未来を見据える
ある夜、アリシアは兄レオンと書斎にこもっていた。
机の上には、乾燥させたハーブの標本や、蒸留装置、ぎっしりと書き込まれた観察ノートが広がっている。
「ローズマリーの蒸留液だけど……前世では記憶力を高めるって言われてたのよね。だから、集中力アップくらいだと思ってたんだけど」
アリシアが言うと、レオンは頷きながら、少し顔を曇らせた。
「それは確かに効果として出てる。でも──問題はそこじゃないんだ」
レオンはためらうように言葉を探しながら続けた。
「試しに軽い質問をしてみたら、驚くほどあっさり本音を漏らした。……どうも、軽い自白効果があるみたいだ」
「やっぱり……」
アリシアも、前世の知識でローズマリーにリラックス作用があることは知っていたが、“自白”となると話は違った。
万が一にも悪用されれば、取り返しのつかない事態を招くかもしれない。
「でも、人体実験なんてできないし……今のところ確証はない。絶対に外には漏らせないな」
「うん。絶対に」
二人は互いに頷き合った。
レオンはさらに棚から別の瓶を取り出す。
「それから……コモンタイムの蒸留液だけど、こっちはもっとすごいことになってる」
「すごいって?」
アリシアが身を乗り出すと、レオンは真剣な顔で瓶を掲げた。
「前世では、抗菌、抗ウイルス、鎮咳、消化促進──色々な効果があるってアリシア言ってたよね?でもこの蒸留液は、それどころじゃない。
傷口に直接たらすと、治りが異常に早い。それに、少量飲めば免疫力が爆発的に上がるし、魔力の消耗回復まで促進する。」
「……えっ、そんな……!?」
「まるで…伝説のエリクサーのような効果だ。」
アリシアは思わず息を呑んだ。
「戦場に持ち込めば、生存率が劇的に上がる。冒険者、騎士、兵士……必要とする人間は無数にいるだろう」
レオンは静かに言った。
「だからこそ、これも厳重に管理しなきゃいけない。下手に広まれば、争いの火種になる」
アリシアはゆっくりと頷いた。
──これは、世界を変える力だ。
「……慎重に進めよう、絶対に」
「もちろんだよ。アリシア。僕たちはこの領地を、ここに生きる人たちを守るために、力を使うんだ」
「うん」
二人は静かに、でも強く誓いを交わした。
──
(守らなきゃ……)
アリシアは、あの夜の誓いを胸に、ゆっくりと目を開いた。
今、彼女たちは屋敷の小さな会議室に集まっていた。
アリシア、両親、兄レオン、護衛のカイン、そして教会代表としてサミュエル神父も加わっている。
テーブルの上には、いくつもの書類と領地の地図、警備体制の見取り図が並んでいた。
「さて──」
領主である父が重々しく口を開いた。
「アリシアたちの商品や知識が広まるにつれ、領外からの注目も強まってきた。
教会も懸念を示している以上、我々も本格的に安全対策を強化しなければならない」
「……はい」
アリシアはまっすぐに父を見つめ、真剣に頷いた。
「まず、家族の外出には必ず護衛をつける。
敷地内の警備も見直し、特に研究施設と倉庫周辺には新たに魔法的な結界を設置する」
「情報管理も徹底するべきだな」
レオンが続く。
「ハーブの蒸留液は、兵器にも薬にもなる。迂闊に人に見せたり、軽々しく渡すのは絶対にダメだ」
「……うん」
アリシアも気を引き締めた顔で応じた。
そのとき、母が柔らかながら毅然とした口調で言った。
「アリシア。これからは、できるだけ”普通の子”を演じなさい。目立たないように。
もし誰かが賞賛しても、“たまたまです”って、軽く流すのよ」
「……わかりました」
アリシアは小さく、でもはっきりと答えた。
すると、静かにカインが立ち上がった。
「アリシア様は、この命に代えてもお守りします。
たとえ、どんな影が忍び寄ろうとも──決して、指一本触れさせはしません」
カインの声には、静かな、けれど鋼のような決意が宿っていた。
サミュエル神父も微笑み、力強く頷く。
「奇跡をもたらす者には、それにふさわしい守り手が必要ですからね」
──話し合いはさらに具体的な対策へと進んでいく。
・影の護衛をさらに数名増やす案
・教会との緊密な連携強化
・信頼できる冒険者ギルドとの秘密裏の協力体制
・蒸留液や研究資料の地下保管と魔法による封印
未来を見据え、家族は慎重に、しかし確実に策を積み重ねていった。
そして、会議の締めくくりに父が静かに告げた。
「すべては──アリシア、君を守るためだ。
君が、自由に笑って生きられるように」
胸に熱いものがこみ上げ、アリシアは小さく「ありがとう」と呟いた。
(絶対に、皆を守る──)
少女の中に、静かで揺るぎない炎が灯った。
──小さな会議室で、未来のための静かな革命が始まっていた。




