第16話 カフェに帰ってみたら、新人メイドが二人も追加されていた。いや、俺、たしかにメイド服は嫌いじゃないというか好きだけどさ……。
グレイロックから数日かけて、俺たちは、ようやくミルウッドの町へと戻ってきた。
追っ手は来ていない。
ひとまず危機は脱したといえるだろう。
身体の芯に疲労感は残るが、見慣れたミルウッドの町並みが見えた時には、さすがに安堵のため息が漏れた。
昼下がりの日差しの中、俺の城――カフェ【木漏れ日の止まり木】へと向かう。
だが、カフェに近づくにつれ、何やら妙な雰囲気に気づいた。
開けていないはずのカフェが、賑わっている……だと?
やけに賑やかな声が聞こえてくる。
一体何事だ……?
店の扉を開けると、そこには予想だにしなかった光景が広がっていた。
「いらっしゃいませ……あ、レイド様」
現れたのは、なんとフリル付きのメイド服を完璧に着こなしたエヴァ・シュトラッサーだった。
あの堅物特務官が、だ。
しかも、その隣には、見知らぬ少女もいた。
腰まで届きそうな美しい白銀色の髪を揺らし、尖った耳をのぞかせた少女。
エヴァと同じようにメイド服を着て、甲斐甲斐しく客席を回っている。
店内は、ヘイゼルおばさんを筆頭とした常連客でごった返していた。
「レイドさん、あんた、いつの間にこんな美人メイドさんたちを雇ったんだい! 特にこっちの若い子は気が利くし、淹れてくれる薬草茶が絶品だよ!」
ヘイゼルおばさんが、その銀髪の少女を指差して俺に満面の笑みを向けてくる。
俺は、唖然としてその場に立ち尽くすしかなかった。
騒ぎが一段落し、カフェの奥の部屋に通されると、俺はエヴァに事情を問い詰めた。
「エヴァ、貴様、その格好と……こちらの嬢ちゃんは一体何者だ? 説明してもらおうか」
エヴァはメイド服姿のまま、表情一つ変えずに淡々と答える。
「お帰りなさいませ、レイド様。以前、カフェの売上補償を求められていましたので、私がカフェの運営を代行しておりました」
勝手なことをしやがる……。
「……その服は?」
「ああ、これですか。このメイド服は、ノエル様より『マスターはメイド服がお好きです』との情報を元に、私が合理的な判断として採用したものです。機能的で、お客様からの評判も上々です。どうです? 似合ってますか?」
「似合ってはいるが……」
俺はジロリとノエルを睨んだ。
ノエルは悪びれもせず、片眼鏡をきらりと光らせて「マスターの好みは把握しておりますので」と微笑むだけだ。こいつ……後で覚えてろ。
「……んで、そこのお嬢さんは?」
「彼女はミア・ヴェルレイン」エヴァは銀髪の少女を俺たちに正式に紹介した。「元帥より、今回の任務をサポートするために帝都より派遣されました。……レイド様、彼女に見覚えはございませんか? 三年前の【月狂事変】において、あなたが唯一救い出すことのできた少女です」
その言葉に、俺は息を呑んだ。
ミア……ヴェルレインという名に聞き覚えはなかったが。
尖った耳。
白銀色の髪。
そして、夜空を映したような深い蒼色の瞳の奥に、微かにきらめく銀色の粒子。
三年前の、あの忌まわしい夜の記憶が、鮮明に蘇る。
そうだ、この少女は……。
「あの時の……子か。そうか、生きていたんだな」
声が、自分でも驚くほどにかすれていた。
あの地獄のような場所で、かろうじて助け出した小さな影。
それが、こんなにも……美しく成長していたとは。
ミアは、俺の顔をじっと見つめ、その美しい瞳をみるみるうちに潤ませていく。
そして、こらえきれないといった様子で俺に歩み寄り、震える声で言った。
「レイド様……! やっと……やっとお会いできました……!」
次の瞬間、ミアは感極まったように、俺の胸に顔をうずめて泣きじゃくり始めた。
小さな背中が、震えている。
俺は戸惑いつつも、そっと彼女の背中に手を添え、ぎこちなく抱きしめた。
温かい。生きている。
過去の任務で、俺は多くのものを奪い、壊してきた。
だが、この小さな命だけは……守り抜くことができたのか。
その事実が、鉛のように重かった俺の心に、ほんのわずかな、だが確かな温もりをもたらした気がした。
「ずっと……ずっとお礼を申し上げたかったのです」
しばらくして、少し落ち着きを取り戻したミアが、涙で濡れた顔を上げて俺を見つめる。
「あなた様が助けてくださらなければ、私は……。本当に、本当にありがとうございます」
彼女は再び言葉を詰まらせ、深々と頭を下げた。
しかし、俺は複雑な気持ちだった。
俺は彼女の一族を――たとえ凶暴化していたとしても――皆殺しにしたのだ。
「もし、私でお役に立てることがあれば、何なりとお申し付けください。それが、今の私にできる、唯一の恩返しですから」
ミアはそう言って、俺たちの顔を真っ直ぐに見つめた。
その言葉を受けて、ノエルが待っていたとばかりに口を開いた。
「実は、ミアさん。あなたのお力を借りたいことが一つあるのです」
ノエルはそう言うと、オーブリーの城から持ち帰った「暗号メモの断片」をテーブルに広げ、ミアに見せた。
「オーブリー邸で発見されたものです」とノエルは付け加えた。
ミアはその奇妙な文字を目にした途端、はっと息を呑み、表情を引き締めた。
「これは……間違いありません。私の一族に古くから伝わる【星詠みのルーン】と呼ばれるものです。なぜこれが、そのような場所に……」
彼女の顔に緊張が走り、指先が微かに震えている。
星詠みのルーン。
俺たちにとってはただの記号の羅列だったものが、彼女にとっては意味を持つ言葉らしい。
ミアは、その小さなメモに全神経を集中させ、ルーンを一つ一つ丁寧に読み解き始めた。
その姿は真剣そのものだった。
カフェの仲間たちも固唾を飲んで彼女の作業を見守っている。
彼女の細い指が特定のルーンをなぞると、まるで呼応するかのように、そこから微かな光が放たれる……。
「このルーンは、単なる文字ではありません」ミアは顔を上げ、俺たちに説明する。「星の配置や自然の力を読み解き、特定の場所に影響を与えるための【鍵】のようなものなのです。そして、これは……何かを隠すための、あるいは封印するための強い力を持っています」
なるほど、だからノエルでも解読できなかったわけだ。
専門外もいいところだろう。
「このルーンの並びは……【忘れられし道】……そして、【古き境の守り】を示しています……」
ミアが、ぽつりぽつりと呟く。
「もう少し時間をかけて精査すれば、このルーンが指し示す具体的な場所がわかるかもしれません」
ミアはそう言って、再び真剣な眼差しで「暗号メモの断片」に意識を集中させた。
彼女の指が、古代のルーン文字をゆっくりとなぞっていく。
俺たちも息を殺して彼女の作業を見守る。
不意に、ミアの指先から淡い光が溢れ、メモのルーンがそれに応えるように明滅を始めた。
「……見えました!」ミアは顔を上げ、その蒼い瞳を輝かせながら告げた。「【月隠の関】です。私たち月影族の古い聖地の一つ。このメモには、そこへ至る『忘れられし道』、関を守る『古き境の守り』である封印、そして……その関がミルウッドの森の奥深くに隠されていることが、はっきりと記されています」
その時、それまで静かにミアの解読を見守っていたリリスが、ハッとしたように小さく声を漏らした。
「……月隠の関……。森の、奥……」リリスは呟くと、俺を見た。「……昔、見た……古い、石の建物……。たくさんの印……星、月……似てる……。あれ、かも……」
「リリスさんの見た場所が、その関である可能性は非常に高いです」ミアは力強く頷いた。「古代の月影族の聖地は、森の奥深くに、星の運行と関連付けて隠されているのです。その印がこのメモのルーンと同じ系統なら、間違いありません」
「ミア様の解読とリリスさんの記憶、これで目的地は特定できましたね」とノエル。
「よし、決まりだな」俺は言った。「目的地は『月隠の関』だ」
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