ダンの決意
数カ月前
キイン!
キィィン!
雪に覆われた山の中で金属と金属が打ち合う音が鳴り響いている。山の砦の広場でダンと、接合部から肌の色が違うということを除けば両腕が元通りになった、傭兵が真剣勝負をしていた。
ガキィン!
隙をつかれたダンは持っていた剣を跳ね飛ばされた。
ダンと傭兵の力量差はまだまだあった。
傭兵「ダン。早く剣を取れ。オレのリハビリも兼ねてるんだからな?」
ダン「分かってるよ。」
森深い山の中、野盗、山賊が作ったであろう古い砦を見つけたダン達はそこを拠点に魔女が巣を作り、周囲を迷いの森にして隠れ住んでいた。
傭兵「構えろ、お前は魔法剣に頼りすぎてる。」
ダン「……」(チャッ)
傭兵の両腕の接合部の評価をしつつリュプケが二人の真剣を使った剣戟を砦の一階の窓から見守っていた。この銀髪の魔女も目つきが悪い。クマはグレダと同程度だが、いつも不気味にニヤついていた。
リュプケ「ネクロパーツの具合は良好。次期に馴染む。っと。」
リュプケは部屋の中央に置かれたテーブルでカルテを睨むグレダに向き直った。
リュプケ「おい、グレダ。私はタダで、とは言ってないぞ?そろそろ料金を頂戴したいね?」
グレダ「ダンの体でいいだろ?」
リュプケ「?え!もらっていいのか?!私の施術とアヌの体なんて、それこそ、ドッサリおつりがくるぜ?!」
グレダはカルテから視線をリュプケに向けた。銀髪の魔女は飛び跳ねて喜んでいる。
グレダ「解剖標本にしようかと思ったが、動くアヌの死体のほうが価値が高いだろ?」
リュプケ「やったぜ!その言葉忘れるな?!予約済みだぞ!」
非人道的なことで喜ぶリュプケをみて、自分も大概、非人道的だと再確認したグレダはまたカルテに目を落とした。
グレダ『まぁ、魂はどうなるかは、知らんがね。』
ガチャ
そこへ、稽古を終えた傭兵とダンが部屋に帰って来た。リュプケはそのニヤついた顔でダンに駆け寄っていった。
リュプケ「ちゃんと、回収できる形で死ねよ?その体は私の物なんだからな?」
えぇ……?
すごく不穏なことを言われたダンは冷や汗をかいた。ダンと魔女の会話を尻目に傭兵は剣を片付けてグレダに疑問をぶつけた。
傭兵「ダンの稽古を付けてやってるが、ほんとにいいのか?グレダさんよ?アイツ死んじまうぞ?」
グレダ「ん?まぁ、それがダンの要望だからな?」
ダン「……」
リュプケ「しかし、そこまでして帰りたいかねぇ?」
ダンは無言で窯に火を起こした。
リュプケ「お!今日は何、作るんだ?」
ダン「この前、取ってきた野うさぎでシチューかな。」
グレダ「そりゃいい。言われてた調味料は追加しといたぞ?」
リュプケ「野菜も在庫が切れたら言えよ、また通販すっから。」
足りないものがあると魔女達は変な巻物を使って虚空から色々、生活雑貨を取り寄せていた。二、三日で届くそれらのおかげで山の中でも快適に過ごせていた。
ダン「グレダ、注文してた仮面は?」
グレダ「受注生産品だから、まだかかるよ。」
遠方からでも魔女と相互通信を可能にする仮面。ダンが戻ると言って聞かないからグレダが提案した方法。
自分は絶対に喋らない。
リュプケ「お前が下手しないように私らでサポートしてやらないとな。リスキーすぎる。」
グレダもその言葉に頷いた。
グレダ「バレたら、捕まって火炙りだぞ。」
リュプケ「そりゃ困る!商品価値だだ下がりだよ!」
ダン「なんと言われようと、俺はサヤの所に戻る!」
テーブルについた傭兵もダンのその意気込みに半ば呆れた。
傭兵「恋かねぇ?」
グレダ「恋だろ?」
ダン「……」
グレダ「ダンの言っていた、その黒騎士とかいうやつデスブリンガーを持ってるんだろ?」(モグモグ)
ダン「ん?そうだけど?」
それを聞いた魔女たちは驚いてシチューをすくっていたスプーンを止める。
リュプケ「おい、まじかよ。骨董品だぜそいつは。」
グレダ「あぁ、黒騎士も含めてな。」
傭兵「知ってるのか?おたくら?」(モグモグ)
リュプケ「どっかの魔女が作ったさまよう鎧だな、ソイツ。」
グレダ「正確には、魔女を守るガーディアンの一種だ。使役者の家系が途絶したかして、外に出てきたんだな。」
リュプケ「デスブリンガーかぁ。神代の遺物だ。一度、この目で見てみたいね。」
グレダ「やめとけ、危険すぎる。」
リュプケ「わ〜ってるよ!言ってみただけさ!」
舌を出してリュプケはクシャっと笑う。成人女性であろうリュプケと幼女に見えるグレダだったが、
実は、グレダのほうが年上なのか?魔女は見た目から年齢の推察が難しかった。
ダン『アレスはそんなのと戦うのか……』「なぁ、ソイツを倒す方法とかあるのか?」
グレダ「あんなのと戦おうと思うな。デスブリンガーにやられるぞ?」
ダン「攻略法考えてよ?シュミレートするだけでいいんだ。」
ダンは食い下がった。好奇心の強い魔女たちも、それならと考え始めた。
リュプケ「確か、鎧の内側のどっかに刻印があるんだっけ?」
グレダ「あぁ、ソイツに傷をつければ活動停止になる。ただ、そこが何処かわかればの話だ。」
リュプケ「そこ以外を切っても無限に活動するんだろ?お手上げじゃね?」
グレダ「お前やダンの十種の神宝、八柄の剣で次元ごと吹き飛ばすしか無いかな?」
ダン「魔法剣は?」
グレダ「うーん、難しいと思うぞ?」
ダン『アレス。』
グレダ「……人前で、十種の神宝を使うなよ?ダン。」
リュプケ「どんな場面でソイツとやる?」
グレダ「そりゃ、戦場じゃないか?」
リュプケ「なら、人目なんて気にしなくてもいいだろ。ぶちかましてやる!」
おいおい、と魔女達の会話は白熱していった。傭兵は先に食べ終わり、自分の部屋に戻っていった。
冷め始めたシチューに手を付けずダンは王宮に戻ったあとのことを考えていた。
ダン『サヤに付いていけば戦場にも行けるかもしれない。黒騎士は俺が倒さないと!』
ブルーリボン騎士団詰め所
アレスは病院を退院してから執務室の書類仕事に追われながら、頻発する犯罪に頭を悩ませていた。
アレス『犯罪を取り締まる部署を新設しないと、騎士だけじゃ、とてもじゃないが追いつかんぞ?』
そこへ、外回りから、副団長のブリッジが騎士数名と帰ってきた。
アレス「街の様子は?」
ブリッジ「どこも閑散としてますよ。まだまだ寒いですし。」
騎士A「物価高ですもんねぇ。」
騎士B「にしてもいいんですか?民主化を叫んでる奴らをほっといて。」
アレス「仕方ないさ、あんなのより増え続ける一方の犯罪行為を何とかしないと。」
騎士達は揃ってため息をついた。
そこへ、王宮からあわてたようすの使者が来た。
使者「おい!この前の貴族に対するテロの犯人は見つかったのか?!」
アレス「え?ウォール伯爵の件は迷宮入りでしょ?」
使者「違う!他にも何件かあっただろ!?」
騎士A「確か、民主革命軍とかいうところが犯行声明だしてたやつですか?」
使者「そうだ!お前らがグズグズしてるから保守派大臣宛に予告状が届いたぞ!?」
アレス「分かりました。すぐに騎士を護衛に向かわせます。」
ルマンド帝国
リエール公国への再侵攻が正式に決まり、軍議に諸侯が集められ、軍議の進行役はオドボール卿が取り仕切っていた。
オドボール卿「新型小銃の納品状態はどうなっとるのかね?」
大臣A「供給率は80%ほどでございます。」
オドボール卿「徴集兵は?」
大臣B「徴集兵の野戦、塹壕戦の訓練も次期に終了予定であります。」
オドボール卿「結構。ジュリアス様、十万の軍勢を預けるのですが小国と言っても、侮ってはいけませんぞ?」
ジュリアス「わかっております。必ずや、リエールの国王の首を上げてみせましょう。」
黒騎士「私も参ります。」
ジュリアスの後ろの席に控えていた黒騎士が、その身を乗り出す。
オドボール卿「今回はオムツは要りますまい。」
軍議に集まった諸侯たちから笑いが起きる。
ジュリアス「黒騎士殿はブルーリボン騎士団のとどめを刺したいのでしょう。トラはウサギを狩るにも全力を出します。私も万全の態勢で事に臨みます。」
大臣C「なんとも心強いお言葉ですな。」
大臣D「然り然り。」
オドボール卿「では、次にローリタニア攻略の件について……。」
ジュリアスは黒騎士と共に席を立った。
ジュリアス「春先には、リエールに入る。黒騎士殿には十二分の活躍を期待してます。」
黒騎士「おまかせを。今度こそ以前の戦で取り逃したブルーリボンの団長を切り捨ててご覧に入れる!」
山賊の砦
グレダ「ダン、お面が届いたぞ。」
傭兵「いよいよか。」
顔にまだ新しい切り傷を作っていた傭兵が言う。
ダン「……コレか。」
ダンは木箱の緩衝材の藁の中にあった仮面を取り出した。
リュプケ「おい、もっと丁寧に扱えよな。」
グレダ「初期不良があれば、返品だな。」
ダン「大丈夫だろ?」
スチャ
ダンはその仮面を付けた。