと聞くぞ。」
アレス「ことごとく、黒騎士のデスブリンガーに討ち取られました。」
王「其奴との再戦も気にはなるが、砲台陣地攻略作戦の日を聞こうか?」
アレス『来た。本題だ。』
アレス「砲台陣地の山には霧が出る時期があります。その機に乗じようと思います。」
大臣たちから舌打ちが聞こえてくる。団員たちがその方向を睨む。
ブリッジ『いちいち反応するな。』
ブリッジは同い年ほどの部下たちをたしなめる。
騎士A『しかし!ブリッジ!』
騎士B『こうまで、邪険にされて黙ってられるか!?』
アレス「黙れ。」
アレスがブリッジの同期たちを睨む。場は静まり返った。
サヤ姫「お父様。私、所用がありますので、これで。」
王「そうか、図書室で古文書を当たるのだったな。」
サヤ姫が侍女と魔法使いの老人を引き連れて退室する。
王「すまぬ。して、その時期とは?」
アレス「来年のこの時期です。」
ザワザワ……
王「沈まれ、アレス。命が惜しくなったのではないのだな?」
アレス「勝ちます。」
騎士団長のその力強い言葉に王は満足げに頷いた。
王「決まりだ。砲台陣地攻略は来年、霧の出る時期とする、これにて解散。」
王が大臣たちを伴って退室する。
騎士達は緊張がほぐれて安堵のため息をついた。
謁見の間にはまだ入れないダンは王宮の庭で素振りをしていた。
ダン『これを毎日か、畑でクワを振るうのとは、だいぶ違う。』
村にいた頃、親とともに畑に出ていたダンは力仕事には多少、自信があったが地に振り下ろす畑仕事のクワと違い戦いの道具である剣に扱いにくさを覚えていた。
ダン「はー、休憩、休憩。」
ダンは王宮のベンチに腰掛けると石の事を思い出した。
ダン『そんなに驚くことかな?』
ダンは自分の生まれつきの能力を特別なものとは思ってなかった。逆に、ソレが原因で周りから気味悪がられ、心ない言葉を投げかけられていたからだ。
そこへ、外の渡り廊下をサヤ姫の一団が通りかかった。
サヤ姫「む?何じゃあの小僧は?何をしておるのじゃ?」
侍女「あぁ、先日、難民キャンプで、騎士団長殿が拾ってきたものでございます。」
サヤは同い年かそれ以下に見える、少年に興味を持ったのか立ち止まった。急に侍女達が止まるものだから、魔法使いの老人は侍女にぶつかり鼻を打った。
魔法使い「イテテテ。」
侍女「姫様、図書室は行かれないのですか?」
サヤ姫「あの者をここに連れて参れ。」
いきなり目の前に現れた侍女達に取り囲まれ、ダンは訳も分からずサヤ姫の前に連れて行かれた。
サヤ姫「ワッパ、名は何と申すのじゃ?」
ダン「ワッパ?ぞんざいな呼び方だぁ。先にそっちから名乗りなよ。君、僕とそんなに年は離れてないじゃないか。」
姫は確かにと思い、自分の横柄な態度を反省したのか、顔を赤くして、口を尖らした。
サヤ姫「むむむ、それもそうじゃな、我はこの国の王女。サヤである。」
ダン「ダンだよ。」
ダンはサヤ姫から目線をそらして、そっけなく答えた。同い年位の子は距離を取られていたから、会話、人付き合い全般が苦手だった。そのせいで他の騎士見習いたちからも疎まれ、こうして一人黙々と素振りをしていたくらいだ。
ダン『そろそろ、謁見も終わる頃なのかな?ここに姫がいるってことは?』
周りにチヤホヤされるだけだったサヤ姫はダンの素っ気ない態度が逆に新鮮に映った。
サヤ姫「ぐぬぬぬ、ダンよ、私はこれから図書室へ行く、ついて参れ。」
ダン「え?やだよ。僕、本が苦手なんだ。」
サヤ姫はべそをかき始めた、ここまで自分の思い通りにならなかったものは今まで居なかった。どうやっても振り向かせたいと思った。
ダンの方はダンのほうで本=学校=あまりいい思い出がなく、不登校の部類だったのであまり字も読めない。バカにされると警戒していた。
魔法使い「ホッホッホ、なんだ怖いのか?」
サヤ姫「む?そうなのか?」
魔法使い「この者は、字に疎いのです。」
ダンの心を見透かしかように魔法使いの老人は言う。
ダン「ち、ちげーし。そこまで言うんだったらついて行ってやるよ!」
ダンは顔が赤くなった。字が読めないとバカにされたくないという見栄もあった。
サヤ姫のベソ顔とダンの照れ隠しに大股で歩いてくる姿を侍女たちは微笑ましく見ていた。
ジュリアスは夕食の支度の間、邸宅の中庭に腰掛け考え事をしていた。
兄に言われ、シェフを変えた所、酷くなる一方だった、咳が治まったからだ。
ジュリアス『僕は皇位継承第八皇子だ、何で狙われる?』
そこへ兄がやってきた、同じ腹から生まれた。者同士、家が近いということもあり、たびたび兄はジュリアスの屋敷に訪れていた。
兄「お前は優秀すぎるんだよ。」
兄は人の心を見透かす。
ジュリアスは若い頃からそれをたびたび目撃していた。今回のもそこまで気にならない。
昔から続く普通の、二人の会話だった。
ジュリアス「優秀?僕が?」
偉大な兄の足元にも自分の才は届かないと思っていたが、その本人からそう言われると歯がゆい思いをした。
兄「お前に黒騎士を宛てがって正解だった。壊走寸でから立て直して、兵の6割も残存させて撤退したんだ、大したやつだよ。」
あのまま押していれば、勝てた戦だったがその分こちらも多大な被害を出していただろう。
ジュリアス「黒騎士殿の獅子奮迅の働きと、最後は砲台陣地が助けてくれたんだ。僕の手柄じゃないよ。」
兄「他の兄弟は兵を駒としか見てない。それをお前はちゃんと民としてみている。そこが優秀と言うんだ。」
徴兵されてなければ彼らは国を支える普通の一般人だ。
民なくして国はなし、逆も然り。
銃器が発達し国は金のかかる騎士団を必要としなくなった。普段から民を訓練するのではなく、徴兵してから短期間、訓練を施していた。そのほうが安上がりだ。
ジュリアス「黒騎士殿は傭兵ながらよく働いてくれた。」
兄「戦闘狂だからな、あの御仁。」
戦争は国の威信をかけた騎士のぶつかり合いからビジネスライクなものに変わったのかもしれない。
ジュリアス「兄さん、今日は家で食べてくんだろ?」
兄「節約だ、世話になる。すまんな。」
ジュリアスは兄が影で私財をなげうって他の大臣たちに賄賂で懐柔工作しているのを知っていた。
2人は仲良く屋敷の中に入っていった。