強すぎる効能
話し合いの結果、蒸留液の効果は極力秘匿することが決められていた。
だが、噂の広がりは想像していた以上に早かった。
──アリシアの屋敷で、不穏な気配が漂い始めたのは、そんな矢先だった。
護衛たちの報告によると、最近屋敷の周囲で見慣れない人物の目撃が相次いでいた。しかも、それと時を同じくして、周辺の魔物の動きにも異変が見られた。
警戒を強めていたある夜、ついに事件が起こった。
「魔物が侵入しました!」
護衛の叫びと共に、屋敷中に緊張が走る。
しかし、護衛たちは慌てなかった。すでに用意していた、コモンタイムやエキナセアの蒸留液を主原料とした液薬を手に、魔物たちに立ち向かう。
護衛の一人が、素早く液体を魔物の群れに振りかけた。
その瞬間──
「……!」
凶暴に唸り声を上げていた魔物たちは、ふらりと動きを止めた。
その目から理性の光が消え、代わりに、まるで子犬のような無邪気さを湛えた瞳に変わった。
「効いてる……!」
護衛たちは驚きながらも、すぐに魔物たちを鎮圧した。魔物たちは牙をむくどころか、逆にアリシアへと嬉しそうにすり寄ってくる。
「……可愛い」
アリシアは思わず笑みをこぼしながら、慎重にその頭を撫でた。
だが──この襲撃は、単なる魔物の暴走ではなかった。
魔物たちの後に続く形で、屋敷の中に紛れ込もうとしていた間者が発見されたのだ。
すぐに取り押さえられたその間者は、無言を貫こうとした。
だが、ここでもアリシアたちには秘策があった。
──ローズマリーの蒸留液。
その液体を間者の口に含ませると、途端にその顔が苦悶に歪み、あっさりと口を開いた。
「……命じたのは、隣国の王家だ……! 貴女を……手に入れるために……!」
その告白に、屋敷中が静まり返る。
アリシアは静かに目を閉じ、深く息を吐いた。
「──まさかここまで大物の名前が出てくるなんて……」
ショックだったが、隣国の王家が自らの手で敵意を示したことがこれで明らかになった。
「けれど……」アリシアは小さく微笑んだ。「そんな簡単にやられるのんですか。」
彼女の周りでは、魔物たち──いや、すっかり無害な可愛い獣たちが嬉しそうに跳ね回っていた。
護衛たちも、これ以上ない忠誠の眼差しをアリシアに向ける。
そして、その背後では──アリシアが最近発見した、とある奇妙なハーブが静かに存在感を放っていた。
ブラッククミン。
前世では「死を除くすべてを癒やす」と言われ、免疫力の強化や抗炎症作用で知られていた万能薬のような存在。
だが、この世界におけるブラッククミンは、だれもその存在を知らないのではないかというほどマイナーなハーブで、まったく異なる性質を持っていた。そして発見場所は、コーヒーと同じく魔物が出るとされる瘴気の強い森だった。
ブラッククミンの葉を煎じて飲めば、一時的に心拍も魔力の流れも止まり、まるで死んだかのような仮死状態に。
そして種から抽出した油──ブラッククミンシードオイルを数滴接種することで、その仮死から目覚めさせることができる。
生と死の狭間を一時的に行き来できる、危険なまでに強力な効果。
その使い道は、毒を逃れるためか、偽装のためか、あるいは──もっと別の、まだ誰も思いつかない方法か。
この力が、アリシアたちの未来に何をもたらすのだろうか。




