表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/21

第8話 元最強のおっさん(35)、皆を救う

 埃をかぶった長剣の柄を、無意識に握りしめていた。

 指先に残る、冷たい鉄の感触。

 それは、俺が捨て去ったはずの過去だ。


「……ちっ」


 小さく舌打ち一つ。


 平穏な日常。

 淹れたてのコーヒーの香り。

 常連たちとのたわいないおしゃべり。

 そんな、ありふれた幸せを守るために、再びこの鉄塊を握る羽目になるとは。

 皮肉なもんだ。


「これは貸しだからな、お前ら……」


 誰に言うでもなく呟き、俺はカフェ【木漏れ日の止まり木】の扉を開けた。

 夕暮れ前の、オレンジ色に染まり始めたミルウッドの空気が、わずかに頬を撫でる。

 感傷に浸っている暇はない。


 目指すは【煤煙の狼】のアジト――ミルウッドの森の奥にあるという廃鉱山。

 最短ルートを頭に叩き込み、俺は駆け出した。


 森の中は、すでに薄暗くなり始めていた。

 だが、不思議と足取りは軽い。

 まるで、身体がこの感覚を覚えているかのように。

 リリスが事前に教えてくれていたアジトへの隠し通路。

 そこかしこに、巧妙に無力化された罠の痕跡が見える。

 さすが、リリスは仕事が早い。


「……ここか」


 目の前に現れたのは、岩肌にぽっかりと口を開けた古びた坑道。

 陽動が効いているのか、あるいはリリスが手際よく片付けたのか、入り口の警備は驚くほど手薄だった。好都合だ。

 息を殺し、闇へと滑り込む。


 坑道内部は、カンテラの灯りが頼りなく揺れているだけだった。

 鼻につくのは、湿った土の匂いと……微かな血の匂い。

 奥から、くぐもった人の声。

 間違いない、村人たちだ。


 物陰から飛び出し、見張りの盗賊の首筋に手刀を叩き込む。

 声も上げさせずに昏倒。


 もう一人。剣の柄で鳩尾を強打。


「静かにしろ。助けに来た」


 怯えた目でこちらを見る村人たちに短く告げ、手早く縄を解いていく。

 その間も、聴覚は周囲の警戒を怠らない。


 足音。

 三人。

 新手か。


「おい、何してやがる!」


 発見された。

 まあ、時間の問題だったが。

 俺は村人たちを背にかばうように立ち、埃をかぶっていた長剣を抜き放った。

 キィン、という澄んだ金属音が、やけに耳に響く。


「お前らの相手は、俺だ」


 元ナイトオウル隊長の剣術は、お前ら山賊風情がどうこうできるレベルじゃない。


 一人が斧を振りかぶってくる。

 遅い。


 踏み込み、剣閃。


 斧が宙を舞い、盗賊が腕を押さえてうずくまる。


 二人目が槍を突き出してきた。これも見え見えだ。


 剣で弾き、体勢を崩したところに蹴り。

 壁に叩きつけられ、動かなくなる。


 最後の一人は……戦意喪失か。腰が引けてやがる。


「さっさと失せろ。次は無い」


 脅しつけると、哀れなほど慌てふためいて逃げていった。

 さて、これで終わりではなさそうだ。

 この鉱山、思ったより奥が深い。そして……。


「……なんだ、これは」


 坑道の脇道。

 そこに、妙なものを見つけた。

 無造作に置かれた木箱。

 中には、あの「煤煙の狼」が使う特殊な黒い鉱石がぎっしりと詰まっている。


 そして、その隣には……明らかに試作品と分かる、歪な形状の鉄の筒。

 おそらく、あの鉱石を詰めて使うのだろう。

 横には、何かの設計図らしき羊皮紙も散らばっている。

 描かれているのは、複雑な機構を持つ何らかの装置……呪具の一種か、あるいはそれを応用した未知の兵器か。

 この鉱石と設計図、そしてあの煤煙……。


 まさか、ただの盗賊がこれを考え付いたとは到底思えない。

 何者かが、この鉱石の特性を利用した新たな兵器を開発し、この盗賊団に製造、あるいは実験させていた……?

 輸出するのか、どこかで加工するのか……いずれにせよ、とんでもない代物だ。

 ただの盗賊団の仕業じゃない。背後に、もっと大きな何かがいる。

 事態は俺の想像以上に厄介な方向へ転がっているらしい。

 クソっ、面倒事が雪だるま式に増えていく。


 その時だった。

 懐に入れていた小さな魔道具――ノエルが持たせてくれた簡易通信機が、微かに振動した。


『――緊急事態。アリア、極メテ危険ナ状態』


 ノエルからの通信だ。

 アリアが、危険……だと?


「場所は!?」


『第三カーブ付近……敵本隊ト交戦中。頭目ノ呪具……極メテ強力……救援ヲ……!』


 そこで通信は途切れた。

 だが、それで十分だった。


 俺は踵を返し、鉱山の入り口へと再び駆け出す。

 村人たちの安全確保は……リリスに任せるしかない。

 あいつなら、うまくやるだろう。


 ――待ってろ、アリア。


 常人ではありえない速度で森を駆け抜ける。

 木々が、景色が、後ろへ飛んでいく。

 身体の奥底で、何かが燃え上がるような感覚。

 ああ、そうか。俺は……怒っているのか。

 誰に対して?

 盗賊にか?

 それとも、こんな状況にアリアを追い込んだ自分にか?

 分からない。

 だが、今はどうでもいい。


 街道に出ると、そこは地獄だった。


 もうもうと立ち込める黒い煙。

 金属がぶつかり合う甲高い音。

 悲鳴。

 怒号。


 そして、その中心に――アリアがいた。


 彼女の鮮やかな赤毛は煤と血で汚れ、肩で荒い息をつき、その白い頬には痛々しい切り傷が走っている。

 鎧のあちこちが破損し、消耗しきっているのは明らかだった。


 だが、その瞳は死んでいない。


 ボロボロになりながらも、折れた剣の切っ先をどうにか敵に向け、血を流す足でふらつきながらも、なお戦う姿勢を崩していなかった。

 その周囲には、数人の騎士団員が倒れている。


 対峙しているのは、ひときわ大柄な男。

 あれが頭目か。

 その手には、禍々しい光を放つ歪な杖のようなものが握られている。

 あれが呪具に違いない。


「アリアッ!」


 俺の声に、アリアがハッとしたように顔を上げた。

 その瞳に、一瞬安堵の色が浮かんだように見えた。


 だが、その瞬間、頭目の呪具が黒い霧を噴き出し、アリアの視界を奪う。


「ぐっ……!」


 アリアが苦悶の声を漏らし、ついに膝をつく。

 頭目が、とどめを刺そうと呪具を振り上げた。


 間に合えッ!


 地面を蹴り、アリアの前に滑り込む。


 頭目の呪具の一撃を、抜き放った剣で受け止めた。

 ガギンッ! と耳をつんざく衝撃音。

 腕が痺れる。

 だが、止めた。


「……隊長……?」


 アリアの、か細い声。

 ああ、その呼び方はやめろと言ったはずだが……今は、それどころじゃない。


「遅くなって、悪かった」


 短く告げ、頭目を睨み据える。


「邪魔者が増えたか」頭目は言った。「だが、この力の前では、何者も俺には叶わない!」


 頭目が再び呪具を構え、黒いエネルギーがその先端に禍々しく収束していく。

 奴の唇が何事かを紡ぎ、呪具から破滅的な一撃が放たれようとした、まさにその刹那――。


 俺の全神経が、奴の一点に集中する。


 狙うは、呪具そのもの。それ以外は無い。


 地を蹴る。

 コンマ数秒にも満たない踏み込み。


 閃く長剣は、夜空を走る流星の如く、寸分の狂いもなく呪具の核へと吸い込まれていく。

 それは舞うような華麗さとは無縁の、ただ効率のみを追求し、研ぎ澄まされた一撃。


 かつて「ナイトオウル」として、数え切れぬほどの修羅場を潜り抜けてきた剣技の到達点。


 剣閃。


 ただ、それだけ。


 聞こえたのは、硬質なものが砕ける、ごく短い音。


 パリンッ!


 乾いた破壊音と共に、頭目の手の中で呪力の中枢を貫かれた呪具が、まるでガラス細工のように粉々に砕け散った。

 込められていた魔力は行き場を失い、制御不能な火花となって周囲に飛び散る。

 濃密な黒い煙も、まるでそれを支えていた柱が折れたかのように、急速にその勢いを失い、薄れていく。


「な……に……?」


 力を失い、呆然と立ち尽くす頭目。

 その顔には、今、目の前で何が起きたのかを全く理解できていない、信じられないものを見たという驚愕の色が浮かんでいた。

 あまりにも速く、あまりにも正確な一撃だったからだろう。


 俺は、剣の切っ先を奴の喉元に突きつける。


 ああ、そうだ。

 この感覚――【灰色の死神】と呼ばれた日々は、決して過去の幻影などではなかったのだと。

 その冷たい鉄の感触が思い出させてくれた。

カクヨムで新作書いてます!


『童貞のおっさん(35)、童貞を捨てたら聖剣が力を失って勇者パーティーを追放されました 〜初体験の相手は魔王様!? しかも魔剣(元聖剣)が『他の女も抱いてこい』って言うんでハーレム作って世界救います!〜』

https://kakuyomu.jp/works/16818622176113719542


本作を楽しんでいただける読者の方におすすめです!!


ぜひ第1話だけでも読んでみてください!!

フォローと☆評価お願いします!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ