1月の御前試合
ガキィン!
ガリリ!
寒空の下、二重の天幕が張られた闘技場は夏場かと思うほど熱気に包まれていた。
リエール公国での新年の過ごし方は闘技場での御前試合で去年の厄を払うという形で始まる。
傭兵A「オラァ!」
フォッ!
ガチィン!
騎士A「っまだまだ!」
毎年、騎士団が優勝するというプロレス、八百長、出来レースだがそれを感じさせないのは真剣を使ったものだからだろう。
アレス「今年もブリッジ、お前が優勝候補なんだ、いいとこ見せてくれよ!」
ブリッジ「お任せあれ!プロレスなんてお手の物です!」
しかし、今年は王族、貴族たちが雇った傭兵などがいて自分の主人の名誉がかかってるからと選手控え室は異様な威圧感、殺気に包まれていた。
ダルタニアン「……」
アレス『アイツもいるのか……』
そんな中、ダルタニアンの仮面が気に食わないのか、傭兵の一団が難癖をつけていた。
アレス「あいつら……」
傭兵A「なんだ?てめー、仮面で顔隠しやがってよー!」
傭兵B「人に見せられないブ男なんだぜきっと!」
傭兵C「すましてんじゃねーぞ!?お!顔見せやがれってんだ!」
ダルタニアンが仮面に伸びる傭兵Cの腕を払う。
傭兵A「やろう!」
パシっ!グルン!
ダルタニアンの軽やかな組み手で殴りかかってきた傭兵Aは地面にキスをした。
傭兵A「うぶ!」
ダルタニアン「……足元に気をつけるんだな。」
それを離れた場所で見ていた騎士達もダルタニアンの身のこなしを小声で賞賛した。
騎士A『あぁいうやつはウチにも欲しいですね!』
騎士B『確か、魔法剣も使えるだろ?』
騎士C『けど、仮面が……』
アレス「身元がわからんやつはなぁ……」
ブリッジ「惜しい、ですよねー。」
ダルタニアンに絡んでいた傭兵たちはホウホウの体で捨てゼリフを吐いてその場を後にする。
傭兵A「ちきしょう、調子に乗んなよ!?」
傭兵B「絶対勝ってブ男の顔を拝んでやる!」
傭兵C「試合で借りを返してやるぜ!」
進行役「次はブルーリボン騎士団ブリッジ!」
試合の進行役が対戦表を持って選手控え室に入ってくる。
ブリッジ「あ、俺です!」
アレス「負けんなよ!」
ブリッジ「行ってきます!」
アレス『また、魔法剣が使えるかも?とわかってアイツもだいぶ変わったなぁ。』「砲台陣地を落とせたら、引退かねぇ……」
アレスは天を仰いだ。
ダルタニアン「……」
ルマンド帝国領
銃器生産工場から煙が立ち上り、路地を黒い水が蒸気をくゆらせながら流れている。寒さはそれほどではない、匂いさえ我慢すれば。
アッシュ「あのオヤジ、住むとこ変えろよなー。」
鼻がひん曲がりそうになりながら、アッシュは大きなアタッシュケースを肩に担いで路地を進んだ。時折、貧民窟の少年たちが物珍しそうにアッシュを見ていた。
アッシュ「なぁ、ボウズ。ここのオヤジは今いるかな?」
ポケットから金貨を1枚取り出し、貧民窟の少年の目の前に掲げるとソレは直ぐにアッシュの手から取られた。
少年A「いると思うよ。」
少年B「すげー、パンの耳いっぱい買えるぞ!」
少年C「行こーぜ!」
そう言うと少年たちは路地の向こうへと駆けていった。
カランカラン
ドアのベルが鳴り、工作機器を止めたガンスミスが顔を上げて久しぶりの客を見る。
アッシュ「借りはきっちり返せた。相変わらず、いい仕事してるぜ、オヤジ。」
ガンスミス「そりゃよかったな、頼まれてた追加の弾薬だ。持ってけ。」
緩衝材の藁が詰まった木箱の中に数発の大きな紙薬莢のライフル弾が入っている。それをアッシュは一本一本検品していった。
アッシュ「アンチマテリアルライフルっての?使えるな、コレ。」
ガンスミス「籠城してる陣地の壁抜き、対重装騎兵用の狙撃支援ライフル。昨今の戦場に合わせた大型銃よ。前みたいに無くすなよ?」
アッシュ「ありゃ、事故みたいなもんさ。」
リエールでの仕事を思い浮かべ、アッシュはゾッとした。命を助けてくれた自分の勘に感謝だ。
ガンスミス「今度の雇い主は?」
アッシュ「は?聞いてどうすんだよ?」
ガンスミス「好奇心さ。」
アッシュ「オヤジ。自分の作品がどこの誰に使われたかなんて知らないほうがいいぜ。」
ガンスミス「たまには外の空気を吸いてぇのさ。」
ヤレヤレ、アッシュは肩をすくめた。
アッシュ「リエールさ。それ以上は秘密だ。」
ガンスミス「へぇ。」
ガンスミスは手元の銃の部品の削り出しを始めた。
チュィ゙ィ゙ィ゙ィ゙ン
アッシュ「じゃあな。後で銀行の口座確認しとけよ。後、住むとこ変えろよ。」
ガンスミス「そんなに儲かる仕事じゃねーよ。」
カランカラン
ところは戻ってリエールの闘技場
傷を負ったアレスが選手控え室に戻ってきた。
ブリッジ「お疲れ様です!団長!」
騎士A「早く町医者に診てもらいましょう!」
八百長で騎士団の団長がやられ、副団長がそいつを倒して優勝する。いつもの筋書き。
ダルタニアン「!」
ザッ!
ダルタニアンが一歩踏み出し、踏みとどまり、その場でブツブツ独り言を言い始めた。
アレス「?」
変な動きだ。奇妙な奴だな?アレスはそう思いながら他の騎士たちと観客席に向かった。
王の付き人「次の対戦相手は仮面の騎士ダルタニアンと傭兵C!」
ダルタニアンは剣を抜いて斜に構えている。対する傭兵Cは中腰猫背猫足で小刀二刀流でゆらゆらと左右に揺れている。
傭兵C「てめー、アイツラの敵を取ってやるからな?覚悟しやがれ。」
ダルタニアン「うるせー、カマキリ野郎。さっさと、かかってこい。」
傭兵C「シャー!」
体の正中めがけて左右交互に繰り出される刺突にダルタニアンは後ろにジリジリと押されていった。
傭兵C「けっ!大したことねぇ!」
踏み込んだ傭兵Cの刺突をかわし足を引っ掛ける。そのまま、倒れるかと思われた傭兵Cは飛び込み前転で受け身を取ると、振り向きざまに腕の暗器を作動させた。
ドシュッ!
ダルタニアン「!」
カァン!
暗器から繰り出された小柄が仮面に当たる。
傭兵C「ちっ!胸にしときゃよかったぜ。」
わぁぁぁぁ!
その剣戟に闘技場は歓声に包まれた。
アレス「アイツラ、すげーな。」
騎士A「準々決勝ですからねぇ?」
傭兵Cがゆらゆら揺れ始めるも、ダルタニアンはブツブツ言って構えない。
アレス『ん?どうしたんだ?仮面のやつ。』
ダルタニアン「あー、こっからはアドリブだな。」
傭兵C「何、独り言、言ってんだ!」
飛びかかる傭兵C。それを見ても、構えないダルタニアン。しかし、刀身は光り始めている。
アレス「魔法剣だ!」
右下からの逆袈裟斬り、傭兵Cは左の小刀で受け止めるも
ダルタニアンの剣先から光るムチのような刃が傭兵Cの脇腹を深く薙ぐ。
傭兵C「ぐえ!」
ドバァ
大量の血と腸を流して傭兵Cは地面に突っ伏した。
場は悲鳴に包まれた。
騎士A「あーぁ、やりすぎだ、ありゃ。」
王の付き人「救護班早く手当てを!」
国王「やりすぎだぞ!貴様の顔はもう見たくない!次はなしだ!立ち去るがいい!」
ダルタニアンは一礼して救護班たちでざわつく闘技場を後にした。
騎士A「ほーら、いわんこっちゃない。?団長?」
アレス「……まさかアイツ。」
ダルタニアンは闘技場を出ると騎士団の詰め所の前を通りかかった。
ダルタニアン「………………」
アレス「懐かしいか?」
後ろから声がして、ダルタニアンはアレスに向き直った。
ダルタニアン「……」
アレス「お前もどっかの国の騎士だろ?こういうとこにいたのかと思ったのさ。」
ダルタニアン「傷はもういいのか?アンタ、今さっきやられてただろ?」
アレス「あんなのかすり傷さ、さっきのあれ、もう一度見たいんだが、いいか?」
ダルタニアン「……」
立ち去ろうとするダルタニアンの腕を取ってアレスは続けた。
アレス「同じ魔法剣使いだから気になるのさ。あんなのみたこと無い。もう一度でいいからさ?頼む。」
アレスは半ば強引に騎士団詰所の剣の練習をする広場にダルタニアンを引っ張って来た。
アレス「オレのは光波、光の刃を飛ばすんだが、お前さんのはどんなだい?試合は切り結んでて、よく見えなかったんだ。」
ダルタニアン「そうか、それならよく見とけ。」
アレスに渡された模造刀の刀身が光り、振り下ろすと同時に剣先から伸びたしなる光るムチがカカシを鎧ごと両断する。
アレス「…………仮面は取れないのか?」
ダルタニアン「……ごめんよ。」
ダルタニアンは両目を押さえて何も言わなくなったアレスをその場に残して王宮へと戻っていった。