終の家
アリシアたちが訪れたのは、王都の外れにある、小さな石造りの施設だった。
「終の家」──そう呼ばれるそこは、治療院にも見放された病人たちが、最後の時を静かに待つ場所。
敷地に咲いた花は風に揺れており、建物の中には優しいハーブの香りが満ちていた。
だが、その空気には、否応なく「終わり」を予感させる独特の静けさが漂っている。
アリシアは、小さな胸に深く息を吸い込んだ。
──緊張で心臓が痛いほどに高鳴る。
彼女の隣には、サミュエル神父と密かに派遣された影の護衛、そしてエドリアン王子の遣いとして派遣された信頼できる癒し手が1人同行していた。
(私は…覚悟を持ってここに来た)
そう心の中で繰り返す。
まず、試験対象となったのは、寝たきりになった中年の男性だった。
激しい咳と高熱に苦しみ、医師たちも匙を投げた重病人。
すでに意識も朦朧としており、家族も悲しみと諦めの顔で看取る準備をしていた。
アリシアは、ブラッククミンの花から抽出した微量の液を、慎重に滴下した。
そっと、口元に触れさせる程度──命を脅かす危険がないように。
時が、止まったかのように流れる。
誰もが息を呑み、見守っていた。
やがて──。
男性の呼吸が、少しずつ穏やかになった。
顔に浮かんでいた苦悶の色が、ゆっくりと和らいでいく。
熱で真っ赤だった肌が、わずかに血の気を取り戻し始めた。
「……!」
癒し手が目を見開き、サミュエル神父は神に感謝の祈りを捧げた。男性の家族は喜びで泣き崩れている。
アリシアは、胸が震えるのを必死に抑えながら、その変化をじっと見守った。
「…奇跡だ」
誰かが、呟いた。
そして、さらに数日──。
治療を続けた者たちの中には、歩けなかった足を動かす者、苦しみながらも微笑む事が出来るようになった者もいた。
施設全体に静かな感動と、きらめくような希望が広がっていく。
それは、ただ「病を癒した」だけではない。
絶望していた者たちに、「生きる意志」を取り戻させるものだった。
アリシアは、その姿を見ながら小さく呟いた。
「…よかった。間違ってなかった…。」
だが同時に、胸の奥では冷たい予感もしていた。
(この力が…もし間違った者たちの手に渡ったら──)




