砲台陣地攻略計画
その日、ブルーリボン騎士団はサヤ姫の難民キャンプ慰労視察の護衛任務についていた。
副団長「皆、暗い顔ですね?アレス団長。」
アレス「…………まあな。お前はどうなんだ?ブリッジ?」
ブリッジ「はぁ、聞かないでくださいよ。」
騎士団員たちの雰囲気は暗い。
国の大臣にルマンド帝国が、国境の山間に作った砲台陣地の攻略を命じられたからだ。
アレス『砲台陣地か……。』
アレスは鋭い眼差しで国境の山間を睨んだ。
剣と弓は銃と大砲に置き換わる転換期。このまま突撃したとしても、大砲の餌食になることは火を見るより明らかだった。うまくたどり着けたとしてもパイクの槍衾に阻まれた所をズドンだろう。
サヤ姫「皆、衛生面で苦労しているようじゃ、仮設のトイレを増やせ。」
大臣「わかりました。予算に計上しましょう。」
その様子を青ひげを触りながら団長は聞いていた。
アレス『海千山千のバケモノ大臣相手によくやるなぁ、この嬢ちゃんは。』
先の戦で家を焼きだされ、街道の商業都市に寄り添うように作られたこの難民キャンプもルマンド帝国の砲台陣地を放置しておけばまたいつ焼きだされるか。
アレス『なんにしても、誰かがやらなきゃならないのか……とんだ貧乏くじだ。』
今年20になるブリッジは馬上から周りを警戒していた。
ブリッジ「団長は馬には乗らないんで?」
アレス「俺はこの方が良い。」
ブリッジ「剣聖は下馬してからが本番でしたっけ?」
アレス「おい、ブリッジ。剣聖ってのは皮肉か?」
アレスの鋭い眼光にブリッジは「失礼しました!」と目線をそらした。
アレス『まったく。』
アレスは苦笑しながら白髪が増えてきた頭をかく。
アレス『剣聖ねぇ。』
使い手がほとんどいなくなった魔法剣が使える騎士団長と持て囃された時期も昔はあった。
しかし、今では遠い過去の話だ。
銃器増産に舵を切りたい軍拡派の大臣達からは騎士団の予算は何時も槍玉に挙げられていた。
サヤ姫と大臣達の後ろに突っ立っていたアレスが暇そうに見えたのか、その時、一人の難民の子供がアレスに声をかけた。
汚い少年「ねぇ?おじちゃん、ケンセーって強いの?」
ブリッジ「コラ!坊主!俺たちは任務中だぞ!」
怒る副団長をなだめながら、団長はその子に近づいた。
アレス『?……なんだコイツ?』
アレスは自分の後継者として見込んで副団長にしたブリッジよりもこの子の中に潜む巨大な何かを感じ取った。
アレス「坊や、名前は?」
ダン「ダン。坊やはよしてくれ。僕はもう16だ。」
アレス「お?そうか、背が低いから。もっと若いと思ったのさ。」
ダン「みんなから、背のことは言われるんだ。失礼しちゃうなぁ。」
アレスは朝剃ってきたはずなのにジョリジョリしだしたあごひげかきながら苦笑した。その人の器量を測る鋭い眼差しのまま。
アレス『そうだ。』アレスはいいことを思いついた。
アレス「ダン。お前、前はどこに居たんだ?」
ダン「国境の近くの村だよ。」
アレス『山間だ、砲台陣地への抜け道とかを知ってるかもしれない。』
大臣「おい、そこ、うるさいぞ!」
軍拡派の大臣に睨まれたが、意に介さずアレスはその子の目線の高さに合わせるためしゃがむと話を続けた。
アレス「ダンなら帝国の砲台陣地をどう攻める?」
少年はその問いに目を輝かせた。そんなに面白い話か?アレスは不思議に思った。
ダン「僕なら、そうだなぁ。霧に紛れてかな?」
その話を聞いていたブリッジも参加してきた。
ブリッジ「霧?出てないじゃないか。」
確かに、ここから霞んで見える国境の山々には、霧と呼べるようなものはでていない。澄んだ景色だ。
ダン「いいや、この前まででてた。出る時期があるのさ。剣にしても銃で攻めるとしても近づかないとね。」
アレス『なるほど、砲台陣地攻略、無理難題と思ってたが見えてきたな。』
アレス「俺たちはその砲台陣地を攻略しなくちゃいけないんだ。」
ダン「それならなおさらだね?馬で狭い山間の砲台陣地をやるなんて自殺するようなもんだよ。」
この子には軍略の才があるのかもしれん。アレスは決心して立ち上がった。
アレス「ダン、親はどこだ?」
ダン「みんな、いなくなったよ。どこか別の場所に逃げたのかな?」
ここ以外に難民キャンプなんて呼べる場所はない。
アレス「そうか、なんならオジサンのところに来ないか?剣も教えてやる。」
ダン「いいの?!」
アレス「もちろん、腕を上げたら騎士に取り立ててもやるぞ。」
ダン「すげーや!やるやる!」
難民「うるせーぞ!クソガキ!」
騒がしくしてたのを怒った近くの難民がダンに石を投げた。
ダン「!」
しかし、その石はダンに当たる直前にスッと空に飲み込まれるように掻き消えた。
アレス『!何が起こった?!』
子供の拳くらいあるツブテが目の前で消えた。
ブリッジ「団長!おい!危ないだろ!」
副団長の剣幕に難民はそそくさとその場を立ち去った。
サヤ姫「……こんなところじゃの?帰るぞ。カゴを持て。」
大臣「馬車だ早くしろ!」
ジュリアスは咳をしながらルマンド帝国の軍議に出席していた。
兄「大丈夫か、ジュリアス。」
隣の席のジュリアスの兄が声を掛ける。見た目は怖いが面倒見のいい兄だ。皇位継承も絡んだ帝国の軍議でも兄弟の仲は変わらない。
大臣A「おほん、次に西の交易ルート構築の件についてですか……」
大臣B「ジュリアス様、此度の戦、見事な撤退戦でしたな?」
意地の悪い大臣のオドボール卿が言う。他の大臣達もくすくすと笑い声を立てる。
ジュリアス「……ブルーリボンの騎士団に側面を奇襲され陣形が維持できず、申し訳ない……撤退戦の軍功者は我が後ろに控える黒騎士殿でございます。皆様お見知り置きを。」
黒騎士は大臣達に会釈をする訳でもなく、黙って席に座して正面を見据えていた。
オドボール卿『ふん!感じの悪いヤツ。』
大臣C「誠に遺憾であります。かと言って、西側のルート上にあるリエールは避けては通れません。」
大臣D「今年の予算がなぁ。」
ルマンド帝国は銃器の発展により近年、領土拡大を続けていたが寒冷な土地ばかりだったので、早急に西側と南側の穀倉地帯を取る必要があった。
ジュリアス「来年こそは。」ゴホッゴホッ
楽に攻略できると踏んでいた小国相手に撤退を余儀なくされ一同は不安がっていた。そこに指揮官が病弱な人間となると更にソレは助長された。
オドボール卿「まぁまぁ、ジュリアス様のお手並みを拝見しようではありませんか。」
軍議は来年に再侵攻するという方向で、幕を閉じた。