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第1話 俺のスローライフを破壊する女、副隊長・【暁光のアリア】

 辺境の町ミルウッド。

 その外れに、俺――レイド・アシュフォードの城はある。

 城といっても、物々しい石造りの要塞なんかじゃない。

 木漏れ日がよく似合う、こぢんまりとした元宿屋。

 今は、俺のカフェ【木漏れ日の止まり木】だ。


 午後の日差しが窓から柔らかく差し込み、挽きたての豆の香りが店内を満たしていた。

 カウンターの向こう、俺の特等席から店内を見渡す。


 客はいない。


 ……うん、今日も平和だ。

 最高だな、この静寂。


 帝国騎士団特務部隊「ナイトオウル」――その隊長の椅子を蹴り飛ばし、表向きは「再起不能の重傷」を負ったことにして勝ち取ったFIRE生活。

 誰にも邪魔されず、誰の血を見ることもなく、ただ穏やかに時間が過ぎていく。

 これ以上の贅沢がどこにある?


 豆の種類は日替わり。

 今日は深煎りのグァテマラだ。

 ネルドリップで丁寧に淹れた一杯を味わう。


 ふう、と息をつく。

 苦味とコクの奥にある、微かな果実香。悪くない。

 この一杯のために生きている、なんて大袈裟なことは言わないが、この一杯が今の俺の日常を象徴しているのは確かだった。


 かつての俺が嗅いでいたのは血の匂いばかりだったことを思えば、今のこの状況は奇跡に近い。


 ミルウッドに来て、もう三ヶ月ほどか。

 最初は「よそ者」を見る目だった住民たちも、俺が本当にただのカフェのマスター志望だと分かると、少しずつだが打ち解けてくれた。

 客はまばら。

 いいんだ、それで。

 静かに暮らせる程度の財産は既に確保済みだ。

 このカフェは道楽に過ぎない。


 壁に掛けた古時計が、カチコチと秒針を刻む音だけが響く。

 目を閉じれば、かつての喧騒が蘇りそうになる。

 怒号。

 悲鳴。

 剣戟の音。


 ……いや、よそう。

 今は、この静けさを味わうんだ。

 俺はもう、戦う必要なんてないのだから。

 守るべきは、この穏やかな時間だけ。


 そんな感傷に浸っていた、まさにその時だった。


 ガタンッ!!


 店のドアが、まるで蹴破るような勢いで開け放たれた。

 穏やかな午後の空気を引き裂く、けたたましい音。


 反射的に身構える。

 長年染み付いた習性はそう簡単には抜けないらしい。

 腰に差した剣に手をやろうとして……思い直す。

 そうだった、ここにはそんなものは不要だ。

 いまはもう剣を装備していない。

 護身用に店の隅に置かれている。


 内心で苦笑しつつ、視線をドアに向ける。


 そこに立っていたのは――


「やっと見つけました! レイド隊長!」


 すらりとした長身。

 夕陽を反射して燃えるような、鮮やかな赤毛。

 そして、一点の曇りもない、満面の笑顔。


 その顔に見覚えがありすぎた。

 忘れるはずがない。


 帝国騎士団が誇る精鋭、その中でも特務部隊「ナイトオウル」の副隊長を務め上げ、その圧倒的な戦闘力と苛烈なまでの正義感から、こう呼ばれた女。


 【暁光のアリア】――アリア・フィンブル。


「…………は?」


 俺の口から、間抜けな声が漏れた。

 なんだ、これは。何の冗談だ?

 脳が状況の理解を拒否している。

 だって、そうだろう? なぜ、彼女がここに?


 帝国にいるはずの人間が、こんな辺境の、地図にも載っているか怪しいような小さな町に、何の用だというのだ。

 しかも、俺の「療養先」は極秘のはず。

 いくらナイトオウルが情報収集に長けているとはいえ、こんな短期間で突き止められるなんて……。


 アリアは、大きな荷物をドン、と床に置くと、俺に向かってずんずんと歩み寄ってくる。

 そして、俺の目の前でピタリと足を止めた。

 彼女はキラキラと瞳を輝かせながら、もう一度、はっきりと言った。


「ご無沙汰しております、レイド隊長。まさか、こんな素敵な場所で療養されていたとは」


 療養……ね。


 まあ、表向きはそういうことになっている。

 再起不能の重傷を負い、騎士団を名誉除隊。

 今は静かな田舎で余生を送る、と。


 だが、目の前の女は、その「表向き」を微塵も疑っていないような、清々しいまでの笑顔を向けてくる。

 こいつ、まさか本当に俺が重傷だと思い込んでるのか?


「アリア、久しぶりだな」


「はい。隊長の右腕、このアリアが馳せ参じました!」


 ビシッ! と音が聞こえそうなほど完璧な敬礼。


 やめろ、目立つ。

 ただでさえその派手な赤毛は田舎町じゃ悪目立ちするんだぞ。

 それに「隊長」と呼ぶな。俺はもうお前の隊長じゃない。

 ただのカフェのマスターだ。


「……何をしに来たんだ?」


 平穏。

 俺が渇望し、ようやく手に入れたもの。

 それが、目の前の女の登場によって、いとも簡単に打ち砕かれようとしている。

 その予感が、俺の全身を粟立たせる。


 アリアは、俺のそんな内心など露知らず、さらに顔を輝かせた。


「もちろん、隊長のお世話をするためです」


「は?」


「隊長が一日も早く全快され、再び帝国のためにそのお力を振るわれる日を夢見て、このアリア、粉骨砕身、お側でお仕えいたします!」


 ダメだ、こいつ。

 話が通じねえ。


 いや、昔からそうだった。

 真面目すぎるのだ、アリアは。

 融通が利かない。

 一度思い込んだら、テコでも動かない頑固さがある。


 そして、その思い込みのベクトルが、だいたい俺に向いているのが、非常に、非常に厄介だった。


「アリア、よく聞け。俺は……」


「ご心配には及びません。帝都で流行りの滋養強壮薬から、効果があると評判の温泉地の情報まで、全て取り揃えております。というか、こちら、隊長のお店ですか? 素敵ですね!」


 俺の言葉を遮り、アリアは興味津々といった様子で店内を見回し始めた。

 その目は、まるで宝物庫にでも迷い込んだ子供のようにキラキラと輝いている。

 壁の古時計に目を留め、アンティーク調のテーブルセットを撫で、そして、カウンターの中に設えた俺の自慢のコーヒーミルを見つけると、「おお……!」と感嘆の声を漏らした。


 ……おい。人の話を聞け。

 というか、馴染むな。勝手に。

 ここは俺の聖域だぞ。

 お前のような騒々しい奴が踏み込んでいい場所じゃない。


「アリア」


「はい、隊長」


 振り向いた彼女の笑顔は、一点の曇りもない。

 朝日を思わせる、とはよく言ったものだ。

 その赤毛も、その表情も、あまりにも眩しすぎる。


 だが、俺にとって、それは――平穏な日常の終焉を告げる、残酷なまでの輝きだった。


「……お前、俺が本当に重傷で引退したと、本気で信じているのか?」


 一縷の望みを込めて尋ねる。

 もしかしたら、何か事情があって芝居を打っているのかもしれない。そうであってくれ。


 しかし、アリアは小首をかしげ、不思議そうな顔をした。


「当然ではありませんか。ギデオン総司令官からも、隊長は再起不能の深手を負われたと……。そのお姿を拝見するまでは、私も不安で夜も眠れませんでした。ですが!」ぐっと拳を握りしめ、アリアは力強く宣言する。「こうして無事お会いできたのです。きっと、奇跡的な回復力で、傷も癒えつつあるのですね。さすがはレイド隊長です」


 ……終わった。

 こいつは本物だ。本物のバカだ。

 本気で俺が瀕死の重傷から回復しつつあると信じている。

 そして、俺を再び戦場に引き戻す気満々だ。


「……はぁ」


 深いため息が、腹の底から漏れ出た。

 頭が痛い。

 胃もキリキリしてきた。

 カフェのカウンターに肘をつき、こめかみを押さえる。

 コーヒーの香りが、なんだか遠くに感じる。

 俺の、俺だけの静かで穏やかな日々は、どうやらこの瞬間、終わりを告げたらしい。


 目の前の元部下――【暁光】のアリアは、そんな俺の絶望など微塵も感じ取っていない様子で、屈託のない笑顔を浮かべていた。

 その笑顔が、やけに目に染みた。


「さあ、隊長。まずは何からお手伝いいたしましょうか!?」


 ……勘弁してくれ。本当に。


 俺はただ、静かにコーヒーを淹れていたいだけなんだ。

 神よ、もしいるのなら、俺のこのささやかな願いを聞き届けてはくれまいか。

 目の前のこの厄介物を、どこか遠くへ連れ去ってくれ、と。


 アリアは俺の返事を待つ気配もなく、既に床に置かれた大きな荷物に手をかけると、真新しいメイド服を取り出し始めた。

 まるで、今日からここが自分の職場だとでも言うように。


 ああ、頭が痛い。

 誰か助けてくれ……。

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https://kakuyomu.jp/works/16818622176113719542


本作を楽しんでいただける読者の方におすすめです!!


ぜひ第1話だけでも読んでみてください!!

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