表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/21

第6話 月影は森に何を囁く――【影狼】リリス

 薄暗いミルウッドの森の奥深く。

 俺――レイド・アシュフォードは、元部下のアリアとノエルと共に、獣道を進んでいた。


「マスターがご一緒とは、心強いです」


 アリアは相変わらず元気だ。

 ノエルは冷静に周囲を観察している。


「気を抜くなよ。見られているかもしれん」


 俺の低い声に、二人の緊張が高まる。


 やがて、巧妙な罠や焚火の跡など、「森の狩人」のものらしき痕跡が見つかった。

 素人ではない。

 気配を消し、森と一体化する術を心得ている。


「かなりの手練れだ。元専門家かもしれん」


 ノエルも俺の分析に同意する。


「痕跡から推測するに、極めて高度なサバイバル技術と、この森に対する深い知識を有しているようです。マスターのご推察通り、ただの狩人ではなさそうですね」


 やがて、木々の合間に古びた狩猟小屋が見えてきた。


 俺たちが慎重に小屋へ近づこうとした、その瞬間だった。

 まるで森の影から滲み出るように、フードで顔を深く隠した人影が音もなく現れた。

 小柄だが、その存在感は異様だ。

 手には弓。

 矢がつがえられ、その切っ先は正確に俺たちを捉えていた。


 強烈な警戒心と、研ぎ澄まされた殺気。

 アリアが咄嗟に剣を抜こうとするのを、俺は手で制した。下手に動けば射抜かれる。


「我々に敵意はない」


 俺が努めて冷静に声をかける。

 フードの奥の顔は見えない。

 だが、その人影が俺の声を聴き、ピクリと微かに動いた気がした。


 数瞬の沈黙。

 やがて、フードの奥から、試すような、そして微かな希望と不安が入り混じったような、囁く声が漏れた。


「……月影は?」


 その声、その言葉の断片。

 俺の脳裏に、遠い記憶が稲妻のように閃いた。

 まさか……。


「……森に何を囁く、か?」


 俺がそう応じると、フードの人影の肩が大きく震えた。


 ゆっくりと、震える手でフードが下ろされる。

 現れたのは、黒髪。そして、大きな瞳を持つ少女の顔だった。


「……やっぱり……隊長……?」


 その声は感極まったように震えていた。


「【影狼】リリスか……?」


 俺の問いに、彼女はこくこくと何度も頷き、その大きな瞳から一筋、涙が頬を伝った。

 リリスは、おずおずといった様子で俺に近づいてきた。

 そして、俺のすぐ隣に立つと、まるで小動物のように、俺の耳元に顔を寄せ、囁くように言った。


「隊長……。お久しぶり、です……。」


 その声は小さく、吐息が混じるほどだった。

 こいつは昔からこうだった。人見知りが激しく、まともに会話できるのは俺くらいのものだった。

 他の隊員には、ほとんど口を開かなかったはずだ。


「ああ、久しぶりだな、リリス。まさかお前がこんな所にいるとはな」


 リリスは、俺の言葉にこくりと頷くと、小屋の方を指差した。


「……どうぞ……。話は、中で……」


 案内された小屋の中は質素だったが、狩猟道具が手入れされて置かれ、彼女の生活の痕跡がそこかしこに見られた。

 壁には乾燥させた薬草が吊るされ、床の隅には動物用の小さな寝床のようなものも見える。


 リリスは、ぎこちない手つきでそのハーブティーを淹れてくれた。

 相変わらず、他人との距離感が独特だ。

 アリアとノエルは、そんなリリスの様子を興味深げに、しかしどこか遠巻きに見守っている。


「……【煤煙の狼】……森を、荒らす……。私の、縄張り……」


 リリスは、ぽつりぽつりと語り始めた。

 彼女がこの森で静かに暮らしていたこと。

 「煤煙の狼」が、その森の生態系を乱し、彼女の生活を脅かしていること。

 だから、独自に彼らを追っていたのだという。


 そして、彼女は地図を広げ、震える指である一点を指し示した。


「……アジト……多分、ここ……。訓練された、山犬……狼も、いる……」


 さらに、彼女は小さな袋から黒っぽい鉱石を取り出して見せた。


「……これが、煙の元……。特別な、鉱脈……彼らの、縄張り……」


 【煤煙の狼】が使う特殊な煤煙。

 その発生源となる鉱石と、それを採掘している鉱脈の存在。

 これは、とんでもない情報だ。


 一通り話し終えると、リリスは俺の顔をじっと見上げた。

 その瞳には、元上官に対する複雑な感情が揺らめいているように見えた。


「ちょっと話は変わるが」俺はハーブティーのカップを置き、改めて彼女に向き直った。「どうして……騎士団を辞めたんだ?」


 俺の問いに、リリスはぴくりと肩を揺らし、少し俯いてしまった。

 その小さな背中が、なんだかとても頼りなく見える。


 リリスはしばらく黙っていたが、やがておずおずと顔を上げ、俺の隣にそっと近づくと、また耳元に唇を寄せた。


「……隊長が……いなくなってから……」囁くような声は、途切れ途切れだった。「……みんな……こわい……。うまく、話せない……」


 その言葉に、俺は胸の奥がちくりと痛むのを感じた。

 俺が「ナイトオウル」を去ったことが、この不器用な少女の居場所を、結果的に奪ってしまったのかもしれない。


「……ひとり……。でも……動物は、平気……。森は、静かで……好き……」


 リリスはそう言うと、小屋の隅で丸くなっている、怪我の手当てをされたらしい子狐に優しい視線を向けた。

 その子狐も、リリスの視線に気づいたのか、小さく一声鳴いた。

 どうやら、彼女はこの森で、動物たちと静かに心を通わせて生きてきたらしい。


「……そうか」


 俺はそれ以上何も言えず、ただリリスの頭にそっと手を置いた。

 彼女は一瞬びくりとしたが、俺の手を振り払うことはなかった。むしろ、少しだけ安心したような表情を見せた気がする。


 結局、俺の身勝手な引退が、こいつの人生をも狂わせていたのか……。


「まあ、お前がここで平穏に暮らしているなら、それが一番だ」俺は努めて明るい声で言った。


 黙って状況を見守っていたノエルが、ここで静かに口を開いた。

 その片眼鏡の奥の瞳は、真っ直ぐにリリスを見据えている。


「リリスさん。あなたのその平穏を脅かす存在がいるのなら、話は別です。【影狼】リリス。あなたの森における知識とサバイバル技術、そして斥候としての能力は、我々が【煤煙の狼】を排除する上で不可欠と判断します。どうか、力を貸していただけませんか」


 ノエルの言葉に、リリスはこくりと力強く頷いた。

 その瞳には、先程までの頼りなさは消え、かつての【影狼】リリスの鋭い光が戻っていた。


「……わかった……。隊長のために頑張る……」


 いや、俺のためじゃなくて自分のために頑張れ。

 あと、隊長じゃなくてカフェのマスターだ。


 とにかく、これで役者は揃った、ということだろうか。

カクヨムで新作書いてます!


『童貞のおっさん(35)、童貞を捨てたら聖剣が力を失って勇者パーティーを追放されました 〜初体験の相手は魔王様!? しかも魔剣(元聖剣)が『他の女も抱いてこい』って言うんでハーレム作って世界救います!〜』

https://kakuyomu.jp/works/16818622176113719542


本作を楽しんでいただける読者の方におすすめです!!


ぜひ第1話だけでも読んでみてください!!

フォローと☆評価お願いします!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ