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第2話 なぜかメイド服を着ているアリアと【煤煙の狼】

「さて、と……」


 俺はカウンターに肘をつき、目の前でメイド服に身を包む元部下――アリア・フィンブルを眺めていた。

 鮮やかな赤毛と、そのフリフリとした装飾。

 違和感しかなかった。


「隊長。本日より、誠心誠意お世話いたします。まずは開店準備ですね。お任せください」


 アリアは、ぴしっと背筋を伸ばす。その姿は、場所がカフェでなければ、出陣前の騎士そのものだ。


「……その恰好はなんだ?」


 俺の問いに、アリアは少し頬を染めつつ胸を張った。


「はい。隊長の療養を万全の体制でサポートするための決意の表れです。知人に、この服装は相手に癒やしと安らぎを与え、さらには作業効率も向上させると助言をいただきまして……その、いかがでしょうか?」


 上目遣いで問いかけてくる。

 ……どこの知人だ、そいつは。

 騎士団の制服以外で、こんな格好をしている姿など想像もしたことがなかったが……。


「……似合わんことも、ないんじゃないか?」


 我ながら歯切れの悪い感想だが、これが精一杯だった。

 これ以上は恥ずかしい。

 かわいいだなんて、口が裂けても言えるか。


 途端に、アリアの表情がぱあっと輝いた。


「本当ですか、隊長! ありがとうございます!」


 その喜びようは、かつて難関な任務を完遂した時以上かもしれない。

 ……いや、さすがにそれはないか。うん。


「まあ、いい。好きにしろ」


 最早、俺にできることは諦観することくらいだった。


 アリアはメイド服姿のまま、カフェの仕事に取り掛かった。

 その動きは相変わらず実直だがどこかズレていた。

 テーブルを騎士の突撃のように磨き、珈琲豆を尋問するように挽く。

 長いスカートの扱いに慣れていないのか、時折危なっかしい場面もあったが、本人は至って真剣そのもので、失敗するたびに小さく眉を顰めている。


「もう少し肩の力を抜け。珈琲はそんなに殺気立って淹れるもんじゃない」


「はっ……申し訳ありません。リラックス、ですね」


 しばらくは良いのだが、数秒でカチコチに戻る。

 こいつに『普通』を教えるのは、やはり至難の業らしい。


 それでも、彼女が淹れる紅茶は意外にもなかなかの腕前だった。

 俺が一度手順を見せただけなのに、持ち前の生真面目さで忠実に再現し、香り高い一杯を淹れてみせたのだ。


「うん。なかなかいい。美味しい」


「本当ですか。光栄です!」


 嬉しそうに頬を染め、深々とお辞儀をするアリア。

 そのアリアの姿に、俺は絆されかけている。

 まずい、非常にまずい流れだ。

 いつの間にかこいつのペースに乗せられているぞ。


 アリアがカフェに立つようになり、物珍しさも手伝ってか、以前よりは少しだけ客が増えた。

 彼女の容姿と、その実直かつ丁寧な接客は、田舎町ではなかなかの評判になっていた。


「マスター、あんた、いつの間にこんな綺麗なお嫁さんを?」


 近所のヘイゼルおばさんがニヤニヤと冷やかしてくる。


「妻ではありません。私はレイドたいちょ……」


 俺はアリアを睨んだ。

 隊長と呼ぶのはやめろ、と強く言ってあったはずだ。


「マスターの身の回りのお世話をしている者です!」


 アリアは慌てて言い直したが、少し声が上ずっている。


「マスターね。おやおや、隅に置けないねぇ。そういうプレイかい?」


「違います!」俺は言った。「断じて!」


 ヘイゼルおばさんは楽しそうに去っていく。

 残されたのは顔を林檎のように真っ赤にしてぷるぷる震えるアリアと、こめかみを押さえる俺。


 そんな騒がしいながらも、悪くない日常が数日続いたある日の午後。


 カフェの扉がカラン、と音を立てて開き、一人の男が入ってきた。

 顔なじみの行商人マルコだ。

 だが、いつもの陽気な彼とは違い、その表情はひどく疲弊し、どこか怯えているように見えた。


「マルコさん、どうされました? 顔色が悪いですよ」


 アリアが心配そうに声をかける。


「ああ、アリアちゃん……。いや、実は、ひどい目に遭っちまってね」


 マルコはカウンター席にどかりと腰を下ろし、重いため息をついた。

 アリアが心配そうに水を差し出すと、それを震える手で受け取り、一口飲んだ。


「何か、軽いのを頼むよ。アリアちゃんのおすすめでいい」


 覇気のない声だった。


 アリアは手早くハーブチキンサンドを用意した.

 マルコはそれをぼんやりと眺めるだけで、なかなか手を付けようとしなかった。

 数度、無理に口に運ぼうとしたが、すぐにフォークを置いてしまう。


「……食欲、ねえんだ。すまねえ。話、聞いてくれるか」


「ええ、もちろん」とアリアが真剣な眼差しでうなずいた。


「隣町のグレイロックへ続くあの道なんだが……近頃、妙な連中が出るんだ」


「妙な連中、ですか?」とアリアが聞き返す。


「ああ。夜になると、どこからともなく真っ黒な煙が湧いてきてな。あっという間に周りが何も見えなくなるんだ。そいつが目に入るとチクチク痛えし、息も苦しくなる始末でよ」マルコは忌々しげに顔を歪める。「そんな中でだ、いきなり何者かに襲われるんだ。あっという間に荷物は全部奪われちまう。まるで訓練された獣みてえに、手際が良すぎるんだよ」


 そして、マルコは深く息を吐いた。


「【煤煙のスモーク・ウルブズ)】ってな。そう呼ばれてる。俺も昨夜やられたんだ。荷馬車ごと……。幸い、命だけは助かったが……もうあの道は通りたくねえ」


 マルコの顔には恐怖と怒りが滲んでいた。


「町の自警団も出てるんだが、あの煤煙が出ると手も足も出ないらしい。連中は煤煙の中でも自由に動けるみたいでな。本当に厄介だよ」マルコはほとんど残されたサンドイッチに力なく目を落とし、深く息を吐いた。「……すまねえ、せっかく作ってもらったのに、ほとんど手を付けられなかった。レイドの旦那、アリアちゃん。今日はもう帰って休むわ」


 力なく手を振り、マルコは重い足取りでカフェの扉を開けて出ていった。


 俺はカウンターに残されたマルコの空のグラスと、ほとんど手つかずの皿を片付けながら、内心で情報を整理する。

 特殊な煤煙。

 統率の取れた動き。

 素人ではない。


 だが、それはそれ。

 俺はもう引退した身だ。

 面倒事はごめんだ。


 ……そう思っていた俺の考えを、隣の元部下は見事に打ち砕いた。


 カフェに二人きりになったのを見計らったように、アリアは一度ぐっと唇を引き結び、それからまっすぐに俺の目を見据えて言った。


「隊長。どうか、あの【煤煙の狼】の……討伐作戦の立案と、後方からのご指揮をお願いできないでしょうか。前線は、このアリアが、隊長の剣となって戦います」


「アリア。俺はもう……」


「隊長が静かに暮らしたいと願っておられるのは承知の上です。お身体のことも……。ですが、このままでは町の安全が脅かされます。それに……!」


 アリアは言葉を強める。


「その盗賊団は、ただの追い剥ぎではありません。煤煙を自在に操るなど尋常ではない。もし特殊な技術や……魔法のような力を使っていたら、自警団では到底太刀打ちできません」


 彼女の言う通りだ。

 だが、それでも。


「……俺にできることはない。俺は、ただの珈琲屋の主人だ。剣を振るうのはごめんだし、そもそも、もうまともに振れる身体でもない」


 しかし、アリアは引かなかった。

 彼女の瞳に宿る光は、少しも揺るがない。


「レイド隊長。あなたの剣技は、もう見られないのかもしれません。ですが、あなたの戦術眼と指揮能力は、帝国騎士団でも比類なきものでした。幾度となく、私たちを勝利に導いてくださったではありませんか!」


 彼女の声が熱を帯びる。


「絶体絶命の状況下でさえ、隊長は活路を開いてくださいました。今のミルウッドにも、あなたのお知恵とご経験が必要なのです……!」


 ……やめろ。

 昔の話だ。


「隊長であれば、必ずや【煤煙の狼】の正体を見抜き、町を救う手立てを講じることができるはずです。私を、かつてのように使ってください。隊長の指示とあらば、どんな困難な任務も遂行してみせます」


 彼女の瞳は潤んでいた。

 切実な願いの色をしていた。


 俺は、ただのカフェのマスターだ。

 平穏なスローライフを送りたい、ただの元兵士だ。


 しかし……目の前で、かつての部下が、こんなにも真剣に助けを求めている。


 俺は深く、長く、重いため息をついた。

 カウンターに置かれた珈琲カップの黒い水面が、静かに揺れていた。

 まるで、俺の胸中を表しているかのように揺れていた。


「……考えておく」とだけ、俺は答えた。

カクヨムで新作書いてます!


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https://kakuyomu.jp/works/16818622176113719542


本作を楽しんでいただける読者の方におすすめです!!


ぜひ第1話だけでも読んでみてください!!

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