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第4話 俺のカフェが作戦本部にされているんだが……。まあノエル特製パスタは美味しかったから良しとしよう。

 最後の客が使ったカップを片付ける。

 カフェ【木漏れ日の止まり木】は、今日の営業を終えた。

 窓の外は夜の静寂に沈んでいた。

 店内にはランプの柔らかな光と、残り香のように漂う珈琲の匂いだけが満ちている。


 仕事終わりの、静かで、穏やかな時間。

 ……のはずだったんだがなぁ。


「さて、と」


 俺がカウンターの内側でそう呟くと、テーブル席で待機していた二人の元部下が、ぴん、と背筋を伸ばした。

 アリアとノエル。

 こいつらがいるだけで、俺の平穏はあっという間に彼方へ吹っ飛んでいく。


「前にも言ったが、もう一度伝えるぞ」俺は念を押す。「俺はあくまで助言するだけだ。作戦を立てる手伝いはするが、前線には立たんし、危険なこともしない。剣を抜くなんて、もってのほかだ。いいな?」


「はい。レイド隊長の的確なご指示、このアリアが必ずや遂行いたします」


 アリアは勢いよく立ち上がり、敬礼までしてみせた。


「……だから隊長はやめてくれ」


「承知しております」ノエルは静かにうなずく。「マスター。あなたの『助言』だけでも、我々にとっては大きな力となりますので」


 こいつの「マスター」呼びも、なんだか含みがありそうで落ち着かない。


 やれやれ、と内心で肩をすくめつつ、俺は彼女たちが座るテーブルへと向かう。


 そこには既に、ノエルが用意したであろう資料が広げられていた。

 ミルウッド周辺の詳細な地形図。

 これまでの「煤煙の狼」の出現ポイントや被害状況を記した羊皮紙。

 インクで書き込まれた注釈が、事態の深刻さを物語っている。


「では、早速だが状況を整理しよう」俺はノエルに促す。「ノエルから聞いた情報で、【煤煙の狼】の基本的な手口や連中の素性については把握している。改めて確認したいのは、数日後にここを通るという食料輸送隊の詳細と、奴らが使う煤煙の具体的な特性、そして、それに対する我々の取り得る対策だ」


 ノエルは片眼鏡モノクルの位置をくい、と指で微調整すると、冷静な声で答えた。


「はい。食料輸送隊は三日後、ミルウッドを経由しグレイロックへ向かう予定です。そして、彼らの用いる煤煙ですが、これは特殊な鉱石を不完全燃焼させて発生させるもので、風向きによっては広範囲の視界を奪い、吸引すると強い刺激を伴います。この煤煙の中で自在に行動できるのが、彼らの最大の強みと言えるでしょう。元鉱夫や山賊崩れで構成されているため、この地域の地理にも明るいと推測されます」


 既知の情報だが、一応確認しておいた。


 輸送隊が襲われれば、どれだけの人間が絶望するか。

 アリアの表情が、ぐっと険しくなるのが分かった。


「人の弱みに付け込む、ゲスな連中だな」


 思わず悪態が口をついて出る。

 俺はもう戦いたくない。

 だが、目の前で助けを求める声を聞いて、完全に無視できるほど非情にもなりきれない。

 ……面倒な性分だ、本当に。


 しばらく沈黙が落ちる。

 ランプの炎が、わずかに揺らめいた。


 やがて、俺はゆっくりと目を開き、テーブルに広げられた地図の一点を、無造作に指差した。


「……作戦は二段構えでいく」


 俺の言葉に、アリアとノエルが顔を上げる。


「まず、陽動部隊。こいつらが敵の目を引き付ける。あえて主要街道を進むんだ。荷馬車は数台、しかし護衛は手薄に見せかける。自警団にも協力を頼むが、彼らには比較的安全な後方支援に徹してもらう。あくまで『美味しそうな獲物』を演じるのが目的だ」俺はアリアを見た。「アリア。この陽動部隊の指揮は、お前に任せる」


「本隊ではなく陽動部隊を、ですか?」


「ああ。お前のその派手な赤毛と、騎士としてのオーラは敵の注意を引くには最適だ。連中が最も警戒し、そして最も食いつきたくなる餌になる。ただし、深追いはするな。敵主力を引きつけ、時間を稼ぐのが最大の任務だ。いいな?」


「はい。了解いたしました!」アリアは力強くうなずいた。


「そして本隊、つまり本当の食料輸送隊だ」俺は地図上の別のルートを指でなぞる。「こいつらは、敵の完全に裏をかく。ミルウッドの森の奥、通常は使われない南回りの獣道に近いルートを、夜陰に紛れて静かに進む。俺が詳細なルートと警戒ポイントを指示する」


 そこで俺はノエルに視線を移した。


「ノエル。お前には二つの重要な役割を任せる。まず、本隊の誘導だ。お前の隠密行動能力と危機察知能力を最大限に活かし、敵に気付かれずに本隊を安全にグレイロックまで送り届ける。戦闘は極力避けるのが前提だ。お前の役目は、敵と戦うことじゃない。敵に見つからずに、本隊を守り抜くことだ」


 ノエルは静かに頷いた。


「そして、もう一つが罠の設置だ」俺は、陽動部隊がおびき寄せた敵の予想進路と、彼らが集結しそうなポイントをいくつか丸で囲む。「本隊が出発する『前』に、単独で潜入し、これらのポイントに罠を仕掛けておけ。お前なら、敵に気づかれずにやれるはずだ。煤煙の影響を考慮し、風向きを読んだ上で、敵の退路を断つか、あるいは煤煙そのものを逆用する策を講じる。目的は、敵戦力の分断と、可能なら一部の無力化だ」


 アリアが心配そうな声で口を挟んだ。


「ノエルさん、お一人で罠の設置まで……それはあまりにも危険なのでは?」


 それに対して、ノエルは落ち着いた声で答えた。


「ご心配には及びません、アリアさん。罠の設置は、私の専門分野の一つです。本隊の出発前に主要なものは完了させます。その後、本隊と合流し、マスターの指示通り、安全なルートで誘導いたします。直接的な戦闘力ではアリアさんには遠く及びませんが、気配を消し、危険を回避することにかけては、ご期待に沿えるかと」


 その言葉には、静かな自信が満ちていた。

 ナイトオウルの情報分析官は、伊達じゃない。斥候や工作活動もお手の物だ。


 俺も頷く。


「そういうことだ。アリアは表で派手に立ち回り、敵の目を引きつける。その間にノエルが裏で静かに、だが確実に本隊を送り届け、さらに敵の足元を掬う。完璧な連携のはずだ」


「素晴らしい。これならば、輸送隊の安全確保と、盗賊団への効果的な打撃、両立できる可能性が格段に上がります」


 ノエルが、片眼鏡モノクルの奥の瞳をわずかに細め、分析するように呟いた。


「さすがです。マスター」とアリア。「もし作戦がなければ、私は敵勢力に突撃する予定でした」


 それはさすがに作戦として終わりすぎてるな……。


 作戦の骨子を語り終え、椅子に深くもたれかかると、どっと疲れが押し寄せてきた。


 ノエルが静かに口を開いた。


「マスター、的確な作戦立案、誠にありがとうございました。アリアさんと共に、必ずや成功させてみせます。つきましては、何かお礼をしたいのですが……ご要望はございますでしょうか? 私にできることであれば、何なりと」


 ノエルはそう言って、軽く頭を下げた。


「礼か。そうだな……」不意に、昔の記憶が蘇った。「ああ、そうだ。ノエルが、昔、騎士団の野営の時に作ってくれたパスタがあっただろう。乾パンと缶詰ばかりの野営食の中で、あれは衝撃的な美味さだった。確か、そこらに生えてた山菜と、お前がどこからか調達してきた燻製肉か何かを使った……」


 俺の言葉に、ノエルは片眼鏡モノクルの奥の瞳を嬉しそうに細めた。


「覚えていてくださったのですね、マスター。ペペロンチーノ・アッラ・フォレスティエーラ……森の狩人風、とでも名付けておきましょうか。あの時は、手に入った乏しい材料で作った即席のものでしたが。喜んでお作りします」


「いいのか? そりゃ助かる」


「私も何かお手伝いします、ノエルさん!」アリアが勢いよく手を挙げた。


 それからしばらくして、カフェのテーブルには、ほかほかと湯気の立つパスタの大皿が三つ並んだ。

 ノエルが手際よく、あり合わせの材料――カフェのベーコン、ニンニク、オリーブオイル、そして彼女が携帯していたらしい乾燥キノコやハーブを使って作り上げたものだ。

 シンプルなペペロンチーノだが、食欲をそそる香りが鼻腔をくすぐる。


「……ああ、これだ。相変わらず美味いな。戦場のメシとは思えん」


 一口食べて、俺は思わず唸った。

 ピリッとしたニンニクと唐辛子の辛味、ベーコンの塩気、そしてキノコの風味が絶妙に絡み合っている。

 空腹だったこともあり、あっという間に皿が空になりそうだ。


「美味しいです! ノエルさん、こんな特技もお持ちだったのですね!」


 アリアも目を輝かせながらパスタを頬張っている。


「お褒めにいただき光栄です。情報収集のためには、時に胃袋を掴むことも有効な手段ですので」


 ノエルは涼しい顔で答えるが、その声にはどこか弾むような響きがあった。

 こういう意外な一面が、こいつの面白いところでもある。


 ……まあ、美味い飯が食えるなら、まだマシな方か。

 それにしても、こいつの作るものは何でも美味いな。情報分析官にしておくには惜しい才能だ。

 そんなことを考えながら、俺はパスタを夢中で口に運んだ。

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本作を楽しんでいただける読者の方におすすめです!!


ぜひ第1話だけでも読んでみてください!!

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