グレダ
魔法使い「街の中に巣を作っていたのか……」
魔女捜索の報告書、リエール公国から2つ国をまたいだ地にグレダを見つけたとあるが、その後の記述はサヤ姫には何のことかさっぱりわからなかったので魔法使いの所に持ってきた。
サヤ「どういうことなのだ?」
魔法使い「魔女は元来、森などの人里離れた所に結界を張り、そこで好きな研究を一生続ける生き物です。」
サヤ「あぁ、おとぎ話の迷いの森じゃな?」
魔法使い「左様です姫様。」
図書館の人のこないコーナーの、本棚の通路の奥で2人は向かい合って、本棚にもたれつつ話を続けた。
魔法使い「魔女グレダの研究は神代の手術法の現代における実現性の検証。そのためには病魔に侵された人間が必要だったのでしょう。」
サヤ「しかし、捜索していた者はグレダを途中で見失ったとあるぞ?」
魔法使い「おそらく、結界によって、街を迷路化しているのでしょう。」
サヤ「その結界、迷路を突破するには?」
魔法使い「私が行くしかありますまい。」
なるほど。サヤは思案した。
サヤ「では、護衛は……」
魔法使い「ダンを連れていきます。あやつなら魔法に耐性があるでしょうし。」
2人はそれで話を切り上げた。
騎士団の詰め所に着いたダンは王宮の使いとやらに呼び止められた。
ダン「え?今から王宮へ?見回り業務についていく日なんだけど……」
ブリッジ「行ってこいよ。一人、騎士見習いが減っても業務に支障はないよ。」
書類の山を抱え通りかかったブリッジが躊躇するダンを促した。言い換えれば役職クラスがいなくなると業務遂行が難しくなるということだろう。ブリッジはそれを体現していた。
王宮の小間使い「ダン、さんでないと困るとサヤ姫様が申されまして……」
ダン『サヤが?』
いじって楽しいサヤに会える機会とあってダンは行く気になった。
しかし、王宮で通された部屋にはサヤ姫の姿はなく、魔法使いの爺さんが旅行バックに物を詰めているばかりであった。
ダン「あれ?爺さんしかいないじゃないか?サヤは?」
魔法使い「悪かったな!と言うか、ダン、サヤ姫様には姫をつけんか!」
ほれ、と魔法使いからダンは旅行カバンを投げて渡された。
魔法使い「家で3日分のパンツをつめてこい、今日中に出立しないといけないからな!」
何も聞かされてないダンは頭の中が?だらけになった。
魔法使い「早くしろ!」
ダンが家でパンツを旅行カバンに詰めて王宮に戻ると。王宮はたくさんの人が右往左往していて、何やら慌ただしかった。
ダン「なぁ、爺さん、これから、なんかあるのか?」
魔法使い「くそう、遅かったか。ほれ、いくぞ!」
ダン「お祭り?」
魔法使い「ダンはやることがあるんだから!」
魔法使いに手を引かれ王宮から出る。同時に正門から鼓笛隊を先頭に隊列を組んだ近衛隊がゾロゾロと出てきた。
ダン「あ、サヤ……姫……」
ダンはその中、屋根のない馬車に乗ったサヤ姫を見つけた。その隣には見たこともない貴族が笑顔で道行く人に手を降っていた。2人とも白いドレスに白いスーツ姿だ。
ダン『誰だ?あの男。』
ズキッ
何故かダンは胸が痛くなった。魔法使いは唇を噛んで隣で悔しそうにしている。
サヤ「!」
ダンと目が合ったサヤはダンから目線をそらして笑顔を作って手を振り始めた。
ダン『なんでだ?』
かなしい。
ダンの頭に幻聴が響く。ソレはサヤの声だったのか、それとも自分の声だったのか。人の頭の中だけの出来事だから、答えは誰にも分からないだろう。
魔法使い「サヤ姫はご婚約されたのだ。ダンも祝ってさし上げなさい。」
隊列は王宮から伸びる大きな正門通りを遠ざかっていく。それ見えなくなるまで、ダンはその場から動けなかった。後には、きだらびやかな音楽だけが街に響いていた。
名医魔女の捜索の手伝い。魔法使いの護衛。機密性の高い任務。道中、ダンはそれらを聞かされたが、始終、ボーッと聞いていた。
魔法使い「姫様はダンに期待しているのだぞ?」
ダン「……そうなのか、姫様がねぇ……」
魔法使いは上の空でやる気のないダンを見て、ため息をついた。
魔法使い「相手は魔女だぞ?気を引き締めてかからんと。」
2人は国境の検問所を越えるとグレダのいるという街に入った。
安ホテルで二泊三日の予約を取った、魔法使いは鞄を部屋に放り投げると、さっそく、捜索に乗り出した。
グレダを見失ったとされる迷路のような路地に入ると、微かに漂う魔力を頼りに結界を探す。
魔法使い「臭いのぉここは。鼻が利かんくなる。」
魔法使いの護衛として横にいたダンは路地に漂う異臭とは別の壁のような何かが空間にそびえているのに気がついた。
ダン『なんだこれ?』「おい、爺さん、なんかあるぞ!」
魔法使いの爺さんに振り向く。しかし、さっきまで隣りにいたはずの、魔法使いの爺さんは忽然と姿を消していた。
ダン『え!?』
気付けば、辺りも夜になっている。何かは赤く塗られた二本の柱で、てっぺん辺りに二本の梁でつながっていた。その柱の間にはそれまでなかった道が奥へと続いていた。
ダン「まだ昼過ぎだぞ?」
ダンは異様な状況に深呼吸をして頭を研ぎ澄ませた。こんな時はまず落ち着かなければ。
ダン「コッチか。」
魔力のする方――、二本の柱の奥に続く道に入った。そこは少し壁が歪んだ路地になっていた。自分や爺さんのとは違う、何処か消毒液?薬品臭さのある魔力。それを頼りにダンは路地を進んだ。
ダン「段々、目が慣れてきたぞ。」
路地に面した家々の小さな窓から漏れる明かりが路地を進む足元を照らしている。いびつにゆがんだ家、路地から見える月には時折、人の左目のような幻覚が浮かんでは消えた。
ダン「ここかな?」
凄まじい魔力を漂わせた細すぎる家の扉の前まで来たダンは解錠の魔法を使って中へと入っていった。
外観とは裏腹に中はすごく広い吹き抜けのエントランスだった。
ダン「!?嘘だろ?!どうなってんだ?」
中央に今にも動き出しそうな大きな石像がコチラを見ていた。
ミシッ
ダン「!」
ドゴォ!
大きな石像の拳がダン目掛けて飛んできた。咄嗟に剣を抜いてそれで防ぐもダンの体は吹き飛ばされた。
ガシャァン!
壁に激突した衝撃で窓ガラスが割れる。どこからか、くぐもった声で『何の音だ?』と疑問の声が聞こえてくる。拳はフワッと宙に浮くと石像に帰っていった。
ダン「ぐ!」
ダンは立ち上がり、ゆっくりコチラに向かってくる大きな石像と対峙した。疑問なのは、あの細すぎる家の外観から見てどの辺りの窓になるのかわからない事だ。
ダンはこの状況下にあって変な疑問に頭の大半を占められていた。
ダン『今は目の前の敵に集中しろよ!』
ダンは激しく頭を横に振り、雑念を振り払った。
目の前の敵を倒せと、暴走気味の自分の体に言い聞かせる。その時、石像は口から業火を吐いてダンに浴びせた。
ダン「五行剣!水!」
炎の先端に水をまとった剣を突き立てこれを防いだ。
ダン「あちちち!」
石像は飛び上がるとダン目掛けてケリを見舞った。しかし、その足はダンの手前でヒザ下を空間に飲み込まれた。
ブツッ
空間が閉じて石像の足がなくなる。バランスを崩した石像は床に大きな音を立てて倒れた。
ダン「容赦なんてできねぇ。コッチがやられちまう。」
ダンは剣を上段に構えると右袈裟斬りを放った、瞬間、石像が空間ごと両断され、ダンの持っていた剣は粉々に砕け散った。
ダン「丸腰になるんだよなぁ。これやると。」
石像を倒すとエントランスの真ん中の扉が勝手に開いた。
中から抜き身の剣や槍を持ったフルプレートの奴等がこちらを覗いていた。
ダン「中に人が入っていない?!」
そんな鎧達が後から後からゾロゾロと出てきた。
???「やめとけ!」
その時、エントランスに大きな声が響いた。鎧達は吹き抜けの階段から降りてくる一人の白衣の幼女を見た。
幼女「アヌだ。お前らが敵うわけない。」
鎧から雑音のする機会音声が漏れる。
鎧「わかりました。魔女グレダ。」
ダン『アヌ?』
グレダと呼ばれた目つきの悪い、クマのあるジト目の幼女がダンに向き直った。
ダン『うげ。』
その目に見つめられるとダンは頭の中を手で弄られるような気持ちの悪い感覚に襲われた。
グレダ「ダン。」
ダン「?なんで俺の名前を?」
グレダ「ふーん、これも効かないのか。」
ダン「?」
グレダ「降参だ。まぁ、お前の頭を覗いたから、大体知ってるが、用件を聞こう。」
魔女は鎧が持ってきた鞄を受け取るとダンの話に耳を傾けた。
ダン『?不思議なことを言うなぁ……』「とりあえず、一緒に来て、アレスを助けてほしいんだ。」
グレダ「あぁ、あの小僧か。今は騎士団の団長だったか……。ホォ、胸の正中辺りか、よく生きてたな。」
ダン「?」『アレスはいいオッサンだぞ?』
グレダ「気にするな。行こう。外のジジイがお前を探してるぞ。」
ダン「あ、すっかり忘れてた!」