神代の手術法
俺は霧の中、森をさまよっていた。かすかに聞こえてくる声を頼りに。山を下りていた。
……………た……………アナタ。
アレス「ローザ?」
しばらく行くとゴツゴツした石畳の河原に差し掛かった。どうやら、声は向こう岸から聞こえてくる。
船着き場は見当たらない。船頭なんて上等なものは探しても居なかった。
アレス「仕方ない。まぁ、それほど深くなさそうだし、歩くか。」
川に入ると向こう岸にローザの姿を見つける。
赤い色のボブカット。まるでバラのようなキレイな色、
青い真っ直ぐな眼差し。美しい目鼻立ち、見間違えるものか。
ローザは川の上を歩いてコチラに駆け寄ってきた。
ローザ「アナタ!」
アレス「ようやっと会えたね、ローザ。」
川に足が沈んでる分、抱きしめたローザの顔の位置は若干、生きていた頃より高かった。そんなことは、どうでもいい。
ギュッ
柔らかい、懐かしい感触。俺はローザの匂いを胸一杯に吸い込んだ。もう何年ぶりになるのだろう。自然と涙があふれた。
ローザ「戻って?まだやることがあるでしょ?」
え?
アレス「君が呼んでたんじゃないのか?」
抱きしめたローザの顔を見た。困惑している。呼んでたのはローザじゃない?
アレスは一命を取り留めたが、意識不明の重体だった。
ブルーリボン騎士団の団長が狙撃されたとあって、国中大騒ぎになった。
「この国はどうなるんだ?」
「ルマンド帝国は?また、せめて来るぞ!?」
「店を畳んで、隣国へ逃げよう!」
次に、隣の大国、ルマンド帝国がせめて来たら、もはや、この国はおしまいと、小国リエール公国の人々は戦々恐々としていた。
それは国の内政を執り行っている王宮でも変わらなかった。
保守派大臣A「閣下、これはいささか、マズイことになりましたぞ!?」
王宮では今後の国の行末を決める会議が行われていた。それには国王とサヤ姫も出席する今までにない重大なものであった。
国王「うーん。」
国王は両肘をついて一点を見据えて考え込んでいた。
保守派大臣B「ルマンドと和平を結びましょう、閣下。」
ガタッ!
その言葉に軍拡派大臣の急先鋒の一人が立ち上がった。
軍拡派大臣A「貴様!属国を望むか!」
軍拡派大臣B「腰抜けめ!閣下!其奴は自分が可愛いのです!」
軍拡派大臣C「王族存続には徹底抗戦しかありえませんぞ!!」
保守派大臣C「砲台陣地も黒騎士も健在のルマンドと騎士団無しでやり合う?気でも狂ったか?!おぬしら!」
軍拡派大臣D「最新式の銃さえ揃えば、勝機はあろう!」
サヤ「お父様……」
国王「そのために騎士団を潰せというのか?」
軍拡派大臣達はニヤリとした。それを見ていたサヤはゾッとした。
サヤ『もしや、コヤツら知ってたな?』
保守派大臣D「なりませぬ!騎士団あってのリエール!それだけはなりませぬ!」
軍拡派大臣A「この期に及んでまだ華の騎兵突撃にこだわるのか!?」
軍拡派大臣B「気狂いはお前たちの方ではないか!」
軍拡派大臣C「もはや時代が違うのだ!これからは銃器と大砲の時代ですぞ!閣下!」
国王「……」
サヤ「団長が回復すればよいのであろう!」
いつもうるさく、難民キャンプにも足を運ぶ快活なサヤ姫。うるさいだけの小娘、国王の七光でここにいるだけの小娘と思って侮っていた大臣達はその一声に面食らった。
軍拡派大臣A「グム、しかし、この国の医者は皆、さじを投げたではありませぬか。姫様。」
サヤ「魔女の一人に神代の手術法を持った名医がいると聞く。そのものさえ見つけ出せれば助かるかもしれぬ!」
ザワザワ
保守派大臣A「それは、真のことですか?」
サヤ「無論じゃ。わしは見たぞ、片足をなくしたものがまた歩けるようになったのを。」
サヤはブラフをかました。
そんな者は見たこともなかったし、神代の手術法の話も魔法使いの爺さんからの受け売りだった。
大臣達は人目も憚らず、耳打ちを始めた。
保守派大臣A『どうする?』
保守派大臣B『絶対、嘘だぞ?』
保守派大臣C『サヤ姫の話に合わせろ。せっかくの光明ではないか!?』
議場はざわついた。
今まで、講和、属国化しか道はないとあきらめ、しかし、票田の騎士団は存続させたい保守派大臣達はその言葉で息を吹き返した。
軍拡派大臣A「この国にはそんな魔女はおりますまい!」
サヤ「しかし!」
軍拡派大臣B「おとぎ話は絵本の中だけにしていただきたい!」
軍拡派大臣達はサヤ姫を笑った。ブラフはバレていた、権謀術数の百戦錬磨の大臣達相手に少女ができることはなかった。
サヤは唇を噛んで悔しがった。騎士団取り壊し確定と思われた時、魔法使いの爺さんが会議室に入ってきた。
魔法使い「その話は本当です。」
軍拡派大臣A「なんだ貴様?!」
軍拡派大臣B「会議に呼ばれてないものは、勝手に入ってくるな!」
魔法使い「サヤ姫が言われている事はネクロマンサーの技術のことでしょうが、かの名医はそれとは違います。」
サヤ「そ、そうなのか?!」
魔法使いの爺さんはウインクして返した。
魔法使い「その魔女の名はグレダ。腰を折って、下半身不随になった勇者の仲間を彼女が助けたのは皆様も知っておられるでしょう。」
軍拡派大臣A「そんなもの!それこそ、おとぎ話ではないか!?」
保守派大臣A「いいや!国の歴史資料にもその記述は確かにある!名もグレダで間違いない!」
軍拡派大臣B「そんな何百年も前の話!」
保守派大臣B「魔女は我らと寿命が違うことは卿も知っておろう!人とは生きる時間が違うのだ!」
魔法使い「居場所の目星はついています、どうされますか、閣下。」
魔法使いが入ってきて、大臣たちの議論を黙ってみていた国王が口を開いた。
国王「アレスは息を吹き返すのだな?」
魔法使い「左様です。」
国王「よし分かった。その魔女を連れて参れ。」
軍拡派大臣D「国王!」
軍拡派大臣A「老人の世迷い事を信じるのですか?!」
保守派大臣A「だまれ!卿ら、もう決はくだったぞ!」
魔法使いは深々とお辞儀をした。
サヤ「何?!魔女の居場所は知れずとな?!」
魔法使い「面目ない。」
皆が帰った会議室でサヤと魔法使いは残って件の魔女のことについて話していた。
サヤ「お主が自信満々じゃったから、てっきり知っているかと思ったぞ!」
魔法使い「ですから、こうして捜索のお願いをしているではありませぬか、姫様。」
サヤ「探すとなると、どこをどうやって……」
ガチャ!
貴族「話は聞かせてもらいましたぞ!」
サヤ「む?!しまった!」
マズイことを聞かれたと冷や汗をかく姫に貴族は歩み寄って姫の前に傅いた。
貴族「私が協力して差し上げましょう。」
サヤはその言葉に感激して喜んだ。人を探すのには人手、資金がいる、しかも内密となると、予算を使うのは憚られた。
貴族「資金は私が出しますが、しかし、大金ですので、こちらも見返りがありませんと……」
サヤ「なんなりと申すが良い!」
貴族「では、サヤ姫と結婚を申し込みたいのです。」
サヤはその言葉に血の気が引いた。
サヤ『私が結婚!?まだ成人もしとらんぞ?!それに……』
貴族「婚約。それが条件でございます。」
サヤ「わ、分かった。父にはわしから話そう。」
魔法使いはサヤに耳打ちした。
魔法使い『いけません!姫様!コヤツは王族の仲間入りがしたいだけです!愛などありません!』
サヤ『分かっている!しかし!』
サヤの脳裏にダンの顔が映った。
ダンの居場所を守るためなのだ!
サヤは自分の中に芽生えていた恋心を自分で摘んだ。