近衛隊編入
ダンはアレスを助けた功績、魔女発見の功績から騎士見習いから騎士に昇格させる辞令を受け取った。
グレダ「?おめでとう?でいいのか?」
事態を飲み込めてない居候の魔女は嬉しそうにしているダンとは正反対でテーブルで朝食のトーストにマヨネーズを塗って目玉焼きをのせて食べていた。
グレダ「ダン、それの差出人は?」(モグモグ)
ダン「そりゃ、王宮からさ!」
グレダ『あぁ、サヤ姫のやつが人事に掛け合ったな?てことは?』
未来を予知した魔女は眉を上げて、すました顔をしている。
グレダ「おい、ペンと紙をよこしてくれ。手紙を書きたい。」
ダン「?いいけど。それじゃ、俺、騎士団の詰所行くから!」
ダンから羽ペンとインクと紙を受け取ったグレダは紙に文章を書き始めた。
グレダ「いってらー。」(サラサラ)
外は冬に向かっていた。
遠くに見える山々も雪化粧で白んでいる。相変わらず、広間では、民主化を求める声が聞こえていた。
ダン『またやってるよ。なんなんだろう?人の不安を煽るだけじゃないのか?』
小麦の高値、パンの値上げという形で、その認知度は次第に世間に浸透していた。
ダン「今日は街の巡回だったっけな?」
ダンは足早に騎士団の詰所へ向かった。
ブリッジ「?今日からお前は近衛隊に編入らしいぞ?」
ダン「へ?近衛隊?」
団長執務室。団長がいない穴を副団長のブリッジが埋めていて、ダンはそのブリッジを書類仕事、以外の身の回りの雑務を手伝っていた。
鎧姿より、眼鏡姿の方が板についてきたブリッジは書類の束から封書を抜き出してダンに渡した。
ブリッジ「近衛隊も万年、人出不足だからなぁ。仕方ないっちゃないんだろうけど。」
ダンは封書の中身を確認した。確かにそこには近衛隊編入と自分の名前がある。ブリッジはダンの入れてくれた甘めのコーヒーをうまそうに口にした。
ブリッジ「けど、このタイミングかぁ。せめて、団長が帰ってきてからにしてほしかったね?」
騎士団の団長室の執務机のブリッジは相変わらずデスクワークに忙殺されていた。
ブリッジ「お前の代わり、誰かいたかなぁ。」
頭をかくブリッジ。ダンは長い間お世話になった騎士団の詰所を後にして、王宮へと向かった。
近衛隊長「お前の持ち場はこれから決める。この数週間は、巡回ルートを覚えることから始めてくれ。」
ダン「わ、分かりました。」
近衛隊の詰所で辞令を受け取ったダンは早速、近衛隊の制服に袖を通した。
他の先輩方について王宮の中を巡回する。
通路には目つきの悪い貴族や忙しそうにメイドたちが右往左往していて、部屋からは大臣達の内容は聞き取れないが、くぐもった声が聞かれた。
そして。
ダン『サヤ。』
時折、サヤ姫と婚約者の一団に遭遇した。ダンはまだサヤ姫と目を合わせられないでいた。婚約者の視線が突き刺さるように感じられた。
ダン『運命の神様がいるとすると、ソイツは相当、性格のネジ曲がったやつに違いない。』
慣れない近衛隊の業務が終わり家に帰ると、風呂上がりのグレダが出迎えた。
グレダ「近衛隊の初仕事か?おつかれさん。」
ダン「グレダは何してたの?」
グレダ『ステントグラフトなんて言ってもわからんよなぁ。』「街を回って、患者を見繕ってたのさ。」
ふーん。
ダンは疲れているのか、自分の質問にも生返事で、フラフラと夕飯の用意をしだした。
ダン「俺、アヌっていう人種なんだろ?そのアヌについて詳しく知りたいよ。」
グレダ「ホー、いいだろう。説明してやるぞ。とりあえず、私のも作ってくれ。」
食事の支度中からグレダは神代の話を始めた、飛竜、世界樹、亜人の成り立ち、etc……
ダン「フェンリル?あのオオカミの?」
グレダ「人間の世界じゃそうなってるな。実際は月を海に下ろしたのさ。」
ダン「よくわかんないよ。」
グレダ「だろうな。ま、聞き流しとけばいいさ。」
テーブルにクリームパスタとポタージュスープが並ぶ。
ダン「で?アヌってのはどうなったの?」
グレダ「身ごもった魔女がどっかで産んで育ててー、後は人間と交配していく中でその形質は薄れていった。」
ダン「俺は?」
グレダ「魔女が入った人間とアヌが入った人間が偶然、交配してアヌの形質が顕著に出てるんだろう。」
ダンは長年の自分の特性について理解ができた。自分は人間ではなかった。それが分かっただけでも大きかった。
グレダ「ダンのソレはアヌの使ってた術、十種の神宝と呼ばれるものだ。魔法剣じゃない。」
ダン「へぇ。」
グレダ「あっち!」
グレダはスープで舌をやけどしたのか、コップの水に何か薬を混ぜて飲み干した。
グレダ「……ダンの発現してるのは、空間に物を飲み込むオキツカカ"ミ、時空ごと相手を切り裂く八柄の剣というやつだ。いいか?今後は外で無闇に使うなよ?」
ダン「?どうして?」
グレダ「パワーバランスだよ、戦略魔法。魔女が各国で取り合いになってるのはそれでさ。お前も身動きが取れなくなるぞ?」
ダン「あー、ソレはいやかも。」
その日の近衛隊の仕事は舞踏会の警護。
外から見ればただただ、きらびやかに着飾った王族、貴族が、踊っているだけに見えたが。その実、それぞれの持つ経済力、権威を欲して互いに交わる、ドロドロとしたものだった。
ダン「おぇ。」
アヌとして自分を認識しだしたダンにはその人々の発する情念が分かった。時折、ソレに気持ちが悪くなり、我慢できずに、業務を放り出して、外のテラスに出る始末だった。
ダン『これをずっと続けるのか?ムリポ、早めに騎士団に戻してもらおう。』
ガチャ
その時、窓が開き、出されたワインで顔の赤くなったサヤ姫が出てきた。
ダン「サヤ、姫。」
サヤ「おお、ダン、近衛隊になったのだったな?それから仕事には慣れたのか?」
パッとダンの顔は晴れた。自分は嫌われてたわけじゃないんだ。ただ、成長してく過程で、性別とか身分とかが分かっていって、少し距離を感じていただけなんだ。
ダン「へ、へっちゃらだよ!」
サヤが笑ってくれている。それだけで舞踏会の情念に毒されていたダンの気持ちは解毒されるようだった。
ダン「俺、サヤが無理してるんじゃないかって心配で、チラチラ気にして見てたんだぜ!」
サヤ姫は酔った勢いに任せて思いの刷毛をぶちまけた。
サヤ「私もそうしてた!けど、ダンは目を合わせてくれなかった!私がどれだけお前の居場所を守ろうとしてたか分かるか?!」
え?
ダンはそこでようやく、軍拡派大臣と保守派大臣で国が割れていること、騎士団が取り潰し寸前だったこと、魔女捜索のためにサヤが婚約したことを知った。
サヤ「私はお前が好きだ!」
サヤはダンに抱きついた。その胸に顔を埋める。服が濡れる感触がした。
サヤ「気づけ、バカモノ。」
嗚咽混じりのその言葉にダンもサヤを強く抱きしめた。
アンドリュー「帰りが遅いと見にくれば、これはこれは、近衛兵が王族と密通か?」
ダン「え?!」
サヤ「ウォール卿!これは、違うのだ!」
サヤ姫は焦ってウォール卿に駆け寄る。ソレを、ウォール卿はサヤ姫の両肩に手を置いた。
アンドリュー「サヤ姫、心配されるな。近衛兵は我々の貴重な財産ですからな。」
ウォール卿はテラスの欄干にもたれて何も言わないダンに向き直った。
アンドリュー「本来なら死罪だぞ?近衛兵。」
サヤ「ウォール卿!」
ダン「っ!」
ウォール卿はダンに手袋を投げつけた。
サヤ「!それは、決闘の宣告ではないか!」
呆然とするダンを尻目に、ウォール卿はサヤ姫に耳打ちした。
アンドリュー『坊やに身分の差というやつを思い知ってもらおうというのです、姫様。』
アンドリュー「いいか!?小僧、逃げるなよ!」