第7話 夜明けの出陣、そしてまた【灰色の死神】
リリスが仲間に加わった翌日。
カフェ【木漏れ日の止まり木】の営業を終え、看板を『Closed』にひっくり返した俺は、一つ深呼吸をした。
「入っていいぞ、リリス」
裏口のドアを少し開けて声をかけると、暗がりに溶け込んでいた小さな影が、こくりと頷いて滑り込んできた。
フードを目深にかぶったリリスだ。
人目を避けるため、夜になるのを待って合流させた。
昼間だと、この人見知りの塊みたいな元部下は、町の住民と鉢合わせしただけで固まってしまうだろうからな。
店内には既にアリアとノエルが待機している。
アリアはどこかそわそわと落ち着かない様子だ。
ノエルはモノクル越しにリリスを見ていた。
「ようこそ、リリスさん」
リリスはびくりと肩を震わせ、俺の後ろに隠れようとする。
ぎゅっと俺の服をつかむ。
……おい。子どもじゃないんだから。
「こんばんは、リリスさん。アリア・フィンブルです。その……怖くないですよ〜」
アリアもぎこちなく挨拶するが、リリスは俺の服の裾を掴んだまま、小さな声で「……うん」とだけ答えた。
先が思いやられるな。
俺はカウンターにリリス用のコーヒーを置き、テーブルに広げられたミルウッド周辺の地図を指差した。
「さて、始めるか。【煤煙の狼】討伐作戦、最終確認だ」
俺の言葉に、三人の顔に緊張が走る。
「基本的な二面作戦に変更はない。リリスからの情報で、敵のアジト、そして奴らが使う特殊な鉱石の採掘場所も特定できた。これを加味して、各々の役割をより明確にする」
俺は地図上の特定のルートを示した。
「まず陽動部隊。指揮はアリア。お前には町の自警団の有志数名についてもらう。ボルック村長には話を通して、信頼できる腕利きを選んでもらった。装備も融通してある。お前たちはあえて主要街道を通り、派手に食料輸送隊を装ってくれ。敵の斥候に発見させ、主力をアジトから引きずり出すのが目的だ」
「はい。必ずや、敵の目をこちらに釘付けにしてみせます」
アリアは胸を叩く。
その赤毛がランプの光を浴びて燃えるようだ。
頼もしいが、空回りしないかだけが心配だ。
「次に本隊。こっちは本当の食料輸送隊の護衛だ」俺はノエルとリリスに視線を移す。「問題はルートだ。ミルウッドの森の奥、通常は使われん獣道で敵の裏をかくつもりだが、地形的に、一部どうしても奴らのアジトの間近を抜けにゃならん箇所があるらしい。そこが最大の難所になるだろう」
俺はまずリリスの目を見る。
「その危険地帯に差し掛かる前に、リリス、お前には斥候として先行し、アジトの状況を徹底的に探ってもらう。敵の数、警戒態勢、動きがあるか。可能な限り詳細な情報が欲しい。お前の森での経験と勘が頼りだ」
次にノエルに向き直る。
「ノエル、お前はリリスの情報を元に、本隊を最も安全かつ迅速にその危険地帯を通過させる最終ルートを判断し、誘導する。常にリリスと連携し、情報支援を怠るな。本隊の隠密性が鍵だ」
そこで一度言葉を切り、二人を改めて見据える。
「そして、これが肝心な点だ。リリスの偵察でアジトの警戒が異常に高い、あるいは輸送隊の発見リスクが極めて高いと判断した場合、または不測の事態で敵に遭遇した場合だ。その時は――リリス、お前が敵の一部を巧妙に引きつけ、アジトから遠ざける陽動を仕掛ける。 目的は、輸送隊が安全にその場を離れるための時間稼ぎだ。ノエル、お前はリリスの陽動を支援しつつ、本隊の離脱を指揮しろ。リリス、陽動の際には以前話した罠も状況に応じて活用し、追跡を困難にさせろ」
簡単にまとめると、敵がアジトにたくさんいた場合、本隊の通過が困難になる。
よって、リリスによって敵をおびき出し、その隙に通過できそうならしてしまい、無理なら輸送隊を逃がせ、という司令だった。
「全員に言えることだが、深追いは絶対にせず、無用な戦闘は極力避けること。何よりも優先すべきは、輸送隊をグレイロックへ無傷で送り届けることだ。いいな?」
ノエルは冷静に頷いた。
「承知いたしました。マスターの期待に応えられるよう、最善を尽くします」
リリスもこくりと頷き、小さな声で「……任せて」と呟いた。その瞳には、任務への集中が見て取れる。
「俺は引き続き、ここから後方支援と全体の指揮を執る。あくまで『助言役』だからな」
釘を刺すのを忘れずに付け加える。
作戦決行は明朝。
最終確認を終え、各々が持ち場へと戻っていく。
リリスは再び森の闇へと姿を消した。
俺は一人、カフェに残り、眠れぬ夜を過ごすことになった。
……胃薬、買い足しておけばよかったか。
翌朝。夜明けとほぼ同時に、アリア率いる陽動部隊がミルウッドの町を出発した。
荷馬車数台に、護衛はアリアと自警団員数名。
わざと手薄に見えるように調整してある。
アリアの鮮やかな赤毛は、遠目にもよく目立つ。
頼むぞ、と心の中で声をかけた。
それから約一時間後。
本当の食料輸送隊が、リリスとノエルに導かれ、ミルウッドの森の奥深く、通常は使われない南回りの獣道へと静かに出発していった。
こちらは打って変わって、徹底した隠密行動だ。
ノエルとリリスが先行し、罠の最終確認や、万が一の敵斥候がいないかを確認しながら進んでいるはず。
俺はカフェのカウンターで待機していた。
ノエルが用意してくれた通信用の魔法具――短距離だが、簡単な合図を送れる――を前に、神経を集中させていた。
ここからは、待つしかない。
昼過ぎ。
最初に動きがあったのは、やはり陽動部隊の方だった。
アリアから、予定通り敵斥候に発見され、追跡されているとの連絡が入る。
よし、食いついたな。
「アリア、敵を引きつけ、時間を稼げ。ノエルたちの本隊がアジト付近に到達するまでが勝負だ」
通信具に念を込めて指示を送る。
返事はない。
だが、アリアなら必ずやり遂げるはずだ。
さらに数時間が経過した。
太陽が西に傾き始めた頃、今度はノエルから緊急連絡が入った。
声ではなく、短い合図の連続。
それは、事前に決めておいた『想定外の事態発生』を意味していた。
「どうした、ノエル!?」
思わず声が出る。
しばらくして、ノエルから再度、断続的な合図。
それを解読し、俺は息を呑んだ。
『――別行動中ノリリスヨリ連絡アリ。敵アジトニ、村人多数。捕虜ト思ワレル。オソラク、以前襲撃サレタ村ノ者タチ――』
……囚われた村人だと?
馬鹿な。盗賊団が、そんな面倒なことをするとは考えにくい。
単なる追い剥ぎではなかったのか?
だとしたら、目的は……。
リリスが言っていた、特殊な鉱石。
まさか、その採掘のための労働力か?
ゴクリと喉が鳴る。
作戦の前提が崩れた。
単なる輸送隊の護衛ではない。
人質救出という、遥かに困難で危険な任務が、今、俺たちの目の前に突きつけられた。
アリアは陽動に成功し、敵主力を引きつけているはずだ。
だが、アジトに残った戦力だけでも、ノエルとリリス、そして輸送隊の護衛だけでは、人質を安全に救出するのは困難だろう。
下手をすれば、ノエルたちまで危険に晒される。
俺の額に、じっとりと汗が滲む。
カフェの時計の秒針の音が、やけに大きく聞こえた。
助言のみ。
後方支援のみ。
そう決めたはずだ。
俺はもう、戦わない。誰かの血を見るのはごめんだ。
この平穏な日常を、何よりも優先するはずだった。
だが――。
脳裏に浮かぶのは、アリアの真っ直ぐな瞳。
ノエルの冷静な信頼。
そして、リリスの、俺にだけ向けられるか細い囁き。
あいつらは、俺を信じて、今この瞬間も戦っている。
……くそっ!
カウンターの隅に立てかけてあった、埃をかぶりかけた一本の古びた剣。
それに、無意識に手が伸びようとしていた。
どうする、レイド・アシュフォード。
お前は、ただのカフェのマスターか。
それとも――。
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本作を楽しんでいただける読者の方におすすめです!!
ぜひ第1話だけでも読んでみてください!!
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