第21話 ただいま、我が騒がしき【木漏れ日の止まり木】よ。……ところで、店員多くないか?
静寂は、長くは続かなかった。
星詠みの祭壇全体が、激しい揺れに見舞われ始めたのだ。
ゴゴゴゴ……!
地鳴りのような轟音が響き渡った。
天井からは巨大な岩盤が剥がれ落ち、床には亀裂が走る。
祭壇中央に鎮座していた巨大な月晶石も、制御を失ったように明滅を繰り返し、その輝きは不安定に揺らめいていた。
「まずいな……! 脱出するぞ!」
俺は即座に判断し、叫んだ。
「ミア、立てるか!?」
「……はい、なんとか……でも、足に力が……」
ミアは力を使い果たし、顔面蒼白で、自力で立ち上がるのも困難な様子だった。
詠唱と、お守りの力を使った反動だろう。無理もない。
俺は、ミアを担いだ。
「ノエル、前を頼む!」
「承知しました、マスター!」
ノエルが足早に書けていく。
俺はミアを担いだまま、揺れと崩落の中、来た道を戻るべく駆け出した。
だが、祭壇を抜けていく通路も既に崩壊が始まっていた。
壁が崩れ落ち、巨大な瓦礫が道を塞いでいる。
「マスター、道が!」とノエルが叫ぶ。
塞がれた通路を前に、俺は舌打ちする。
迂回路を探す時間はない。
俺はミアをおろした。
剣に力を最大限に込め、塞がった瓦礫に叩きつける。
轟音と共に岩が砕け散り、辛うじて人が通れるだけの隙間ができた。
粉塵が舞う中、俺たちは先を急ぐ。
再度ミアを担ぎ、道を進む。
地下牢を通り過ぎ、月隠の関の入り口へと続く道へ。
この先で、アリアとリリスが待っているはずだ。
やがて、前方から松明の光が見えた。
アリアとリリスだ!
アリアは長剣を抜き放ち警戒態勢を取り、リリスはその隣で弓を構え、周囲の気配を探っている。
「マスター! ノエルさん! ミアさん!」
アリアが俺たちの姿を認め、安堵の声を上げる。
リリスも小さく頷き、すぐに俺たちの背後を警戒し始めた。
「のんびりしている暇はない。関所全体が崩れるぞ!」
「はい! 脱出路はこちらです!」
アリアが先導し、リリスが最後尾で周囲を警戒する。
俺はミアを担ぎながら、崩壊する関所からの脱出を急いだ。
出口はもう目前だ。
外の、夜明け前の冷たい空気が流れ込んでくるのを感じる。
だが、その時だった。
ひときわ大きな地響きと共に、出口の真上の天井が、巨大な音を立てて崩落し始めた!
「まずい!」
大量の土砂と岩石が、滝のように降り注ぎ、唯一の出口を塞ごうとしている。
「……あっち!」
リリスが鋭く叫び、右手の、一見ただの岩壁に見える場所を指差した。
彼女の野生の勘か、あるいは音で空洞を見抜いたのか。
「信じるぞ、リリス!」
俺たちはリリスが指差した方向へ、最後の力を振り絞って飛び込む。
アリアが剣で脆そうな岩壁を叩き割り、わずかな隙間を作り出す。
そこは、人が一人やっと通れるほどの、狭い獣道のような隠し通路だった。
転がり込むように通路へ飛び込んだ瞬間、背後で凄まじい轟音と共に、月隠の関の入り口が完全に崩落し、土砂で埋もれた。
もし一瞬でも遅れていたら、俺たちはあの下敷きになっていただろう。
狭く暗い隠し通路を、息を切らしながら進む。
やがて、前方に微かな光が見えてきた。
出口だ。
俺たちは、文字通り這うようにして、森の中へと転がり出た。
背後では、もはや月隠の関があった場所は巨大な土砂の山と化し、その威容を完全に失っていた。
オーブリーの歪んだ野望と共に、古代月影族の聖地と、そこに秘められた多くの謎は、再び大地の下へと葬り去られたのだ。
森の中に、ようやく静寂が戻る。
鳥のさえずりが聞こえ始め、木々の隙間から、夜明けの光が差し込んできた。
東の空が、ゆっくりと白んでいく。
俺たちは、土と埃にまみれ、疲労困憊で、その場にへたり込んだ。
誰もが言葉を発せず、ただ荒い息を繰り返しながら、生きてここに戻れたことへの安堵を噛み締めていた――。
数日後。
俺たちは、ようやくミルウッドの町へと帰り着いた。
身体の芯まで疲労が染みついているが、見慣れた町の風景と、カフェ【木漏れ日の止まり木】の看板が見えた時には、さすがに深い安堵のため息が出た。
カフェの扉を開けると、そこにはメイド服姿のエヴァがいた。
どうやら俺たちがいない間、本当にカフェの運営を代行していたらしい。
「お帰りなさいませ、レイド様。そして皆様、ご無事で何よりです」
エヴァは表情一つ変えずに俺たちを出迎えた。
「ああ。店番、ご苦労だったな」
「ええ。カフェの経営は意外と楽しいですね。レイド様と結婚して、カフェで働くことにしようと考えています」
「は?」
「冗談ですよ」エヴァは真顔で言った。「元帥への報告も完了しました。私はこれにて帝都へ帰還いたします」
エヴァはそう言うと、俺に向き直り、わずかに声を潜めた。
「元帥は、あなた方の活躍に大変満足しておられました」
「……元帥は、最初からすべて知っていたんじゃないか?」答えてくれないだろうと思いつつ、俺は聞いた。
ミアをミルウッドに呼び寄せたタイミングといい、何もかもがうまくいきすぎている。
「どうでしょうね」とエヴァは微笑んだ。
やれやれ、やっぱりか。
エヴァは一礼すると、足音も立てずにカフェを後にした。
嵐のような女だったな、結局。
こうして、カフェ【木漏れ日の止まり木】には、いつもの日常が……いや、少しだけ形を変えた日常が戻ってきた。
アリアは相変わらず甲斐甲斐しくカフェの仕事を手伝っている。
ノエルは休暇を取っているらしく、毎日カフェに顔を出していた。
リリスも森から通ってくれている。
そして、新たにミアが加わった。
「レイド様、アリアさん。新しい薬草茶を試作してみたのですが、味見していただけませんか?」
ミアは、薬草師としての知識を活かし、オリジナルのハーブティーや、身体に優しい焼き菓子などをメニューに加え始めた。
これが意外にも、ヘイゼルおばさんたち常連客の間で「癒される」「身体の調子がいい」と評判を呼び、カフェの新たな人気メニューとなりつつあった。
帝国騎士団特務部隊の副隊長、情報分析官、斥候、そして古代の知識を持つ月影族の末裔……。
我ながら、とんでもないメンバー構成のカフェになったもんだ。
俺はカウンターに肘をつき、賑やかさを増した店内に呆れつつも、口元が緩むのを止められなかった。
「……まあ、人手が増えるのは悪くない、か?」
どう考えてもカフェの規模に対して、店員が多すぎるけどな。
そんなことを考えていると、ミアが俺の前にそっと歩み寄り、少し緊張した面持ちで切り出した。
「あの、レイド様。私のこれからについて、お話ししたいことがあります」
事件が一段落し、ミアも自身の今後について考えていたのだろう。
俺は彼女に「帝都で保護を受けるか、あるいはまだ見ぬ同胞を探す旅に出るか、お前の自由だ」と伝えてあった。
「私は、しばらくここにいたいです、レイド様」ミアは真っ直ぐに俺の目を見て言った。「今回の事件で、私の一族が伝えてきたルーンや薬草の知識が、人を傷つけるためではなく、人を助け、守るために使えるのだと改めて感じました。もっと多くのことを学びたいのです。月影族の悲しい歴史を繰り返さないためにも。そして……レイド様や、アリアさんたちの側にいて、少しでも力になりたい。それが、私にできる恩返しであり、私自身の道だと思うのです」
その言葉には、迷いはなかった。
彼女は過去の悲劇を乗り越え、その力を未来のために使うことを、自らの意志で選択したのだ。
「そうか」俺はミアの決意を静かに受け入れた。「分かった。好きにするといい。その代わり、ここの仕事はしっかり手伝ってもらうぞ」
「はい! ありがとうございます!」
ミアの顔が、ぱあっと輝いた。
【木漏れ日の止まり木】は、ただの隠れ家じゃない。
信頼できる仲間たちと共に、新たな困難にも立ち向かえる、俺たちの「拠点」になりつつあるのかもしれない。
過去の「汚れ仕事」から逃れるように始めたカフェが、皮肉にも、新たな絆と、再び誰かを守るための力を俺に与えてくれている。
……悪くない気分だ。
窓の外では、木漏れ日がキラキラと地面に揺れている。
カフェの中には、俺が淹れたコーヒーの良い香りと、仲間たちの穏やかな声が満ちていた。
この日常が、次なる嵐の前の静けさだとしても――まあ、それも悪くないのかもしれない。
俺は、カウンターに立ち、次の一杯を淹れるために、豆を挽き始めた。
カクヨムで新作書いてます!
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ぜひ第1話だけでも読んでみてください!!
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