第14話 潜入捜査。アリア、意外と演技派だな。やるじゃないか。
オーブリー辺境伯領。
居城へと続く森は、星明かりすら遮るほどに深く、闇に沈んでいた。
潜入作戦当日。
俺たちはオーブリー領に程近い森の中、最後の準備を整えていた。
「いいか、繰り返す。今回の主目的は情報収集、特にオーブリーの計画と、消息を絶った密使の安否確認だ。決して無理はするな。生きて帰ることが最優先事項だ」
俺は珍しい東方の織物を重ね着し、商人『ライドン』に扮していた。
その傍らには、黒を基調とした質素ながらも動きやすい従者服に身を包んだ『アーニャ』ことアリアが、緊張した面持ちで控えていた。
「ノエル、例の魔道具で定期的な状況報告を頼む。リリスも、しっかりノエルをサポートしろ。お前の隠密行動と森での勘が頼りだ」
「お任せください、マスター。情報は確実に持ち帰ります。状況は逐一ご報告を」
ノエルは自信に満ちた笑みを浮かべる。
その隣で、フードを目深にかぶったリリスが、こくりと力強く頷いた。
「よし、時間だ。各自、持ち場へ」
俺の言葉を合図に、表チームと裏チームは、それぞれオーブリーの居城へと続く別々の道へと踏み出した。
闇夜に紛れ、俺たちの姿は森の奥へと消えていく。
オーブリー辺境伯の居城の城門は、厳重な警備が敷かれていた。
もしかしたら、ここで一悶着あるかもしれないな、と考えていた。
招待状があっても、知らない商人など宴に参加させないのではないか……と。
だが、元帥のおかげか、招待状を見せれば問題なく通過することができた。
シャンデリアの煌びやかな光、耳障りなほどの喧騒、そして、着飾った貴族たちの剥き出しの欲望が渦巻く空間。
うーん。なかなか悪趣味なことだった。
アリアは、初めて目の当たりにする貴族社会の爛れた一面に戸惑いを隠せない様子だった。
「これはこれは、お初にお目にかかりますな。遠路はるばるようこそお越しくださいました」
話しかけてきた男は、頭を隠すかのように、耳元まですっぽりと覆う豪奢な刺繍が施された帽子を身に着けている。
贅肉のついたその身体とは裏腹に、その眼光だけは蛇のように鋭い男――辺境伯オーブリーが、人の良さそうな笑みを浮かべて俺に近づいてきた。
「オーブリー辺境伯閣下。この度は素晴らしい宴にお招きいただき、光栄の至りにございます。噂に違わぬ盛況ぶり、さすがは東部の雄と謳われる閣下ですな」
俺もまた、胡散臭い笑顔で応じる。腹の探り合いが始まった。
オーブリーの興味を引きそうな話題をいくつか示してみることにした。
例えば、「隣国の有力貴族が失脚しかけており、その利権を狙う好機かもしれませんぞ」とか。
「帝都で密かに流行している、持ち主の運気を上げるという触れ込みの怪しげな護符の噂」とか。
そんな真偽不明だが人の欲望をくすぐるような情報を巧みに織り交ぜながら、オーブリーの反応を探る。
オーブリーは俺の話に食いついてきた。
特に、帝都の裏情報や、金になりそうな話には目がないようだ。
それでも、その瞳の奥ではライドンという男の素性を見極めようと探りを入れてくる。
「興味深い話ですな、ライドン殿。後ほど、別室でゆっくりとお聞かせ願えますかな? あなたのような情報通の商人は、帝国広しといえどもそう多くはいらっしゃいますまい」
「ええ、もちろんですとも、閣下。閣下のお眼鏡に適う品もいくつかご用意しております」
オーブリーの背後に控える長身の男――騎士団長ヴォルフの視線が、俺とアリアに突き刺さる。
ヴォルフの視線は執拗で、まるで獲物を狙う狼のようだ。
オーブリーに近づくすべての者を警戒しているのだろうが……。
宴の喧騒の中、俺の懐に仕込んだ通信用魔道具が、微かな振動でノエルからの定期連絡を伝えてくる。
『潜入成功』、『書斎へ接近中』、『特に異常なし』。
短い合図だが、裏チームが順調に任務を遂行していることを示していた。
ノエルとリリスなら大丈夫だろう。
無理はしていないと良いが……。
宴も中盤に差し掛かった頃、俺はオーブリーやその側近たちの会話の断片から、いくつかの重要な情報を掴み始めていた。
「例の【山からの客人】は、地下で丁重にもてなしているのだろうな?」
「【月晶石】の次の船積みは、満月の夜に……」
【山からの客人】とは、おそらく密使のことか。
密使はやはり地下に監禁されており、オーブリーは何らかの取引を間近に控えているらしい。
月晶石……。
【煤煙の狼】が使用していた結晶だったか。
――これ以上の深入りは危険だ。
不意に、そう感じた。
俺の鋭敏な感覚が、ヴォルフの視線がさらに険しさを増したのを捉えた。
ヴォルフが部下の騎士に何事か耳打ちしている。包囲網が狭まろうとしていた。
その時、ヴォルフが俺に一歩踏み出した。
まずい――。
ヴォルフの目が、獲物を見つけた獣のように光っている。
「あっ!」
アリアが短い声を上げ、手にしていたワイングラスを床に落とした。
パリン、という音と共にグラスが砕け散り、近くにいた貴婦人が小さな悲鳴を上げる。
「も、申し訳ございません……!」
アリアは顔面蒼白になり、ふらりとよろめいて俺の腕に寄りかかる。
……芝居、いけるじゃないか。
俺は内心で舌を巻いた。
追及をかわすための咄嗟の機転だろう。
まさにそのタイミングで、懐の通信用魔道具が激しく振動した。ノエルからだ。
『重要情報入手、至急脱出ヲ、罠ノ可能性アリ』。
決断の時だった。
「申し訳ございません、オーブリー閣下。ヴォルフ殿もご容赦を。どうやらこの者、慣れぬ長旅と宴の熱気にあてられたようでして。少々気分が優れぬようです。人目のないところで休ませとうございます」
俺はアリアの肩を抱き、心配そうな顔でオーブリーに申し出た。
「ほう……それはお気の毒に。しかし、ライドン殿。あなたとの興味深いお話は、まだ途中ですぞ?」
オーブリーが値踏みするような目で俺たちを見る。
ヴォルフもまた、疑念を隠そうともせず、鋭い視線をアリアに向けていた。
「いえ、我々はここで……」
ヴォルフが俺たちの行く手を遮ろうとした、まさにその瞬間だった。
ドォォォン!!
城の北東方向から、腹に響くような低い爆発音が轟いた。
ほぼ同時に、何かが燃えるような赤い光が夜空を染め、宴会場の窓を不気味に照らし出す。
「な、何事だ!?」
「敵襲か!?」
宴会場は一瞬にしてパニックに陥った。
悲鳴と怒号が飛び交い、着飾った貴族たちが逃げ惑う。
間髪入れず、今度は南西方向から、けたたましい警鐘の音と、さらなる爆発音、そして人々の叫び声が響き渡った。
ノエルとリリスが仕掛けた陽動だ。
城内は二方向からの同時多発的な騒ぎで大混乱に陥り、警備の兵士たちは右往左往している。
「落ち着け! 騒ぐな! 状況を報告しろ!」
オーブリーが怒号を飛ばし、ヴォルフも苦々しい表情で部下に指示を飛ばしている。
彼らも宴の客たちの安全確保と事態の収拾に追われ、もはや俺たちに構っている余裕はなさそうだ。
「よし、逃げるぞ」
俺はアリアの手を掴むと、低く告げた。
俺たちは混乱に乗じて宴会場を抜け出し、事前に確認していた裏口へと続く薄暗い通路を疾風のように駆け抜ける。
さて、ノエルたちがつかんだ「重要情報」とは一体何なのか……。
とにかく、いまは逃げることが最優先だ。
カクヨムで新作書いてます!
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ぜひ第1話だけでも読んでみてください!!
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