第15話 さて、俺たちは真相に近づいているのだろうか……。
オーブリーの居城から吹き荒れる混乱の嵐を背に、俺はアリアの手を固く握りしめ、事前に頭に叩き込んでおいた脱出経路を疾走していた。
背後からは、騎士団長ヴォルフが手配したであろう追手の怒声と、ただひたすらに追い立てる足音が間近に迫ってくる。
「アリア、右だ! ヤツらを引き離すぞ!」
「はい、マスター!」
俺の指示と、アリアの並外れた身体能力が、執拗な追手をわずかに引き離していく。
森の暗がり、リリスが事前に仕掛けておいたのだろう、小規模な目くらましの罠が発動し、追手たちの混乱を誘う。
さすがは「影狼」だ。
おかげで、奴らの足が少し鈍った。
息を切らしながら、俺とアリアはあらかじめノエルたちと打ち合わせておいた合流地点――森の奥深くにある古びた狩人の小屋――にたどり着いた。
そこには既に、ノエルとリリスが息を潜めて待っていた。
彼女たちもまた、城の混乱に乗じてどうにか追手を振り切り、ここにたどり着いたのだろう。
「二人とも無事か!」
「マスターこそ。アリアさんも」
ノエルが冷静に、しかしどこかほっとした声で応じる。リリスも小さく頷いた。
しかし、安堵する暇はない。
オーブリーの居城の方向からは、なおも松明の光と追手の声が近づいてくる。
「このままオーブリー領を離れる。馬車は使えん。夜通し歩くぞ、覚悟はいいな?」
皆が「はい」と答えてくれた。
俺たちは森の闇を盾に、ひたすら東を目指した。
夜通し歩き続け、翌日の明け方。
ようやく俺たちはオーブリー領を完全に離れ、隣町の「グレイロック」にたどり着いた。
ミルウッドよりは大きな町で、街道沿いにはいくつかの宿屋が軒を連ねている。
俺は人目を避け、裏通りにある古びた宿屋を選び、四人分の部屋を確保した。
埃と疲労にまみれた身体を洗い流し、ようやく人心地ついた俺たちは、宿屋の食堂で食事にありついた。
熱いスープと硬いパンだったが、今の俺たちにはご馳走だ。
束の間の休息の後、俺たちは部屋に戻り、ノエルが今回の潜入で得た成果を報告する段取りに入った。
「こちらが、オーブリー辺境伯の書斎から持ち出した書類の写しと、不審な施設の配置が疑われる領内地図のスケッチです」
ノエルは革袋から数枚の羊皮紙を取り出し、テーブルの上に広げた。
そこには、オーブリーの取引相手と思しき名前のリストや、巧妙に隠された施設の存在を示唆する図面が描かれている。
「そして、これが最も重要な発見です」
ノエルはそう言って、ひときわ丁寧に扱っていた羊皮紙の断片をテーブルの中央に置いた。
俺もアリアも、そしてリリスも、息を飲んでそれに注目する。
「金庫を無理やり解錠してきました。そのせいで警報がなりましたが……。オーブリー卿の極秘計画の核心に触れるものと思われます。しかし、ご覧の通り、使用されている文字が……」
そこに記されていたのは、これまでに見たこともない、複雑で奇妙な記号や図形のような文字だった。
まるで虫が這った跡のようにも、あるいは何かの呪詛のようにも見える。
「この文字は、帝国の公用暗号体系にも、私がこれまでに扱ってきたどの古代文字のデータベースにも合致しませんでした」ノエルは片眼鏡の位置を微調整しながら、冷静に分析結果を述べる。「このような未知の文字体系となりますと……専門外と言わざるを得ません。帝都にいる古代言語学の専門家に依頼する必要があるでしょう」
その奇妙な文字を注意深く観察していると……。
脳裏に、遠い記憶の断片が、まるでデジャヴのように蘇る。
あの忌まわしい夜が。
「……この文字……昔一度だけ見た記憶があるような気がする」
俺の呟きに、アリアとリリスは息を呑み、ノエルは鋭い視線で俺を見つめた。
「【月狂事変】の時だ。あの狂気の渦中で、こんな感じの記号を見たような……はっきりとは思い出せんが」
俺は、宴の席で得た情報をノエルに伝えた。
密使が城の地下に監禁されている可能性が高いことだ。
断片的な情報がパズルのピースのように組み合わさり、オーブリーの黒い野心の一端が、少しずつ浮かび上がってくる。
密使を捕らえ、重要な情報を奪おうとしていること。
そして、【月狂事変】に類する何かを再現しようとしていること……。
だが、決定的な証拠や密使の正確な監禁場所を特定するには、やはりこの「暗号メモの断片」の解読が不可欠だろう。
解読については打つ手なしか……。
いや、まだ諦めるのは早い。
一度ミルウッドへ戻り、体制を立て直す必要がある。
エヴァにも現状を報告し、元帥府からの新たな指示や情報を待つか……。
「よし、ひとまずミルウッドへ帰還する。そこで改めて対策を練るぞ」
疲れ果ててはいたが、このまま引き下がるわけにはいかない。
俺たちは、解読不能な謎のメモと共に、グレイロックの宿を後にした。
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ぜひ第1話だけでも読んでみてください!!
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