第13話 作戦会議。昔を思い出すな……。
その日のカフェの営業を終え、看板を『Closed』にひっくり返した後のことだった。
俺はカフェ【木漏れ日の止まり木】の奥のテーブルに、帝国軍元帥府所属、エヴァ・シュトラッサーを改めて招き入れた。
アリア、リリス、ノエルの三人はカウンターに座ってもらっている。
「『例の件』だが、引き受けることにする」
俺がそう切り出すと、エヴァは表情一つ変えずに「ありがとうございます。元帥も喜ばれることでしょう」と応じた。
「ただし、いくつか条件がある」俺は言った。「まず、この件に関する最終的な指揮権は俺に委ねてもらう。帝国の正規軍や他の貴族からの余計な干渉は一切受け付けない。奴らの思惑で、俺の大切な仲間たちが危険に晒されるのはごめんだ」
ちらりとアリアたちに視線を送ると、アリアはわずかに頬を染め、リリスはこくりと小さく頷いた。
「そして、必要な資金と最新の情報は、元帥府から最大限の協力をしてもらうぞ」俺は続ける。「なにしろ、こっちもカフェをしばらく休業することになるんでな。その間の売上補償くらいは考えてもらわないと割に合わん」
最後は少しおどけて付け加えてやった。
こういう交渉事では、相手のペースを崩すのが肝要だ。
エヴァは、俺の冗談めかした最後の言葉にも眉一つ動かさず、淡々と答えた。
「指揮権については元帥もご納得済みです。資金、情報についても全面的にバックアップいたします。カフェの休業補償についても……善処しましょう」
……マジか。こいつ、冗談通じねえタイプだったか。
条件の確認を終えると、エヴァは早速オーブリー辺境伯に関する新たな情報を持ち出してきた。
「オーブリー卿ですが、数日後、自身の領地で大規模な祝祭を催す予定です。表向きは『豊穣を祝う星降りの祭』と銘打っていますが、実際には有力な貴族や商人を集め、何らかの密談や取引を行うための隠れ蓑である可能性が高い、と元帥は見ておられます」
「星降りの祭……ね。ずいぶんとロマンチックな名前だが、どうも胡散臭いな」
「その祭には、帝都からも複数の貴族が招かれています」エヴァはつづけた。「元帥府で、あなた方がその一団に紛れ込めるよう、偽の身分と招待状を手配いたしました。これを利用すれば、比較的容易にオーブリー卿の居城へ潜入できるはずです」
用意周到なことだ。元帥は、俺が引き受けることを見越していたのだろう。そういうやつなのだ。
しかし……。
オーブリー卿が、警戒なく招待客をいれるだろうか、という疑問もある。
まあ、そのときは他の方法を考えよう。
エヴァが持ち込んだオーブリー領と居城の見取り図をカフェの奥のテーブルに広げた。
本格的な潜入作戦会議の開始だ。
アリア、ノエル、リリスも同席し、真剣な表情だった。
地図を睨みながら、俺は思考を巡らせる。
敵の配置、潜入経路、脱出路……。
かつての「ナイトオウル」隊長としての経験が、嫌でも頭をフル回転させる。
「作戦の主目標は、祭を利用したオーブリー辺境伯の情報収集だ。特に『密使』の安否と監禁場所の特定だな。オーブリーの計画の尻尾を掴めれば上出来だ」
そして、俺はチームを二手に分けることを提案した。
「まず、表チーム。潜入・接触班だ。これは俺とアリアで行く」
「はい、マスター。承知いたしました」アリアが緊張した面持ちで、しかし力強く返事をする。
「俺の役は、遠方から来た、珍しい品を扱う大商人『ライドン』。オーブリー卿が欲しがりそうな『特別な品』の情報をちらつかせ、歓心を買いつつ懐に入り込む」
なかなか難しい役だが、まあ、なんとかなるだろう。
口八丁手八丁は得意だ。
「アリアは、そのライドンの護衛兼従者『アーニャ』だ。無口だが腕が立ち、いざという時には主人を守る」
「……役というか、いつも通りですね?」とアリアは首をかしげた。
お前に演技は無理だろうからな……という言葉を飲み込んだ。
「まあ、頑張ってくれ。俺たち表チームの役割は、オーブリーやヴォルフに直接接触し、会話や態度から情報を引き出すことだ。無理はしない。深入りは禁物だ」
次に、俺はノエルとリリスを見た。
「裏チーム。隠密調査・支援班。これはノエルとリリスに任せる」
ノエルは静かに頷き、リリスもこくりと応じた。
「裏チームは潜入し、城内の書斎、執務室、客室などを探索し、重要書類の発見や不審な施設の確認。また、表チームの危機には陽動などで支援する。連携が鍵になる。いいな?」
「お任せください、マスター」ノエルは自身ありげに微笑む。「リリスさんとなら、きっとご期待に沿えるかと」
俺がそれぞれの役割と変装のポイントを説明し、仲間たちが意見を出し合いながら計画を具体化していく。
一通りの骨子が固まったところで、エヴァが静かに口を開いた。
「なるほど。元帥があなたに白羽の矢を立てた理由が、理解できた気がします。その指揮能力、そして仲間からの信頼の厚さ。さすがはナイトオウル隊長、といったところですか」
「……元隊長、な。その肩書はもうとっくに返上したつもりなんだがな。それに、指揮能力だの信頼だの言われても、俺一人じゃどうにもならん。こいつら――アリアもノエルも、リリスも、それぞれが自分の頭で考えて動ける奴らだ。俺は、こいつらのサポートをしているに過ぎない」
俺の言葉を受けて、アリアはぱっと顔を輝かせて力強く頷いた。
ノエルは片眼鏡の奥で微かに笑みを浮かべる。
リリスはフードの奥で小さく頷くと、俺の服の裾をそっと握った。
まあ、俺たち四人がいれば、大抵の物事はなんとかなるだろう。
作戦の骨子が固まり、各々が潜入のための具体的な準備に取り掛かることになった。
「さて、まずは変装に必要なものを揃えるか。ミルウッドでどこまで手に入るか……ノエル、心当たりは?」
俺が問いかけると、ノエルは片眼鏡をきらりと光らせ、悪戯っぽく微笑んだ。
「お任せください、マスター」
「アリアは……」特に準備はないな。「頑張れ」
アリアは「わたくしがマスターの護衛を成し遂げてみせます!」と意気込んでいる。
その瞳は決意に燃えていた。
空回りしないといいんだが……。
リリスは静かに頷き、ふと窓の外の森に視線を向けた。
何か役立つものを探してくるつもりなのだろう。
「【星降りの祭】まで、あと数日。準備を急ぐぞ」
カフェの空気は一気に引き締まった。
まったく、どうしてこうなった。
俺はただ、静かにコーヒーを淹れていたいだけなんだがな……。
まあ、やるからには、完璧にこなしてやろうじゃないか。
それが元ナイトオウル隊長の流儀ってもんだ。
カクヨムで新作書いてます!
『童貞のおっさん(35)、童貞を捨てたら聖剣が力を失って勇者パーティーを追放されました 〜初体験の相手は魔王様!? しかも魔剣(元聖剣)が『他の女も抱いてこい』って言うんでハーレム作って世界救います!〜』
https://kakuyomu.jp/works/16818622176113719542
本作を楽しんでいただける読者の方におすすめです!!
ぜひ第1話だけでも読んでみてください!!
フォローと☆評価お願いします!




