とんでもない副産物
王家の影の護衛という最高に心強い護衛たちに守られながら、アリシアたちは着実に研究を進めていった。
エドリアン王子の紹介で加わった優秀な研究者たちも、当初は年端もいかぬ少女が中心であることに戸惑ったが、やがてアリシアの鋭い観察眼と冷静な思考に敬意を抱くようになった。
研究は順調に進み、ついに──
ブラッククミンの「仮死」と「覚醒」を自在に操る薬液が完成する。
だが、さらなる発見は偶然だった。
「……この花、なにかおかしい」
ふと、摘み取ったブラッククミンの花を前に、アリシアは小さく呟いた。
前世の記憶では、ブラッククミンの花はただの可憐な食用花。
バニラにも似た、甘く柔らかな香りを持つだけのものだったはずだ。
だが──
この世界のブラッククミンの花は、確かに甘く香るものの、そこにわずかに感じる苦味。
そして、花弁の一部を煎じて作った液を使った実験で、予想外の効果が現れた。
「これは……細胞の増殖を抑えている?」
アリシアは震える指先で、試験管の中を見つめた。
前世で「癌」と呼ばれた病─ー詳しい医療知識はないため推測ではあるが、増殖し続けていた細胞の増殖が明らかに抑制されている…。
この世界では魔法でも治すことができなかった「不治の病」に、わずかにだが対抗できる可能性が見えたのだ。
さらに調査を重ねると、ブラッククミンの花から抽出した成分が、病巣の拡大を抑制し、正常な体の働きを助ける作用を持つことがわかってきた。
(前世でいうナチュラルキラー細胞みたいな感じかしら…なんにせよ奇跡だわ。)
──そして思い至る。
いま、王様は病に伏している。
それも、誰も手立てがないと諦められている重篤な病。
「もし、この薬が王様の病を抑えられるなら──!」
アリシアは顔を上げた。
背中に走る緊張と興奮。
エドリアン王子にこのことを伝えるべきか、それとも、さらに慎重に研究を進めるべきか。
どちらを選んでも、もう後戻りはできない。
一歩踏み出せば、王家内部の権力争いに深く関わることになるだろう。
場合によっては、アリシア自身も狙われる立場になるかもしれない。
──けれど。
(今の私には……できることがある!)
静かに燃える決意を抱きながら、アリシアは深く息を吸った。
「サミュエル神父、エドリアン殿下に……お話があります」
そう告げる声は、しっかりとして震えてはいなかった。
アリシアからの報告を聞き、サミュエル神父とエドリアン王子は、しばし絶句した。
互いに顔を見合わせ──そして、同時に深く息を吐いた。
「……まさか、そんな可能性が……」
サミュエル神父は、神への祈りの言葉を胸に呟きながら、呆然と呟いた。
エドリアン王子も、普段の冷静な表情を崩し、驚きと喜びを押し隠せない様子だった。
だがアリシアは、浮かれることは無かった。
──奇跡のような発見だからこそ、慎重に進めなければならない。
「…まず、効果を確かめたいのです。」
アリシアは、まっすぐに二人を見つめて言った。
「このまま王様に使うのはあまりにも危険すぎます。治療院でも見放された方々──終わりを待つだけの施設の方々にまず試してみたいと思います。
……実験のようで失礼な物言いに聞こえるかもしれませんが、彼らのためにも良いことであると思うんです」
その声に、部屋の空気がピンと張り詰めた。
やがて、サミュエル神父がそっと頷いた。
「……賛成です。彼らも、希望を待っている」
エドリアン王子も同意を示す。
「もちろん、だがきちんと準備をするべきだ。
護衛は私がさらに強化する。薬の管理も、秘密裏に。…もしこの情報が漏れれば、アリシア嬢の身が危険に晒される」
「はい」
アリシアは強く頷いた。
さらに、アリシアの頭にはもう一つの可能性がよぎっていた。
ブラッククミンの花の成分──細胞の増殖を抑える効果。
これは、がん細胞だけではない。
もしかすると、免疫細胞の暴走──つまり、感染症や自己免疫の病にも、効果を発揮するのではないか?
(試してみる価値はある)
そう考えたアリシアは、サミュエル神父とエドリアン王子に提案した。
「末期の病だけでなく、原因のわかっていない激しい炎症や熱で苦しむ方たちにも試してみたいんです。
もしかしたら免疫の暴走を抑えられるかもしれません」
二人は顔を見合わせ、しばし思案したのち、力強く頷いた。
「……いいだろう。ただし、慎重に」
エドリアン王子はそう釘を刺しつつも、アリシアの進言を全面的に認めた。
そして、サミュエル神父が新たな提案をする。
「この試みには、信頼できる医師や癒し手たちにも協力してもらいましょう。
治療院の表には出ない、善意ある者たちを──私が探してきます」
「ありがとうございます、神父様」
アリシアは深く頭を下げた。
こうして、アリシアたちは密かに「希望の試み」を開始することとなった。




